第489話 魔王モード
「馬鹿野郎、また悪い癖が出てやがるな。ラインハルト達も感化されすぎなんじゃねぇのか」
奴隷だった子供達の扱いを聞きに来たはずが、オクタビア達の策略を話したらクラウスさんに怒られました。
「なんで、ぶん殴られてるのに腑抜けた面してやがる。舐められすぎだ!」
「いや、でも証拠も無しに逮捕は出来ないし、手出しされていないのにこっちから仕掛けるのは……」
「あのなぁ、お前は、いつからヴォルザードの治安を守る役職に就いたんだ? いつから守備隊に入隊した?」
「でも、ベアトリーチェを嫁に貰う訳ですから、領主の一族に連なるものとしては……」
「法を守らなければならないってか? それで自分の大切な者達を危険に晒すのか?」
「それは……」
「ケント、お前は覚悟が足りねぇ。自分の大切なものに手を出す奴は、ぶっ殺してでも止めるだけの覚悟がねぇから舐められんだ!」
「すみません」
クラウスさんに怒鳴りつけられて、反射的に謝っちゃいました。
「まったく、グリフォン、ギガース、クラーケン……伝説級の魔物にはビビりもしないで向かっていくクセしやがって、なんで一地方の領主程度に怒鳴られてビビっていやがる。なんで歓楽街の女狐や木偶の坊にビビらされてんだ。」
「いや、でも……」
「お前、オクタビアと仲良くなりたいなんて思ってんのか?」
「と、とんでもない。別にそんな下心があって覗き見してた訳じゃないですよ」
「だったら、ボレントはどうだ? メネンデスは?」
「いや、別に仲良くしたいなんて思ってません」
「だよな、当然だよな、あいつらは敵だ。今は泳がしてやってる、多少のことは目を瞑ってやってる……だが、度を超すなら、調子くれるなら潰す相手だ。何度も、何度も、何度も言ってるよな、立ち位置を間違えるなと」
「はい、すいません」
クラウスさんは、ベアトリーチェにお茶を淹れるように言いつけると、ソファーに場所を移すように促しました。
「ケント、お前は誤解しているみたいだからハッキリ言っておくぞ。俺は必要だと思えば法律なんざ無視するぞ」
「えぇぇ、領主自ら法を破るなんて……」
「俺が守るのは法律なんかじゃねぇ、ヴォルザードで真っ当に暮らしている住民だ。その生活、幸せを脅かすやつがいるなら、法律なんざいくらでも後付けして叩き潰してやる」
そうです、僕がヴォルザードに辿り着いた頃から、クラウスさんは変わっていませんし、全く揺らいでいません。
清濁併せ持つというのでしょうか、時には違法な手段に手を染めてでも、ヴォルザードの人々を守ろうという信念の下に行動しています。
「ケント、お前が守るべきものは何だ?」
「それは、僕の家族、友人、知人……大切な人達です」
「だったら、お前は何をすべきだ。お前が、ヴォルザードやランズヘルトの為に必死に働いている隙に、お前の大切な連中を陥れようと考えてる奴らがいるんだぞ。放置しておくのか? 何もしないのか?」
「でも、オクタビアやダッゾが脅しに屈するとも思えませんけど……」
「そりゃ、お前の実力を知らないからだ。どれだけ普通じゃ考えられないような事が出来るのか知らないからだ」
そうは言われても、ダッゾなんか喜んで拷問を受けそうだし、オクタビアもドSでありながらドMの性癖もありそうだから、どうやって脅すか思い付かないんですよね。
正直な心境を話すと、クラウスさんはニヤリと笑ってみせました。
「ケント、ヴォルザードで暮らしている人間が、一番嫌だと思う死に方が何だか分かるか?」
「えっ、嫌な死に方ですか?」
「お前は、一度体験したんじゃねぇのか?」
「あっ、魔物に食われる……ですか?」
答えた後で、ゴブリンに食われた時の記憶が蘇ってきて、思わず身震いしてしまいました。
「ヴォルザードに暮らしている人間は、常に魔物に襲われる恐怖と隣り合わせで生きている。牛や豚や鶏は殺して食うが、自分が食われるのは想像したくない。生きながら食われ、骨すら残らないなんて嫌すぎるだろう?」
