第485話 オクタビア

 オクタビアが率いる組織の表の顔ダッゾは、岩を彫ったような男だと言われているそうです。

 平均的な成人男性よりも頭一つ以上高い身長、倍ぐらいあるのではと思える肩幅、胸板、全身に筋肉の鎧をまとい、エラの張った四角い顔に太い眉、黙っているだけでも他者を圧倒する威圧感があるそうです。


 元々は、マールブルグで冒険者として活動していたそうですが、仲間内で揉めて五人ほどを再起不能にしたらしいです。

 術士タイプではなく、ガチガチの騎士タイプらしく、身体強化で喧嘩相手の腕を握り潰した、脇腹の肉をむしり取った、なんて逸話もあるようです。


 暴力沙汰でギルドのランクを剥奪されて追放されてヴォルザードに流れ付き、オクタビアの情夫だった前のボスのボディーガードに収まったという話です。


 フレッドにダッゾがオクタビアと合流したと知らされて、複数ある隠れ家の一つにやってきました。

 影の空間から覗いた先で、露わになっているダッゾの背中は、正に岩を彫り出したような筋肉の山脈です。

 太い二の腕は女性の腰回り、太ももは僕のウエストよりも太いでしょう。


 そのダッゾは、オクタビアに尻を叩かれています。

 比喩などではなくて、物理的にです。


「マーマ! ごめんなさい、マーマ!」

「悪い子だ、本当に悪い子だよ!」


 全裸で四つん這いになったダッゾの尻を、木のラケットのような物でオクタビアが思いっ切り叩いています。

 バシーン……バシーン……っと容赦のない音が響き、ダッゾの尻は真っ赤に腫れ上がっていました。


「フレッド、これって、どんな状況?」

『んー、趣味……?』


 尻が真っ赤に腫れ上がっているのに、ダッゾは恍惚とした表情すら浮かべています。

 はっきり言って、ドン引きですよ。


「この女がオクタビアで間違いないの?」

『たぶん……ダッゾがそう呼んでいた……』


 これまで聞いていた情報から、オクタビアは中年の女性だと思い込んでいましたが、今見る限りでは二十代半ばぐらいに見えます。

 もっとも、女性の場合はお金の力で時間を止めてる人とか、マスターレーゼみたいな人もいますので、実年齢とはかなりの開きがあるのかもしれ……ひぃ、ギロって睨まれました。


「ママ、どうしたの?」

「失礼なことを言われた気がしただけだよ」

「なんだって、ママに失礼なことを言う奴なんて、僕が殺して……あーっ!」

「自分の仕事も満足にこなせない子が、なに生意気言ってんだい!」

「マーマ! ごめんなさい、マーマ!」


 容赦なくダッゾの尻を叩くオクタビアは赤い革のブーツを履いていますが、ウエストを締め上げて下乳を支える赤い革のコルセットと、同じく赤いガーターベルトとストッキングしか身に付けていません。

