第487話 探り合い

 ダッゾの監視を続けていると、オクタビアを見張っていたフレッドが戻ってきました。


「どう? 何か分かった?」

『駄目……思ったよりもやりにくい……』


 フレッドは、オクタビアが耳打ちするタイミングを計って、何とか内容を聞き取ろうとしたそうですが、固有名詞を殆ど使わないそうです。

 あれ……とか、それ……とか、聞いている手下には伝わっても、盗み聞きしている者には何の話なのか分からないようにしているようです。


「聞かれないように、聞かれても分からないようにしているのか」

『本当に厄介……しかも楽しんでいる……』


 ヴォルザードの歓楽街を取り仕切る三人のボス、そのうちの一人から耳打ちで秘密めいた指示を受ける。

 手下にしてみれば、自分が特別な存在になったような気になるんでしょうね。


 こうした演出もオクタビアの人心掌握術の一つなのでしょう。


「それにしても、オクタビアの指示が分からないんじゃ、どうしても後手に回らざるを得ないよね」

『今の所は、我々が動いていると確証を持たれている訳ではありませぬ、ごく親しい人にだけ護衛を付けておけば宜しいのではありませぬか』

「まぁ、それしかないよね」


 ラインハルトにしても、この状況では手の打ちようが無いようです。

 まぁ、力任せに殲滅しようと思えば出来なくもないですが、それじゃホントに魔王になっちゃいますね。


 これまで、こうしたケースでは探り出した情報をもとにして、先手先手で対処ができていたので、余計にもどかしく感じてしまいます。

 何か情報を探り出す方法を考えないと駄目そうです。


 手下が戻って来るのを待つ間、ダッゾは更に三杯ほどグラスを空にしていましたが、まるで酔っているように見えません。

 僕が同じ分量を飲んだら、自己治癒魔法でも使わない限り泥酔しているでしょうね。


 ダッゾが酒瓶を一本空にした頃、階段をゾロゾロと上がってくる足音が聞こえました。


「ダッゾさん、連れて来ました」

「入れ……」


 ドアを開けて入ってきたのは先程命じられていた二人と、僕が子供を見つけた時に声を掛けてきた二人です。

 ダッゾはソファーに腰を下ろしたまま、眉間に深い皺を刻みながら、連れて来られた二人を睨み付けました。


「お前ら、なんで引っ張られずに済んだ?」

「お、俺らは一晩中逃げたガキを探していて……」

「そんで戻ってみたら、倉庫が囲まれてたんで……」


 ダッゾの口調から、何かしら自分達が疑われていると感じ取ったのでしょう、二人はダラダラと汗を流しながら今朝の状況を訴えました。


「手前らが逃がしやがったのか?」

「ち、違うんです、俺達じゃないんです」

「そうです、俺らが見張りに付いた時には、もういなくなってたんです」

「あぁ? どういうことだ?」

「お、俺らの前に見張ってた、リサルデとドゥラン……あいつらです」

「あいつらが嘘をついて、俺らを陥れたんです」

「だが、そいつらは引っ張られたんじゃねぇのか?」

「わ、分からねぇっす……」

「俺ら、こっちに知らせに戻ったんで……」

「ちっ、使えねぇな……」

「すんませんでした!」



 ダッゾが鋭く舌打ちすると、連れて来られた二人は這いつくばって床に額を打ち付けました。

 それを見たダッゾは、鬼のような形相で空になった酒瓶を振り上げて……ふっと表情を緩めて動きを止めました。


「待てよ……そうか、そういうことか……舐めやがって」


 ダッゾは、何やら独り言を繰り返すと、空の酒瓶をテーブルに置き、立っている手下の一人に新しい酒瓶を取りに行かせ、這いつくばっている二人に声を掛けました。


「おい、いなくなった時の様子を聞かせろ」

「へい……昨日の朝、交代の時間になったんで、俺とシスネロが地下に下りて行こうとしたら、ガキが階段を上ってこようとしてたんです。なぁ?」

「そ、そうです。そんで俺とトバルで立ち塞がって地下に追い返したら、あいつらが眠りこけてやがったんです」

「眠ってただと?」

「へい、二人ともグッスリ寝てやがったから、蹴り飛ばしてやったんです」

「そんで交代した後、飯を与えた時に一人足りないって気付いたんです」

「嘘じゃねぇだろうな?」

「本当です。俺は役立たずですが、ダッゾさんに嘘をつくほど命知らずじゃないです」

「俺もダッゾさんには嘘は言わないです。信じて下さい」


 トバルとシスネロは、もう一度床に額を打ち付けて頼み込みました。


「お前ら、俺が良いって言うまで外に出るな。勝手に外に出たら、組織を売ったとみなすから、そのつもりでいろ」

「へい、分かりやした!」

