第503話 ギリクと駆け出しパーティー 中編

「だから、あのままだったら全滅するしかなかっただろう。それならば、誰か近くにいる人に助けを求めるのは当然だろう」

「何言ってんのよ、動けないヴェリンダを見捨てようとしたくせに!」

「だから、違うって言ってんじゃ……」

「うるせぇ! 黙れ!」


 威圧するように怒鳴りつけると、喚き散らしていたガキ二人は体をビクつかせて口を閉じた。

 ここは第二街区にある古びた一軒家のリビングだ。


 昼間助けた四人組の一人、盾を構えていたオスカーの親父の持ち物らしい。

 大盾と短剣を使うオスカー、俺に助けを求めた大剣使いのルイーゴの男二人と、剣士のヴェリンダ、弓使いのブルネラの女二人の四人は幼馴染だそうだ。


 この春に学校を卒業して冒険者になったばかりの駆け出しパーティーらしい。

 そんな連中が魔の森に入るなんて、俺から言わせりゃ自殺行為だ。


 近頃は魔物の大きな群れが減り、リーゼンブルグとの往来も活発になってきているそうだが、今日のように森の浅いところでもオーガなどに出くわすことは珍しくない。

 何人固まっていようが、一人でオークやオーガを倒せるぐらいでなければ、魔の森に入るべきではない。


「グダグダ責任のなすり付け合いをしたって、手前ら一人一人が弱いことに変わりはねぇんだ。他人を責める前に、自分の弱さを恥じろ!」

「すみませんでした……」

「ごめんなさい」


 守備隊の事情聴取の後、診療所に担ぎ込まれたヴェリンダと合流して、ギルドにも報告に出向いた。

 驚いたことに、おそらく内臓が損傷して助からないだろうと思っていたヴェリンダは、自分の足で診察室から出て来た。


 もっと驚いたのは、ヴェリンダに付き添って出て来た女の変貌ぶりだ。

 確か、マノンとかいう女はケントのクソガキの嫁の一人だが、以前はオドオドして少し脅しただけでも泣き出しそうな女だった。


 それが、オスカー達四人を廊下に座らせて、懇々と説教し始めたのだ。

 もう少し治療が遅かったら、ユイカのような腕の良い治癒士がいなかったら助かっていなかった。


 ヴェリンダは助かったけれど、その治療のためにユイカは魔力を使い果たし、他の患者さんの治療が出来なくなった。

 軽率な行動は、自分や仲間の命を危険に晒すだけでなく、街の人々にも多くの迷惑を掛けることになる。


 高圧的な態度ではないが、理詰めで反論を許さずに叱りつけている姿は、とても同一人物とは思えなかった。

 何があったのかなどと聞く気は無いが、あまりの変貌と成長を見せつけられると、言いようのない焦りを感じさせられる。


 合流したヴェリンダを加えた四人とギルドに報告に出向くと、ドノバンのオッサンに捕まり、この四人が死なないように指導しろと押し付けられた。

 緊急事態だったとはいえ、本来出入りを許されていない南西の門を使ったペナルティーらしい。


 勿論、抗議はしたが、やらなければランク査定を減点、やれば加点を割り増しするとかぬかしやがった。

 ランクアップの基準には、単純な魔物の討伐実績、依頼達成の実績の他に、後進の指導も含まれるらしい。


 その上、自分はケントの訓練場を使わせてもらっているのに、後進の指導も出来ないのか……なんて言われたら、やらない訳にはいかないだろう。

 ドノバンのオッサンから出された条件は、四人を一ヶ月でEランク相当に鍛えること。


「ギリクさん、掃除終わりましたから、荷物を入れてもらって結構です」

「おぅ、そっち終わったら全員集まれ」

「分かりました」


 四人の指導を押し付けられ、その前に部屋を探すといったら、余っている部屋があると言われ、なし崩し的に連れて来られた。

 指導をしている間は部屋代も不要、一緒に行動する日は食事も出すと言われれば、行く当ての無い状態だったので断りきれなかった。


 古いベッドがあるだけで何も無い部屋だが、どうせ寝るだけだから気にならねぇ。

 持ってきた鞄をベッドに放り出し、大剣を壁に立て掛けたらオスカーが呼びに来た。


「ギリクさん、揃いました」

「おぅ、今行く……」


 リビングのテーブルには椅子が四つしかないので、ルイーゴは踏み台に座らされている。

 三人を残して逃げ出したと思われて、女二人と対立しているようだ。


 俺が席に着くと、弓使いのブルネラが喋り始めた。


