第496話 支援金の準備
「まったく、ご主人様は働きすぎにゃ」
「でも今回の仕事はマルツェラに関係することだから、僕が片付けないと駄目なんだよ」
「もっと、ネロみたいにノンビリするにゃ」
「えっ? ネロは毎日家を守ってくれてるんじゃ……」
「そ、そうにゃ、ネロも毎日忙しいにゃ」
「ふふっ、ありがとうね、ネロ」
「も、もちろんにゃ」
屋敷のみんなと朝食を済ませた後、自宅警備員のネロに寄り掛かって仮眠しました。
フワフワ、ポカポカだけど、もう少しすると暑くなりそうですね。
夏の暑い時期は、フラムやサヘルと一緒だとヒンヤリ過ごせそうな気もします。
気温が上がってきたら試してみましょう。
仮眠を終えた後、影移動でリーゼンブルグの王都アルダロスへと向かいました。
まだ支援物資が揃ったという連絡はありませんが、こちらでも準備を進めておこうと思っています。
向かった先はアルダロスの商工ギルドで、人目に付かない廊下の隅から表に出ようと思ったのですが、なんだか賑わっていて丁度良さそうな場所が見つかりません。
仕方がないので一度外に回って、路地裏で表に出てから商工ギルドのドアを潜りました。
受付カウンターの前も順番待ちの長い列が出来ていて、お金を下ろすだけなのですが、時間が掛かりそうな気がします。
隣の列にならんでいる四十代ぐらいのオッサンも、列の先を眺めては溜息を漏らしていました。
「はぁ、これじゃ帰るのは昼になっちまいそうだな」
「すみません。僕は久々にギルドに来たんですけど、なんでこんなに混んでいるんですか?」
「あぁ、最近は景気が良いから、商売を始めたり、店の規模を大きくする奴が増えているのさ」
「なんで、景気が良くなったんです?」
「そりゃ、国の行く末がカッチリ決まったからさ」
オッサンの話では、例の汚職摘発でダメージを受けた商会も少なからずあったそうですが、それよりも次期国王が決まった安心感の方が大きいそうです。
「くだらない派閥争いも終わり、貴族たちも一つの方向を向いて動くようになっている。内戦を防げたから土地も荒廃せずに済んだ。西部では砂漠化の対策も進められるようになった。バルシャニアとの長年の争いにも終止符が打たれた。これで景気が悪くなるなんてあり得ないだろう」
「なるほど……」
「最近は、アルダロスで店を出したいと思う者が増えているが、肝心の店が無い。どこの物件も埋まっちまってるらしい。いくら景気が良いからと言って、あんまり裏通りじゃ商売にならないからな」
商工ギルドでは、貸店舗や倉庫などの斡旋も行っているそうで、時間が掛かる物件探しの人が増えると混雑が酷くなるようです。
「兄ちゃんは何の用事で来たんだい?」
「僕は、お金を引き出そうかと思いまして」
「支払いの金かい?」
「まぁ、似たようなものですね」
「その歳で、商売してギルドに金を預けられるなんて、大したもんだな」
「いえ、そうでもないですよ……」
軽い気持ちで話し掛けたのですが、行列に並んで退屈していたらしいオッサンに
色々と聞かれる羽目になってしまいました。
「どんな商売してんだ?」
「商売というか、冒険者をやりながら値打ち物をオークションに持ち込むみたいな……」
「依頼のついでに安く手に入れた品物をセリにかけて差額を稼ぐのか……目利きじゃないと儲からないだろう」
「まぁ、そうですねぇ……偶に大きな儲けが出れば良いかなぁぐらいで」
「なるほどなぁ、欲をかき過ぎないのが儲けるコツってか?」
「そうかもしれませんね」
「だがな、兄ちゃん。そうした商売は博打の要素が強すぎる、上手くいってる時は儲かるが、一つ歯車が狂いだすと負債がどんどん増えちまうぞ。商売ってのは、まずは地道に足下を固めてだな……」
うわっ、話し掛ける人を間違えちゃいましたかね。
なんだか、商売とは……と熱く語りだしちゃいましたよ。
「何言ってやがる。この好景気の時にこそ、一発大儲けを狙わないでどうすんだよ」
