第488話 オクタビアの策略

 夕食の席で唯香の妹、美緒ちゃんに何が起こっているのかと尋ねられました。

 守備隊で迎えに来るまでの間、元奴隷だった女の子は美緒ちゃんが面倒を見ていてくれたそうです。


 奴隷制度なんて存在していない日本で生まれ育った美緒ちゃんなので、小さな子供が首輪を嵌められて売り飛ばされている状況に思うところがあるのでしょう。

 美緒ちゃんが事件の説明を求めたもう一つの理由として、シャルターン王国の元王女フィーデリアの存在があるようです。


 シャルターン王国では奴隷制度は存続していて、フィーデリアの目に触れる機会は殆ど無かったそうですが、子供の奴隷は珍しくないそうです。

 奴隷は存在しない、存在してはいけないとされる日本で育った美緒ちゃんと、奴隷は当たり前に存在するシャルターン王国で王族として育ったフィーデリアとの間には、かなりの意識の違いが存在しているようです。


 まずは、奴隷制度の良し悪しについての論議は保留として、事件のあらましについて話しました。

 僕が裏道で隷属の首輪を嵌められた子供を見つけてから、調べた内容、関わっている人物、組織について説明をしました。


 あぁ、勿論オクタビアとダッゾの尻叩きプレイについては、教育上よろしくないので割愛しましたよ。


「というのが、僕の知ってる事件の内容なんだけど……何か質問はある? 美緒ちゃん」

「えっと……色々質問したい事だらけなんだけど、どうしてリーゼンブルグの商人を逮捕しないの?」

「証拠が無いんだ」

「だって、そいつらなんでしょ、奴隷にされた子供達を運んで来たのは」

「たぶんね。でも、僕らが知った時には、既にオクタビアの組織に引き渡された後だし、受け渡しの書類にも奴隷という記載はどこにもされていないんだ」

「でもでも、そいつらなんでしょ?」

「まぁね、そうなんだけど、ベーブラ達がリーゼンブルグでどの程度の規模の組織を持っているのか分からないし、どこから麻薬とかを運び込んでいるのかも分からない。分からないままベーブラを捕まえてしまうと、他の悪い奴らが野放しになっちゃうからね」


