第502話 ギリクと駆け出しパーティー 前編
※ 今回はギリク目線のお話です。
「けっ、あんな連中にヘーコラ頭なんか下げてられっかよ」
「手前、いつまでそんなガキみたいな事を言ってるつもりだ。俺がどれだけ苦労して、あの護衛依頼を取って来たと思ってやがる」
「それがどうした。チマチマ護衛なんかやってねぇで、魔物倒して魔石や素材で稼いだ方がいいだろう。そっちのがランクだって上がるんじゃねぇのか?」
「馬鹿が、冒険者なんて一生出来る訳じゃねぇんだぞ。上客を捕まえておけば、将来の生活だって安定すんだ。オーランド商店は、その最たるものなんだぞ」
「二言目には安定、安定。爺臭ぇ事をぬかしてんじゃねぇよ。そんなのは爺になってから考えりゃいいだろうが」
「このクソガキが、話にならねぇ……これだけ言っても分からねぇなら出て行け。手前とのコンビは解消だ!」
「けっ、上等だ。こんな豚小屋、いつだって出て行ってやんよ。それに、手前とコンビを組んだ覚えなんかねぇよ!」
ヴォルザードからバッケンハイムまでを往復するクソ退屈な護衛依頼から戻った翌朝、ペデルの野郎がグジグジと文句を言って来やがった。
上客? 美味しい依頼? 将来の安定? んなもん知ったことか。
朝から晩まで馬車に揺られているだけ、宿に着けば馬の世話、途中で盗賊が襲って来たが、戦う前に尻尾を巻いて逃げて行く。
あんな依頼ばっかりやっていたら、腕も体も鈍りきっちまう。
Cランクには上がったものの、このままじゃ何時になってもBランクに上がれそうもねぇし、Aランクなんざ夢のまた夢になっちまう。
出て行け? コンビ解消? 上等だよ。
俺は一人になったとしても魔物をぶっ殺して、実績を積み上げて、Aランクに上がってやる。
荷物をまとめてペデルの部屋を出る。
荷物といっても、着替えと外套ぐらいのものだから、鞄に詰め込めば終わりだ。
「クソガキが、二度と面見せんな!」
「けっ、さっさと野垂れ死ね、クソ爺ぃ!」
ペデルの部屋がある倉庫街は、荷物を運ぶ馬車が行き交い一日の喧騒が始まっていた。
出て来たのは良いが、正直行く当てが無い。
最初に頭に浮かんだのは、タツヤやカズキが暮らすシェアハウスだったが、シューイチの嫁にガキが生まれるとか話していたのを思い出した。
ピーピーとガキが泣く声を聞かされるのもウンザリだし、出産祝いを要求されるのも癪に障る。
ボーっと歩いていたら、いつの間にかコーリー婆ぁの薬屋の前にいた。
これから討伐をメインにするなら、薬の手持ちも増やしておかなきゃいけないし、ついでだから覗いていくか。
ドアを開けて店に入ると、婆ぁが薬棚の整理をしていた。
「何の用だい? ミューエルなら配達に出てるよ」
「けっ、それが客を迎える態度かよ」
「ほぉ、こりゃ珍しい。あたしゃ、てっきりミューエルの尻を追い掛けに来たのかと思ったよ」
「うるせぇ、血止めと魔力の回復を助ける丸薬だ。さっさとよこせ!」
「さっさとしちまっても良いのかい? 用が済んでしまったら、ミューエルを待ってる口実が無くなっちまうよ」
「うっせぇな、無駄口叩いてないで、さっさと包め」
「はいよ、ちょっと待ってな」
まったく口の減らねぇ婆ぁだ。
今年でいくつになるのか知らないが、あと百年ぐらい生きていそうだ。
「そう言えば、あんた護衛の仕事でバッケンハイムに行ったんじゃないのかい?」
「あぁん? なんでそんな事を知ってやがんだよ」
「前に、タツヤとカズキが薬を買いに来た時に話してたんだよ」
「けっ、口の軽い連中だな」
「それで、行って来たのかい?」
「あぁ、昨日帰ってきたばかりだ」
「ほぅ、ちゃんと土産は買って来たのかい?」
「はぁ? 土産だと? 遊びに行ってんじゃねぇんだぞ」
「はぁぁ……まったく気が利かないね。遠出をしたら土産を買ってくるぐらいの気遣いが出来なきゃ、いつまで経ってもミューエルに振り向いてもらえないよ」
「うっせぇ、金や物で釣ろうとするようなチャラい連中と一緒にすんな」
そういう話は行く前にしとけよ、クソ婆ぁめ。
てか、カズキやタツヤ、まさかミュー姉に土産なんか買ってねぇだろうな。
