第482話 所変われば

 黒い首輪を嵌め、粗末な貫頭衣を着た薄汚れた幼児なんて連れて歩いたら、間違いなく犯罪者だと思われてしまうので、送還術で自宅の風呂場に直行しました。


 風呂に入れる前に、首輪を外します。

 手を添えて意識を流すと、やはり隷属の腕輪と同じ効果を持つ首輪でした。


「ふぇぇ、なんで外せるの?」

「僕は闇属性の術士だからだよ」

「すごい、みんなで引っ張ったり叩いたりしたけど外れなかったのに……」


 とりあえず丸洗いしたのですが、イヌ耳に尻尾が付いていて……付いていませんでした。

 はい、イヌ耳幼女ですけど、決して、決して邪な行為はいたしませんでしたよ。


 丸洗いしている最中に、ムルトにセラフィマを呼んで来てもらって、事情を話して着る物と食べる物を用意してもらいました。


「ここでセラフィマお姉さんと一緒に待っていてね。僕は悪い奴らをやっつける準備をしに行くから」

「うん、分かった」

「じゃあ、セラ、後はお願いね。僕はクラウスさんと相談しに行くから」

「お任せください」


 守備隊に行くはずが、クラウスさんの執務室にとんぼ返りです。


「失礼します……」

「なんだ、守備隊で何か問題でもあったのか?」

「いえ、守備隊に行く前に、裏路地で子供を拾いまして……」

「はぁ? 迷子か? 捨て子か?」

「粗末な貫頭衣を着せられ、黒い首輪を嵌められた子供です」

「何だと! どこで拾った?」


 子供を拾った時の状況を説明すると、クラウスさんは声を荒げました。


「俺の街で舐めた真似してくれるじゃねぇか」

「保護した子供の話では、他にも子供がいるそうです」

「そのチンピラは、どこに行ったか後は追わせているんだろうな?」

「勿論です。でも、単純に子供を救い出すだけじゃ駄目ですよね?」

「当然だ、枝葉の部分を切り落としても、腐った幹が残っていたら話にならん」

「リーゼンブルグにも、腐った木は生えてるんじゃないですか?」

「そうだな……こちらだけ処分しても、向こうに残っていたら同じ事が起る可能性は高いな。腰を据えて、徹底的にやるしかないが、俺は向こうには手出しできんぞ」

「それは、僕の方で手配します」

「被害の大きさから言えば、こちらよりも向こうの方が深刻だ。知らせてやれ」

「了解です」


 クラウスさんには、調べが進んだところで改めて報告して、今後の相談をします。

 ギルドの執務室を後にして、影に潜ってカミラの許へと移動しました。


 カミラは王城の執務室で、ディートヘルムの補佐をしているようです。

 相変わらず、ディートヘルムはいっぱいいっぱいという感じですが、それでも以前よりはシッカリしてきた気もします。


 執務室には、カミラ、ディートヘルム、宰相候補のトービル、それに近衛騎士のマグダロスの姿があります。

 全員の視界に入る場所に闇の盾を出し、一拍待ってから表に出ました。


「お邪魔するね」

「魔王様、ご無沙汰しております」


 カミラは飛び上がるように席を立って、早足で歩み寄ってきました。

 うん、尻尾があったらブンブン振り回していそうだね。


「こちらこそ、ご無沙汰しちゃってるね」


 仰々しい挨拶をしようとするカミラを止めて、ギュッとハグした後でディートヘルムに向き直りました。 


「ディートヘルム、先日は日本での式典お疲れ様、おかげで一区切りがつけられたよ」

「ありがとうございます。元はと言えば、王家の不始末に始まり、魔王様をはじめとしてニホンの皆さんに多大なご迷惑をお掛けした償いです。我々が、尽力するのは当然でございます」

「それでも、お礼を言わせてもらうよ。召喚についてはディートヘルムは何も知らなかった訳だし、慣れない場所、いきなりの国家間の覚書の取り交わしとか、重責を担わせちゃったからね。おかげで、国内のリーゼンブルグへの批判は和らいでいるみたいだよ」

「そうでございますか、お役に立てたのであれば光栄です」


 うん、光栄は良いけど、そのウルウルした瞳で見るのはやめてね。

 背中がゾワゾワするんだ。


 てか、なんでカミラは不満そうなのかなぁ……弟が労われているんだから、喜ぶところじゃない?