「それは、確かに嫌です。あのグチャグチャとゴブリンが肉を食らう音の中で、自分の体が冷たくなり、痛みすら感じなくなっていくのは……」
「おいおい、やめろよ。聞いてるだけで背筋が寒くなる。分かるだろう、魔物に食われて死ぬのは嫌だと……せめて死体は残って弔われたいと思う気持ちが」
「そうですね。もう二度と味わいたくないです」
「だから、オクタビアは脅しに使うんだろう、闇夜に一人で壁を越えてみるか……てな? あれは、単に死体を魔物に処理させるって意味だけじゃねぇ。魔物に食われてしまう恐怖も利用してんだよ」
「じゃあ、僕の大切なものに手を出すなら、魔物に食わせるって脅せば良いんですか?」
僕の問いに、クラウスさんはニンマリと笑ってみせました。
「ばーか、領主の俺がやれなんて言える訳ないだろう。俺の口からは言える訳ないだろう」
「あぁ、そうでした。領主の娘を嫁にもらう僕が、やるなんて言える訳ないですよね」
「そういうことだ、ケント、やるなよ。やるんじゃねぇぞ……」
「勿論です。色々と趣向をこらしてやるなんて、絶対に言いませんし、実行もしませんよ」
なぜでしょうかね、クラウスさんの悪~い笑顔を見ていたら、自分がやるべき事がハッキリ分かった気がしました。
クラウスさんにお礼を言ってギルドを後にしましたが、世話の焼ける義理の息子だぜ……とか言われてそうですね。
まぁ、仕方ないですよね。すっかり腑抜けていたのは事実ですし、ひさびさにブラックケントの実力を披露しちゃいましょう。
ラインハルトも、フレッドも、バステンも出払っているので、下準備は一人でやりましょうかね。
何だか、最近は眷属のみんなに頼りっきりでしたから、たまには僕一人の力でオクタビアとダッゾに二度と手出ししようと思わないくらい、徹底的にやり込めてやりましょう。
まずは舞台から整えます。
魔物に食われて死ぬのが嫌なら、やっぱり魔の森でしょうかね。
普通の人では絶対に味わえない、送還術で飛ばすには、座標をセットしておく必要があります。
特訓場なら目印用の闇属性ゴーレムが設置してありますが、あの二人を連れて行くのは何となく嫌なので、他の場所にしましょう。
影移動で何か所か回ってみて、面白そうな場所を二箇所ほど選んで闇属性ゴーレムを設置しました。
もう少し演出が必要でしょうから、そっちの準備も整えておきましょう。
あとは、ラインハルトにタイミングを教えてもらえば……いやいや、戻す方法も考えておかないと駄目か……。
全ての仕度を整えて、オクタビアとダッゾが合流するのを待ちます。
夜半過ぎに、ラインハルトが知らせに戻って来ました。
『ケント様、ダッゾが動きましたぞ』
「了解、じゃあ始めようか」
『何やら、お考えがあるようですな』
「うん、あの二人に付き合うのは面倒なんで、最後の警告をしておこうかと思ってね」
『ぶははは、力押しですな。良いですな、誰に喧嘩を売ったのか骨の髄まで染みわたるように教えてやりましょう』
「うん、まぁ直接喧嘩売られたわけじゃないけどね」
昨夜と同じく賭博場のアジトを出たダッゾは、昨夜とは違う道を進んで歓楽街の中にある建物へ入りました。
娼館とおぼしき店を通り抜け、裏にある建物が今夜のオクタビアの隠れ家のようです。
一階の入口で手下に上着を預け、階段を上ると二階は三階までの吹き抜けの空間になっています。
オクタビアは真っ赤なバスローブを着て、二階の中央に敷かれた毛足の長いラグに横たわり、クッションにもたれて寛いでいます。
「ただいま、マーマ」
「坊や、今日は良い子にしていた?」
「勿論だよ、マーマ」
オクタビアに手招きされたダッゾは、靴を脱いでラグに上がりました。
ではでは、帰りの仕度を済ませて、作戦を始めるとしましょう。
「こんばんは」
「誰だ! 魔物使いか……」
邪魔が入らないように階段を闇の盾で封鎖して、ラグの外から声を掛けました。
