第497話 苦労人ジョーは気付かない

※ 今回は、近藤目線の話になります。


「なぁ、ジョー、走って帰っちゃ駄目か?」

「駄目に決まってんだろう、アホか」

「いや、でもよぉ、こうしている間にも生まれてるかもしれないし……」


 ヴォルザードまで、あと半日の場所まで来ると、鷹山のアホさが加速し始めた。

 いつぞやか国分が話していたが、シーリアさんが絡むと鷹山は周囲の状況が見えなくなってくる。


「ヴォルザードまでは、あと少しの距離だけど、ここらだって魔物が出ないとは限らないんだぞ。鷹山が抜けたことで怪我人が出たらどうすんだよ」

「それは、そうだけどよぉ……」

「大体、この依頼の重要度は話したよな。俺らの将来にも関わるし、それは鷹山家の将来に関わるんだぞ」

「そうか、そうだよなぁ……」


 一応、納得したような顔で担当している馬車へと戻っていったが、帰って構わないと言えば、すぐにでも走り出しそうな雰囲気だ。

 一緒に昼食をとっていたオーランド商店の御者エウリコが、鷹山の様子を見て声を掛けてきた。


「ジョー、シューイチの奴は何であんなにソワソワしてやがるんだ?」

「実は、そろそろ子供が生まれそうなんです」

「はぁ? 子供って、シューイチのか?」

「そうです」

「かぁ、随分と手が早いんだな。まぁ、ヴォルザードじゃ学校を出て早々に結婚する奴も珍しくはないが……よっぽど良い女に巡り合ったか」

「まぁ、美人なのは確かですね」


 鷹山の嫁のシーリアさんは、色々と訳ありではあるが、元リーゼンブルグの第四王女だ。

 本人も母親のフローチェさんも、リーゼンブルグ王家とはキッパリ縁を切ったつもりのようなので、この話を俺の口からはする気はない。


「ジョー、お前はどうなんだ? 女の一人ぐらいはいるのか?」

「ま、まぁ、いないこともないですけどね」

「ほぉ、さすがだな。お前らぐらいの歳だと、カズキやタツヤみたいなのが普通だがな」

「まぁ、そうですよね」


 バッケンハイムまでの往復の間に、新田と古田の新旧コンビはオーランド商店の御者三人とすっかり仲良くなっている。

 新旧コンビは女性からはモテないが、オッサン連中からは可愛がられるタイプだ。


 と言っても同性愛的な話ではなく、体育会系の先輩後輩みたいなノリで懐に入るのが上手いのだ。

 裏表の無い明るい性格だし、キッチリと仕事もこなすし、研究熱心でもある。


 護衛される側の人間と意思疎通が出来ているのといないのとでは、いざという場合の戦いやすさが違う。

 そういう意味では、新旧コンビのコミュニケーション能力の高さは大きな長所だろう。

 