あいつらを締め上げて確かめようかと思っていたら、裏口が開く音が聞こえた。
「ただいまぁ! あれ、ギリクじゃない、何か用?」
「薬を買いにきちゃいけねぇのかよ」
くそっ、ちょっと会わなかっただけなのに、またミュー姉が綺麗になってやがる。
「ごめん、ごめん、それで注文は?」
「もう婆さんに頼んだ。いくらだ?」
「両方で四百ヘルトだよ。ミューエル、バッケンハイムの土産は無いそうだよ」
「えぇぇ……残念、ちょっと楽しみにしてたのにな」
ちっ、なんで俺は気が利かねぇんだ……てか、タツヤとカズキは締め上げる。
「う、うっせぇな。護衛の仕事で行ってんだ。そんな浮ついた気持ちで務まるかよ」
「そっか、そうだよね。それで、どうだった? バッケンハイム」
「た、たいした事ねぇよ。ゴチャゴチャして面倒な街だ」
「そうなんだ、へぇ、いつか行ってみたいな」
「ふん、行っても面白くもなんともねぇよ」
まぁ、ミュー姉と一緒なら、馬車に揺られているだけでも退屈しないだろうけどな。
「はぁぁ……全く気の利かない男だねぇ。こういう時には、俺が連れて行ってやる……って言うもんだよ」
「けっ、片道だけでも一週間は掛かるんだぞ、馬車代だけでもどんだけ掛かると思ってんだ」
「その程度の金をポーンと出せないから甲斐性無しって言われるんだよ」
「うっせぇ……そ、そうだ、ミュー姉、薬草採取の護衛は……」
「うん、大丈夫。マノンとユイカが診療所にいる時は、コボルトちゃんを借りられるようになったの。だから、全然大丈夫よ」
「はぁ? コボルトって……」
「うん、ケントの眷属なんだけど、すっごい強いの。一度、オークが二頭近付いて来たんだけど、あっと言う間に倒して死体も片付けちゃったんだよ。もうビックリだよ」
嬉しそうに話しているミュー姉を見ていると、胸の底にドス黒い感情が渦巻いていく。
何かといえばケント、ケント……俺は必要じゃねぇのか。
「へぇ、そうかい、ほら四百ヘルトだ」
「ちょっと、ギリク。お茶ぐらい飲んでいきなよ」
「俺はランク上げるのに忙しいんだ、ノンビリなんかしてられねぇ……」
ミュー姉の誘いを振り切って店を出る。
この後の予定なんか何も入っていないけど、ケントの噂話を聞かされるのは御免だ。
せっかくミュー姉に会えたのに、むしゃくしゃして余計に気分が悪くなった。
今日から暮らす部屋も探さなきゃいけないのだが、こんなイライラした気分のままじゃロクな事にならないだろう。
着替えの詰まった鞄を担いだまま、北東の門から街の外に出た。
街道から西に逸れて森へと踏み込んでいく。
このまま西に進めば、魔の森の中へと足を踏み入れることになり、三十分も歩けばゴブリンなどの魔物と出くわすだろう。
つまり、腹立ちまぎれにゴブリンやコボルトを叩き切って、気分転換と同時に小遣い稼ぎをしようという魂胆だ。
大剣の鞘に取り付けておいた手槍を一本抜き出す。
投げ槍として使えるように柄を短く切り詰めているおかげで、こうした森の中では使い勝手が良い。
浅いとは言えども、間違いなく魔の森だから油断は出来ない。
いつ魔物が飛び出して来ても対応できるように、心の準備も整えておく。
このビリビリとして研ぎ澄まされていく感覚こそが冒険者としての醍醐味だ。
やっぱり馬車の荷台で腑抜けているような仕事は、俺の性には合わない。
視界を広く取り、耳を澄ませて森を進んでいくと、左手前方から何か声が聞こえてきた。
こんな所にいるのは冒険者だけだろうし、大きな獲物を相手に連携して戦っているのかもしれない。
慎重な足取りで声が聞こえて来た方向へ進んで行くと、今度はハッキリと聞き取れた。
「助けてくれ! 誰か、誰か助けて!」
声に続いて姿を現したのは、まだ駆け出しに見える大剣を手にした男だった。
「どうした?」
「助けて下さい、向こうで仲間が……」
耳を澄ますとオーガの咆哮が聞こえてくる。
声のする方向に向かって足を速める、憂さ晴らしするには丁度いい相手だ。
「オーガは何頭だ?」
「二頭です」
大剣の鞘に付けている手槍をもう一本外して両手に持つ。