ついさっきまで、だらしなく表情を緩めていたダッゾですが、僕の声を聞いた瞬間オクタビアを後ろにかばいながら身構えました。
「坊や、どいておくれ。そこに居られると魔物使いの顔が見えないよ」
オクタビアの声にダッゾは一瞬不満げな表情をみせましたが、それでも素直に巨体を横へとずらしました。
「ふーん……こうしてみると、本当にガキなんだね。何の用だい、あたしにお仕置きしてもらいたいのかい?」
「いやぁ、御免被ります。僕は尻を叩かれて喜ぶ趣味はないので……」
「じゃあ、何の用だい? 覗き見するが、覗かれるのは嫌なのかい?」
「えぇ、その通りです。ぶっちゃけ嗅ぎ回られるのは好きじゃないもので、止めていただこうかと思いまして」
「くっくっくっ、別に嗅ぎまわるのは自由だろう。文句を言われる筋合いなんて無いね」
「そうですね。仰る通りですけど、嫌なものは嫌ですし、安心して彼方此方飛び回れなくなりますからね」
「それでも、嫌だと言ったら?」
「こうしましょうかね……送還」
オクタビアとダッゾを昼間準備した場所へと、床の一部ごと送還しました。
「なっ……どうなってるんだい」
「なんだ、ここは!」
一瞬にして移動した先は、延々と続く砂浜の海岸線です。
幸い今夜は大きな月が、海岸線を明るく照らしています。
「あれ? 僕が送還術を使えるのは、ご存知じゃなかったんですか?」
「送還術なんて、お伽話じゃあるまいし……」
「じゃあ、ここが歓楽街にある建物の中だと言うんですか?」
「それは……」
見上げれば大きな月が浮かぶ夜空が広がっていて、波が打ち寄せる音が響いてきます。
誰がどう考えたって、建物の中には見えませんよね。
突然、全く知らない場所に放り出されて、先程までのオクタビアの余裕はどこかへ消え去りました。
「ここは、リーゼンブルグとバルシャニアの間に広がるダビーラ砂漠の南の端です」
「なんだと……そんな馬鹿な」
さすがのダッゾも、一瞬にして全く違う景色の中へと放り出されて混乱しているようです。
「別に信じなくても構いませんよ。ただ、ここから一番近いオアシスまでは歩いて五日以上の距離がありますし、途中の砂漠にはデザートスコルピオが生息しています」
月に照らされた白い砂浜は、実にロマンチックな光景ですが、人の気配が全くしないのには理由が有るんですよ。
「貴様、我々を置き去りにするつもりか」
「いいえ、違いますよ。ここには、デモンストレーションのために来ました」
「デモン……何だと?」
「何だか、僕は舐められているみたいなので、どのくらいの威力の魔術が使えるのかお見せしようかと思いまして……ね!」
ピストル型にした指先を遠く離れた砂浜に向け、光属性の攻撃魔術を撃ち込むと、轟音と共に火柱が吹き上がりました。
うん、影の空間でマルト達が、ドーンだ、ドーンだと喜んでますね。
ダッゾとオクタビアは、ラグの上にへたり込んで、呆然と吹き上がった火柱を見上げていました。
更に、二発目、三発目を炸裂させてやると、ガタガタと震えだしました。
ネタばらしをすると、日本から持ち込んだガソリンと爆剤のコラボなんです。
狙いをつけるための闇属性ゴーレムと一緒に砂浜に埋めておき、狙い撃ちすれば特撮映画もビックリの爆発が出来上がると言う訳です。
「わ、分かったわ。あんたの周りには手を出さない。約束する」
ようやくフリーズから解けたオクタビアの申し出は、勿論望んでいたものです。
「そうですか、それは有難いですね。でも、もう一ヶ所お連れしたい場所がありますから、そちらに移動しましょうか?」
「貴様、何処に連れて行くつもり……」
「送還!」
続いて移動したのは、草原の真ん中です。
移動を終えると同時に、眷属のみんなに周囲を固めてもらいました。
ネロ、フラム、ゼータ、エータ、シータ、レビン、トレノ……大型の眷属達に周囲を取り囲まれて、オクタビアはダッゾにしがみ付いています。
「き、貴様、我々をどうするつもりだ!」