 新旧コンビが自然に溶け込む一方で、異物のごとく浮いた存在になっているのがギリクだ。

 今も昼食を終えると、馬車の車輪によりかかった状態でイビキをかいている。


 舐められたくないという気持ちが強すぎるのか、オーランド商店の御者達と交流する気も無いようで、相方のペデルも頭を抱えていた。

 あんな態度を取られるならば、この先一緒に依頼を受ける気にはなれない。


 国分の特訓場を使った訓練も、ギリク抜きで進めることを考えないといけないだろう。

 リバレー峠で山賊を撃退出来たおかげで、デルリッツ達からの評価は更に上がっているようだし、ギリクなんかをかばって自分達の評価を落とすつもりは無い。


 そもそも、俺達よりも年上なんだし、ヴォルザードで生まれ育っているのだから、そうした冒険者の実情についてはギリクの方がわきまえているはずだ。

 それでも、あんな態度をとり続けるのだから、本人も覚悟の上なのだろう。


 ギリクが抜けて戦力が不足するのであれば、ロレンサとパメラを組み込むのには好都合だ。

 問題は、二人の拠点がマールブルグにある事だ。


 いっそ、ロレンサは俺の部屋に住んで、パメラをペデルに押し付ける……のは無理があるか。

 いずれにしても、焦って動くとロクなことにはならないし、腰を据えて考えよう。


 昼の休憩を終えて出発する前にデルリッツさんに事情を話して、鷹山はヴォルザードの城門で解放してもらえるように頼んで了承してもらった。

 さすがに街の中に入ってからは襲われる心配は無いが、鷹山以外の人間は馬車をオーランド商店まで送り届ける予定だ。


 今日は好天に恵まれ、暑くもなく寒くもない清々しい陽気だ。

 それだけに、昼食後に馬車に揺られていると眠気に襲われる。


 ここで居眠りなどして顰蹙を買う訳にはいかないので、大きく首を振って馬車の前後左右に視線を向ける。

 少し距離を開けているが、前にはマールブルグからの帰りなのだろう、鉱石を積んだ馬車が走っている。


 後ろは、オーランド商店の幌馬車に遮られているが、距離を詰めてくるような不審な馬車はいない。


「ふわぁぁぁ……さすがに眠いな、ジョー」

「勘弁してくださいよ、エウリコさん。欠伸が移って……ふぁ」

「ふはははは、ここまで来てしまえば、まず大丈夫だ。見通しもいいし、森からも離れている。魔物を見掛けることも稀だからな」

「まぁ、そうですけど、ちょっとした油断が命取りになりかねませんからね」

「ふふっ、真面目だな。カズキも、タツヤも、シューイチも、一緒に組んでる連中は幸せもんだぜ」

「まぁ、あいつらには肝心な時に力を発揮してもらわないといけませんからね」


 いくら俺が作戦を立案しようと、周りの実力が伴わなければ失敗する。

 作戦を立案するには、互いの実力を把握する必要がある。


 問題が無い訳ではないが、鷹山も新旧コンビも実力は確かだし向上心もある。

 俺自身がヴォルザードで冒険者生活を満喫するには、もはや三人は必要不可欠と言っても過言ではない。


 気を抜くのは言わなくても大丈夫だろうから、後は引き締める時に俺が手綱を握れば良いだけだ。

 途中二度ほど休憩を入れて、日が傾く頃にはヴォルザードへと辿り着いた。


「シィィィィィリアァァァァァァァ……」


 身分証確認が終わった途端、鷹山は奇声を上げながらシェアハウスを目指して走り去っていった。

 せめて黙って走っていけよな。


「うはははは、シューイチは面白ぇな」

「嫁のことになると、本当にアホなんで……すみません」

「いいじゃねぇか、ジョーも早く良い女を見つけるんだな」

「まぁ、ボチボチやりますよ……」


 オーランド商店まで馬車を送り届け、さぁ俺も帰ろうかと思っていたらペデルに呼び止められた。


「ジョー、ギルドに依頼完了の報告に行くから一緒に来い。山賊の件を聞かれると思うから、俺以外の人間がいた方が良い」

「了解……」


 報告に同行するのは構わないのだが、ペデルがギリクを追い払っていたのが気になる。