 ちょっと膨れっ面して、ちょっと可愛いじゃないか……けしからん。


「魔王様、本日はその日本との式典に関することでしょうか?」

「いや、ちょっとリーゼンブルグにやってもらいたい事があってね」


 ディートヘルムの質問に答える形で、子供を保護した時の状況を伝えると、全員の表情が曇りました。


「ルートシュ? ルートス? って、確かアンデッドの襲撃が行われた集落だよね」

「はい、仰る通りです。ルートス、セラティ、ブルギーニの順番で襲われました」


 視線を向けると、トービルが打てば響くように答えました。


「襲撃の後、集落はどうなってるの? 確か、建物とか穀物が狙われたと聞いたけど……」

「それぞれの領主には手当てをするように申し付けたはず……ですが」


 襲撃場所については、すぐ答えが返ってきましたが、その後の状況については言い淀むあたり把握していないのでしょう。


「カミラ、リーゼンブルグには奴隷制度が残っているんだよね?」

「はい、借金を返せなかった者、犯罪を犯した者、それと今は存在しておりませんが、制度上は戦争の補償として敵国から徴収した者です」

「子供も奴隷として扱われているの?」

「はい、奴隷制度に年齢性別の縛りはございません」

「そっか……」


 ここは日本でも、地球でもないリーゼンブルグです。

 人権侵害とか、僕らが当たり前と思っている倫理観を振り回しても、理解は得られないかもしれません。


「子供の奴隷の問題は、ひとまず置いておくとして、奴隷のランズヘルトへの連れ出しは禁止なんだよね?」

「それは……」


 カミラは返事を言い淀むと、トービルに視線を向けました。


「リーゼンブルグ国内からの奴隷の連れ出しに関しては、特段の禁止措置は設けられておりません」

「えっ? 国民が強制的に連れ出されちゃっても良いの?」

「奴隷は、人ではなく物として扱われるので、他の輸出品と同等の扱いとなります」

「それじゃあ、リーゼンブルグから連れ出しても問題無し。嫌ならばランズヘルトの方で防げ……って事なの?」

「現状では、そうなります」


 かつては、ランズヘルト国内でも奴隷制度が残っていました。

 双方の国から奴隷の輸出入が行われていたそうです。


「でも、ランズヘルトで奴隷制度が廃止された事は、こっちでも知られているんだよね?」

「はい、それについては知られていると思います。特に奴隷を扱う者達であれば知らないはずはありません」

「ランズヘルトでは奴隷の持ち込みは禁止している。連れて行って発見されれば入国を拒否される……そうだよね?」

「はい、仰る通りです」

「だとすれば、ランズヘルトに奴隷を連れて行った者達は、最初から隠して連れ込む気だったのか……例えば、奴隷を乗せた馬車がラストックの跳ね橋を通ろうとしたら、兵士は止めるの? 止めないの?」

「その場合は、ランズヘルトでは奴隷の入国は出来ないと注意はするはずです」

「でも、分かってる、大丈夫だ……みたいに話したら、通してしまうのかな」

「そうなると思われます」


 現状、リーゼンブルグから奴隷を連れ出すことを禁じる法律が無い以上、国境を警備する兵士達には権限が無いので止められないというのが現状のようです。


「そうか……リーゼンブルグの現状は分かった。権限が無い以上は、行かないように忠告してもらう程度しか出来ないだろうけど、一応国境でのチェックは強めてもらえるかな?」

「かしこまりました」

「それと、ルートス、セラティ、ブルギーニがどうなっているのか、調べておいた方が良いんじゃない? 一地方の出来事と思っていると、貧しい者は己の身体を売らなきゃいけない国になりかねないよ。それは、良い国とは言えないよね」

「おっしゃる通りです、すぐさまフォルスト領とマルトリッツ領には使者を送り、必要とあらば援助を行います」


 リーゼンブルグ国内でも、反社会組織を叩いておこうと思っていましたが、普通に許可された奴隷業者が行っているのであれば、僕が口出しする話ではありません。


「あと、悪どい奴隷業者がいないか、一応目を光らせておいて」

「かしこまりました、奴隷業者には厳しい規制が行われております。そうした規制が守られているのか、今一度チェックを行います」

「よろしくね」


 本格的に宰相としての仕事に取り組み始めたからか、トービルは以前よりも切れ者感が増した気がします。


「カミラ、今日は忙しいから、また日を改めて遊びにくるから……」

「はい、お待ちしております、魔王様」


 もう一度カミラをギューっとハグしてから、闇の盾に潜ってヴォルザードへと戻りました。

 向かった先は、守備隊の隊舎です。


 ギルドとは違って、受付で総隊長であるマリアンヌさんへの面談を申し込むと、待つことなく執務室へと通されました。


「いらっしゃい、ケントさん。ここを訪ねてくるとは、何か急ぎの用事ですね?」

「はい、お義母さん。実は、ヴォルザードの裏道で子供を拾いまして……」


 イヌ耳幼女を拾った様子を説明すると、マリアンヌさんの眉が不機嫌そうに吊り上がりました。


「チンピラ共の属している組織は、ラインハルト達が調べています。僕は、さっきまでリーゼンブルグの王都アルダロスに行ってました」

「それは、リーゼンブルグ側からの流入を止めるためね?」

「その通りなんですが結果としては上手くいきませんでした」

「それは、リーゼンブルグ国内で奴隷に関する法律が整っていないからね」

「はい、リーゼンブルグでは奴隷の輸出も輸入も禁じられていませんでした」

「それでは仕方ないわね。こちらのチェックを厳しくしましょう。それと……奴隷を扱っている組織は潰しますから、調べが付いたら知らせて下さいね」

「分かりました……あっ、それと魔物の実物を使った訓練施設を作ろうと思っています。南側の森を僕の眷属が切り開きますので、突然木がなくなっても驚かないように隊員さんに伝えてもらえますか?」