放出系の魔術が苦手な俺が、離れた場所から攻撃するために考えた武器だが、今では俺の戦術の中心になっている。
木立を縫うようにして進むと、オーガの巨体が見えてきた。
数は話通り二頭で、その足元には大盾を構えた男が一人、その後ろに二人ほど倒れているのが見えた。
「助けは要るか!」
「お願いします!」
盾を構えた男が返事した直後、オーガ目掛けて手槍を投げ付けた。
「グフゥゥゥ……」
手槍はオーガの右胸に深々と突き刺さった。
続けてもう一頭にも手槍を投げ付け、大剣を抜き放つ。
二本目の手槍も、もう一頭のオーガの胸に突き刺さった。
「グォォォ……!」
「おらっ、くたばりやがれ!」
先に手槍を食らったオーガに斬りかかる。
オーガは飛び退りながら手槍を抜き捨てたが、直後に激しく咳込んだ。
手槍で胸を狙ったのは、ジョーからのアドバイスだ。
肺に傷を負えば、どんな生き物だって呼吸がしづらくなり、動きを鈍らせる。
後は、わざと相手が動くように仕向け、動きが鈍ったところで仕留めるだけだ。
咳込むオーガに小刻みな突きを食らわせ、更に体力を削る。
もう一頭のオーガが襲ってきたが、そちらの動きも既に鈍り始めていて、余裕を持って受け流せた。
森の中で大剣を使う場合、焦って振り回すと木立に邪魔されて致命的な隙を産むが、余裕を持っていれば立木は盾に利用できる。
オーガを挑発し、倒れている奴らから引き剝がしながらチクチクと突きを食らわす。
一気に勝負を決めたいところだが、二頭相手では油断は出来ない。
「ゴアァァァァ!」
吠えながら掴みかかって来たオーガが、木の根に躓いて体勢を崩した。
「そこだぁ!」
狙いすました突きが、オーガの首筋を深々と切り裂くと血飛沫が舞った。
これで、こいつは放っておいても死んでいく。
大きく回り込んで距離を取り、残りの一頭を挑発する。
「おら、どうした、ウスノロ! 掛かって来いよ!」
「グアァァァァ!」
挑発に乗ってオーガが踏み込んで来るが、その動きは鈍い。
顔面に突きを入れるフェイントを入れると、仰け反ったオーガの胴体はガラ空きだ。
「うら、うら、うらぁ!」
「グファァァ……」
胴体に三連突きを食らわせ、素早く距離を取る。
オーガの振り回した腕は、空を切るだけで俺には届かない。
苦し紛れの突進は、木立を盾にして横に動いて躱す。
オーガの動きは、時間の経過と共に鈍っていくばかりだ。
再び顔へのフェイントを加えて、胴体へ三連突きを食らわせる。
鈍ったオーガの腕の動きを見切って躱し、脳天に止めの一撃を振り下ろした。
渾身の力を込めて振り下ろした大剣は、オーガの頭蓋骨を顎の辺りまで叩き割った。
「うらぁぁぁぁ! 思い知ったか、この野郎!」
大剣の柄から伝わった会心の手応えは、胸の底に溜まった鬱憤を吹き飛ばした。
血振りをくれてから、大剣に残った血脂を丁寧に拭ってから鞘に納める。
計算通りに二頭のオーガを一人で仕留めた興奮が、時と共に自信に変わっていくようだ。
「ヴェリンダ、しっかりして」
「ごふっ……死にたくない……」
救援を求めた奴らの所へ戻ると、女が一人死にかけていた。
オーガのパンチを腹に食らったらしい。
もう一人の女も片腕が折れているようだし、盾を構えていた男は足を引きずっている。
無事なのは俺に助けを求めた男だけだ。
「ちっ、俺が抱えて運ぶから付いて来い。お前、荷物を持って来い」
無事だった男に荷物を預け、死にかけの女を抱えて街の方向へと戻る。
もったいないが、オーガの魔石を取り出している暇は無い。
ヴォルザードの城壁に突き当たったら、南に向かう。
本来、南西の門からはBランク以上の冒険者が同行していないと出入り出来ないが、そんな事を言っている場合ではない。
「緊急だ! オーガにやられて死に掛けてる、開けろ!」
すぐに通用口が開かれ、担架をもった二名の守備隊員が出て来た。
「怪我人は我々が預かる、残った者は手続きをしてから入れ!」
死にかけの女は守備隊員が運んで行き、残った俺達は事情聴取を受けることになった。
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