第483話 事件の背景

「お前ら、オクタビアさんに逆らって、ヴォルザードで商売が出来ると思うなよ」

「いやいや知ってるぜ、他にも二人ボスがいるんだろう?」


 話を聞いていると、人相の悪いオールバックは、やはりヴォルザードの歓楽街に三人いるボスの一人、オクタビアが率いる組織の下級幹部のようです。

 対する三人組は、リーゼンブルグの組織の構成員のようで、ヴォルザードに作る拠点の要員として送り込まれて来たようです。


「オクタビア、メネンデス、ボレント……三人のボスが均衡を保っているんだよな」

「そうそう、そこに俺らが加われば、均衡が崩れる」

「俺らの動向次第で情勢が大きく変わるんじゃねぇの?」


 ヴォルザードに送り込まれて来るだけあって、三人組はそれなりの知識を与えられているようです。

 確かに三竦みの状態の所へ、リーゼンブルグから新たな勢力が加われば均衡が崩れそうです。


 言うなれば、これから先のヴォルザードの歓楽街での権力闘争のキャスティングボートを握っているとあって三人組は強気なのでしょう。

 ところが、人相の悪いオールバックは、三人の言葉を聞いて皮肉めいた笑みを浮かべてみせました。


「そんなに上手くいくと思うなよ」

「いやいや、俺らと組んだところが総取りになるんじゃねぇの?」

「いつの情報を聞いたか知らねぇが、ボレントもメネンデスも、スッカリ牙を抜かれちまってるぜ」

「牙を抜かれた? どういう意味だ?」

「どういう意味も何も、魔物使いにやり込められて、大人しいもんさ」

「魔物使いって……Sランクの冒険者か?」

「さっきの銀髪のガキか?」

「あんなガキにやられてるのか?」

「なんだ、お前らもう魔物使いに遭遇したのか?」


 三人組は、フルールさんから僕の正体を聞かされているようですが、どんな人間かまでは聞かされていないんですかね。


「ギルドでちょいとからかってやったら、尻尾を巻いて逃げていったぜ」

「俺らがリーゼンブルグから来たと聞いて、ギルドの姉ちゃんが話を膨らませてたけどな」

「ギガウルフにストームキャットに、あと何だ……そう、サラマンダーを飼い慣らしてるとか、冗談にもならねぇての」


 フルールさんは説明したけど、信用しなかったって感じでしょうか。


「冗談じゃないぞ、お前らが入ってきた門の西側に、領主の館よりもデカい屋敷がある。城壁の上から庭が覗けるから行って見て来い。ストームキャットとサラマンダーが昼寝してるのを拝めるぞ」