 酒場に引っ張り込まれて、グダグダと愚痴を聞かされるのは勘弁してもらいたい。


 新旧コンビは、どうやらギリクと夕食に行くらしい。

 ペデルがギリクを部屋から追い出す予定だとは話してあるので、シェアハウスに転がり込まれる事は無いとは思うが少々心配だ。


 まぁ、二人もそんな事態は御免だと言っていたから大丈夫だろう。

 それに、もしかするとギリクに釘を刺すつもりかもしれない。


 そっちは、ミイラ取りがミイラにならない事を祈ろう。


「和樹、達也、あんまり羽目を外しすぎんなよ」

「了解、了解」

「依頼明けだし、適当なところで切り上げるから……」


 たぶん、日付が変わる前には帰って来ないだろうが、行くのは安くて量が多い店だろうから、悪い女に引っ掛かる心配は要らないだろう。

 オーランド商店の裏で分かれて、俺とペデルはギルドに向かう。


「はぁ……ギリクと組むのは今回限りだ」


 愚痴を聞かされるとしても、報告を終えた後だと思っていたのに、いきなりとは思ってもいなかった。


「何すか、藪から棒に……」

「あのガキ、何遍言っても理解しやがらねぇ」

「部屋から追い出すんですか」

「あぁ、明後日までには叩き出してやる」


 ペデルには、デルリッツさんとの話の内容を明かしていない。

 なのでペデルは、自分がオーランド商店に食い込むチャンスを捕まえたと思っているはずだ。


 それだけに、ギリクの振る舞いには怒りを覚えているのだろう。


「俺がどんだけ苦労してこの依頼を手に入れたのか、全く分かっちゃいない」

「そうですね。さすがに依頼を受けている者の態度では無かったように思います」

「だろう? あのクソガキ、今度という今度は限界だ」


 などと言ってはいるが、討伐ではギリクの腕っ節を利用してきたようだ。

 まぁ、世間知らずというか、ワガママ放題のギリクの世話を焼いていたのも事実なのだろうが、俺からは互いに利用し合っている関係に見える。


 俺達四人には、今後オーランド商店から護衛の依頼が定期的に来るはずだが、そこにペデルが組み込めるかは未定だ。

 一応聞いてはみるが、オーランド商店から不要だと言われたら、どうする事も出来ない。


 ペデルは美味しい伝手を掴んだつもりでいるようだが、それが水の泡と消えた時にギリクを追い出したことを後悔するのではなかろうか。

 まぁ、そこまで俺が面倒を見るつもりはないので、自分達で何とかしてもらおう。


 夕方のギルドは、依頼完了の報告をする冒険者でごった返していた。

 カウンターの前には行列が出来ている。


 ペデルがどこの列に並ぶのかと見ていたら、わざわざ長い列の後ろに並んだ。

 行列の長さは、受付担当の差だ。


 短い列は男性職員や年配の女性職員で、長い列は若い女性職員が担当する。

 依頼完了の報告は、同時に報酬の受け取りでもあり、冒険者にとっては自分の収入をアピールする場でもあるそうだ。


 俺は、こんな依頼をこなして、こんなに稼いでいるんだ、どうだ俺の女にならないかアピールタイムというやつらしい。

 俺としては、さっさと報告を終わらせて帰りたいのだが……ペデルの歳でアピールになんかなるのだろうか。


 長い行列の先で仕事をしていたのは、胸の大きい若い熊獣人の女性職員だった。

 ペデルの鼻の下が、普段の三倍ぐらいに伸びている。


「護衛完了……オーランド商店の護衛依頼完了の報告とリバレー峠の山賊撃退の報告だ」

「お疲れ様でした。依頼主さまのサインを確認させていただきます」


 依頼主は発注書にサインをして、それをギルドが保管。

 完了時にするサインと筆跡を照合して、合致したら報酬が支払われる仕組みだ。


 完了報告書を持ち込む人間は、発注時のサインは見られないので、筆跡を偽造して報酬を騙し取ることは出来ない。

 逆に、依頼主は違うサインをすることで報酬を支払わないという工作が可能になるが、当然冒険者とトラブルになるし、そうした揉め事が頻発すれば依頼の受注を断られるようになる。


