第492話 魔王の責任

 図らずもナタナエル達とエドウズの癒着を暴く形になってしまいましたが、ここでちょっと問題が発生しました。

 エドウズから袖の下を受け取っていた騎士を拘束してしまうと、差し押さえた奴隷達を連れて帰るのに人手が足りなくなりそうです。


「はぁ……しょうがない、帰るまではシッカリ任務をこなすように。そうしたら、騎士団長に口を利いてあげますよ」

「ほ、本当でございますか?」

「うん、ただ、どれほど考慮してくれるかは分からないからね」

「はい、結構です。よろしくお願いいたします」


 ナタナエル以下、癒着していた騎士達は胸を撫で下ろしていますが、収まらないのはエドウズです。


「そんな、今まで何のために金を渡してきたと思ってるんだ! 大丈夫だ、悪いようにはしないって、あれほど言ってたのに!」

「それじゃあ、僕を買収してみますか?」

「えっ……ま、魔王様をですか?」

「えぇ、僕がアルダロスの商工ギルドに預けている金額ぐらい払ってもらえるなら、考えてみないこともないですよ」


 エドウズは驚いた表情を見せた後で、ニタリと人相の悪い愛想笑いを浮かべてみせた。


「そ、それは、おいくらぐらいなのでしょう?」

「んー……三億ブルグ」

「さ、三億……いや、屋敷を売り払って搔き集めれば……」

「へぇ、そんなに財産持ってるのか。ならば被害者への賠償も出来そうだね」

「なっ……」

「ナタナエル、連れて行って」

「はっ! かしこまりました!」

「だ、騙しやがったな! 汚いぞ!」

「ちっちっちっ、魔王なんて呼ばれている人物を信じちゃ駄目ですよ」


 エドウズをナタナエルに連行させ、僕は癒着していない騎士二人と一緒に地下へと続く階段を降りました。

 隠し扉を潜った時から、すでに酷い臭いがしていて、地下の惨状が思いやられました。


 地下には八畳間ぐらいの広さの地下牢が四つあり、その全てに子供の奴隷が押し込まれていました。

 男女半々程度で、一つの牢に十人以上が入れられています。


 僕がヴォルザードで助けた子供と同様の粗末な服を着せられて、風呂にも入れてもらえないのでしょう、酷く汚れています。

 生きる気力すら抜け落ちたような表情だった子供達ですが、騎士の姿を見ると顔を上げて目を輝かせました。


「助けに来たよ……」


 僕が声を掛けた途端、歓声が爆発しました。

 五十人以上の子供たちが、密閉された地下空間で一斉に叫び声を上げたので、鼓膜がキーンと言っています。


 うん、ちょっと自己治癒かけちゃいましょうかね。

 両手を大きく広げて、落ち着いて、落ち着いてとジェスチャーを繰り返して、ようやく歓声が収まりました。


「王国騎士団が助けに来たから、もう心配は要らないよ。順番に出してあげるから、慌てないで、落ち着いて、騎士の皆さんの指示に従って動くように」


 騎士の一人が階段に吊るしてあった鍵を使って牢を開け、僕は出て来た子供から首輪を片っ端から外していきました。

 牢の鍵を開けた騎士が、僕が首輪を外すのを見て驚いていましたが、そんなことよりも子供達が笑顔になる方を優先しますよ。


 地下牢に入れられていた子供は、全部で六十七人もいました。

 馬車に乗れば、お城に行けると言うと、みんな素直に騎士の指示に従って馬車に乗り込みました。


 奴隷も、帳簿も、子供達も、裏帳簿も、金庫も、全部回収して、騎士団へと向かわせます。

 僕は一足先に影に潜って移動して、騎士団長と直談判と参りましょうかね。


 ディートヘルムの執務室へと移動して、事情を話して騎士団長を呼び出してもらいました。

 少し慌てた様子で現れた騎士団長、ベルデッツ・オールデンは話を聞いて頭を抱えました。


「王国騎士たる者が、なんということだ……申し訳ございません」

「いやいや、騎士団長、謝るなら僕じゃなくてディートヘルムの方ですよ」

「そうでした。申し訳ございません、殿下」

「姉上の奮闘もあって、汚職は一掃したと思っていたが、帳簿には現れない、物品の購入を伴わない癒着はまだ残っていそうだな」


 このところカミラは政務には口出しをしないで見守っているだけのようですが、ディートヘルムの執務机の後の席で、額に手を当てて小さく首を振っています。

 不正、汚職の取り締まりを終えたと思っていたのでしょうから、その心中は察するに余りあります。


「とりあえず、悪徳業者との癒着の件は、ディートヘルムと騎士団長に任せるよ。それと、保護した子供はお風呂に入れて、清潔な服と食事、それと安心して休める場所を与えてあげて」