「分かったわ、騒ぎにならないように通達を出しておきましょう」

「ありがとうございます」


 マリアンヌさんに報告を済ませてから影に戻ると、ラインハルトが戻っていました。


『ケント様、奴らは歓楽街に程近い倉庫に奴隷を匿っておりますぞ』

「案内してもらえるかな」

『こちらです……』


 倉庫は、ギルドから見ると歓楽街の向こう側、旧市街の東側の壁に面していて、中には樽や木箱が山積みにされています。

 奴隷達がいるのは、倉庫の一番奥に積まれた木箱の影に隠された階段を下りた地下でした。


 ざっと見た感じで二十人ぐらいの幼い子供が、狭い空間に押し込められています。

 もう泣くのにも疲れてしまったのか、どの顏にも生気が感じられません。


「倉庫の外にも、扉の中にも見張りがいるみたいだけど、良くこんな厳重な警備を抜けられたもんだね」

『あるいは、ケント様が助けた子供が脱走したから厳重になったのかもしれませんぞ』

「なるほど、泥縄的な警備なのかな」


 例え泥縄な警備であっても、五歳程度の子供を閉じ込めておくには十分なのでしょう。


「問題は、こいつらが何処の手先なのか……だね」

『これだけの人数、場所を揃えているのですから、ボスの一人だと考えるのが妥当でしょうな』

「ボレント、メネンデス、あと……誰だっけ?」

『もう一人は女性だったと思いますが、名前までは……』

「でもさ、手下が僕の顔を知らなかったあたり、もう一人のボス絡みの可能性が高くない?」

『そうですな。これまでに絡んだ二人の手下ならば、ケント様の顔は見知っているでしょうな』


 先程、僕に質問を浴びせた二人組は、一旦ここに戻って来た後、まだ脱走した子供を探して走り回っているようです。

 倉庫の一角には、詰所のような部屋があり、そこには人相のあまり良くない男が安っぽい椅子に座って貧乏ゆすりをしていました。


 年齢は三十代半ばから後半ぐらいで、赤みの強い茶髪をオールバックに綺麗に撫でつけています。

 不機嫌そうに歪められた口許からは、舌打ちの音が漏れていました。


「ちっ……ガキ一匹、まだ見つからねぇのか! ボケ共が、守備隊なんかに見つかったら面倒な事になるだろうが」


 残念ながら、もう面倒な事になってるんですよねぇ……。

 ここを仕切っているらしい男を観察していると、何やら表が騒がしくなりました。


 何やら言い争うような声が聞こえた後で、倉庫の中へ入って来たのは、ギルドでフルールさんに絡んでいた三人組です。

 その姿を見た途端、オールバックの男が声を荒げました。


「手前ら、今までどこで油売ってやがった」

「ガキに逃げられたんですって? ザマないっすね」

「何だとぉ……さっさと取っ捕まえに行きやがれ!」

「はぁ? 昨日の時点で引き渡しは済んでるんだ、ガキが逃げたのはそっちの責任でしょう」

「手前ぇ、舐めた口利いてんじゃねぇぞ!」

「舐めるも何も、ガキを渡し、鍵も渡し、確認してもらって、金も受け取った。その時点で、ガキはあんたらの手に渡ったんだ。俺らに、とやかく言うのは筋違いってもんでしょ」


 どうやら、この三人組が奴隷を持ち込んだ連中のようですが、さっきギルドではラストックから歩いて来たと言ってたよね。


『ケント様、おそらくヴォルザードの近くまでは馬車で移動して、馬車の前か後かは分かりませんが、少し時間をおいて辿り着き、歩いて来たように偽装したのでしょうな』

「でも、なんで歩いて来たなんて嘘をつく必要があるんだろう?」

『さて……何らかの理由で冒険者ランクが低い、魔の森を行き来するのにランクを上げたい……などが理由でしょうな』

「じゃあ、こいつらはこの先も奴隷の持ち込みをしようと考えているのかな?」

『その可能性は高いでしょうな。ギルドに登録に行ってましたから、こちらに拠点を置くつもりかもしれませんぞ』


 愚王に馬鹿王子共、それにアーブル・カルヴァインが退場して、リーゼンブルグは良い方向に進み始めたと思っていましたが、どこにでも他人を踏みつけにしてでも、楽して稼ごうとする連中は現れるようです。


「こいつら、まとめて捕まえて、属している組織も徹底的に叩こう」

『それがよろしいでしょうな。このような輩は、ケント様の暮らす街には不要な存在です』


 背後関係もシッカリ調べ上げ、根こそぎ潰してやりますよ。

 トカゲの尻尾切りなんてさせません。

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