 互いの信用で成り立っている仕組みだけに、それを裏切ったり悪用するリスクは大きいのだ。


「はい、確かに依頼主のサインと確認いたしました。報酬はギルドの口座に振り込みでよろしいですか?」

「あぁ、そうしてくれ」

「ペデルさん、ギリクさん、シューイチさん、タツヤさん、カズキさん、ジョージさんの六名ですね?」

「あぁ、間違いない」

「では、お手続きをしておきます」


 ペデルは斜に構えて格好付けているのだが、受付の女性職員は殆ど書類しか見ていない。

 というか、ペデルよりも俺の方に視線を向ける時間が長いような気がするが、気のせいだろうか。


 この後、山賊討伐の報告をしたのだが、往路で起こった襲撃だったので内容は既に報告がなされていて、俺達はそれを確認し補足するだけだった。

 と言っても、ペデルは馬車の中にいて状況を確認していないので、殆ど俺が答えた。


「こちらの報告書には山賊の弓使いを攻撃したのはオーランド商店の者らしいとありますが……」

「それは、自分……ジョージとシューイチですね。風の魔術が自分で、火の魔術がシューイチです」

「かなりの距離があったそうですが……」

「それは、俺達独自の方法です……といっても国分、魔物使いからコツを教わったものですけどね」

「あまり公表したくない……のですね?」

「まぁ、自分らの強みでもありますから」

「分かりました。冒険者の皆さんの独自の技術については追及いたしません」


 特有の技能を持った冒険者がいる事は、ギルドにとっても何か利点があるのだろう。

 受付の女性職員は、分かっていますよ……といった感じの意味ありげな笑みを浮かべている。


「オーランド商店からは、山賊撃退の追加報酬も支払う指示が出ています。こちらも口座に入れておいてよろしいですか?」

「はい、お願いします」

「かしこまりました。以上で手続きは終了です、長旅お疲れ様でした」

「どうもありがとう」


 受付の女性職員に満面の笑みで労われ、無事に依頼を完了した実感が湧いて来た。

 カウンターを離れると、ペデルは眉間に皺を寄せて舌打ちした。


「どうかしたんですか?」

「ちっ、どうかしたじゃねぇよ。気付いてねぇのか?」

「えっ、何がです?」

「ははぁ、気付いてないならいいか……いや、良くねぇのか?」


 ペデルはブツブツ言いながら、チラリとカウンターの方向を振り返ったが、ハッキリとは口にしない。


「何なんですか、何が気にいらないんです?」

「何でもねぇよ。気付いてないなら、自分で考えろ、それも冒険者の修行ってやつだ」

「はぁ? 金は全部受け取りましたよね」

「あぁ、依頼の報酬、追加報酬、問題ねぇ」

「あっ、あれですか、独自の技術……言わない方が良かったですか?」

「どうせ、大したことじゃねぇんだろ?」

「まぁ、練習すれば誰でも出来るようになるとは思いますけどね……」


 ペデルが苛ついている理由は良く分からなかったが、酒場への誘いは鷹山をダシにして断って帰ってきた。

 飲み始めれば、延々と愚痴を聞かされるに決まっている。


 そんな悪い酒に付き合わされるなんて真っ平御免だ。

 シェアハウスに戻ると、顔面が蕩けて崩壊寸前の鷹山と赤ん坊を抱いたシーリアさんがいた。


 一昨日の早朝、出産したそうだ。

 かなりの難産だったそうで、浅川さんが帝王切開を行って取り上げたらしい。


 浅川さん、マノンさん、国分のチームプレイのおかげで何とか命を取り留めて、今は母子共に健康らしい。


「どうだよジョー、可愛いだろう。めっちゃ可愛いだろう。なっ、なっ?」

「そうだな、シーリアさんに似るといいな」


 ぶっちゃけ、生まれて三日目の赤ん坊なんて、サルみたいで可愛いとは思えなかった。

 オッパイを飲み終えて、眠ったところらしい。


 抱いてみるかときかれたが、即断わった。

 壊れそうにか弱い存在で、触れるのさえもためらってしまう。


「ジョー、貴様には娘はやらんからな」

「あのなぁ……いくつ歳が離れていると思うんだ。それに、俺も鷹山をお父さんなんて呼びたくないよ」

「そうか、ならいいんだ」

「ところで、名前は決めたのか?」

「そうだ、ねぇシーリア……名前どうするぅ? 可愛い名前がいいよねぇ?」


 シーリアさんと娘の名前の相談を始めた鷹山は、もうデレッデレのグッネグネで、見ているこっちが恥ずかしくなってくる。

 なるほど、新旧コンビの二人がギリクと飲みに出掛けたのは、鷹山夫婦の熱々ぶりに当てられないようにするためか。


 でもまぁ、これは一日やそこらで元に戻るとも思えないから、いずれは味わうことになるだろう。

 荷物を置きに自分の部屋に戻ると、一人きりの部屋が少しだけ寂しく感じた。


 はぁ、マールブルグは、ちょっと遠いよなぁ……。

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