「はぁ? 庭でストームキャットが昼寝だと?」

「サラマンダーを放し飼いにしてるのか?」

「そんな、魔王じゃあるまいし」

「魔王と呼ぶ奴もいるぞ」


 オールバックの言葉を聞いて、三人組は顔を見合わせました。


「まさか、アーブルを破滅させた魔王なのか?」

「嘘だろう? アーブル・カルヴァインを叩きのめす大男だって聞いてるぞ」

「確かに銀髪だったけど、あんなチビがカミラ王女の情夫だっていうのか?」

「王女の情夫なのかは知らないが、バルシャニアの皇女が輿入れして来たぞ」


 オールバックの一言で、三人組は顔色を変えました。


「げぇ、魔王じゃねぇか」

「やべぇぞ、ベーブラさん、この事知ってるのか?」

「知らずに計画進めてたら終わっちまうんじゃね?」


 これまで余裕かましていた三人組は、ヴォルザードの魔物使いとリーゼンブルグの魔王が同一人物と知って動揺し始めました。


『ケント様、こやつらアーブルの残党かもしれませんぞ』

「なるほど、アーブル絡みの商人ならば、ロクでもない品物を扱っていても不思議ではないね」


 アーブルの残党を片付けた時に、取り引きのあった商人にも釘を刺しておいたのですが、リーゼンブルグ国内での悪事が駄目ならば、隣りの国でやろうという魂胆なのでしょう。


 三人組が狼狽し始めたのとは対照的に、オールバックの男は余裕を取り戻しているようです。


「ほう、魔物使いはリーゼンブルグでも暴れているのか?」

「暴れているなんて生易しいものじゃねぇ。あと少しで国の実権を握りそうだったアーブル・カルヴァインを破滅させたんだぞ」

「カルヴァイン領の奪還にも関わっていたそうだ」

「そんな奴がいたら商売になんねぇだろ」

「だから言ってんだろう、オクタビアさんに逆らったら商売にならねぇって……」

「オクタビアは、魔王に対抗できるのか?」

「魔王なんて呼ばれる奴と、正面切ってやり合うなんざ馬鹿のやる事だ」


 オールバックの男は、ボレントやメネンデスが僕と絡んだ時の様子を三人組に語って聞かせました。


「ボレントは、過去に関係を持っていたらしい女の弟、メネンデスは屋敷に囲っている男色の相手に手を出したから牙を抜かれる羽目になったんだ」

「なるほど……」


 いやいや、メリーヌさんには手を出してませんし、そんな理由でルジェクを住ませているんじゃないですからね。

 もう出て行って訂正してやろうかと思っちゃいましたよ。


「リーゼンブルグでは、どうだったんだ? そのアーブルって奴は、手を出しちゃいけない物に触れたんじゃないのか?」

「そうだ、情婦であるカミラ王女を手籠めにしようとして、突然現れた魔王に半殺しにされたらしい」


 確かに、カミラを襲っていた時に思いっ切り蹴りを入れたけど、カミラは情婦という訳じゃ……いや、情婦なのかな。

 てか情婦って、やらしい感じがして嫌なんだけど、でも実際やらしい事しようとしていない訳でもないし、あながち間違いでもないのかな。


「いいか、奴はSランクとして認められているだけあって多忙だ。ここヴォルザードを拠点にしているのに、リーゼンブルグやバルシャニアにまで現れているんだろう?」

「確かに、その通りだが……」

「多忙ゆえに、自分の大切な物には気を配るが、それ以外の物にまでは手が回らない。こちらから余計な手出しをしなければ、目を付けられる心配も無いし、痛くも無い腹を探られる事もねぇんだよ」


 これは、確かにオールバックの言う通りですね。

 今回の件も、路地裏で子供を見つけていなければ、僕が気に掛ける事も探りを入れる事も無かったでしょう。


「ラインハルト、何か仕組みを作った方が良いのかな?」

『ケント様、それはクラウス殿の仕事ですぞ』

「でも、ヴォルザードに根を下ろす訳だし……」

『それでも、我々が何から何まで出来る訳ではありませぬ。街の治安維持は、クラウス殿を筆頭に守備隊が行う仕事ですぞ。今回のような裏を探る事態でなければ、我々が手を出し続けていたら守備隊の練度が下がる一方ですぞ』