「あたしは、ルイーゴにパーティーから抜けてもらいたいと思ってる」

「はぁ? なんで俺が抜けなきゃいけねぇんだよ」

「仲間を置いて逃げるような奴とは、この先一緒にやっていけない」

「だから、助けを呼びに行ったんだって言ってんだろう」

「それは、結果的に……」

「うるせぇ! 誰が喋っていいって言った。俺がいいって言うまで黙ってろ」


 他の二人も勝手に喋り出さないように睨み付ける。


「手前ら、さっきギルドで四人揃って俺に頭を下げて、強くなりたいです、指導して下さいって言ったよな? やるなら四人全員だ、パーティーから抜けるとか残るとかいう話は、一ヶ月の指導が終わってからだ、いいな!」

「はい……」

「分かりました」


 口では分かったと言いながら、弓使いのブルネラは納得していないような顔をしている。


「最初に言っておくぞ、グタグタ文句をぬかすなら、女だろうと容赦なくぶん殴るからな」


 ブルネラを睨み付け、その後、せせら笑いを浮かべたルイーゴも睨み付ける。

 オスカーとヴェリンダの二人は大人しくしているが、本心なのか表面上のものなのかまでは分からない。


「じゃあ、これからの方針を話すぞ。まずは基礎体力を作る。そんなヒョロっちい体じゃゴブリンにも舐められる」

「でも、俺らもう何頭もゴブリンは倒して……がはっ」


 右の拳でルイーゴの頬を殴り飛ばした。


「誰が喋っていいって言った? 舐めてんのか、手前ぇ……」

「す、すみませんでした」


 まさか本当に殴られるとは思っていなかったのだろう、ルイーゴは床に額を打ち付けるように頭を下げ、ブルネラは頬を引きつらせている。


「オスカー、ゴブリンを討伐した時の様子を話せ」

「はい、あれは薬草採取の依頼の最中でした……」


 オスカー達が倒したゴブリンは、群れからはぐれた個体で、一頭を四人で討伐したケースばかりだった。

 ブルネラが弓を射掛け、残りの三人で止めを刺す。


 駆け出しの冒険者であっても、パーティーで掛かればゴブリン程度は問題無く討伐出来るが、オークやオーガになると話は変わってくる。

 毒矢でも使わない限り、弓矢では急所に命中しなければ弱らせることすら難しい。


 ゴブリン程度なら楽勝、それで調子に乗ってオーガに向かっていって死に掛けた訳だ。


「毎年、お前らみたいな間抜けなパーティーが何組かやられる。パーティーの成果が自分の力みたいに錯覚して、調子に乗ってっから今日みたいなことになるんだ。まずは、最初から最後まで一人でゴブリン程度は倒せるようになってもらう」

「あの……」


 ルイーゴが殴られたからだろう、ブルネラがオズオズと右手を上げた。


「なんだ?」

「あたしは弓使いだから、みんなと違って一人では……」

「手前も剣か槍を握って討伐をやれ」

「えっ、でも弓が……」

「じゃあ、手前は敵味方が入り混じって戦っている最中に、絶対に味方に当てずに敵だけ射る自信があるのか?」

「それは、難しいです……」

「弓を使うなとは言わねぇが、弓しか使えないんじゃ役に立たねぇぞ」

「分かりました……」


 渋々といった感じでブルネラが納得すると、こんどはオスカーが右手を上げた。


「なんだ?」

「僕らはパーティーとして活動していくつもりなんで、個人よりもパーティーとしての戦力を上げた方が良い気がするんですが……」

「けっ、それで死に掛けたんだろうが、もう忘れたのか? パーティーでカバーするとか言って、弱い奴を弱いままにしておいて、パーティーの実力が上がるとでも思ってんのか? 冒険者を舐めてんじゃねぇぞ。パーティーを組めば、相乗効果で個人でやるより楽に討伐が出来たりするが、一人が足を引っ張るだけで全員が危なくなる事だってある。何人でパーティーを組もうが、最後に問われるのは個の力だ。それを鍛えるのを否定するなら、冒険者なんか辞めちまえ」


 一人でゴブリンを倒したことも無い奴が、パーティー云々なんてぬかすのは十年早ぇ。


「あの、具体的にどうやって鍛えるんですか?」

「そいつは、明日教える。朝飯食って、依頼を受けに行ける時間に起こせ」

「分かりました」

「最後に、もう一回言っておくぞ、パーティーから抜けるとか残るとかいう揉め事は指導が終わるまで一切禁止だ。俺に聞こえるところでグダグダぬかしてやがったら、問答無用でぶん殴るからな。面倒掛けんじゃねぇぞ」


