第490話 ベーブラとの対決

 オクタビアとダッゾに釘も差しましたし、あとは子供を送り返せば終わり……とは、いかないようです。

 リーゼンブルグに届ける手紙を受け取りにカルツさんを訪ねたところ、元奴隷だった子供達は戻りたくても戻れない事情を抱えているらしいのです。


「村の暮らしが困窮していて、子供達は口減らしのために働きに出されたそうだ」

「働きにって、僕が助けた女子は五歳ぐらいに見えましたよ」

「一番年上の子でも十歳だったが、どうやら親が騙されているようだ」


 一番年上でまとめ役になっているベリータという女の子の話によると、子供達はルートス、セラティの二つの村から連れて来られたそうです。

 どちらの村もアンデッドの襲撃を受けて、蓄えていた穀物の多くを失い、その際に次の年に植えるはずだった種籾や種芋も被害を被ったようです。


 村では大人達が集まって相談し、領主への援助を願い出たそうですが、年貢が減らされて僅かばかりの穀物が与えられただけだったそうです。


「そこへ奴隷商人が現れたんですね?」

「いや、奴隷商人ではなく、自分は仕事を斡旋している者だと名乗ったらしい」


 親達は、最初は疑っていたそうですが、男は言葉巧みに信用させ、結局は子供を騙し取ったようです。


「子供には、子守りや雑用などの簡単な仕事をさせながら育てる、その間に掛かった費用は十五になってから数年働いて返せば良い。金を返し終えた後は、そのまま働き続けても良いし、故郷に戻っても良いし、自由にして構わないという話だったそうだ」

「あくまで奴隷ではなく、見習いみたいな感じ……なんですかね?」

「そんな感じだな、話としては……だがな」

「でも、実際に行ってみたら奴隷にされて売り飛ばされ、ヴォルザードに連れてこられた」

「その通りだ」


 仕事の斡旋という名目で連れ出しているので、男は親達に金を払っておらず、ただで奴隷にする子供を手に入れた事になります。

 聞いてみないと分かりませんが、これはリーゼンブルグでも違法な行為じゃないですかね。


 ただ、子供達を村から連れ出した男は、ヴォルザードに連れて来たベーブラとは別の人物のようです。

 ベーブラは、子供達を奴隷だと言われて買った、権利書もちゃんとあると言っていたそうです。


 奴隷の権利書が、どのような物なのかまではベリータも知らないようですが、本人が納得していないのに奴隷になってしまうのでしょうか。

 その辺りは、リーゼンブルグに行って確かめるしかなさそうですね。


 子供達は、勿論故郷の村に戻りたいようですが、戻っても子供達が食べるだけの食糧が無いようです。

 ベリータが盗み聞きしたそうですが、村の大人達が餓死者が出るのを覚悟していたらしいです。


「分かりました。とりあえず子供達を預かってもらえますか、無理なら僕の方で引き取りますけど……」

「いや、大丈夫だ。女性の隊員を中心として、ちゃんと面倒をみているから心配は要らない」

「では、ルートスとセラティの様子を確かめて、子供達が戻れるようにすれば良いですかね?」

「出来るのか?」

「少し時間は掛かるかもしれませんが、リーゼンブルグとは話をつけますから任せて下さい」

「そうか、面倒を掛けて申し訳ないな」

「いえいえ、カルツさんにはヴォルザードにたどり着いた頃に、いっぱいお世話になってますからね」

「いや、それこそ守備隊員としての仕事をしただけだ。それより俺の方こそダンジョンで危ない所を助けてもらっている。まったく、初めてあった頃とは別人のように頼もしくなったな」