 言ってみれば、ベーブラ達は泳がせている状態です。

 クラウスさんの手紙で釘を刺したので、少なくともヴォルザードでは怪しい動きはしないでしょうが、リーゼンブルグに戻れば気も緩んで悪事に手を染めかねません。


 麻薬を取り扱う者達や、違法な手段で奴隷を手に入れている者達がいるのなら、そいつらも根こそぎ捕まえてしまいたい。


「でもでも、子供をお金で売買するなんて悪い奴に決まってるよ」

「うん、まぁ僕らから見ればロクな連中ではないけど、リーゼンブルグでは奴隷制度が存続しているから子供の奴隷を売買すること自体は違法とは限らないんだよ」

「でも……そんなのおかしいよ」

「まぁね、余程の事が無い限り、子供が奴隷になる理由は本人には無いだろうしね」

「そう、それ! 自分が悪くないのに、奴隷からのスタートなんて酷いよ」


 憤慨する美緒ちゃんの横で、フィーデリアは小首を傾げています。

 たぶん、奴隷イコール悪という考えに触れたことが無いのでしょう。


「フィーデリアは、どう思う?」

「国によって制度の違いがあるのだと知って驚いています」

「子供の奴隷がいるのは当たり前だった?」

「はい、奴隷とはそういう存在なのだとしか考えたことがありませんでした」


 シャルターン王国の王族としては当然とも言える考えですが、美緒ちゃんから見るともどかしく感じるようです。


「でもでも、もし自分が奴隷になったらって考えてみて」

「それは……屈辱的なことです」

「でしょ、やっぱり子供を奴隷にするなんて絶対に駄目だよ」

「では、大人の奴隷も駄目なのですか?」

「駄目だよ、駄目」

「罪を犯したり、借りたお金を返さなくても……ですか?」

「それは、駄目だけど……奴隷にするのは……どうなんだろう?」


 今度は、美緒ちゃんまで一緒に首を捻り始めちゃいましたね。

 僕自身、奴隷制度の良し悪しを聞かれたら、明確にこうだと言うのは難しいと感じています。


 僕らの暮らしていた日本では、基本的人権が考え方の基本になっていますが、こちらの世界では人権自体が確立されていなかったりします。

 奴隷反対の意見を主張できても、それを受け入れてもらえるとは限らないでしょう。


 ヴォルザードでは、基本的に奴隷制度は認められていません。

 犯罪者に対しては拘束手段として隷属の腕輪を使うこともありますし、借金の返済が滞った場合には城壁工事の強制労働をさせられる場合もありますが、奴隷としての売買は禁止されています。


 ただ、現実問題としては、歓楽街の賭博場などで借金を重ね、身を持ち崩し、怪しげな仕事をさせられている者もいるようです。

 メリーヌさんの弟ニコラは、冒険者パーティー・フレイムハウンドの連中に唆されて借金を重ね、危うくリーゼンブルグで奴隷にさせられる所でした。


 制度は無くても抜け道があり、禁止されても現実には同様の行為が行われています。

 奴隷制度は、簡単に結論の出る問題ではなさそうですね。


 そう言えば、今回連れて来られた子供達は送り返される事になるけど、リーゼンブルグに着いた後はどういう扱いになるんでしょうかね。

 子供が奴隷にされてしまうのですから、親が裕福とは思えませんし、子供同様に奴隷にされていると考えるべきでしょう。


 頼りになる身寄りがいるなら、そもそも奴隷になどされていないでしょうし、戻ったところで良くて孤児院、悪くすれば奴隷に逆戻りじゃないでしょうか。

 もし、ヴォルザードで保護するとしたら、どういった扱いになるのでしょう。


 ヴォルザードだって、冒険者の子どもが孤児になるといったパターンは存在しているでしょうし、孤児院などの施設が充実しているならば無理に戻さない方が良いかもしれません。

