第493話 女冒険者の誤算
※ 今回は、マールブルグの女冒険者ロレンサ目線の話です。
最初は、ほんの遊びのつもりだった。
いや、冒険者としての稼ぎを得る打算もあった。
駆け出しの冒険者にしては、なかなかの腕前だし頭も切れる。
性格は温厚そうに見えるし、冷静で判断も早い、顔も悪くない。
その上、あのSランク冒険者、魔物使いの友人となれば、間違いなく掘り出し物だ。
悪い女に引っ掛からないように、性欲を抑えきれずに道を踏み外さないように、あたしが女を教えてやった。
あの年頃の男なんてものは、体を開いてやれば簡単に溺れて、こちらの良いように動かせるようになる。
そうした若い手駒を飼っておけば、冒険者として活動するのが楽になる。
ジョーも、そんな手駒の一つにするつもりだった。
「……という感じで、オーランド商店と接点が作れたが、まだ完全に信頼された訳じゃなさそうだ」
「うん……」
「いずれ、ロレンサとパメラも組み込めればと思っているが、もう少し待ってほしい」
「あぁ、そうだね……」
「じゃあ、そろそろ戻るよ」
「あぁ、またね……」
「うん、また……」
昼食後から夕方までぶっ通しで体を絡め合い、精魂尽き果てて裸のまま動く気力さえ無いあたしをベッドに残し、仕事の話をしながら帰っていく。
あっちの方は驚くべき速さで上達しても、女の扱いが全くなっちゃいない。
でも、それに文句をつける気力も残ってやしない。
女を武器に手駒にするなんて冗談じゃない、若いオスの本能と生真面目さが組合わさると、こんな事になるとは知らなかった。
余裕を持って主導権を握れていたのは最初の二、三回まで、逢瀬を重ねる度に互角になり、圧倒され、今では翻弄されている。
あくまで余裕を持って、感じている、楽しんでいるように演じているフリを続けているつもりだが、それもどこまで通用しているか分からない。
シャワーを浴びてサッパリしたいと思っても、起き上がる気力が湧いてきやしない。
いや、体に残ったジョーの残滓をまだ感じていたいのかもしれない。
ベッドの上で、気だるさに身を任せていると、カチャっとドアが開く音がした。
ジョーが忘れ物でも取りに戻って来たのだろか。
「うわぁ……酷い有様ね」
「ちょ……パメラ?」
「その様子じゃ、あたしが帰ってきたのにも気付いてなかったんでしょ?」
冒険者としてコンビを組んでいるパメラは、ズカズカと部屋に入ってくると、背もたれを前に回して椅子に座り、頬杖をついてあたしを眺めてニヤニヤと笑みを浮かべる。
慌ててシーツで体を隠した。
「あのロレンサがねぇ……あんな可愛い声で鳴くとはねぇ……」
「う、うるさい! あれはジョーを篭絡するための演技に決まってるでしょ」
「演技ねぇ……壁の向こうで聞いていて恥ずかしくなるぐらい迫真で長時間の演技、お疲れ様。でも、股広げたまま見送るのは止めておいた方が良いと思うよ」
「う、うるさい! 話は後でするから出て行って!」
「はいはい、風呂場に行く時、廊下に色々こぼさないようにしてね」
「……っく、馬鹿!」
ヒラヒラと手を振って部屋を出て行こうとするパメラに枕を投げつけたが、ヒラリと躱されてしまった。
パメラとは、冒険者として駆け出しの頃からの腐れ縁だ。
女だてらに冒険者なんてやっていれば、まともな色恋沙汰とは縁遠くなるばかりだ。
利害打算で体を開くなんて当たり前、力に屈して手籠めにされた事だってある。
十年以上もコンビを組んでいれば、お互いの男関係だって分かっているし、それだけに本気にさせられたと知られるのは気恥ずかしい。
他の男となら肌を合わせていても、足音を忍ばせてパメラが隣室に戻って来たのに気付いていたはずだ。
「はぁ、あたしも焼きが回ったもんだねぇ……」
溜息をついてベッドから降りると、ジョーの残滓がこぼれて床に落ちた。
シャワーを浴びて部屋着に着替え、居間のテーブルに腰を落ち着けて水を飲んでいるとパメラが二階から降りてきた。
「オーランド商店にコネを作ったんだって?」
さっき部屋に顔を出した時とは違い、すっかり仕事モードの顔付きだ。