「かしこまりました。すぐ手配いたします」

「それと、エーギルがルートスとセラティに送る支援物資を調達しているから、揃ったらカミラに報告して。ハルト経由で連絡をくれれば、すぐに輸送するから」

「承知いたしました」

「あとは……そうだ、エドウズの店から助け出した子供だけど、ルートス、セラティ以外から連れてこられた子供もいるみたい。その子達も故郷に帰してあげるのと、その子達の村の状況も調べてみて。困窮していなければ、子供を手放すはずがないし、支援が必要ならば手を打ってあげて」

「承知いたしました」


 騎士団長が諸々の手配に向かったところで、応接ソファーに腰を下ろして、カミラにお茶を頼みました。

 給仕にお茶を淹れるように命じたのを見届け、カミラを手招きして、ソファーの隣をポンポンと叩きました。


 パッと笑顔を浮かべたカミラは弾むような足取りで歩きだし、僕の隣に腰を下ろすと肩を寄せてきました。


「魔王様、お疲れ様でした」

「うん、今日はさすがに疲れた。昼食も食べ損なったよ」

「それは、申し訳ございませんでした。すぐに食事の支度を……」

「あぁ、いい、帰ってから食べるから。これでも今は一家の主だから、なるべく食事の席には顔を出すようにしてるんだ」

「そうでございますか……」


 一緒に食事が出来ると思ったのでしょうか、一瞬喜んだカミラはシューンとしています。

 もう、可愛いじゃないですか、けしからん。


「そうだ、言い忘れちゃったけど、エドウズの店から助けだした子供の他にも、既に奴隷として売られてしまった子供がいると思うんだ。裏帳簿も押さえてきたから、追跡して助け出してくれるかな?」

「かしこまりました」

「エドウズは悪どい商売で財産を溜め込んでいるみたいだから、売られた先で酷い目に遭っている子がいたら、賠償に充ててね」

「はい、かしこまりました」


 ディートヘルムやトービルがいるから、積極的な行動には出ませんが、カミラはピッタリと体を寄せて息が掛かりそうな距離で僕を見詰めています。

 給仕さんは、お茶と一緒にスコーンのような焼き菓子を持ってきてくれました。


 夕食前ですが、やっぱり空腹に耐えられませんでした。

 外側はサックリとした歯ざわりで、中はシットリしてほのかに甘く、口どけも良好です。


「魔王様のお宅の夕食は、どのようにして召し上がるのですか?」

「食堂に、家族、お客さん、屋敷で働いてくれている人、みーんな集めて一緒に食べるんだよ」

「えっ、使用人も一緒にですか?」

「そうだよ。調理人の人達には少々負担を掛けちゃってるけど、みんなで食べた方が食事は美味しいからね」


 日本にいた頃、お婆ちゃんが亡くなってからは、ずーっと一人きりで食事をしていました。

 一人分の食事を作るのも面倒なので、コンビニの弁当やカップラーメン、菓子パンなどの繰り返しで、栄養面も全く気にしていませんでした。


 こちらの世界に召喚されて、ヴォルザードに辿り着き、紹介された下宿ではアマンダさんやメイサちゃんと食事をするようになりました。

 今日一日の出来事を話しながら、気の置けない人達と食卓を囲むのが、こんなに楽しく、こんなに美味しいものだと知りませんでした。


 それを話すと、カミラは何やら考え込みながら、何度も頷いていました。

 そう言えば、カミラも殆ど一人で食事してたんじゃないですかね。


「ねぇ、カミラ。ディートヘルムと一緒に食事してる?」

「いえ、ディートヘルムとは執務でも一緒ですし、食事の時ぐらい一人の方が良いかと思って……」

「いずれ……いずれカミラには、僕の所に来て欲しいと思ってる。送還術を使えば、ヴォルザードからでも簡単に行き来は出来るけど、それでもヴォルザードに引っ越せば、共に食事をする機会は減ってしまうよ。仕事の間は、プライベートな話は出来ないだろうし、食事の時ぐらい仕事抜きの家族としての話をしておいた方が良いんじゃない?」