「あぁ、勘違いしないで下さい。この眷属は、お二人を守るために呼んだだけですよ」
「ま、守る……だと?」
「はい、ここは南の大陸ですから」
「なっ……そんな馬鹿な」
「まだ信じられませんか? ヴォルザードの近くにあんな山ありますか?」
僕が指差した方向は、過去の大規模な噴火によって生まれた外輪山がそびえています。
「砂漠の真ん中で渇きに苦しむのと、ここで魔物達と追い掛けっこに興じるのと、どちらが好みですか? 後学のために教えて下さい。僕の身内に手を出した時には、丁重にお送りさせていただきますから」
「い、嫌だよ……魔物に食われて死ぬなんて御免だよ」
「大丈夫、ママは僕が守るから」
「出来もしないことを言うんじゃないよ。素手でどうやって守るんだい、ストームキャットにギガウルフ、サラマンダーなんて倒せる訳が無いだろう。そ、そうだ、あたし達と組まないかい、そうすりゃあんたの身内には手を出さないし、ボレントやメネンデスの奴らも叩き潰してヴォルザードの裏社会を一手に握れるよ。あたしの体だって、好きにして構わないんだよ。ねぇ、悪い話じゃないだろう……」
「マーマ……」
「おだまり! あたしは、こんな所で野垂死になんかしたくないんだよ!」
いやぁ、脅しが効きすぎちゃったのか、オクタビアの目がヤバい感じになってますね。
「生憎ですが、僕には可愛い嫁が四人もいますし、愛人にも困っていないんですよ。それに、裏社会を牛耳るつもりも無いです」
オクタビアが狼狽するほど、今まで恐れていたのは何だったのだろうと思えてきました。
クラウスさんの言う通り、グリフォンやギガースとは較べるまでもありません。
「お、お願いだよ。ヴォルザードに戻しておくれ。この通り、魔物に食われるのは嫌っ!」
「マーマ……」
「何をボーっとしてんだい、頭下げて頼みな!」
オクタビアは、ダッゾの髪の毛を掴んでラグに擦り付けるようにして下げさせ、自分もその隣りに平伏しました。
「勿論、今回は警告ですからヴォルザードまで送りますよ」
「ほ、本当かい?」
「えぇ……ただし、二度目は無いです。もし、僕の周囲の人間が、街で嫌がらせをされたりしたら、必ず背後関係を探らせ、あなた達の指示だと分かった時には……もっと大陸の中心部に送って差し上げます。山にはグリフォンの巣もありますし、ヴォルザードじゃお目に掛かれないような強力な魔物がいますから、たっぷり楽しんで下さい」
「誓う、決してあんたの身内には手を出さないと誓うよ」
「そうですか……では、送還」
元の建物の床にも、目印になる闇属性ゴーレムを設置しておきました。
まぁ、砂とか草とかまで一緒に送ったのは大目に見てもらいましょう。
「も、戻ってきた……」
「では、約束は守って下さいね。でないと……闇夜だろうが、昼間だろうが壁を越えて飛ばしちゃいますよ」
「分かった……分かりました。もう、手出ししようなんて思わない」
「手は出さない……」
オクタビアに促されて、ダッゾも渋々と約束したのを見守った後、闇の盾を出して影の空間へと潜り込みました。
「マーマ、あんな奴、ひと思いに殺してやれば……」
「お黙り!」
僕が姿を消した途端にダッゾが抗議すると、オクタビアはゾッとするほど冷たい声で答えました。
「あれほどとは思ってもいなかったよ。いや、分かったつもりでいたんだね。あれは、手をだしちゃいけない相手だ。どんなに冴えない外見をしていようが、我々が手出しすれば間違いなく破滅させられる」
「マーマ……」
「他にいくらでも稼ぐ方法があるのに、わざわざ破滅の道を選ぶんじゃないよ。分かったかい?」
「分かったよ、マーマ」
ダッゾの不満そうな顔は気になりますが、オクタビアには効果のある警告が出来たようですね。
これで僕の身内に手を出そうなんて奴は居ないはずですが……油断はしないでおきましょう。
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