第491話 ルートスの窮状

「これは……想像以上に困窮しているようですね」

「うん、なんか廃村みたいに見えるよ」


 ベーブラから奴隷商人の情報を聞き出した後、リーゼンブルグの王都アルダロスへと移動しました。

 悪徳奴隷商人エドウズの店は、王都の端の端、スラムのすぐ近くにありました。


 この場所ならば、いくらでも奴隷は手に入りそうな気がしますが、スラムの住民も奴隷落ちはしたくないのでしょう。

 とりあえず、エドウズの店の内情はフレッドに調べを進めてもらい、その間に僕はルートスとセラティの状況を確かめに行きます。


 現地に向かう前に、王城に立ち寄ってディートヘルムとカミラに事情を説明し、同行してもらう人材を選んでもらいました。

 いちいち僕が報告をするよりも、補給などを担当している人物を同行させた方が話が早いと考えたからです。


 選ばれたのはエーギル・ザイフリート、かつてカルヴァイン領への補給を担当していた人でした。

 ラインハルトとマルト達に目印役を頼んで、送還術を使って移動すると、ルートスは酷い有様でした。


「この辺りは本来は畑じゃないの?」

「そのようですが、全く作付けはされていないようですね」


 ルートスは山間の小さな村で、斜面を切り開いた段々畑と思われる風景が広がっているのですが、雑草が伸び放題という状態です。


「あの辺りは、少し作付けされてるんじゃない?」

「そのようですね」


 辛うじて作物が作られている一角もありましたが、全体からすると一割にも満たないように見えます。

 もともと人口の多い地域ではないのでしょうが、それにしても人の気配が感じられません。


「とりあえず、村長の家に行って話を聞いてみましょう」


 村の中心部にある一番大きな家を訪ねると、五十代後半ぐらいの痩せた村長があらわれました。

 エーギルが身分を明かして来訪の意図を告げると、村長は跪いて窮状を訴え始めました。


「どうか、どうか村をお救い下さい。今はまだ食べる量を減らし、山の獣を狩って食い繋いでおりますが、畑が御覧の通りの有様です。とても冬が越せるとは思えませんし、たとえ春を迎えられたとしても、植える種籾も種芋もございません」