「なんだとぉ……手前、俺の話にケチつけやがるのかぁ?」
オッサンだけでも持て余していたのに、僕の後にならんでいた二十代半ばぐらいの兄ちゃんも話に加わってきました。
「俺は今の店を担保に入れてギルドから金を引っ張って、デカい商売をするつもりだぜ。今は黙っていたって物が売れる時代だ、今稼がないで何時稼ぐってんだよ」
「若いな……そうやって無茶やって消えていった連中を何人も見てきたぜ」
「はっ、そんなのは時流が読めない馬鹿野郎だったってことだよ。そんな連中と俺様を一緒にすんな」
「そうそう、そうやって俺は違う、俺は成功するって言ってる連中に限って、こんなはずじゃなかったと言い出すものさ。まぁ、街の金貸しでなく、ギルドから融資を受けようってのは正解だ。兄ちゃんの計画が上手くいくかどうか、ギルドの融資担当に相談してみるんだな」
「けっ、相談なんざ必要ねぇよ。俺様が儲かると見込めば、必ず儲かっちまうからな」
そんな自信がどこから湧いて来るのか知りませんが、兄ちゃんはオッサンの忠告に耳を貸すつもりは無いようです。
「兄ちゃんは、どっちが正しいと思う?」
「勿論、俺だよな? 勝負するために金を引き出しに来たんだろう?」
「いや、僕は勝負するとかじゃなくて……」
「ほら見ろ、商売は地道にやるのが一番なんだよ」
「何言ってんだ、勝負だよ大勝負だよ」
僕をそっちのけにして二人はエキサイトし始めました。
そこに、更に別の人達まで話に加わり始めて、収拾がつかなくなってきたところに緊張した面持ちでギルドの女性職員が近付いてきました。
「し、失礼いたします……魔王様。別室にてギルドマスターがご用件を承ると申しております」
「ありがとう、案内してもらえるかな?」
「かしこまりました」
それまで掴み合いになりそうな勢いで意見を戦わせていた人達が、ピタリと話を止めて僕の方へと視線を向けた直後、ザザっと一斉に後退りしました。
いやいや、そんなに怖いものじゃないですからね。
ギルドのお姉さんも、そんな今にも死にそうな顔しないでぇ……。
てか、僕だけ行列を飛び越えちゃうみたいで申し訳ないですね。
目を見開いてガタガタ震えているオッサン達に軽く会釈をして、女性職員の後に続いて移動します。
以前、身分証を作ってもらった時の応接室へ行くと、ギルドマスターのクデニーヌさんが出迎えてくれました。
「ご無沙汰いたしております、魔王様」
「こちらこそご無沙汰してます」
「本日は、どのようなご用件でございますか?」
「預けておいたクラーケンの魔石の代金を引き出そうかと思いまして」
「三億ブルグの全額でございますか?」
「いえ、引き出す金額についても少しアドバイスをいただきたいんです」
「引き出す金額を……ですか?」
「はい、昨年アンデッドの襲撃を受けた村に支援をしたいのですが、どの程度の金額が妥当か悩んでおります」
「アンデッドの襲撃と申されますと、ブルギーニ、セラティ、ルートスでございますね?」
アンデッドの襲撃と聞いただけで、スラスラと地名が出て来るあたりは、さすが商工ギルドのギルドマスターだけのことはありますね。
ヴォルザードで違法奴隷を助けてから、現在に至るまでの経過を簡単に説明して、どの程度の金額を支援すれば良いのか尋ねました。
「魔王様が、私財を投じて下さるのですか?」
「まぁ、この件に関しては、ちょっと色々ありまして、あながち無関係でも無いんですよ」
「そうでございますか、少々お待ちいただけますか」
クデニーヌさんは、ここまで案内してくれた女性職員に資料を持って来るように言いつけました。
「念のために、各村の収益や人口を確認いたします。どの村も同じような規模ではございますが、ルートスとセラティはフォルスト領、ブルギーニはマルトリッツ領になりますので、少々状況が異なると思われます」
「それは、フォルスト領で起こった大きな地滑りの影響ですか?」