ダラダラと引き摺らず、スパっと切り替えるのがパメラの良いところだ。
「うん、そう言ってた」
「オーランド商店って、ヴォルザードじゃ一番の大店じゃないの?」
「だね、そう聞いてる」
「あの歳でオーランド商店に食い込むなんて、思った以上じゃない?」
「でも、本人は自分の実力だとは思ってないんじゃない?」
「あぁ、まぁそうだろうね。魔物使い……」
「うん、そう……」
ジョーの友人のケント・コクブは、史上最年少でSランクに認められた冒険者だ。
あたしも直接会ったことがあるが、言われるまでは、ただのうるさいガキにしか見えなかった。
ジョーから何度も話を聞いたが、強力な魔物を使役し、たった一人でリーゼンブルグ王国と渡り合い、バルシャニアの皇女を嫁に貰ったそうだ。
そんな人物に、商人が目を付けない訳がない。
規模の大きな店ほど、野心を抱いている店ほど、魔物使いと縁を結び、良好な関係を築きたいと思っているはずだ。
その友人であるジョーに、大店から声が掛かるのは当然だろう。
「オーランド商店にコネが出来ても、冷静に振舞えるのは大したもんよねぇ」
「だからこそ、オーランド商店でも声を掛けたんじゃないの?」
「あぁ、確かに……でも、そのオーランド商店よりも先に手を付けたロレンサも大したもんよね」
「当然、見どころのある若い男には、さっさと唾を付けておくもんよ」
「うん、あれほどの人材は、なかなか転がってないわね」
「他の職業ならいるんでしょうけど、冒険者ではねぇ……」
「イキがりたい小僧ばっかりだからね」
なんだかんだと言っても、冒険者は腕っ節の強さが求められる商売だ。
魔物にしても、盗賊にしても、撃退するには力が要る。
素材を収集するにしても、場所によっては魔物や盗賊と遭遇する可能性があるし、逃げるしか能が無いのでは生き残る可能性は低くなる。
そんな仕事だから、のし上がるには力を誇示するのが一番手っ取り早い。
だから多くの冒険者が、自分の力や魔法を誇示して、相手よりも上であると思わせたがる。
そんな冒険者の中で、自分の力量を測り、冷静に振舞うジョーは異質な存在と言える。
「で、どうするの?」
「どうするも何も、しばらく待ってくれっていうんだから、待つしかないんじゃない?」
「違うわよ、仕事の話じゃなくて、将来一緒になる気はあるの?」
「えっ、ジョーと? んー……どうだろう……」
「えぇぇ……あんなに激しくしてたのにぃ?」
「あ、あれは演技だって言ってるでしょ!」
「はいはい、演技、演技……まぁ、体の相性は良さそうよね」
「はぁ……好きに言ってれば」
「いやいや、若くて、才能があって、性格も良い、顔もまあ良い、Sランクの知り合い、大店とコネも出来そう、体の相性も良い……言うこと無いんじゃないの?」
パメラの言いたい事は、良く分かっている。
女だてらの冒険者なんて、そうそう何時までも続けられる訳ではない。
あたしらだって、もう二十代も後半に差し掛かって来ているし、あと五年もすれば衰えを感じるようになるだろう。
十年先、二十年先の事を考えるならば、そろそろ身を固める相手を本気で探した方が良いのだろう。
「んー、でもねぇ……」
「なになに、なにが不満だって言うのよ」
「歳の差? あたしには、ちょっと勿体ないなぁ……」
「うわ、ビックリ、ちょっとマジじゃん」
「うっさい! もうちょっと歳が上で、もうちょっと駄目なぐらいが丁度良いんだけどなぁ……」
「まぁ、ロレンサが言うことも分からなくもない。ジョーは良い子だし……それに、こっちがマジになって拒絶されたら、なんて思ってんじゃない?」
「あぁ、それは分かっていても言って欲しくなかったかなぁ……」
「あぁ、ゴメン。確かにね……」
冒険者との結婚を望むならば、ジョーはSランクを付けても良いぐらいの優良物件だ。
あの冷静さがあれば、冒険者であっても命を落とすリスクは低いだろう。
一緒に仕事をしている時の振る舞いを見ていても、酒や博打や女に溺れる可能性も低そうだ。
金が入ったら、無くなるまでは働かない……なんて生き方ではなく、堅実に将来を見据えて依頼をこなしていくタイプだ。
