第484話 リーゼンブルグの裏組織

 オクタビアを探すには、まずはダッゾの居場所を見つけるしかなさそうです。

 ダッゾが表の顔としての役目を果たしている間、オクタビアは何か所かあるアジトを転々としているようです。


 身内からも狙われる心配をしているのか、それとも大物感の演出なのかは分かりませんが、一日の終わりはダッゾと過ごすことだけは決まっているそうなので、ダッゾを探して後をつければ、オクタビアの元へと辿り着けるはずです。


 探索には、シャルターン王国からフレッドに戻って来てもらいました。

 僕が探すよりも、フレッドに任せた方が確実ですし、早いでしょう。


「じゃあ、フレッド、ダッゾがオクタビアと思しき人物と合流したら教えて」

『りょ……』


 フレッドには、ダッゾを発見追跡するついでに、オクタビアの組織の後ろ暗い部分も探ってもらいます。

 ダッゾとオクタビアが合流するとしても、日付が替わった後でしょうから、今のうちに屋敷に戻って夕食を済ませてしまおうかと思っていたら、倉庫を見張っていたコボルト隊が戻って来ました。


「ご主人様、三人組の親玉が来たよ」

「よし、ちょっと見に行こうか」


 リーゼンブルグの組織を率いているのだから、さぞや凄みのある男かと思いきや、小太りで愛想の良い中年男性でした。


「やぁやぁ、イシドロさん。一匹逃げ出したって聞きましたけど」

「ちょっと目を離した隙にな」


 どうやら、人相の悪いオールバックは、イシドロという名前のようです。

 三人組の時とは違い、不機嫌そうな表情は崩さないものの、見下すような話し方ではなく、相手に対して一定の敬意を払っているように見えます。


「イシドロさん、首輪はどうされました?」

「首輪だと? 付けたままに決まってるだろう」

「えっ? ヴォルザードは奴隷禁止ですよね?」

「そうだが、首輪を外せば余計に逃げられる可能性が高まるだろう」

「いやいや、逆ですよ。首輪を外しておけば逃げられなかったんじゃないですか?」

「はぁ? どういう意味だ、ベーブラ」


 イシドロが声を荒げても、三人組の親玉ベーブラは落ち着いた口調で話を続けました。


「あぁ、ここでは奴隷は禁止だから、奴隷の扱い方を御存じではないようですね。奴隷を上手く動かすには、鞭と飯の使い分けですよ」

「鞭と飯だと……?」

「イシドロさん、私らが連れてきた奴隷共を見て、どう思われました?」

「そりゃ、薄汚い……だろう」

「その通りです。あの薄汚い姿を見れば、まともな生活をさせてもらっていない……って、お分かりになるでしょう?」

「そりゃ、見れば分る」

「うちでは、ワザと最低限の待遇しか与えていないんですよ」


 何を話し始めるのかと興味を持ち始めていたイシドロだったが、なかなか核心に近付かない話に少し苛立ち初めているようだ。


「何が言いたい、もっとハッキリ言え!」

「我々が最低限の待遇しか与えて来なかったから、イシドロさんは、ほんの少し良い生活をさせてやれば良いんです。そうすれば、ガキどもは勝手に優しい人だと勘違いしますから」

「おぉ、なるほど……それが飯ってことか?」

「そうです、そうです。どの道、商品として手入れをなさるんでしょう? 俺達は、奴隷という境遇から助け出してやる存在なんだぞ……そう思わせれば、逃げ出したりしませんよ。なんて言っても、自分の故郷に戻るには魔の森を超えなきゃいけないんですから、今までよりも良い待遇を与えてくれる人の所には、残っていた方が良いと考えますからね」