「おっしゃる通りです。セラティとブルギーニは馬で一日ほどの距離ですが、領地が異なるので支援の状況も違っているでしょう」
領地が異なれば、支援をしてくれる家も異なり、それぞれの財政状況が支援の内容に影響を及ぼす訳です。
「えーっと……その、マルトリッツ家は裕福なんですか?」
「貴族の平均ほどは裕福ではございませんが、領地の殆どが山地であるフォルスト領に較べると、平地にも領地を持っておりますので幾分は収入が多い程度です」
「なるほど……それぞれの村によって状況は異なるとは思うけど、支援する金額に差をつけると、後々金額の違いが表面化した場合に面倒な事態になりそうなので、三つの村に支援する金額は同一にしてもらえますか」
「かしこまりました」
クデニーヌさんは、女性職員が持参した資料を基にして、支援金額を算出し始めました。
僕としては、ザックリした金額で構わないのですが、クデニーヌさんにはクデニーヌさんとしてのポリシーみたいなものがあるのかもしれませんね。
「お待たせいたしました、魔王様。今回は王家からも支援物資の提供があるそうですので、おおよそ同額になるであろう数字を弾き出しました。一村あたり二千万ブルグも有れば十分なはずです」
「分かりました、お金を準備していただけますか」
「かしこまりました」
やはり商工ギルドに相談して良かったのです。
僕一人では、どの程度の金額を寄付すれば良いのかサッパリわかりませんでした。
二千万ブルグというと、日本円の感覚では二億円ぐらいの価値があるように思います。
小さい村ですし、リーゼンブルグ王家からの支援もありますので、必要な金額は満たしているはずです。
「では、魔王様。百万ブルグの白金貨が三十枚、大金貨が三百枚、これで宜しいでしょうか?」
「結構です、お世話様です」
「いいえ、この程度はお安い御用です。例の汚職摘発では多大なお力添えを賜りました。魔王様の口利きが無かったら、いったいどれほどの店が潰れていたかわかりません」
「かなり長年に渡って続けられてきた、悪しき習慣だったようですね」
「はい、おっしゃる通りです。その悪しき習慣が無くなって、商売に使えるお金が増えたのも好景気の要因の一つでしょう」
真面目に商売に取り組んでいても、賄賂を贈る業者の方が優遇されるような状況では、商売をする意欲が湧いてこないでしょう。
商品やサービスの質が正当に評価されるようになって、商売に携わる人達の意欲も上がっているのも好景気の要因のようです。
「今回の件では、奴隷商人と騎士団の一部の人間が癒着していたんですが、他に裏取引をしていそうな業種ってあります?」
「一番考えられるのは、やはり娼館でしょうか。殆どの店が借金奴隷を働かせていますし、中には奴隷商人と結託している者もいるかもしれません」
「なるほど……一応騎士団長には調べるように言った方が良いのかなぁ……」
「それは、是非ともお願いいたします。ようやく王都を覆っていた澱んだ空気が打ち払われたところです。再び濁らぬように、悪い習慣は一掃していただきたい」
「まぁ、そうだよね。騎士団長も手を着けているとは思うけど、念のため確認しておきます」
「ありがとうございます」
ギルドの業務が忙しそうですし、長居すると迷惑になりそうなので、お金を受け取って退散することにしました。
外で人に見られると面倒なので、闇の盾を出して応接室から影の空間へ潜りました。
「ラインハルト、ブルギーニには行ったことある?」
「ございますぞ。ルートスやセラティと同様に鄙びた山間の村ですぞ」
「ちょっと案内してくれるかな。他の村と同様に支援が必要ならば、準備してもらわないといけないからね」
「そうですな、では参りますか」
ラインハルトの案内で、商工ギルドからマルトリッツ領ブルギーニへと向かいました。
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