 いわゆる女王様スタイルなのでしょうけど、豊満な胸の膨らみも、丸く張りの良い尻も丸見えで、まったくもってけしからん光景です。


 いや、偵察ですから、違法奴隷の調査ですから、仕方なく見ているだけですよ。

 唯香にちょっとお願いしようか……なんて、微塵も思っていませんからね。


 尻を滅多打ちにした後、オクタビアはダッゾの耳元に口を寄せて何事か囁くと、また容赦なく尻を叩きました。


「マーマ! ちゃんとする、僕ちゃんとするよ、マーマ!」

「良い子に出来る? 本当に出来る?」

「する、ちゃんと良い子にするよ、マーマ!」

「しょうがない子だねぇ、また悪い子したらお仕置きだからね」

「分かった、ちゃんとするよママ、んっまんま……」


 腫れ上がるほどに尻を叩かれた後、膝枕されてオッパイをねだる……こんなダッゾの姿を見たら手下どもはどう思うんでしょうかね。

 ここから先は、更にアダルトな時間のようですし、退散しましょうかね。


『ケント様……確認しなくて良いの……?』

「えっ、いや……さすがにこの先までは……」


 既にオクタビアとダッゾは、倒錯プレイから男女の営みに移行しつつあります。

 ここから先を覗き見するのは、さすがに悪趣味だと思うのですが……。


『まだ、オクタビアの指示が分からない……』

「えっ?」


 目の前で繰り広げられているオクタビアとダッゾの行為に圧倒されて、本来の目的を見失っていました。

 そもそも偵察に来たのは、違法な奴隷をどう扱うのか、逃げた奴隷に対してどんな対策を講じるのか方針を探るためですが、オクタビアは奴隷なんて一言も口にしていません。


「まさか、さっきの囁き……?」

『可能性はある……』


 オクタビアは、ダッゾの尻を叩く合間に耳元に口を寄せて、何事か囁いていました。

 もしかすると、あれが違法奴隷や他の取引に関する指示だったのかもしれません。


「でも、さすがにこの先……うっ、まただ」


 オクタビアは、ダッゾの巨体に跨る形で行為に及んでいて、その最中にも動きを止めて何事か囁きかけています。


『やはり探った方が良い……』

「そうかなぁ……」


 影の空間経由なら、ダッゾの耳元に囁く声も、なんとか拾えるかもしれません。

 オクタビアに気付かれないように、ダッゾの陰になるように小さな闇の盾を出して音を拾ってみましたた。


「坊やのピ――――を、ママのピ――――に、ピ――――して、ピ――――……」


 全然違うじゃん、違法奴隷の話なんて欠片も出て来ないよ。

 これじゃあ、オクタビアがどう対策するつもりなのか分かりません。


「どうしよう、ラインハルト。このままじゃオクタビアが違法奴隷に関わっている証拠が無いから、子供たちを救い出してもイシドロをトカゲの尻尾切りして終わりじゃない?」

『そうですな、いくらクラウス殿でも何の証拠も無しに強権を発動しては、他の連中からも反発を招きかねませんな』

「ねぇ、このオクタビアの行動って、僕らが探っている事を想定してやってるのかな?」

『可能性はありますな。ですが、話している内容を他の者に悟られない、証拠を残さない、切り捨てを容易にするなどは、組織を維持していく上では有用な手立てです。このオクタビアという女は、ボレントやメネンデスよりも厄介な気がしますな』

「とりあえず、今夜のところは引き上げよう」


 このままオクタビアとダッゾの痴態を覗いていても、ただの変態になってしまいますので、屋敷に引き上げました。

 翌朝、朝食もそこそこに切り上げて、領主の館を訪ねました。


「おはようございます。クラウスさん」

「おぅ、ケントか、早いな。何かあったのか?」

「はい、昨晩オクタビアの様子を探ったのですが……」


 フレッドから知らせを受けて探り始めたところから話すと、クラウスは呆れ果てたといった表情を浮かべましたが、話が進むうちに表情を厳しく引き締めました。


「そいつは、お前やお前の眷属への対策だと考えるべきだろうな。恐らくボレントがやり込められた状況や、お前に関する噂を分析した結果だろう」

「つまり、影の中から探られると想定しての対策って事ですね?」

「そうだろうな」

「うーん……どうしましょうか? 奴隷たちの首輪も外されちゃったみたいですし、このまま連れ出されちゃったら、救出が難しくなりませんか?」

「そうだな……一人ずつにバラけちまったら、身寄りの無い子を保護しているみたいな言い訳ができちまう。それこそ、金持ちの変態どもの慰みものになった後じゃないと理由を付けて救い出せなくなる」


 クラウスさんは、腕組みして少しの間考え込んだ後、守備隊を踏み込ませる決断をしました。


「オクタビアは捕らえられませんよね?」

「まぁ、今回は無理だが、ダッゾを守備隊に呼び出して警告はさせるぞ」

「僕の周囲の人たちへの報復行為には気をつけないと駄目ですよね?」

「いや、そうならないように仕向けてやる」

「仕向けるって、どうするつもりなんですか?」

「まぁ、そいつは守備隊の方にちゃんと指示を出しておく。心配ならダッゾを呼び出した時に覗いて確かめておけ」

「分かりました。僕らはどう動けば良いですか?」

「とりあえず、奴隷の子どもの救出が最優先、その次がイシドロの捕縛だ。お前らは、踏み込む守備隊に死者が出そうな場面以外では手を出すな。今回の一件には関わっていないと思わせておけ」