ぶっちゃけ結婚相手として考えるならば、文句の付けどころは殆ど無い。
それだけに、こちらが本気になって結婚を申し込み、拒絶されたらダメージが残りそうだ。
男なんて、利用するものだと割り切って生きて来たあたしには、勿体ないとさえ思っている。
いや、男なんて利用するものだと割り切っているならば、別に拒絶されるのを恐れる必要など無い。
つまり、あたし自身、ジョーに心惹かれてしまっているのだろう。
単純に冒険者として、共に仕事をするパートナーとしてもジョーは有能だ。
先を考えるならば、あたしたちもオーランド商店の仕事に食い込めるかもしれない。
大店の場合、うまくコネを繋いでいけば、年齢を重ねた後で護衛以外の仕事を紹介してくれる場合もある。
いい歳をした女冒険者が、十歳以上年下の冒険者に結婚を申し込んで拒絶され、それでも一緒に組んで仕事をするなんて無理な話だ。
あたしからプロポーズすると、ジョーと美味しい仕事の両方を失うことになりかねない。
それは、コンビを組んでいるパメラの将来も左右しかねない。
「ロレンサに、こんな顔をさせるなんて……ジョーも罪な男だねぇ」
「あと十歳、いや五歳若かったら迷わなかったかもね……」
「いいんじゃない、迷えば。こんな機会は滅多にあるもんじゃないし、今すぐ結論を出さなきゃいけない訳でもないでしょ?」
「まぁねぇ……はぁ、飲みに行こうか?」
「いいよ、でも惚気話や愚痴を聞かせるつもりなら、勘定はロレンサ持ちね」
「はいはい……いいわよ。その代わり、覚悟しておきなさい」
「うわっ、怖っ。この女、マジだよ……」
「うっさい、行くわよ」
「へーい……」
パメラと出掛けたのは、歩いて十分ほどの場所にある串焼き屋。
肉や野菜、魚などを串に刺し、様々な味付けで出している。
好みの物を好きなだけ食べられるし、お酒のレパートリーも豊富だ。
店主とも顔馴染みで、いつものと頼めば、いつものメニューがテーブルに並ぶ。
料理も良し、酒も良し、良い店なのだが、この日は後から入って来た客が最悪だった。
まだ二十歳になったかならないか、駆け出しに毛が生えた程度の冒険者三人組。
大人しくギルド近くの酒場あたりで酔い潰れていれば良いのに、わざわざ住宅街の中にある店に来ないでほしい。
どんな依頼をこなしたのかは知らないが、金が入って気がデカくなっているんだろう。
声高に聞こえてくる話は、喧嘩自慢、倒した魔物の自慢、関係を持った女の自慢、自慢、自慢……。
どうせ半分以上は、見栄をはった口から出まかせのホラ話。
すっかり良い気分が壊れて、帰ろうかと思っていたら、不意に静かに話し始めた。
この程度ならば、もう少し飲んでいこうかと思っていたら、三人組の一人が歩み寄って来た。
「よう、姉ちゃん、いい乳して……ぐぅぅ」
歩み寄ってきた冒険者が、あたしの胸を揉んだ瞬間、体を回して股間を蹴り上げてやった。
流れるように席を立ったパメラが、股間を押さえて蹲ろうとする冒険者の髪の毛を鷲掴みにして目玉ギリギリに串を突き付けた。
「舐めた真似してんじゃねぇぞ、ガキが! 目ん玉抉り出すぞ!」
「こちとら叩き上げのCランクのコンビだ。やるってんなら、いくらでも相手してやんよ! 手前らの粗末な一物、まとめて切り落としてやんぞ!」
あたしも立ち上がって、テーブルに残っているガキ共に向かって啖呵を切った。
座っていたから背格好までは分からなかったのだろう、ガキ共はギョッとした表情で黙り込んだ。
おそらくガキ共はEランクか、良いところDランクに上がりたてぐらいだろう。
身のこなしや振る舞いを見ても、素手でやり合ったところで負ける気はしない。
ギルドのランクは伊達ではない。
それなりに実績を重ねなければランクは上がらないし、実績を重ねるには腕と経験が必要になる。
Cランクの冒険者ともなれば、女であろうと一筋縄ではいかないと酔っぱらったガキの頭でも理解出来るだろう。
パメラが掴んでいた髪を放して冒険者を床に転がすと、何やらボソボソと捨てセリフを残して勘定を済ませると逃げるように店を出ていった。