「フォルスト男爵には支援を申し出ていないのか?」

「勿論、お願いに参っておりますが、男爵様の内情も苦しいようでして……」


 村長の話では、数年前に領内で大きな地滑りが起きて、主要な街道が通れなくなる事態が起こったそうです。

 被災した住民もいて、復旧工事や復興支援にかなりの金額が必要だったようです。


 その上、昨年は夏に雨の日が多く、気温の低い日が続いたせいで作物の出来が良くなかったそうです。


「これは噂話で聞いたのですが、王位を巡る騒動で派閥から食糧の拠出も求められたそうです」


 村長の聞いた噂によれば、地滑りで財政が困窮したフォルスト男爵は、同じ第二王子派のアーブル・カルヴァインから借り入れを行っていたようです。

 そのアーブル・カルヴァインから食糧の拠出を求められれば、応じるしかなかったのでしょう。


「それでは、この先も男爵様からの支援は期待できそうもないのだな?」

「はい、おっしゃる通りでございます。何卒、何卒お力添えをお願いいたします」

「うむ、心配するな、必ず支援を届ける」

「ありがとうございます。ありがとうございます」


 村長はエーギルを拝み倒すようにして、何度も何度も礼を述べました。

 ちなみに僕は、エーギルの従者の振りをして、正体を明かしておりません。


「さて村長よ、村の窮状は分かったが、この者達は村の子供達で間違いないか?」


 エーギルが村長に見せているのは、僕がヴォルザードから持参した奴隷として連れて行かれた子供の中でルートス出身とされる者の名前の一覧です。


「はい、確かに村から働きに出た子供ですが……半分ほどしか名前がありません」

「なんだと、この他にも働きに出た子供がいるのか?」

「はい、そうでございますね……男の子の名前がありません」


 エーギルが僕に視線を向けてきたので、自然と村長の視線も僕に向けられました。


「村長、働きに出た子供全員の名前を教えてもらえますか?」

「はい、分かりました……」


 村長は僕に向かって答えた後で、小首を傾げながらエーギルに尋ねました。


「騎士様、こちらの子供は……?」

「魔王ケント・コクブ様だ」

「魔王……」


 魔王と聞いた途端、村長の表情が一変しました。


「貴様かぁ! 許さん、許さんぞぉ!」


 目を怒らせた村長は、僕に掴み掛かろうとしてエーギルに制止されました。


「何をする!」

「なぜ止めるのですか、こいつこそが村の窮状の張本人です!」


 忘れていました、アンデッドによる襲撃は僕が行ったものだとアーブルが噂を流していました。

 殆どの場所では信じられていなかったようですが、ここルートスでは信じられているようです。


「落ち着いて下さい。ルートスを襲ったアンデッドは、アーブルに脅された闇属性の魔術士が操っていたものです」

「なんだろ、そんな話を信じられるものか!」

「黙れ!」


 僕の説明に納得せず暴れ続けた村長ですが、エーギルに一喝されて動きを止めました。

 事務方らしいエーギルですが、騎士としての訓練は受けているのでしょう、圧を感じるほどの声に僕までビクっとしてしまいましたよ。


「無礼な振る舞いは許さぬ。ルートス、セラティ、ブルギーニをアンデッドで襲わせた魔術士は、その後王都でも襲撃を企て、こちらの魔王様によって捕らえられ処刑された。全てはアーブル一派の企みによるものだ」

「ほ、本当でございますか?」

「無論、本当に決まっている。そもそも、このルートスの窮状を知らせてくださったのも魔王様だぞ」

「し、失礼いたしました!」


 村長は土間に額を打ち据えるように頭を下げました。

 まぁ、本当はマルツェラを処刑していませんが、カミラにはそう言ってありますからね。


「あぁ、村長さん、頭を上げて下さい。噂の件を僕も忘れていましたから仕方ないですよ」

「ど、どうか命だけは……」

「いやいや、皆さんを助けに来たんですから、命なんか取りませんよ。それよりも、働きに出た子供なんですが……」


ヴォルザードで違法奴隷として売られそうになっていた子供を助けたところから、ルートスまで来た状況を説明すると、村長は拳で土間を殴りつけました。


「くっそぉ……あのペテン師め、騙しやがったのか……」

「先程、ちょっと聞きましたが女の子の他にも連れていかれた子がいるんですね?」

「はい、同数まではいきませんが、男の子も連れていかれました」


 家を継ぐ者として、男の子の一部は村に残ったそうですが、次男、三男などの多くは連れていかれてたようです。


「名前を見せた女の子達はヴォルザードの守備隊で保護して、ちゃんと食事も与えていますから心配いりません。子供達を連れていった悪徳商人の調べも進めています。男の子達を救い出すためにも協力して下さい」

「勿論です。どうか、どうか子供らを助けてやって下さい」


 ヴォルザードで助けた子供だけかと思いきや、更に多くの子供が騙し取られているようです。

 村長に連れていかれた男の子のリストを作ってもらい、エーギルと共にセラティへと向かいました。


「魔王様、急ぎましょう。連れ去られた子供が心配です」

「そうだね」


 訪れたセラティも、状況はルートスと同じでした。

 作付けが出来ている面積は全体の二割以下で、男の子も連れ去られていました。


 エーギルはルートス、セラティの村長に、作付けが出来るように種や苗、食糧の支援を約束し、作付けを行う準備を進めるように命じました。


「魔王様、アルダロスへ戻りましょう。三日以内に支援物資を用意いたしますので、また送っていただけますか?」

「勿論、移動や運搬はお手の物だから任せて」

「ありがとうございます」

「でも、フォレスト男爵でしたっけ? 断らずに支援しちゃって大丈夫ですか?」

「フォルスト男爵ですね。大丈夫です。というよりも、文句を言われる云々などと言っている場合ではありませんので、すぐに物資を集めます。」


 アーブル・カルヴァインのような奴は例外中の例外でしょうが、王国といえども領主に無断で領民に支援を行えば揉めるのではないかと思ったのですが、エーギルは全く気にしていないようです。