「いやぁ、しっかりしないと嫁さんに怒られちゃいますからね」

「なるほど、俺の四倍は責任が重たい訳だな」


 いやいや、メリーヌさんの場合は一人でも二人分ぐらいのボリュームが……なんて事は言いませんでしたよ。

 勿論、マノンとセラフィマにも言いませんよ。


 この問題は、ヴォルザードとリーゼンブルグの間の問題ですので、厳密に言うなら一般人の僕が関わる案件ではありません。

 カミラか、ディートヘルムに丸投げしても良いのですが、ルートスとセラティの困窮には少し責任を感じています。


 二つの村を襲ったアンデッドは、ルジェクの姉マルツェラが使役していたものです。

 ルジェクを人質にされて脅されていたとは言え、マルツェラに全く責任が無い訳ではありません。


 ですが、僕の一存でリーゼンブルグから二人を引き取ったのですから、騒動を解決する責任は負うべきでしょう。

 影に潜ってリーゼンブルグに向かう前に、ラインハルトに質問をしました。


「ねぇ、ラインハルト。リーゼンブルグの奴隷制度では、親が子供を売ることを許しているの?」

『今の法律がどうなっているのか分かりませんが、ワシらの時代には許されていました』

「それは、借金奴隷って奴だよね?」

『おっしゃる通り、借金を返し終えるまでは奴隷として働かされますが、食事を与えない、故意に身体を傷つける、劣悪な環境に置くなどは禁じられておりました』

「最低限の暮らしはさせなさい……ってことだね?」

『その通りですが、基準が曖昧なために虐待を受けることも少なからずあったようです』

「それでも、村で餓死者が出そうな状況であれば、涙を飲んで子供を売っていたのかな?」

『それは、条件次第でしょうな。奴隷として売る場合、対価を受け取ります。奴隷となった子供は、その対価に生活に掛かる費用や利子を上乗せして払わねばなりません』

「対価が大きいほど、返済するための期間も伸びるんだね?」

『そうです。子供の将来を考えるならば、早々に借金を返せる状況が良いでしょうし、今回のように奴隷という身分に落とさないという条件の方が好ましいでしょう』

「なるほど、親が子供を手放しやすい条件をつけて、実際にはタダで奴隷を手に入れる企みだったんだね」


 リーゼンブルグに話をしに行くとして、もう少し、その悪徳奴隷商人の情報を手に入れておきたいところです。

 といっても、情報が得られる場所なんて一ヶ所しかありませんから、今回は正面から乗り込んでやりましょうかね。


 ギルドの裏手へと移動して、人のいない路地で表に出ました。

 歓楽街とギルドの間に挟まった、この辺りには冒険者が利用する店が集まっています。


 武器や防具の店、雨具、天幕、魔道具、携帯用の食器、薬などを扱う店や、魔物の素材の買取を行う店もあります。

 そうした一角で、新規開店の準備を進めている店に足を向けました。


「こんにちは」

「悪いね、うちはまだ準備中……」


 仕事の手を止めて振り向いた太り気味の若い男は、僕の顔を見た途端、口にしていた言葉を飲み込んで棒立ちになりました。


「ベーブラさんと話がしたいんだけど、いますよね?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ……」


 確かネチョアだか、ヌチョアだかいう男は、後ずさりしながら絞り出すように言うと、店の奥へと飛び込んでいきました。


『ケント様、先に行って監視しておきますぞ』

『うん、お願い。あと、会話の録画をよろしく』

『了解ですぞ』


 暫しの間をおいて戻ってきたヌチョアに案内されて、店の二階へと上がりました。

 階段を上がったところが事務所のようで、応接用のテーブルと椅子が置かれています。


 そのテーブルの脇に、ベーブラが作り笑顔を浮かべて立っていました。


「どちら様か存じ上げませんが、私に何か御用ですかな?」

「そういう面倒な駆け引きとかするつもりは無いんですが、まぁ初対面なんで名乗っておきましょう、ケント・コクブです。ちょっと奴隷の仕入れ先について聞きにきました」

「奴隷の仕入れ先……さて、何の話でしょう?」

「昨晩、オクタビアとダッゾをある場所に招待しました」

「な、何の話をされていらっしゃ……」

「一ヶ所は、リーゼンブルグとバルシャニアの間にあるダビーラ砂漠の南端、見渡す限りの砂浜で、もう一ヶ所は南の大陸にある草原です。行ってみますか?」


 ベーブラは作り笑いを消し、僕の顔をじっと睨みながら黙り込みました。

 無言のまま僕に座るように促し、自分も向かい側の席に腰を下ろしてから、おもむろに切り出しました。


「何が知りたい?」

「奴隷を仕入れた業者について、知ってることを全て」

「仲間を売る訳にはいかない。仲間を売ったら、この世界じゃやっていけない」

「なるほど、ではその悪徳業者と手を携えて、違法な商売を続けるつもりなんですね? 僕らを敵に回して……」

「待て、待ってくれ。あんたを敵に回してまで、違法な商売をするつもりはない」

「そうなんですか? 僕はまだ二十歳にもならない小僧で、いくら力があろうとも全能じゃないから、いくらでも隙は見つけられる……って思ってるんですよね?」


 向かい合っているベーブラだけでなく、部屋の隅に控えているヌチョアまで息を飲むのが分かりました。


「そ、それは……言葉の綾ってもんで……」

「でも、僕の隙を見つけて、違法な商売で儲けようなんて考えてるんですよね?」

「違う、もうやらねぇ。もうヴォルザードでは真っ当な商売しかやるつもりはねぇ」

「だったら、別に悪徳奴隷商人なんて、切り捨てちゃっても良いんじゃないですか? それとも、ヴォルザードではやらないだけで、リーゼンブルグでは違法な商売を続けるつもりですか?」

「それは……」

「言っておきますけど、リーゼンブルグ国内でも弱い者を食い物にするような商売はさせませんよ。今後、ヴォルザードとは更に交流が活発になるでしょうし、その相手の国で治安を乱すような行動をされると困るんですよね」


