第481話 ケントも歩けば……
シャルターン王国の内戦の件は様子を見るだけにしたので、しばらくはヴォルザード近辺の事に専念しようと思っています。
今朝は朝食の後、少しノンビリしてからギルドに向かいました。
イロスーン大森林を抜ける街道が通れるようになったので、ヴォルザードとブライヒベルグの間を闇の盾で結んだ輸送を続けるか否かについて、クラウスさんと打ち合わせるためです。
闇の盾を使った輸送は、それこそ一瞬でヴォルザードとブライヒベルグの間を輸送できます。
普通に馬車を使って輸送した場合は早くて一週間、天候次第では倍近い期間が掛かる事もあります。
時間もさることながら、御者や護衛などの人員や馬が必要となり、輸送にかかるコストも比較になりません。
闇の盾経由の輸送の方が良い事尽くめに思えますが、別の見方をするならば、御者や護衛の仕事を奪っているとも言えます。
これまでは、イロスーン大森林の通行が出来ないから、他に方法が無いという事で容認されてきましたが、通行が出来るなら仕事をよこせと言われる可能性もあります。
そこで継続するかどうか、クラウスさんと相談しようと思ったのです。
ギルドには、ベアトリーチェと仲良く腕を組んで出勤です。
最近セラフィマは、ギルドではなく自宅で過ごす時間が増えているようです。
と言っても、ただの引きこもりという訳ではなく、バルシャニアやリーゼンブルグとコボルト隊を使って連絡を取り合って、二国間の調整を行っているようなのです。
バルシャニアとは、皇帝の娘なので中枢との話が出来ます。
リーゼンブルグとは、カミラを通して状況を把握し、交渉を行っているようです。
基本的に、二国間の交流促進と、対立や衝突を未然に防ぐのが狙いだそうです。
また、リーゼンブルグについては、僕がすっかり忘れていた砂漠の緑化対策の手伝いも代行してくれていました。
リーゼンブルグの土属性魔術士が集めて固めた砂をゼータ達が、影の空間経由で砂漠の奥へと移動させています。
西風が吹いたら元の木阿弥になりかねませんが、とにかく今は砂を取り除いて、耕作出来る土を取り戻すことが先決のようです。
セラフィマには、うちの強力な土木部門の手が空いている時には自由に使って構わないと言っておきました。
ゼータ達が本気出して作業すると凄い事になりそうですが、砂漠化してしまった地域も広大なので、一朝一夕では片付きそうもありませんね。
場合によっては、ギガウルフの眷属を増やした方が良いのでしょうかね。
ギルドに到着したのは、朝の混雑が終りに近づいた時間でした。
まだカウンター前には喧騒が残っていて、かつての賑わいが戻りつつあるように感じられます。
「これは、イロスーン大森林の通行が可能になった影響?」
「だと思われます。マールブルグに向かう荷物が減り始めました」
イロスーン大森林の通行が出来なくなっている間、バッケンハイムとマールブルグ間の商品の移動もブライヒベルグとヴォルザードを経由する形となっていました。
当然、ブライヒベルグよりも東からマールブルグへ向かう荷物も同様です。
マールブルグに向かう荷物については、闇の盾を使った輸送を行っても、ヴォルザードから運ぶ手間が発生するため、輸送コストは余り大きな差が出ません。
闇の盾を使った輸送も無料ではなく、しっかりクラウスさんが料金を徴収しているので、更にコストの差は小さくなります。
ブライヒベルグからマールブルグに荷物を輸送する場合、ついでに途中のバッケンハイムまで運ぶ荷物や、バッケンハイムからマールブルグに運ぶ荷物をピックアップする業者がいるそうです。
「護衛の仕事が減ったら、荷運びの日当の高騰も収まったのかな?」
「そうですね、すぐには難しいでしょうが、徐々に元に戻ると思います」
ギルドの執務室では、クラウスさんが待ち構えていました。
相談の内容を伝えると、すぐに答えが戻ってきました。
「ブライヒベルグからの輸送は継続する」
「護衛の仕事が減ってるみたいですけど、大丈夫ですか?」
「構わん。ブライヒベルグまで行く仕事は減るだろうが、マールブルグやバッケンハイムに行く仕事は残る。それに荷運び仕事などの人員不足も深刻だったからな」
「変わった種類の野菜とかも運ばれて来てましたしね」
「あぁ、まだまだ一般的とまではいかないが、もう市場にも出し始めてるからな」
「住民に美味いものを食わせる……ですね」
「そういう事だが、食料の入手ルートは飢饉が起こった時のために、いくつでも確保しておきたいからな」
ヴォルザードの近郊は、魔物が頻繁に出没したり、山間の土地だったりして農業に従事する人が少なく、穀物などは輸入に頼っています。