 飯が出来たら起こせと言いつけて部屋に戻る。

 ガキのお守りは面倒だが、タダで寝泊り出来る場所が手に入ったのだから、まぁ良しとしよう。


 このレベルの駆け出しの指導は難しくない。

 基礎体力が圧倒的に足りていないのだから、体を鍛えさせるだけでも目に見えるほどの違いが出来るはずだ。


 夕飯の後、部屋にルイーゴが尋ねて来た。


「ギリクさん、俺を弟子にして下さい」

「はぁ? なんで手前なんかを弟子にしなきゃいけねぇんだよ」

「お願いします。俺、昼間のギリクさんの戦いを見て、この人みたいになりたいって思ったんですよ。ギリクさんみたいに強ければ、俺が仲間を助けられたから……」

「けっ、手前みたいなヒョロっちい奴はお断りだ」

「じゃあ、ギリクさんみたいに体を鍛えたら、弟子にしてくれますか?」

「んな話は鍛えてからにしろ。出来てもいない条件出すような、口先だけの野郎は大っ嫌いなんだよ。他人に寄り掛かることばっかり考えてねぇで、まずは自分で強くなるように足掻いてみせろ」

「うっす、分かりました。でも諦めた訳じゃないですから、いつかギリクさんに弟子だと認めてもらいます」

「ふん、勝手にしろ……」

「うっす、勝手にします」


 ルイーゴが出て行ったと思ったら、今度はブルネラが尋ねて来た。


「なんだ?」

「あの……あたしは、どんな武器を使えば良いですかね?」

「はぁ? なんで手前が使う武器を俺に相談すんだ? どいつもこいつも自分で考えもせずに他人を頼ってんじゃねぇ。俺の大剣を使えって言われたら、お前の体格で使いこなせると思うのか?」

「いいえ、無理です」


 弓使いのブルネラは、四人の中でも一番小さく、俺の胸ぐらいしか身長が無い。

 普通に考えれば、短剣か槍が無難だが、それも個人の好みや適正が無ければ伸び悩むだろう。


「手前の身の丈にあった武器を選べって、最初の戦闘講習でドノバンのオッサンに言われただろう。他人に聞く前に自分で考えろ!」

「す、すみませんでした」


 次から次に下らねぇ事を聞いてきやがって、タダで寝泊り出来る場所が手に入ったが、こんなに面倒なら願い下げだ。

 ブルネラを追い出したら、また間を置かずに部屋のドアがノックされた。


「誰だ」

「ヴェリンダです」

「入っていいぞ」

「失礼します……」


 昼間死に掛けた女だが、夕食の時にもチラチラと俺の方を見ていやがった。

 何か文句があるっていうなら聞くが、俺のやり方を変える気はねぇぞ。


「何か用か?」

「あの……ちゃんとお礼が言えてなかったので、今日は本当にありがとうございました。ギリクさんが助けてくれなかったら、私は死んじゃってたと思います」

「だな、どんだけ調子に乗ってたか思い知っただろう?」

「はい、みんなのためにも自分が強くならなきゃいけないんだって、思い知らされました。明日から、よろしくお願いします」

「あぁ、引き受けた以上はやってやるよ……」


 話は終わりかと思ったのだが、ヴェリンダは帰ろうとせずに上目使いに俺を見ながらモゾモゾしていやがる。


「まだ何か用か?」

「はい、あの……ギリクさん、好きな食べ物とか、嫌いな食べ物ってありますか?」

「特に嫌いな物はねぇな、美味くて量があればいい」

「分かりました、一所懸命作りますね」

「お前が作るのか?」

「はい、食事はだいたい……」

「他の連中は?」

「あんまり得意じゃないので、掃除とか買い物とか他の事をやってもらってます」

「なるほどな……」

「あの……夕食の味はどうでしたか?」

「あぁ、まぁまぁ美味かったぞ」

「良かった……明日からも頑張りますね」

「おぅ、よろしくな」

「はい、おやすみなさい」


 ヴェリンダは閉めるドアの隙間からも、こっちを覗き込むようにしながら部屋を出て行った。

 何だか変な奴だが、食事の支度を担当するなら大目に見てやるか。


 オスカーも部屋に来たが、風呂の支度が出来たと知らせに来ただけだった。

 四人の中では、こいつが一番見どころがありそうだが、性格的に守りに入りがちのようだ。


 一人で冒険者をやるには向いてなさそうだが、こいつらのようにパーティーで活動することが前提ならば悪くない。

 手数さえ増やせれば、ジョー程度にはなれるかもしれねぇな。

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