 ベーブラは額に手を当てて考え込んだ後で、ぼそりと呟くように漏らしました。


「奴隷の儲けは大きい、失う訳にはいかない」

「それって、違法な手段で安く仕入れている奴隷だから儲けが大きいんじゃないんですか?」

「う、うちで違法行為を働いている訳じゃ……」

「それを承知で仕入れているなら、同罪なんじゃないんですか?」

「リーゼンブルグに俺を売るつもりか?」

「それは、あなた次第ですよ。違法な奴隷商人の情報が得られないなら、あなたを告発するしか無いですよね」

「くっ……」


 ベーブラは頭を抱え込んで動かなくなりましたが、諦めたような表情で顔を上げて話し始めました。


「アルダロスの奴隷商、エドウズという男だ。王都での取り引きは本名で行い、地方に奴隷を仕入れに行く時には偽名を使っているらしい」

「奴隷商人として法を順守した商売をしつつ、違法な取り引きにも手を染めているって事ですか?」

「言っておくが、そうした行為をやっているのはエドウズだけじゃない。リーゼンブルグで奴隷商を営んでいる者ならば、多かれ少なかれやっている事だ。世の中、強い奴が食らい、弱い奴が食われるように出来ていやがるんだよ」


 最初は冷静を装って、取り繕った紳士的な態度をしていましたが、段々とメッキが剥げて来たようです。


「例え、エドウズを潰したところで、別の奴隷商が同じような事を続けるだけだ」

「強い奴が、弱い奴を食い物にする……それで構わないんですね?」

「俺に何が出来るってんだ。生き残っていくには、俺も食う側になるしかねぇんだよ」

「なるほど……それじゃあ、僕に食われても文句言わないで下さいね」

「なっ……」

「いいんですよね。強い奴は、弱い奴を食い物にしても」

「い、いや……」

「この店の商品、あなた方が気付かないうちに全部盗み出すことなんか簡単ですよ。なんなら、あなた達が食事にでも行ってる間に、建物ごと移動させる事だって可能です」


 影の空間経由なら盗みなんて簡単ですし、眷属総出なら、あっと言う間におわらせられます。

 送還術を使えば、建物丸ごと移動出来るでしょう。


「愚王が己の役目を宰相に丸投げしていた頃のリーゼンブルグは腐りきっていましたし、アーブル・カルヴァインみたいな人物が幅を利かせていれば、力や金が正義だと思うのも仕方ないのかもしれませんが、人を食い物にするなら、自分も食われる覚悟が必要になりますよ。ヴォルザードで、無一文になってみます?」

「冗談じゃない、一体いくら元手が掛かってると思ってるんだ」

「仕入れた商品を没収された上に、リーゼンブルグまで送り返す費用の負担まで約束させられるオクタビア達よりは良いでしょう。商品を納めて、金も回収したんでしょ? それに、二十人もの子供の人生を終わらせようとしてた人に、泣き言を言う資格があるとでも思ってるんですか?」

「き、貴様みたいな馬鹿げた力の持ち主には分かるものか!」

「いやいや、僕も最初からこんな状態だった訳じゃないからね。実際ゴブリンに襲われて危うく死にかけたりしてるからね」

「くそっ、なんでこんな事になってる……」

「欲をかき過ぎたんじゃ無いですか? 他人を不幸に陥れて、自分だけ良い思いをしようなんて、虫が良すぎるでしょう」

「くそっ……」


 ベーブラは、ガックリと肩を落として俯きました。


「俺をどうするつもりだ」

「そうですね……この際ですから、今までしてきた悪行を洗いざらい吐いてもらいましょうか。全部の罪を問うのは難しいでしょうが、今からでも償えることはあるはずです」

「ははっ……終わりか、あのアーブル・カルヴァインを破滅させた魔王に睨まれちゃ、俺も終わりだ……」

「いやいや、人聞きの悪いことを言わないで下さい。アーブルは僕が破滅させた訳じゃないです。自滅しただけですよ」

「そう言えるのは、あんたが魔王だからだ。あのカルヴァイン領を才覚一つで手に入れた男だぞ、自滅なんぞするもんか。あんたがいなけりゃ、今頃リーゼンブルグは奴のものだったんじゃないのか?」

「ふむ……かもしれませんね。でも、アーブルなら何度も逃げ延びるチャンスはあったはずですよ。それでも、己の才能に溺れて僕を見誤った。やっぱり自滅ですよ」

「見誤ったか……確かにそうかもしれんな。それがアーブルや私と、ヴォルザードの領主との違いなのだろうな」


 達観したように呟いたベーブラは、その後は素直に語り始めました。

 さすがに自分で破滅を口にするだけあって、数々の悪事に手を染めていましたが、今は悪徳奴隷商人に関する話だけで十分です。


 リーゼンブルグの王都アルダロスの奴隷商人エドウズの店の場所、容姿、知っている悪事の内容、手口などを聞き取りましたが、かなりの悪辣さです。


「おそらく、エドウズの扱っている奴隷の半数以上は違法な手法で手に入れたものだ」

「では、売り飛ばされる前に、一人でも多く救出しましょうかね」

「エドウズは、私よりも強かな男だ。せいぜい気を付けるんだな」

「肝に銘じておきましょう」


 くれぐれも違法な商品には手を出さないように釘を刺し、闇の盾を出してベーブラの店から影の空間に潜りました。

 影に潜るのは初めてみたようで、かなり驚いていました。


 ベーブラには、まだ聞き取らないといけない悪事があるようですので、コボルト隊の監視を付けておいて、いつでも話が出来るようにしておきましょう。

 ではでは、ルートス、セラティの現状確認やエドウズの偵察をするために、リーゼンブルグに向かいましょう。

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