「なるほどなぁ……さすがに本職の奴隷商人は違うな」

「いやいや、単なる慣れですよ」


 三人組が、やたらとイキっていたのに較べると、ベーブラは拍子抜けするぐらい腰が低いのですが、時折ギョロっと動く瞳には組織をまとめる者の凄みのようなものを感じます。


「それにイシドロさん、首輪を付けていなければ、罪に問われる心配が減るんじゃないですか?」

「確かにそうだな。だが、その程度の事で誤魔化せるほど領主のクラウスは甘くねぇぞ」

「なかなかの切れ者だそうですね。ですが、相手を出し抜くのは、小さい事の積み重ねですよ」

「他人事のように言ってるが、お前らだって目を付けられる事になるかもしれないんだぞ」

「まぁ、その時はその時ですよ。どんなに堅固に見える門でも、人が守っている以上は隙が生じるものです」


 イシドロの脅し文句に対しても、ベーブラはにこやかな表情を崩そうとしません。


「ほう、たいした自信だな」

「今回とは違う馬車で、私以外の者がヴォルザードを訪れたとしたら……それでも警戒されると思いますか?」

「分からんぞ、リーゼンブルグからの馬車は全て警戒されるかもしれん」

「なるほど、それならば暫くの間は様子見に徹して、隙が出来たら動くだけです」

「隙が出来なかったら?」

「それは大丈夫ですよ。人間が警戒している以上、必ず隙は生まれます」


 パッと見は冴えない中年男ですが、このベーブラは腹が据わっているし、冷静な判断が出来る男のようです。

 既に取り引きする商品の引き渡しも、金の受け取りも済んでしまっているようですし、ベーブラを捕らえるには証拠が足りない気がします。


 それに、奴隷以外にも違法な品物を扱っているのなら、泳がせておいた方が良いかもしれません。


「ラインハルト、こいつらがアーブルの残党だとしたら、麻薬も扱っていたりするのかな?」

『十分に考えられますな。麻薬となれば、バルシャニアにまで繋がっている可能性もあります。根っこまで叩くならば泳がせて、リーゼンブルグまで戻らせて本拠を叩いた方がよろしいでしょうな』