 リーゼンブルグ、ヴォルザード、双方の対応を聞いてから考えましょうかね。


 夕食後、休憩しながら待機していると、ラインハルトがダッゾが動いたと知らせてくれました。

 賭博場の事務所を出たダッゾは、肩をそびやかして歓楽街の中を歩んでいきます。


 もうすぐ日付が替わる時刻ですが、歓楽街には酒に酔った男達の姿が多く見受けられます。

 護衛の仕事が増えて冒険者の懐も温かくなっているようですが、露出度の高いお姉さんたちに鼻の下を伸ばして、全部巻き上げられているみたいですね。


 酔って気が大きくなっている冒険者でさえも、思わず道をゆずる迫力のダッゾですが、歩みを進めていくごとに表情はだらしなく緩んでいきます。

 多分、これから行われるオクタビアとの行為に思いを馳せているのでしょうが、昨日あれほどちゃんとやると言った約束は、全く果たせていません。


 守備隊に倉庫を捜索され、奴隷だった子供達は連れて行かれ、返還のための費用すら負担する約束をさせられる……まさに踏んだり蹴ったりです。

 普通の人なら足取りが重くなるような状況ですが、お仕置きされたい変態さんにはたまらない状況なんでしょうね。


 ダッゾは弾むような足取りで歓楽街を出ると、倉庫街の中にある建物へと入って行きました。

 建物の外観は、周囲の倉庫と同様に飾りっ気の欠片もありませんが、内部は高級感が漂う凝った造りになっています。


 ダッゾは出迎えた手下に上着を手渡し、つづら折れの廊下を進んだ先でメイドが出迎えたドアの内部へと足を踏み入れ、ニタリと相好をくずしました。

 部屋は二十畳ぐらいの広さがあり、奥にはキングサイズのベッドが置かれ、その手前に一人掛けのソファーが二脚と小ぶりの丸テーブルが置かれています。


 オクタビアは、光沢のある紫色の生地のバスローブを羽織り、右手で酒の入ったグラスを揺らしていました。


「ママ……」

「ちゃんとするんじゃなかったの?」

「ごめんなさい、マーマ。あれは連中が……」

「言い訳なんて聞きたくないよ。なにがあったのか報告をおし」


 ダッゾは、オクタビアの足元に跪き、倉庫が捜索を受け、守備隊に呼び出され、戻ってきてからの何をしたのかを事細かに話しました。

 途中、何度かダッゾがオクタビアに耳打ちしたのは、おそらく手下の名前なのでしょう、聞き取れる声量での報告には一度も固有名詞は出てきませんでした。


「それじゃあ、大事な商品を奪われた上に、金まで払う約束をしたのかい。どこまで駄目な子なんだ」

「ごめんなさい、マーマ、許して!」


 言葉の内容は謝罪だけれど、ダッゾは期待に目を輝かせています。


「ただで許してもらえるなんて、思ってやしないだろうね」

「マーマ!」


 オクタビアは置かれていた乗馬用の鞭を手に取ると、荒々しくテーブルを叩きました。


「お仕置きだよ、支度をおし!」

「分かったよ、マーマ!」


 オクタビアは、嬉々として身に着けている物を全て脱ぎ捨てたダッゾを天井から吊り下がった二本の鎖と手枷、床に繋がれた二本の鎖と足かせを使い、Xの字に拘束しました。

 ダッゾは拘束されただけで息を荒くしていましたが、オクタビアがローブの紐に手を掛けたところで我に返りました。


「駄目だよ、マーマ! やつら監視を強めるって言ってた!」

「あぁ、そうだね。お前が私の言うことを聞かないから、今も災厄に覗き見されているよ」

「だったら、脱がない……あがぁ!」


 オクタビアは、ダッゾの股間に鞭を叩き付けました。

 うわぁ……自分が叩かれた訳じゃないけど、見てるだけで下腹部が気持ち悪くなってくるよ。


「嘘を言うんじゃないよ。お前は見られたいのだろう、その無様な姿も、私の恥ずかしい姿も……」


 オクタビアが腰の紐を解いてローブの前をはだけると、その下には何も身に着けていないようです。


「駄目だよ、マーマ! 災厄め、見たら殺して……ふぐぁ!」


 ローブを脱ぎ捨てたオクタビアは、一糸まとわぬ裸身を晒しながら、再びダッゾの股間を打ち据えました。


「出来もしないことを言うんじゃないよ。お前じゃ災厄を殺せやしないだろう」

「出来るよ、マーマの裸を覗いた奴は、みんな殺して……がぁぁ!」

「サラマンダーやデザートスコルピオを仕留めるような奴をどうやって殺すって言うんだ。お前なんかが下手に仕掛ければ、返り討ちにされるだけさ」

「出来る、この手で首を圧し折って……あがぁ、がぁ、うがぁぁぁ!」