「そう、ですね。確かに、魔王様のおっしゃる通りです。これからは食事を共にして、家族の話をしようと思います」

「うん、そうして。じゃあ、そろそろ帰るね。救援物資の調達が終わったら知らせて、すぐにルートスとセラティに届けるから」

「かしこまりました。よろしくお願いいたします、魔王様」


 名残惜しそうにしているカミラをギューっとハグしてから、影に潜ってヴォルザードを目指しました。

 さぁ、家族揃っての夕食……と思ったのですが、家に戻ると唯香とマノンの姿がありません。


「セラ、何か聞いてる?」

「たぶん、シーリアさんのところだと思います」

「えっ、シーリアさんがどうかしたの?」

「そろそろ、お産が近づいているようなので、帰りに様子を見てくると言っていました」

「あぁ、そうか、鷹山がパパになるのか……うーん……あの鷹山がねぇ……」

「ケント様、何か心配事があるのですか?」

「あれ? セラには鷹山がヴォルザードに来た頃の話はしていなかったっけ?」

「どういった話でしょう?」


 小首を傾げたセラに、ラストックから来たばかりの鷹山が、ヴォルザードの同年代の連中と揉めて、マルセルさんの店を半焼させてしまった話をしました。

 まぁ、マルセルさんに土下座した頭を踏まれた話とかはしませんでしたけどね。


「まぁ、そんなに短気な方なんですか?」

「あの頃の鷹山は、勇者様なんて呼ばれて調子に乗って、地に足がついていなかったからね。今は、すっかり落ち着いて……いれば良いけど。そう言えば、鷹山はバッケンハイムから帰ってきたのかなぁ……」


 イロスーン大森林の通行が出来るようになって、これまで往来が止まっていたバッケンハイムまで足を延ばす人が多く、鷹山達も商人の護衛で行くような話を聞いています。

 留守の間に子供が生まれたら可哀そうだから、送還術で連れ戻してやろうかと一瞬考えましたが、そもそも鷹山の居場所が分からないので迎えに行きようがありませんでした。


 セラと話をしていると、唯香とマノンが帰ってきました。


「おかえり、唯香、マノン」

「ただいま、健人」

「ケントも、おかえりなさい」

「シーリアさんの所に寄ってきたの?」

「うん、そうだよ。今すぐではないけど、明日か明後日ぐらいかなって」

「えっ、そんな風に分かるものなの?」

「ううん、フローチェさんの見立てね」


 自分がシーリアさんを産んだ時の事を思い出すと、だいたいそのぐらい……という感じの見立てらしい。

 一応、何かあっても良いように、連絡要員としてコボルト隊を配置してきたそうだ。


「ケントに無断で頼んじゃった、ゴメン」

「ううん、みんな僕の家族だから、助け合ってくれて良いんだよ」


 唯香とマノンも帰って来たので、みんなで集まっての夕食にしました。

 僕、唯香、マノン、ベアトリーチェ、セラフィマの他に、美緒ちゃんやフィーデリアも加わって賑やかさが増しています。


「そういえば、ケントはどこに行ってたの?」

「僕? 僕は……」


 マノンの問い掛けに対して、一瞬答えに詰まりました。

 食事の席には、マルツェラやルジェクも同席しているからです。


「ケント……?」

「うーん……うん、やっぱりキチンと話そう。今日はリーゼンブルグのルートスとセラティという村に行ってきたんだ」


 話をしながら視線を向けると、マルツェラは目を見開いて、こちらを見詰めていました。

 ここで話をしなければ、ルートスやセラティの窮状は、ここにいる人達の耳には入らないかもしれません。


 でも、何かの拍子に話が伝わって、僕が隠していたと知られてしまうのは良くないと思いました。

 なので、僕が助けた奴隷としてヴォルザードに連れてこられた子供は、ルートスの出身であること、ルートスは昨年アンデッドの襲撃を受け、それによって食料となる穀物や作付けする種籾や種芋も失い困窮していること、襲撃を行ったアンデッドはアーブルに脅されたマルツェラが操っていたことなどを話しました。