 カルヴァイン領への輸送の責任者として、カミラが選んだだけのことはあるようですね。 

 アルダロスの王城へと戻ると、エーギルはディートヘルムやトービルにルートスやセラティの現状を報告し、必要な支援物資の拠出許可を取り付けました。

 あとは、騙されて奴隷とされた子供達の救出ですね。


「トービル、この場合は子供達を奴隷として扱うのは違法だよね?」

「はい、魔王様。親の正式な許諾を受けて借金奴隷とするのであれば咎めることは出来ませんが、騙して子供を連れ出した場合には奴隷として扱うことは違法となります」

「処分は、どうなるの?」

「まずは調査を行い、違法な取引が行われた子供は解放、虐待が行われていた場合には被害を受けた者への賠償、違法性の程度により奴隷商人としての資格停止または剥奪となります」

「資格剥奪となった場合、エドウズが所有している奴隷はどうなるの?」

「国が差し押さえた後で入札を行い、収益は被害者の救済に充てられます」

「ルートスとセラティから連れてこられた子供達は、女の子がヴォルザードに運ばれていることを考えると、男の子も既に売却されている可能性が高いよね。その場合は、どういう扱いになるのかな?」

「売却されている場合でも、追跡を行い解放いたします。その時に、所有者となっている者が被る損害は、売却したエドウズに請求されます」


 つまり、違法と知らずに買った場合には、売主に返金を求められるのですが、オクタビア達はヴォルザードで買ってしまったから返金は受けられません。

 それと、ベーブラは違法だと知って買ったから、返金を請求するどころか、エドウズの身元を明かすのをためらったのでしょう。


 悪徳奴隷商人エドウズの店には騎士団が踏み込むそうなので、同行させてもらいました。

 騎士団長から王都の巡視を担当している部署、更にエドウズの店がある辺りを担当している部署へと指令が下りていくのに付いていくと、階級が下がっていくほどに怪物でも見るような視線を向けられてしまいました。


「捜索を行う隊を指揮しますナタナエルです、よろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしくお願いします。僕は邪魔にならない所にいますので、皆さんのやり方で捜索を行って下さい」