「出来やしないさ、返り討ちにされ、捕らえられ、お前の目の前で私は災厄に好き放題に凌辱されるのさ、こんな風にねぇ……」


 オクタビアはダッゾの正面に立つと、身をくねらせながら、自らの手で凌辱される様を演じ始めました。


「やめろ、マーマに手を出すな、やめろぉ!」

「こうして……こうして……あぁ、こんな事もされちまうんだよ」

「やめろぉ! マーマに手を出す奴は、みんな殺し……がぁぁ!」

「そうやって、出来もしない事を喚いているようじゃ、本当に私は犯されちまうよ。それでも良いのかい?」

「駄目ぇ! そんなの嫌だよ、マーマ!」

「だったら、もっと頭を使うんだよ」

「どうすれば良いの、マーマ」

「調べるのさ……」


 オクタビアは、自分の裸身を誇示するように、ゆっくりと部屋を見回しました。

 まるで本当に僕らが覗き見しているのに気付いているようで、背中にぞっと寒気が走りました。


「調べる……?」

「そうさ、徹底的に調べるのさ、災厄や……その周囲にいる者達を」

「分かったよ、マーマ。災厄の大事な者を攫って壊して……がぁぁ!」

「この馬鹿が! そんな見え透いた事をすれば、奴に反撃の口実を与えるだけだ。魔物の大群を一掃するような戦力を持ってるんだ、侮るんじゃないよ!」

「だったらマーマ、どうするのさ」

「待つのさ……今は目を光らせていても、それをいつまでも続けられやしない。災厄の奴は腕が立つ、腕が立つ奴はあちこちから頼りにされ、一か所に固執出来ないもんなのさ」

「でも、待ってどうするの?」

「必ず弱みをみせる。災厄自身は弱みを見せなくとも、周りにいる連中まで完璧なんてことはありえない。これの弟とかね……」


 オクタビアは、頭の横に弧を描き、豊満な胸をなぞってみせた。

 つまり、メリーヌさんの弟ニコラのことでしょう。


 確かに、ニコラには借金の件で面倒を掛けられましたが、ダンジョンで魔物に襲われて既にこの世の人ではありません。

 死んでくれて良かったとは言いたくないけど、オクタビアに目を付けられていたらと思うとぞっとします。


「だけど、マーマ。災厄に聞かれちゃってるよ」

「構いやしないさ。聞かれたところで、調べるだけなら罪には問えない。友人知人の全てに気を配るなんて出来やしない。ましてや、何か大きな騒動が起こった時には尚更だよ」


 オクタビアは、僕らが覗いているのとは全然違う方向に向かってドヤ顔を作って見せていますが、ぶっちゃけ対抗措置が思い付きません。

 何か指名依頼を受けて、ヴォルザードを留守にするような状況が起これば、確かにオクタビアの言う通りの状況になります。


「さすが、マーマ。これなら災厄だって簡単に……がぁぁ!」

「なにが簡単なもんか。相手は、あの災厄だよ。3の野郎の裏を探り出して、簡単に屈服させやがったんだ、下手を打てばこっちがピンチに陥る。舐めた口利いてんじゃないよ!」

「あぎゃぁ! あがぁ! がぁぁ! ごめんなさい、マーマ!」


 オクタビアはダッゾの股間を滅多打ちにすると、腰をつき出すようにして足を大きく開き、再び体をくねらせ始めました。


「よーく覚えておきなよ。お前がヘマをすれば、ここも……ここも……みーんな災厄の好きにされちまうんだよ」

「駄目だよ、駄目! マーマは僕のものだ!」

「それじゃあ、もう二度とヘマしないように、たっぷりお仕置きしてあげよう……ね!」

「がぁぁ! ごめんなさい、マーマ!」


 オクタビアは裸身に汗を滴らせながら、ダッゾを鞭で責め立て始めました。

 なぜ今夜は耳打ちをしないのかと思ったら、オクタビアとダッゾでは身長差がありすぎて、立った状態で耳元に口を寄せられないようです。


 オクタビアとダッゾは放送禁止用語を連発しながら、僕らを仮想寝取られ設定に利用して、淫らな行為に没頭し始めました。

 まったくもって、けしからんです。


「どうやら、今夜はこれ以上覗いていても成果は得られそうもないね」

『オクタビアという女、まったく嫌な事を考えますな』

「うん、何とか対処方法を考えないと、ますます後手に回りそうだよ」

『眷属を増やしますか?』

「まぁ、それが一番手っ取り早い対処方法だけど、増やしたら増やしたで、何か危機的な状況が起こった場合には、やっぱりそちらの対処に動員するだろうし、キリが無いよ」

『確かに、その通りですな』


 痴態を演じ続けているオクタビアとダッゾを眺めながら、具体的な対策を思い付けませんでした。

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