「それから、お前ら、リサルデとドゥランがどうなったか探って来い。引っ張られたのか、それとも行方を眩ませているのか……」

「分かりやした」


 ダッゾは四人を部屋から追い出すと、新しい酒瓶の封を切ってグラスに注ぎ一息に飲み干しました。


「ふぅ……どっちだ、どっちが売りやがった。それとも、まだ別の奴がいるのか……?」


 カルツさんに言われた内通者の話が、相当気になっているみたいですね。

 オクタビアのように耳打ちなどはしていないので、バッチリ会話も表情も録画させてもらいましたよ。


『ケント様……まだ弱い……』

「えっ、どうして?」

『ダッゾは守備隊とも……奴隷とも言っていない……』

「えっ……」


 慌ててダッゾと手下の会話を再生してみましたが、確かに守備隊や奴隷といった言葉は使われていません。


「うーん……話の内容は分かるけど、シラを切られたら追い詰められないか」

『徹底してる……』


 ブツブツと独り言を言いながら酒を飲んでいたダッゾですが、ポケットからコインを取り出すと壁の柱に空いた穴に放り込みました。

 穴の中は空洞になっているようで、一拍の間があった後で落下したコインが音を立て、その直後に階段を駆け上がってくる足音が響きました。


「入ります!」


 ドアを開けて入ってきたのは、先程の手下よりも少し年上に見える男で、ダッゾの前に背筋を伸ばして立ちました。

 気を付けの姿勢ではなく、両手は広げて手のひらをダッゾに見せています。


 何も武器を持っていない、敵対する意思は無いと現しているのでしょうか。

 ダッゾは、手下の男に手振りを交えて話し掛けました。


「おい、これの……これの店を探れ」

「これの……これですか?」


 手下の男も身振りを交えて答えています。

 ダッゾは宙に四角を描いた後、胸の膨らみを現すような手振りで、手下の男は頭の横に弧を描いた後で、やはり胸の膨らみを現す手振りを大きくしてみせました。


「そうだ」

「さらいますか?」

「馬鹿野郎、あれは……災厄の手付きだ、手出しすんじゃねぇぞ!」

「すんません、でも、これの……これなんですよね?」

「あれが手を出していない訳がねぇだろう……お下がりだ」

「そうだったんすね。道理で3の野郎がやられる訳ですね」

「そういうことだから、気付かれないように弱みを探れ。時間は掛かっても構わねぇから、悟られるな」

「分かりやした」


 手下が出て行くとダッゾはテーブルに足を乗せ、ソファーに背中を預けると目を閉じてイビキをかき始めました。


『ぶははは、やはりケント様の方が一枚上手ですな』

「えっ、どういう事?」

『先程の手下への指示は、メリーヌ殿の店を探れという内容ですぞ』

「やっぱりか……なんか、そんな感じはしてたんだ」


 ラインハルト達が言うには、ダッゾが示した四角は城門、イコール守備隊を現しているそうです。


「守備隊の恋人か嫁の店……あぁ、頭の横で弧を描いたのはメリーヌさんの角の意味か……それで大きな胸と……あれ、でもそうなると手付きとか、お下がりとか……」

『勿論……ケント様のこと……』

「えぇぇぇ……」


 災厄とは、ダッゾ達にとっての災厄、つまり僕がメリーヌさんと関係を持ったように思われているようです。


「そんなぁ……ハグしかしてもらってないのに……」

『おそらく、ニコラの一件でボレントをやりこめたから誤解を生んでいるのでしょうな』

「あぁ、3の野郎っていうのはボレントのことなのか」

『オクタビアが1、メネンデスが2、ボレントが3という位置付けなのでしょうな』

「なるほど……ある程度事情が分かっている内容ならば、固有名詞を使わなくても理解出来るのか……と言っても、オクタビアの組織の内情を全部把握するのも面倒だよね」

『そうですな、ここまでの状況から考えると、ダッゾが手下に出す指示を探りつつ、我々が出来る対処を早めに行っておくのがよろしいでしょう』


 オクタビアの考えは探りきれませんが、僕らの考えや行動も全部読まれている訳ではありません。


「これまでに較べればやりにくいけど、それでも情報では有利なのは変わらない。ダッゾをメインで監視して、オクタビアの独自の動きに備えようか」


 引き続きフレッドにオクタビアを監視してもらい、ダッゾはラインハルトに頼むことにしました。

 オクタビアとダッゾが合流するとしても、また日付が替わる頃でしょうから、それまでに他の場所に連絡を済ませてしまいましょう。


 まず向かったのは、メリーヌさんの店です。

 どうやら今は、夕方の営業に向けての仕込みの時間のようで、メリーヌさんと一緒に本宮さんも調理を手伝っていました。


「バステン、こっちはどう?」