 一体どういう手を使うのか分かりませんが、お手並み拝見と参りましょう。

 奴隷の子供達が閉じ込められている倉庫へ先回りすると、やはり首輪は外されていましたが、服装はそのままで風呂に入れてもいないようです。


 こんなに薄汚れた状態では、隷属させる首輪をしていなくても虐待や誘拐を疑われても仕方がないでしょう。

 首輪を外すぐらいなら身体を洗って小綺麗な格好をさせれば良いのに、奴隷商のベーブラがヒントをくれてもイシドロには活かす才覚が無かったのでしょう。


 僕がギルドの執務室から影移動してきてから、三十分も経たないうちに守備隊が倉庫を包囲し終えました。

 この迅速さからみても、突入に備えて準備を整えていたのでしょう。


 兵士の数は50人程度、率いているのはカルツさんでした。


「守備隊だ、荷物を改める。すぐに戸を開けろ!」


 扉の裏側で見張りを務めていた男の一人が奥に向かって走っていきました。

 残った一人は、奥の様子を見守りながら、カルツさんに応対を始めます。


「お、おはようございます。今、開けますので少々お待ち下さい」


 馬鹿丁寧な口調で答えながらも、男は奥の様子を見守っています。

 たぶん、自分の一存などでは決められないのでしょう。


「これから十数える、それでも戸を開けないならば、強制的に開けさせてもらう」


 イシドロの部下による引き伸ばし工作も、カルツさんには通用しません。


「ひとーつ、ふたーつ、みーっつ、よーっつ、いつーつ……」

「ま、待ってくれ……今、今、鍵を取りに行ってるから」

「むーっつ、ななーつ、やーっつ……」


 鍵を取りに行ってるという言い訳にも、カルツさんは全くカウントを止める気配すら無く、既に巨大な戦斧を頭上に掲げています。


「ま、待ってくれ……い、今……」

「ここのつ、とぉ! 扉から離れろ!」

「うわぁぁぁ……」


 分厚い木の扉が、まるで発泡スチロールで出来ているかのように、粉々に叩き壊されました。


「突入ぅぅぅぅぅ!」

「おぉぉぉぉぉ!」


 扉を叩き壊して踏み込んだ守備隊によって、あっと言う間に制圧は完了し、子供達は助け出されました。

 倉庫に残っていたイシドロも拘束されています。


「隊長さんよぉ、こいつは一体どういうことです? うちは、こんな扱いを受ける覚えはありませんぜ」

「お前らが血眼になって探していた少女は既に保護してある。これが、どういう意味かぐらい分かるよな?」

「ちっ、あのクソガキ……」


 イシドロを筆頭に、オクタビアの組織の連中は、全員拘束されて守備隊へと連行され、取り調べを受けることになります。

 リーゼンブルグの裏組織であるベーブラの所には、今回は何も処分を行いませんが、クラウスさんからの警告の手紙を一通届けさせられました。


『お前は既に監視下に置いた。必ず隙が出来ると思うならば試してみろ。今後もふざけた真似をつづけるならば、相応の報いを覚悟しておけ』


 差出人も宛名も無し、ほんの少しの間だけ目を離した隙に忽然と目の前に現れた封筒の中身を読んで、さすがのベーブラも震えあがりました。

 ヌチョア、サデール、ドッツの三人組もガタガタと震えています。


「ヤベぇよベーブラさん、領主に目を付けられちまった。魔王を顎で使う奴ですぜ、ヤバすぎますよ」

「うるせぇ! 今考えてるところだ、ぎゃーぎゃー騒ぐな!」


 ヌチョアを怒鳴りつけたベーブラの手も震えていますが、それでも打開策を必死に考えているようです。

 手紙の文面を何度も何度も読み返して、その上で決断を下しました。


「いいか手前ら、耳の穴をかっぽじって良く聞きやがれ。俺達は、ヴォルザードの法律に背く品物は一切扱わない。いいか、一切だぞ! 例え、1ブルグの品物が、運んでくるだけでも1000ヘルトに化けるとしてもだ」


 キッパリと言い切った割には、ベーブラの目線は部屋のあちこちに向けられています。

 そんなにキョロキョロ探したところで、僕らは見つけられませんよ。


「ベーブラさん、ファルザーラも扱わないんで……ぐはっ!」


 麻薬の話を口にしたヌチョアに、ベーブラはツカツカと早足に歩み寄るとボディーブローを叩き込みました。


「手前、その使えない頭を切り落として欲しいのか? この手紙が、どこから現れたと思ってやがる! 誰が運んで来たと思っていやがる、この馬鹿が!」

「がはっ……ぐぁ……すんません、すんませーん!」

「いいか、俺らは真っ当な商売人だ。商売の相手を外見や経歴で差別しないが、違法な品は扱わない、分かったか!」

「へ、へい、分かりやした!」


 ヌチョア達に当たり散らしたベーブラは、ドッカリと椅子に腰を下ろすと頭を抱えた。


「くそっ……クラウスってのは、これほどの男か……少々見込みが甘かったようだ」


 まぁ、それも僕や僕の眷属ありきなんですけどねぇ。

 とりあえず、ベーブラには釘が刺せたようですし、次はダッゾにどんな警告を与えるのか見させてもらいましょう。

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