「かしこまりました!」


 四十代前半ぐらいでしょうか、ナタナエルは叩き上げの係長といった感じで、十五人の部下を連れてきています。

 僕とナタナエルと部下、総勢17人は三台の馬車に分乗してエドウズの店へと向かいました。


 馬車は大型の幌馬車で、一台に全員が載っても余裕がありそうですが、三台で向かうのは奴隷を差し押さえる可能性を考えているようです。

 それにしても、ナタナエルを含めて数人の騎士は蒼ざめて冷や汗を流しながら、チラチラと僕を眺めています。


 一体どんな噂話を聞かされているんでしょうかね。

 その他の騎士達は恐れている様子こそ無いものの、やっぱり興味津々といった感じで僕の様子を窺っています。


 王城の中にある騎士団の施設から、貴族達の屋敷街を抜け、商業地区を抜け、エドウズの店がある下町へと移動していくと空気が変わっていきました。

 城の近くは、庭園に咲き誇る花の香が漂っていましたが、下町は埃っぽい空気に饐えた臭いが混じっています。


 道行く人々の服装が、貧富の差を如実に表していました。

 エドウズの店の前に馬車が止まると、先行して調査を行っていたフレッドが声を掛けてきました。


『ケント様……かなりの悪党……』

『証拠は押さえられそう?』

『問題無い……隠ぺい工作は杜撰……』


 馬車を降りると、店の前には体格が良く人相の悪い男が怪訝な表情を浮かべて騎士達の動きを見守っていました。

 騎士達と一緒に店に近づくと、人相の悪い男が話し掛けてきました。


「ナタナエルの旦那、これは何事です?」

「エドウズはいるか?」

「へい、奥におりますが……」

「通るぞ……」


 人相の悪い男は、ナタナエルに続いて店に入っていく僕を引き留めようとして、逆に後ろにいた騎士に制止されていました。

 扉を潜って店の中へと入ると通路両側に、まるでペットショップのように大きな檻が三段に積み重ねられていて、中には首輪や腕輪を嵌められた人が入れられていました。


 男も女も粗末な服を着せられて、じっと膝を抱えて座っています。

 僕らの方へ視線を向けても、すぐに興味を失ったように視線をそらしました。


 騎士が一緒にいるから客とは思われていないからでしょうか。

 ナタナエルは迷う素振りも見せずに店の奥へと向かい、同時に物音を聞きつけたのか奥の扉から男が顔を出しました。


 でっぷりと太って額の生え際が後退している男は、満面の笑みを浮かべて歩み寄ってきました


「これはこれは、ナタナエルの旦那……」

「エドウズだな、奴隷の違法取引の容疑で拘束する」

「えっ……何の冗談……」

「大人しくしろ。容疑が晴れれば釈放してやる」


 エドウズは黙り込むと、ジロリと僕に視線を向けた後にナタナエルに視線を戻すと、再び愛想笑いを浮かべました。

 なにやらナタナエルが目くばせしたように見えたのは、僕の気のせいですかねぇ。


 ていうか、店の表にいた男もエドウズも、ナタナエルとは顔見知りのような気がしまが、ナタナエルは初対面のような振る舞いです。

 なんだか裏がありそうな気がしますね。


「お調べとあらば協力いたしますが、私どもは真っ当な商売しかしておりませんから、調べたところで何も出てきませんよ」

「ならば、調べても大丈夫だな?」

「えぇ、勿論でございます」

「よし、帳簿と奴隷を差し押さえる。始めろ」


 エドウズが動揺しているように見えたのは一瞬だけで、その後は余裕さえうかがえます。

 店員に指示を出して、奴隷の移送にも協力的な態度を崩しません。


『ケント様……隠し帳簿と隠し部屋がある……』

『違法奴隷はそっちってことだね?』


 奴隷の馬車への積み込み、帳簿の持ち出しが終わリナタナエルが撤収を命じたので、待ったを掛けさせてもらいました。


「ちょっと待って」

「な、何かございましたか、魔王様」

「肝心の子供の姿が見えないんだけど」


 ルートスとセラティの子供の件を切り出しても、エドウズは動揺した様子を見せませんでした。


「ルートス? セラティ? はて、何の話でしょう。それに私どもは子供の奴隷は扱っておりませんよ」

「魔王様、店の中は全て調べましたが……」

「魔王……?」


 ニタニタとした笑みを浮かべていたエドウズはギョッとしたように目を見開き、ナタナエルは冷や汗を滲ませています。


「うん、僕のことを舐め過ぎじゃない? そこの騎士さん、ちょっと付いて来て、それとナタナエル、エドウズ、ジタバタするなよ」

「旦那……魔王って、あの魔王なんですか?」


 エドウズが問い詰めても、ナタナエルは魂が抜けたような顔で頷いただけでした。

 そういえば、奥の部屋を調べていたのは、僕を見て顔を蒼ざめさせていた騎士で、表の奴隷を引き出していたのはそれ意外の騎士でした。


 たぶん、エドウズから袖の下でも貰っていたのでしょう。


『ケント様、奥の額縁の裏に帳簿……その左手の壁に地下に通じる隠し扉……』

『了解』


 フレッドの指示通りに壁を調べると、裏帳簿と地下に通じる階段が見つかりました。

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