「ちっ、胸糞の悪いガキが……見たかい、ロレンサ。あの野郎、チビってやがったよ」
「あーあー、かわいそうにパメラが虐めるからだよ」
「良く言うよ、脂汗を流すほど蹴り上げておいてさ」
「あははは……」
目障りなガキ共が姿を消して、店主からお酒のサービスもあったおかげで少々飲み過ぎてしまった。
勘定を済ませて店を出ると、吹き抜けてゆく夜風が酔いに火照った頬に心地良い。
「あー……飲み過ぎたねぇ」
「ちょっとね……」
「うふふ……なにが、ちょっとよ」
「あたしは、ロレンサの惚気話で悪酔いしてるだけよ」
「あーはいはい、そうですねぇ……ちょっと公園で涼んでいかない?」
「んー……あたし、シャワー浴びたいから先に帰るわ」
「あたしも、ちょっと涼んだら帰る」
「ん……」
パメラと別れて、拠点に戻る途中の小さな公園に足を向ける。
カップルの先客でもいたら大人しく帰るつもりでいたが、人影は見当たらなかった。
見上げると満天の星が瞬いている。
ほんの数時間前、互いの身体が溶け合ってしまうほどに抱きしめ合ったのに、もうジョーに会いたくなっていた。
「ジョー……今頃、何して……いっ」
やっぱり飲み過ぎていたようで、ベンチに腰を下ろそうとして体当たりされるまで、後ろから近づいて来た男に気が付かなかった。
右の腰から腹の奥へと突き入れられたのは、おそらくナイフだろう。
あぁ、これはヤバい。酔った頭でも助からないと分かってしまった。
倒れながらふり返ると、さっき尻尾を巻いて逃げていった三人組がいた。
あたしに股間を蹴り上げられたガキが、血の付いたナイフを握って勝ち誇った顔をしている。
「ざまぁみろ。舐めた口利いてやがるからだ」
「ふん、粗末な持ち物じゃ、あたしを満足させる自信が無いからナイフなんざ使ったんだろう? 三人もいて情けないねぇ」
「なんだと、手前!」
「悔しかったら、あたしを満足させてみな。あんたらの股にぶら下がってるのは飾りかい? まとめて相手してやるから、さっさと脱ぎな」
安い挑発をしながらシャツのボタンを外し、乳房を露わにしてやるとガキ共は目の色を変えた。
顔を見合わせた後で、揃ってズボンのボタンを外して摺り下ろし、我先にと汚らしい一物を取り出してみせた。
「……刃となれ!」
「うぎゃぁぁぁぁ!」
両手に作った水の刃で、粗末な品をまとめて切り落とした。
口に出さずとも、頭の中で詠唱するだけでも魔法は発動する……これもジョーが教えてくれた裏技だ。
「くそぉぉぉ……俺の、俺のぉぉぉ……」
「ぐあぁぁぁ、いってぇぇぇ!」
「あはははは……さっさと血止めしないと死んじまうよ」
「くそぉ、覚えてやがれ!」
三人組は、切り落とされた物を拾うと、股間を押さえながらヨロヨロと去っていった。
それを見送りながら、あたしも気力を振り絞って立ち上がり、拠点を目指して歩き出す。
腰から溢れ出た血は、右足を濡らしながらブーツの中にまで流れ込んできた。
意識が朦朧としてきて、拠点まで辿り着けたのが不思議なくらいだ。
「パメラ……パメラ……」
いつもなら、一喝するだけでゴブリンをビビらせられるのに、蚊の鳴くような声しか出ない。
「パメラ……パメラ……」
テーブルを叩き割れるほどの拳が、弱々しくドアを叩くことしか出来ない。
「パメラ……」
「ロレンサなの? ちょっと飲みすぎじゃ……ロレンサ!」
ドアを開けたパメラが、悲鳴のような声であたしの名を呼んだ。
「ゴメン、下手打った……」
「さっきの奴らなの?」
「でも……まとめて切り落としてやったよ」
「いいから、もう喋らないで、すぐ医者に……」
「んー……たぶん無理、パメラ……今まで、ありがとう……」
「ちょっと、ロレンサ!」
「ジョーには……知らせないで……」
「ロレンサ、待って、駄目……ロレンサ!」
あぁ、パメラの声が遠くなっていく。
女冒険者の最期なんて、こんなものさ。
でも、ジョー……あんたの子供を産んでみたかったよ。
バイバイ、ジョー……。
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