「じゃあ、今回の件でも、僕らがやることは探りを入れるまでで、そこから先は守備隊に任せた方が良いのかな?」

『そうされた方がよろしいでしょうな。むしろケント様が表に出ない方が、守備隊が手強い相手だと認識されるでしょうな』

「なるほど……別に手柄を立ててチヤホヤされたい訳でもないし、その方がヴォルザードの治安を維持するには良さそうだね」


 とりあえず、こいつらが奴隷の密輸を企んでいるのは分かりましたが、仕入れた奴隷の使い道や、オクタビアや三人組のボスが絡んでいる証拠がありません。

 ラインハルトに倉庫を見張ってもらって、ギルドの執務室へ向かいました。


「クラウスさん、オクタビアのアジトって何処ですか?」

「黒幕は、オクタビアなのか?」

「そうみたいなんですが、奴隷を隠している倉庫にはオクタビアの姿は無いので、今から踏み込んでも自分は関係ない、部下が勝手にやった事だ……なんて言われそうです」

「オクタビアのアジトか……一応、根城にしていると言われている場所はあるが、常にそこにいるとは限らないようだ」


 現時点で分かっている内容を報告して、オクタビアの居場所を尋ねたのですが、クラウスさんでも把握出来ないようです。


「実質的なボスがオクタビアだと誰もが知っているが、表の顔として動いているのは情夫のダッゾだ。オクタビア自身は表には出ず、裏から糸を引いている」

「じゃあ、今回の件もオクタビアまで辿るのは難しいのでしょうか?」

「たぶんな、辿り着けてもダッゾまでだろうし、守備隊の連中では、そこまでも辿り着けないだろうな」



 奴隷の密輸なんてする連中は根絶やしにしてやろうと思っていましたが、どうやら一筋縄ではいかないようです。


「あれっ? ヴォルザードには奴隷制度は無いのに、娼館で働かされている女性がいるのはどうしてです?」

「中には男に抱かれるためという者もいるが、殆どは金のためだろう。奴隷制度が無くても、借りた金が返せなくなれば身体で払うしかなくなる場合もある」

「でも、それって奴隷と同じなのでは?」

「あのなぁ……メリーヌの弟の時に教えただろう。返せなくなるような高利貸しから借りなくても、ギルドで金は借りられる。働いて返せなくなるような額は、ギルドでは貸さないし、返済が滞る場合でも相談には乗っている。博打や酒に溺れて、高利貸しから借金するような奴らまでは助けねぇぞ」


 そうでした、ヴォルザードのギルドでは融資も受けられるのでした。


「それにな、十五歳になるまでは、ギルド以外の高利貸しも金を貸せないようになっている。ガキのうちに騙して多額の借金をさせて、その形に娼館で働かせるような真似はさせねぇ。だが、世の中には子供を欲望の対象にする変態がいるのも確かだ」

「じゃあ、今回リーゼンブルグから連れてこられた子供は……」

「おそらく、金持ちの変態に売り飛ばすつもりだろうな。奴隷を連れてきた連中も、ランズヘルトでは子供は手に入らないから、リーゼンブルグよりも高く売れると考えてるんだろう」


 ノータッチな紳士な皆さんではなく、タッチしちゃおうとする邪な連中がいる訳ですね。


「じゃあ、あの倉庫から連れ出されたらマズいですね」

「倉庫の場所はどこだ? 守備隊の連中を待機させておいて、子供が移送されそうになったら突っ込ませる。それまでに、オクタビアが関与している証拠を掴んでくれ」

「分かりました。でも、クラウスさん、オクタビアの組織を潰してしまったら、ボレントとメネンデスの組織で争いを始めたりしませんかね?」

「その可能性は十分にあるが、二人ともケントにやり込められている。下手な真似はしないだろう。それに、いくらリーゼンブルグから連れてきたと言っても、子供を食い物にするような奴は野放しに出来ない」

「分かりました。探ってみますね」


 クラウスさんからオクタビアの縄張りの範囲を教えてもらい、まずはオクタビアの行方から探さなければなりません。


「それと、勝手にオクタビアには接触するな。あの女は執念深いから、時間を掛けてでも自分に敵対した相手には痛手を与えないと気が済まないらしい。お前には手を出せなくても、お前の家族、友人、知人に手を出す可能性が高い」

「それは、コボルト隊を警備に付ければ……」

「ディーノの果樹園や、マルセルの店、ハーマンのところの職人とかまで手が回るか? やる時は、確実な証拠を押さえて、息の根を止める準備が整ってからだ」

「分かりました。さくっと処刑出来ちゃうぐらいの証拠を掴んでやりましょう」

「頼むぞ、ケント」


 影に潜って歓楽街を目指します。

 三人目のボス、オクタビアってどんな女なんでしょうね。

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