「申し訳ありません、旦那様。私の犯した罪で……」

「マルツェラをリーゼンブルグで処罰を受けさせず、勝手にヴォルザードに連れて来たのは僕だから、僕が責任を取るのは当然なんだよ」

「ですが、旦那様……」

「別の言い方をするなら、マルツェラがリーゼンブルグで罪を償う機会を僕が勝手に奪ったのだから、マルツェラが責任を感じる必要は無い。責任を負うのは、僕とアーブル・カルヴァインだよ」


 自分で話をしていても詭弁だと感じていますし、マルツェラも完全に納得したようには見えません。

 だからと言って、今更マルツェラをリーゼンブルグに連れていって処罰させるのも違うと思うのです。


「マルツェラ」

「はい、何でございましょう、旦那様」

「ヴォルザードに連れて来る時に、僕が言った言葉を覚えている?」


 俯きがちだったマルツェラが顔を上げ、目を見開きました。


「罪の意識を忘れず、周囲の人々も自分も幸せになる生き方を探す……」

「そうだよ。マルツェラは罪の意識は忘れていないけど、自分が幸せになることを忘れてるんじゃない?」

「はい、おっしゃる通りです」

「マルツェラが、ルートスやセラティに行って何か罪滅ぼしをする……っていうのは、現実的ではないよね。でも、マルツェラの代わりに僕が支援の手助けを行える。だから、マルツェラは僕が留守の間、この家の快適さを守っていてくれればいいんだよ」

「旦那様……ありがとうございます」

「ルジェク、お姉ちゃんを支えてあげてね」

「はい、かしこまりました!」


 うん、これで違法奴隷関連の話が流れてきても大丈夫でしょう。

 夕食の後は、あちこち駆けずり回って埃っぽいので、先にお風呂に入らせてもらいました。


 湯船に浸かる前に体を洗っていると、マルト達がひょこり現れて、一緒に泡だらけになっています。

 サヘルはツルツル、スベスベで、石鹸無しでもサッと汚れが落ちちゃう感じです。


 というか、背中とか尻尾は洗ってあげるけど、お腹とか胸とかは自分で洗うんですよ。

 マルト達の泡を流して、ようやく湯船に浸かると、誰かが入ってくる気配がしました。


 唯香達四人の他にも、まだ誰かいるようです。


「おじゃましまーす」

「唯香? えっ、美緒ちゃんにフィーデリアまで……ちょ、待って、もう出るから」

「いいから、いいから、家族だから照れないの」

「唯香、そうは言っても……」


 てか、美緒ちゃんもフィーデリアも、少しは隠そうよ。

 二人とも嫁入り前なんだからね。


 それに、二人が一緒だと、みんなとイチャイチャ出来ないんですけど……。

 さすがに美緒ちゃんやフィーデリアをジロジロ見ている訳にはいかないし、かと言って唯香やベアトリーチェを見ていると生理現象が……ここは、マノンちゃん。


「なにかなぁ……ケント」

「い、いえ、別に……」


 だったらセラフィマ……。


「ケント様……」

「いえ……ごめんなさい」


 とっても素敵な状況なんだけど、なんだか全然気が休まらないと思っていたら、キルトがひょこっと顔を出しました。


「ユイカ、フローチェが来て欲しいって言ってるよ」

「えっ、シーリアさんが産気づいたの?」

「うーん……なんだか苦しそう」

「分かった、すぐ行く。マノン……」

「うん、僕も行く!」

「えーっと……僕は?」

「健人は家にいてくれる。何も無いと思うけど、もしもの時のためにね」

「分かった、唯香もマノンも落ち着いてね」

「うん、行ってきます」

「行ってくるね」


 唯香とマノンは、急いで体を拭くと風呂場を飛び出して行きました。

 僕は……立ち会う訳にはいかないだろうし、自宅待機ですね。


 さてさて、鷹山二世は男の子でしょうか、それとも女の子でしょうかね。

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