「何だか話が大きくなりそうだねぇ……」

『そうですな。こうした連中は地下で繋がっているくせに、自分たちが危ういとなれば、簡単に仲間を切り捨てたりします』

「繋がっているけど、繋がりを辿るのが難しいってことだね」


 この後、ベーブラは当たり障りのない世間話をした後、また良い商品が入ったら持って来ると言い置いて、三人組を連れて倉庫を後にしました。

 四人が向かった先は、倉庫から歓楽街を回り込み、ギルドの裏手にある間口の狭い店でした。


 周りには、武器屋や防具を扱う店や、素材を買い取る店、遠征のための装備品を売る店などが並んでいます。

 この辺りには、殆ど足を運んでいないので、この店が元は何の店だったのか全くわかりません。


 ベーブラが表戸の鍵を開けて内部に足を踏み入れると、まだ開封されていない木箱が山と積まれていました。

 店に入るまでは、隣近所の店の者と笑顔で挨拶を交わしていたベーブラでしたが、三人組の一人が店の扉を閉めた途端表情が一変しました。


「手前ら、イシドロさんに生意気な口を利いたりしてねぇだろうな?」


 さっきまでの愛想の良いオッサンと同一人物とは思えないほどドスの利いた声に、三人組は揃ってブルブルと首を横に振りましたが、ベーブラの目は誤魔化せなかったようです。


「この、馬鹿共が!」

「ぐぅぅ……すんません!」


 手加減無しのボディーブローが叩き込まれ、三人組は膝を付いて頭を床に擦り付けました。


「手前らの下らない面子が、いったいいくらの金になる? 千ブルグか? 一万ヘルトか? どんだけ舐められようが、金を毟り取った者が勝ちだって何度も教えてるよなぁ!」


 ベーブラは、三人の中で一番態度のデカかった太った男の髪の毛を掴んで顔を上げさせました。


「ヌチョア、俺がなんで三人のボスの中からオクタビアを選んだか分かるか?」

「か、金を一番持ってそうだったから……」

「馬鹿野郎!」

「ごはっ……ぐはっ……すん、ません……」


 ヌチョアは鳩尾に蹴りを食らって悶絶しながらも、必死に謝罪の言葉を口にしています。


「サデール、なんでだ?」

「一番……一番……ぐぁ……すんません」

「ドッツ、なんでだ?」

「一番騙しやすそう……がぁ……すんま、せん……」

「どいつもこいつも、ボーっとしてやがって、そんなんで金儲けが出来ると思うなよ!」


 背の小さな男も、やたらと背の高い男も、ベーブラが満足する答えを返せずに蹴りを食らいました。


「オクタビアを選ぶのは、一番用心深く、狡猾だからだ。商品の受け取りをやったのは誰だった? ヌチョア」

「イ、イシドロ……さんです」

「そうだ、じゃあ、金を支払ったのは誰だ? サデール」

「イシドロさんです」

「そうだ」


 今度は、望んだ答えが返ってきたからか、ベーブラは二度、三度と頷いてみせた。


「じゃあ、なんであれだけの金を現場のイシドロ程度の男に任せているのか分かるか? ドッツ」


 他の二人と比較すると急に難易度の上がった質問に、ドッツは絶望的な表情を浮かべた。


「分かりま……ぐぇぇ」

「がぁぁ……なんで?」

「ごはっ……俺も?」


 ドッツだけかと思いきや、他の二人もベーブラに蹴りを見舞われています。


「ふん、どうせ答えられねぇんだろう?」


 ベーブラの言葉にヌチョアもサデールも視線を逸らして俯くだけでした。

 そんな三人の姿をみて、ベーブラは舌打ちを漏らした後で口を開いた。


「あんな下っ端に、あのブツの受け取りや金の支払いまでやらせているのは、いつでも切り捨てられるようにしてんだよ。オクタビアどころかダッゾまでも取り引きの場には現れない。これならもし領主の手の者が嗅ぎつけたとしても、自分達は知らない、部下が勝手にやった事だとシラを切り通せる」

「それじゃあ、俺らも切り捨てられちまうんじゃ?」

「ヌチョア、手前は何処の組織の人間だ? いつからオクタビアに鞍替えしやがった?」

「く、鞍替えなんかしてねぇっす!」

「だったら、切るとか切らねえなんて話じゃねぇだろう。別の組織の人間なんざ、どれだけ利用出来るかだ」

「じゃあ、最初から切られる前提で取り引きしてるんすか?」

「当たり前だ。ヴォルザードに着いたら即納品、即回収。ブツを持ってりゃ捕まるが、金ならいくら持っていても文句を言われる筋合いはねぇ。オクタビアには情なんて物は無いが、金払いは良い。最初から切られると分かっていれば、それに見合った対処をするだけだ」


 ベーブラの割り切った考え方に、三人組は息を飲んで黙り込んでいます。


「いいか、オクタビアから切り捨てられようが、手前らで生き残れば良いだけだ。俺らを切り捨ててオクタビアが生き残るなら、また客になるかもしれねぇ。少しでも負い目を感じるなら、儲けを上積み出来る。商売相手は最後まで生き残る奴を選べ、切り捨てられても生き残る才覚を身に付けろ、分かったか?」

「へい、分かりやした!」


 三人組が揃って頭を下げると、満足そうに頷いたベーブラは顎をしゃくって立つように合図しました。


「腹が減ったな、片付けの前に飯にするか」

「そうだ、ベーブラさん。ここは魔王の本拠地みたいですよ」


 デブのヌチョアが遠慮気味に話し掛けたが、ベーブラは驚いた様子を見せなかった。


「なんだ、お前ら知らなかったのか?」

「えっ、ベーブラさん、ご存じだったんですか?」

「当たり前だ。新しい拠点を作るんだぞ、そこがどんな場所かも調べないとでも思ってやがるのか」

「でも、魔王の本拠地は……」

「馬鹿め。魔王ってのは、まだ二十歳にもならない小僧だぞ。いくら力があろうとも全能じゃねぇ、いくらでも隙は見つけられる。むしろ怖いのは領主のクラウスだ。どうやって手綱を握っていやがるのか知らないが、魔王を顎で使ってるって話だぞ」


 おふぅ……こんな連中にまで僕が顎で使われていると思われているとは……情報通であるのを自慢するようなベーブラの表情がムカつきますね。

 三人組も真に受けてるんじゃないよ。


「マジっすか? それじゃあ、ますますヤバいんじゃないんですか?」

「商売ってのはな……ヤバい場所が一番儲かるんだ。いくらクラウスだって、全てを支配することなんか出来やしない。その証拠に、オクタビア、ボレント、メネンデス、歓楽街を仕切るボスが三人もいるじゃねぇか」

「あっ……確かにそうっすね」

「人間てのは、どんな奴でも頭は一つ、目は二つ、耳も二つしかねぇんだ。見て、聞いて、考えるには限界って奴があるんだよ。続きは戻ってからだ、外では仕事の話はすんじゃねぇぞ」

「へい、分かりやした!」


 ベーブラは、三人組を連れて拠点の外に出ると、また愛想の良いオッサンの顔へと豹変しました。

 これだけの変わり身をして、イシドロと話していた時には欠片もボロを出さなかったのですから大したものです。


『ケント様、やはりこのベーブラという男は少し泳がせて、リーゼンブルグ国内の繋がりも調べておいた方が良さそうですぞ』

「そうだね。この様子だとリーゼンブルグでは、かなり手広くやってそうな気がするよ」


 ベーブラにはコボルト隊を付けて、所在の確認を出来るように手配しました。

 さて、僕も夕食を済ませてダッゾがオクタビアに接触するのに備えましょうかね。

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