マールブルグからの輸送コストが下がれば、穀物などの値段も下げられるというわけです。
「それにな、近頃はラストックとの往来が増えてきているぞ」
「うちの眷属の影響ですね?」
「そうだ。まだ森の中心部にはロックオーガやギガウルフなどが出没するそうだが、それでも大きな群れではなく、せいぜい二、三頭程度だそうだ。見通しの良い野営地も出来たおかげで、魔の森を通り抜ける難度が大幅に下がっているらしいぞ」
近頃はうちの屋敷に近い南西の門が、早朝に混雑するという話を聞きます。
「まぁ、北東の門と違って、徒歩で移動するような馬鹿はいないから、混雑といっても限定的らしいが、もっと安全に通れるようになれば、往来は更に増えるぞ」
「塀とか堀とか作った方が良いですかね?」
「街にするって話か? 顔役の人材は見つかったのか?」
「いえ、まだです」
「何から何まで準備を整える必要も無いだろうが、安全に暮らせる目途が立てば必ず住み着いて商売を始めたがる奴が現れる。少なくとも、お前の代わりに揉め事を仲裁できるぐらいの人材が見つかるまでは手をつけない方が良いだろう」
「野営地を影から見守る程度にしておいた方が良い……って感じですかね?」
「そんな所だな、現状でもリーゼンブルグとの往来は着実に増えている。安全に通り抜けられるという話が続けば、往来を考える連中も増えるはずだ」
こちらの世界は、日本などと違って情報は口コミが殆どです。
魔の森に関しては、危険な森という印象が根付いていますが、実際に行き来した人の噂が増えれば、自分も……と考える人も増えていくのでしょう。
「それよりも、実物の魔物を使った訓練場の話はどうなったよ?」
「あっ……それもありましたね」
「魔の森を抜ける商隊の護衛となると、少なくともBランク以上でないと心許ない。リーゼンブルグとの往来を増やすためには、冒険者の底上げも必要だぞ」
「そうですね。じゃあ訓練施設から先に手を付けます。ヴォルザードの南側の森を切り開きますよ」
「あぁ、構わん。守備隊員の底上げにも使うから、少し広めに切り開いておけ」
「了解です」
ブライヒベルグとの輸送は継続、街の建設は保留、という事で訓練施設の建設を進めます。
また、いきなり森が消えると驚かれてしまうので、守備隊に知らせに行こうと闇の盾を出したらクラウスさんに止められました。
「ちょっと待て、ケント。お前、今日は暇なんだよな?」
「まぁ、暇って言えば暇ですが……」
「だったら、歩いて行け。ヴォルザードに根を下ろすって思ってくれるのは有難いが、近頃街との繋がりが薄くねぇか?」
「それは……そうかもしれませんね」
「闇属性の魔法で移動出来るのは便利なんだろうが、目的地にしか行かないんじゃ、今街でどんな事がおきてるのか、何が流行してるのか……とか、全然知らないだろう?」
「確かに、その通りです」
「あっち行け、こっち行けと扱き使っておいて言えた義理じゃないが、時間があるなら街の様子を見ておけ」
「分かりました」
屋敷からギルドまでの道では街の人達と交流し、城壁工事に参加して汗を流し、街の様子を常に気に掛けているクラウスさんの言葉だけに説得力があります。
守備隊へは、少し遠回りして行こうと決めて階段を下りていくと、何やらカウンター前から大きな声が聞こえてきました。
「だからぁ、俺達は魔の森を歩いて抜けてきたんだよ。これだけでもBランク、いやAランクでもおかしくない実力の持ち主ってことだよ」
「そうそう、その実力者の俺達が、ヴォルザードに移籍してやるって言ってんだ、ランクアップするのが当然だろう」
「Dランク据え置きとか、あり得ないだろう」
クラウスさん、魔の森を徒歩で移動する馬鹿がいましたよ。
二十代前半ぐらいの男性三人組は、話の内容からしてラストックから徒歩でヴォルザードまで移動してきたようです。
『ねぇ、ラインハルト。ラストックではDランクの冒険者三人が歩いて魔の森を通ってヴォルザードに向かうと言ったら、跳ね橋を通してくれるものかな?』
『無理でしょうな。以前、ラストックからの使者が来た時でも、騎士でも五人組で馬に乗って来たのです。Dランクの冒険者三人で歩いて行くなどと言ったら、通してもらえるはずがありませぬぞ』
『だよねぇ……』
そもそも、魔の森を歩いて通り抜けたらBランクに認められるなら、僕は登録した時からBランクだったはずです。
「ヴォルザードのギルドには、そのようなランクアップを行う規定はございません」
「おいおい、いいのか? そんなこと言ってると、別の街に行っちまうぞ」