『今のところ異常はありません』

「ダッゾが、この店を監視するように指示していたから、怪しい奴を見つけたら注意しておいて」

『了解です、お任せ下さい』


 本宮さんの警護を担当してくれているシルトをモフってから、次は守備隊へと移動しました。

 カルツさんは取り調べ室で、連行してきたオクタビアの手下の聴取に立ち会っていました。


 尋問を行っているのは文官と思われる人で、一人では舐められそうな細身ですが、斜め後ろからカルツさんが睨みを利かせていますから何の問題も無さそうです。

 尋問は、時系列に沿って行われているようで、奴隷が倉庫に到着してから守備隊が踏み込むまでに起こった出来事を一つ一つ確認しているようです。


 すでに何人かの取り調べが行われた後らしく、他の者の証言との食い違いも確認していました。

 質問を行う度に、手元の用紙になにやら記号が書き込まれていきます。


 証言した内容を書き留めた紙を確認させ、署名させたら取り調べは終了のようです。

 尋問を受けていた男が連れて行かれると、調べを行っていた男は大きく息を吐き、両手で顔を擦った後で首を回し始めました。


「今の男で手下は全員終わりだな?」

「はい、残りはイシドロだけです」

「よし、明日までに証言が食い違うところを洗い出しておいてくれ、イシドロの調べは明日行う」

「了解です。カルツ隊長、リーゼンブルグの連中は引っ張らなくても良いのですか?」

「なかなか強かな連中らしくてな、違法な品物は手元に置かないらしい」

「奴隷も麻薬も、金になっちまえば取り締まりようがないって訳ですね?」

「その通りだが、クラウス様が釘を差すと言ってたから問題無いだろう。勿論、我々もマークは厳しくしていくぞ」


 どうやら、今日の取り調べは終了のようなので、廊下に人がいないのを確認して、取調室のドアをノックしました。


「誰だ?」

「ケントです。ちょっとよろしいでしょうか?」

「あぁ、構わんぞ。入ってくれ」

「失礼します」


 ドアを開けず、闇の盾をだして取調室に入ると、尋問を行っていた文官が目を丸くしていました。


「何かあったのか?」

「大した事ではないんですが、ダッゾがメリーヌさんの店を探るように指示を出していましたので、お知らせしておこうと思いまして……」

「メリーヌの店を探ってどうしようというんだ?」

「たぶん、カルツさんの弱みが欲しいんじゃないですかね」

「くだらん真似を……」

「ダッゾは手を出すなと命じていましたが、万が一に備えて僕の眷属に見張ってもらっています」

「そうなのか、いや、すまんな」

「いえいえ、守備隊員の身内を守るのは、ヴォルザードの住民として当然ですよ」


 メリーヌさんにも本宮さんにも護衛を付けていると伝えた後、内通者として四人が疑われている状況も説明しておきました。


「そのリサルデとドゥランは連行されて来ているんですか?」

「あぁ、もう取り調べも終えたが、やつらは内通者ではないぞ。だが、そんな風に思われているならば利用させてもらうかな」

「偽の情報を流す……とかですか?」

「いいや、我々が虚偽の情報を使っていたら、街の者から信頼されなくなってしまう」

「じゃあ本当の話をするんですか?」

「本当の話というより、嘘ではない話をする感じだな」

「なるほど……勝手に思い込ませる訳ですね?」

「そういう事だ」


 カルツさんとしては、オクタビアの組織を一気に壊滅させてしまうと、歓楽街に及ぼす影響が大きいので、ダッゾに太い釘を刺しておきたいようです。


「大人しく、真っ当な商売だけしているなら、こちらとしても文句をつけるつもりは無いんだがな」

「そうだ、僕の家に奴隷だった子供を一人預かっているんですが……」

「あぁ、その子なら、もう迎えに行かせたぞ」

「そうなんですか?」

「他の子と離れ離れでは可哀そうだと思ってな」

「いつぐらいにリーゼンブルグに移送する予定ですか?」

「そいつは、ラストックの連中と話がついてからだな」

「じゃあ、そっちは僕が話をしてきますよ。馬で行くと往復で二日掛かっちゃいますもんね」

「ケントのところの眷属が見回りをしてくれているが、それでも魔の森は危険だから助かるよ」


 ラストックへの連絡は、明日の朝までにカルツさんが通達の手紙を書いておくそうなので、それを僕が届けることになりました。

 確か、ラストックはグライスナー侯爵の領地に編入されたはずですから、息子のどちらかが仕切っているはずです。


 手紙を届けて、状況を説明して、なんなら子供も届けてしまいましょう。

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