「そうそう、ヴォルザードは腕利きを欲しがってんだろう? 後で戻って来てくれっていっても遅いぞ」
「まぁ、ねぇちゃんが一晩付き合うって言うなら、戻ってやってもいいけどな」
こちらからは後ろ姿しか見えませんけど、カウンターの受付嬢に絡んでいる姿からは、雑魚オーラが溢れている感じです。
まぁ、ドノバンさんが戻ってくれば、小さくなって諦めるでしょう。
「そんなにランクアップしたいなら、あちらの方と勝負して勝てばランクアップ出来るかもしれませんよ?」
「あぁん……?」
カウンターに向かっていた三人組が、一斉に回れ右して僕の方へと向き直りました。
はぁ? ちょっと何言ってるの……って、絡まれてたのはフルールさんかよ。
「ふははは! ねぇちゃん面白ぇな」
「あんなクソガキ、片手で捻れるつーの」
「片手? 指一本で十分だろう」
いや、何か久々ですよね、この展開。
てか、そんな面倒な事やりませんよ。
「ということなので、よろしくお願いしますね。ケントさん」
「フルールさん、僕に指名依頼を出すと高くつきますよ」
「仕方ありませんね。お金では支払えないので、体で払いますから、お嫁に貰ってください」
「なんで、僕が割を食わなきゃいけないんですか」
「酷いです、乙女の純情を弄ぶなんて……」
例によってフルールさんが、あからさまな財産目当てのプロポーズを始めたのですが、三人組のお気にめさなかったようです。
「なに俺ら無視して、じゃれあってんだ!」
「指名依頼? ヴォルザードじゃFランクでも指名依頼を受けられるのか?」
「ガキは、とっとと家に帰って、ママにおっぱいでももらっとけ」
なんて言われると、前は三人まとめて〆てやってましたが、成長した今は相手にしませんよ。
「だそうなので、僕帰ります。フルールさん、後はよろしく……」
「ちょっと、ケントさん!」
「ぎゃははは、尻尾巻いて帰りやが……」
グルゥゥゥ……
背中を向けて歩きだした僕を見て、三人組が笑い声を立てた途端、足元から唸り声が響いて来ました。
僕は何とも思いませんけど、ゼータ達は不満みたいですね。
僕をダシに使おうとしたんですから、僕が何者とかの説明はやっておいて下さいよ、フルールさん。
ギルドを出て、守備隊に向かって歩きながら街の様子を眺めていると、あちこちから声を掛けられました。
「今日はベアトリーチェちゃんは一緒じゃないのかい?」
「はい、リーチェはクラウスさんのところで仕事してますので」
「最近、アマンダさんのところで見掛けないな」
「えぇ、下宿から独り立ちしたんですよ」
相手の名前は知らないけれど、相手も僕の名前は知らなそう。
それでも気軽に声を掛けてくれるのは、東京とはちょっと違っています。
良い機会なので、普段は通らない裏道を選んで、ちょっと遠回りをして歩いていると、ラインハルトが声を掛けて来ました。
『ケント様、その物陰に子供が隠れていますぞ』
『子供……?』
かくれんぼでもしているのかと思いきや、路地の向こうから柄の悪い二人組が走ってきました。
「おい、お前。この辺でガキを見なかったか?」
「子供? さぁ、見てませんけど……」
「ちっ、どこに行きやがった」
「おい、向こうを探すぞ!」
柄の悪い二人組は、足音も高く別の路地へと入って行きました。
『ラインハルト、誰かに後をつけさせて』
『かしこまりましたぞ』
コボルト隊に男達の追跡を任せて、路地に積まれた木箱の裏を覗き込むと、 五歳ぐらいの子供が一人隠れていました。
僕の顔を見ると、驚いて逃げようとしますが、袋小路で逃げようがありません。
「大丈夫、僕は捕まえに来た人じゃないよ」
「ホントに……?」
「ホント、ホント」
念のため、さっきの連中が戻ってきても見つからないように、路地を闇の盾で塞ぎました。
五歳ぐらいの子供は、粗末な貫頭衣を着て、足は裸足です。
何日も風呂に入っていないようで、一メートル以上離れているのに酸っぱい臭いがします。
そして、首にはどこかで見た覚えのある、黒曜石を削り出したような首輪が嵌められていました。
「君は、どこから来たの?」
「ルートシュ……」
「一人で来たの?」
「ううん、何人もいた……」
話を聞くと、どうやらリーゼンブルグの小さな村から連れて来られたようです。
ヴォルザードには、何やら薬を盛られて眠らされ、荷物として運び込まれたようです。
犬も歩けば棒に当たる、ケントが歩けば厄介事にぶつかる。
これは、放っておく事は出来ませんよね。
とりあえず、食べ物で釣って家まで連れて帰りました。
ゆ、誘拐じゃないからね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます