第480話 休日女子

※ 今回は、居残り組の女子、相良貴子目線の話となります。


 スマホのアラームが鳴っている。どこ? 手探りで探しても見つからない。

 もっと遠く、そうだ、テーブルの上だ。


 木箱を六個並べたベッドから起き上がり、これまた木箱のテーブルに置かれたスマホのアラームを止める。

 二度寝の誘惑を断ち切るために、起き上がって移動しないと止められない場所に置いたのだ。


 寝不足気味の目を擦って、最初に確認したのはポータブル電源の充電残量だ。

 ザックリ言うと、モバイルバッテリーの親玉のような電源は、あたしの創作活動を支えてくれている。


 デザイン画を描くタブレットやミシンを動かすのに無くてはならない存在なのだ。

 充電はシェアハウスの屋根に設置したソーラーパネルで行っていて、天気が悪かったり、電気を使い過ぎると充電が切れる恐れがある。


 幸い、今日は満充電に近い状態なので、心おきなくミシンが使えそうだ。

 木箱を並べた作業台の周りには、型紙や生地の端切れなどが散らばっている。


 ここでデザインや試作して、フラヴィアさんのオーケーが出ると売り物として発注されるのだ。

 ヴォルザードには私がもっているものを除けば、ミシンは存在していない。


 フラヴィアさんは、裁断を専門に行う人や縫製を専門に行う人など、多くの職人さんを抱えて分業で服を制作している。

 ミシンも無いなんて遅れている……なんて侮る事なかれ、職人さんの仕事風景を見学させてもらったが、縫製の技術も速度も目を見張るものがあった。


 凄腕の職人さん達の仕事に報いるためにも、売れる服、人気になる服をデザインしたい。

 朝食に向かう前に、タブレットを起動させて昨晩描いたデザイン画を見直してみる。


「うーん、なんて言うか……コレジャナイ感が酷すぎるわね」


 消去しようかとも考えたが、あとで反省材料として見直すことにした。

 あわよくば手直しをして使えるならと思ってみたが、たぶん、売り物レベルにはならない気がする。


 パジャマを脱いで着替えたが、今日は出かけずに作業をするつもりなのでスウェット上下の部屋着姿だ。

 寝癖の付いた髪を手櫛で梳きながら一階のリビングに下りると、碧と早智子が先にテーブルについていた。


「おはよー……」

「おはよう、貴子」

「眠そうだなぁ、また遅くまで作業してたのか?」

「うん、そんなところ」


 本宮碧は冒険者活動もしつつ、国分君の知り合いのメリーヌさんの食堂で働いている。

 綿貫早智子は、国分君が以前下宿していた食堂で働いている。


 今日は闇の曜日で、どちらの食堂も休みだから、二人ともノンビリしているようだ。

 そう言う私、相良貴子も働いているフラヴィアさんのお店が休みなので、一日ノンビリするつもりだ。


「そっか、男子チームは遠征に出てるんだっけ」

「そうそう、学園都市バッケンハイムまで行くって言ってたから、まだ数日は帰って来ないんじゃない?」


 碧は食堂の仕事があるので、長期の遠征になる護衛の依頼には加わらないようにしているらしい。


「あれ? マリーデとクズは?」

「きししし、相変わらずの言われようだなぁ、あの二人はマリーデの実家に行ってるよ」

「マリーデ、どこか具合が悪いの?」

「いいや、どこも悪くないけど、母親が心配しているらしい」

「まぁ、あのクズが父親となると、苦労する未来しか想像できないけどね」

「まぁ、九割がたはその通りだけど、ひょっとするとひょっとするかもしれないよ」

「えぇぇぇ……あの口先だけのクズが? ないない、ないでしょう」

「これまでの経緯からすれば、八木が成功する未来なんか想像も出来ないけど、今回は少し腰を据えて書こうとしているみたいだよ」


 早智子の話では、ヴォルザードの女の子に手を出したガセメガネこと八木祐介は、日本での妊婦のための検診と、異世界での検診の方法の違いを調べてリポートするつもりのようだ。


「ふーん……で、どう違うの?」

「知らないよ。あたしは唯香に任せっきりだし、アマンダさんやフローチェさんには病気とは違うから適度に運動すれば良いぐらいにしか言われてないよ」

「そうなの?」


 アマンダさんというのは、国分君が下宿していた食堂の女将さんで、フローチェさんは鷹山君の結婚相手シーリアさんのお母さんだ。

 二人とも子育て経験者で、早智子の相談にのってくれているらしい。


「まぁ、日本だと色々検査があるみたいだけど、ぶっちゃけ面倒だし、あたしの年齢で行くとさ……」

「あー……なんか色々言われそうだねぇ」

「そういう事」


 召喚された女の子の中で、一番酷い体験をしたのは早智子だと思っている。

 めちゃくちゃな訓練で顔に傷が残ってしまった子もいたけれど、ヴォルザードに逃げてきた後で、唯香がしっかりと傷跡まで治療していた。


 自ら命を断ってしまった子もいるけど、早智子のように兵士に性的暴行をされた訳ではない。

 体の傷は魔法で治せるかもしれないけど、心の傷までは治せない。


 早智子も一時期は自暴自棄になっていたようだが、受けた仕打ちを考えれば仕方のないことだろう。

 今はすっかり立ち直って、ヴォルザードで子供を産み、さらに自分の夢を叶えようと歩き始めているのだから大したものだ。


「タカコ、起きたの? 朝食食べるでしょ?」

「はーい! お願いします」


 フローチェさんは、鷹山達の部屋に同居しながら、寮母さん的な仕事をしてくれている。

 共同スペースの管理や、食事の支度、たまに洗濯までしてくれる。


 勿論、ちゃんと皆でお金を出し合って、お給料は払っている。

 本人は、別にお金なんて要らないと言うけれど、親しき仲にも何とやらだ。


 朝食は、ベーコンエッグにサラダとスープとパンというオーソドックスなメニューだが、何もせずに食べられるのだから本当にありがたい。

 コーヒーや紅茶などの嗜好品は、それぞれ自分で用意することになっていて、私はインスタントコーヒー派だ。


 先に朝食を済ませた早智子は、ヴォルザードのお茶を飲みながら何やらノートに書いている。


「それって、レシピ?」

「えっ? あぁ、そうそう、ちょっとアマンダさんに頼まれてね」

「でも、日本語じゃアマンダさん読めないんじゃない?」

「うん、まだゴチャゴチャやってる段階だから、ちゃんと決まったらこっちの文字で書くよ」

「そう言われてみれば、何か考えをまとめるなら日本語の方が楽だよね」

「そうそう、考えて書かなくても良いし……まぁ、漢字は出て来なくなってるけどね、きししし……」

「あー、分かる、あたしも文字は走り書き程度だから、忘れるし、出て来ないよね」


 日本で学校に通っている頃は、授業の内容をノートに書き写していたりしたが、こちらに召喚されてからは、文字を書く機会がめっきり減っている。

 そのせいで、さすがに平仮名はわすれないけど、漢字を思い出せなくなっている。


「それは、お菓子のレシピなの?」

「ううん、これは新しい野菜を使ったレシピ」

「新しい野菜?」

「そう、メリーヌさんの店でも使ってるでしょ?」

「うん、何か変わった形で、変わった味だから、どう使えば良いかメリーヌさんも悩んでた」

「だよね」


 新しい野菜は、碧が働いている食堂でも使われ始めているらしい。

 私は服飾関係なので知らなかったが、ヴォルザードから遠く離れた街が国分君の魔法で繋がって、物品だけは瞬時に送れるようになったそうだ。


 それで、今までは輸送時間の関係で送れなかった野菜などが送られて来るようになったらしい。

 最近、また違う種類の野菜が入って来たそうで、その使い道を考えているそうだ。


「ふーん、どんな野菜なの?」

「見た目はアスパラに近いけど、色が赤くて、甘味の薄いりんごみたいな味」

「えぇぇぇ……それって美味しいの?」

「果物として食べるには甘味が足りないけど、野菜としてなら熱を加えてもシャキシャキしてるし、甘味もあるし、使い方次第なのかなぁ……」


 早智子としては、中華風の濃い目の味付けで、肉と一緒に炒めようかと考えているらしい。


「アマンダさんからは、日本風って言われてるんだけど、和風は出汁が命みたいなところあるじゃん」

「あー……こっちじゃ鰹節とか昆布とか手に入らないもんね」

「そうそう、だから和風というより、中華とか洋食のメニューの方が良いかと思ってね。日本って、バリバリの和食も美味しいけど、中華とかフランス料理とかドイツ料理とか、世界の料理からパクって、日本風にアレンジしたメニューも美味しいじゃん。そういう料理の多様性みたいな感じが良いのかなぁ……って思ってる」

「なるほど、料理の多様性か……でも、オリジナルじゃないよね?」


 実は最近、仕事に関してちょっと行き詰っている。

 私はフラヴィアさんのお店の仕事が楽しくて、デザインとかも任せてもらえるのでヴォルザードに残った。


 私のデザインは好評で、フラヴィアさんも褒めてくれるし、実際良く売れてもいる。

 でも、正確には私のデザインではなくて、地球の誰かがデザインした服を真似ているだけで私個人の才能で作り上げたものではない。


 フラヴィアさんが気に入ってくれた、ちょっとエッチな巫女装束風の服も、童貞を殺す風の服も、言ってみればパクりだ。

 ヴォルザードではチヤホヤされているが、SNSにアップして日本や世界の人に見てもらうだけの勇気は無い。


 そんな悩みを抱えていたから、思わず口走ってしまったのだが、ちょっと嫌味な言い方だった気がする。

 だけど早智子は、ちょっと驚いたような顔をした後で、ニヒって感じで笑ってみせた。



「まぁね。料理の場合はオリジナルじゃなきゃいけない訳じゃないからね」

「そうなの?」

「そうだよ。例えばラーメンなら、魚介や肉などからとったスープに味付けして、かん水を使った腰の強い麺を入れた料理だよね。オリジナルというなら、最初にラーメンとして売り出した人がオリジナルだけど、みんな色々工夫して、元祖とか本家とかいっぱいあるじゃん。それこそ完全オリジナルじゃないけど独創性は出せるし、それはファッションだって一緒じゃないの? スーツとか、スカートとか、パンツとか、完全オリジナルに工夫を重ねて独自性を出す時代なんじゃないのかな」

「オリジナルじゃない独創性……」


 目から鱗が剥がれ落ちた気がした。


「それでも、パクリじゃないか、真似っこなんじゃないのかって思うなら、オリジナルよりも良くなる工夫を加えればいいんじゃない? てか、あたしらの歳でオリジナルとかハードル高くない? むしろ、地球文化の伝道者ぐらいで良いんじゃないのかな?」

「うーん、伝道者か……でも、早智子もオリジナルで作ろうとしてるんじゃないの?」

「まぁ、そこは出来れば……だよ」

「なんかさぁ、新しいものを作るのって大変だよねぇ……」

「でも、それが楽しいんだろ?」

「いえる~!」


 フラヴィアさん達の期待に応えるのは大変だけど、こうした経験は日本に帰っていたら、社会人になるまで経験出来なかっただろう。

 フライング気味に社会に飛び出したのだから、覚悟を決めて大変さまで楽しんでやろう。


「おはようございます! お姉さま!」


 シェアハウスの玄関を勢い良く開けて飛び込んできたのは、国分君の後釜として下宿を始めたミリエだ。

 下心丸出しの新旧コンビが、国分君が主催している特訓に連れて行ったら、すっかり碧に懐いてしまったらしい。


 冒険者としては、ゴブリンの討伐すら満足に出来ないレベルだけど、長年の夢だから諦める気は無いそうだ。

 同じ女性として遥かに腕の立つ碧を見て憧れているらしいのだが、なんだか親密さが怪しげなレベルに思えるのは私だけだろうか。


「なんだよミリエ、今日はやけに元気じゃないかよ」

「べ、別にいつも通りですよ、サチコさん」

「何言ってんだい、いつもは、おふぁよぅごじゃぃまふぅ……って感じだぞ」

「そ、そんな事はないですぅ。う、嘘ですから、信じちゃ駄目ですよ、お姉さま」

「はいはい、分かった分かった、今日はギルドの訓練場に行くわよ。じゃあ、貴子、早智子、いってくるね」

「あいあい、いってら~」

「怪我しないようにね」

「うん、フローチェさん、出掛けてきまーす!」

「はい、いってらっしゃい」


 ミリエが碧の左腕を抱え込み、慌ただしく出掛けていった。


「あー、そういえば、フラヴィアさんの店で働いているリカルダが、居残り組の男子を紹介してほしいって言ってるんだけど……」

「そりゃ、ジョー一択でしょ」

「だよねぇ……」


 間髪入れずに戻ってきた答えには、私も全面的に同意だ。


「新旧コンビは、目が必死すぎるし、あんまり素行も良くないしねぇ」

「そうなんだよねぇ……この前さ、お風呂から出た時に、バッタリ古田と出くわして……もうパジャマは着てたんだけど、寝るだけだからと思ってブラはしてなくてさ……」

「なに、まさか変なことされたんじゃないでしょうね?」

「古田酔っぱらってて、ちょっとヤバい空気になったんだけど、変な事したら国分君に全部話すからね……って言ったら、さすがにマズいと思ったらしくて、何やらモゴモゴ言いながら部屋に戻っていった」

「マジで? 国分に言った方が良くない?」

「うーん……一発で酔いも醒めてたみたいだし、国分君という切り札が効いてるうちは大丈夫じゃない?」

「はぁ……何考えてるんだか」


 早智子は大きな溜息をついてみせた。


「でもさぁ、国分君も大概っていえば大概だし……鷹山君はシーリアにべったりだし、男子の場合は多かれ少なかれ仕方ないんじゃないの?」

「でも、ジョーは紳士に見えるよ」

「だよね。だからさ、もしかして……」

「えぇぇぇ……BL? BLなの?」

「分かんない、分かんないけど、新旧コンビとギャップありすぎでしょ?」

「うん、そう言われてみれば……」


 早智子は腕組みをして首を捻っているが、即座に否定しないあたりは疑惑を感じているのだろう。


「あぁ、そうか、リカルダに紹介するのに、ジョーが……だったら困るのか」

「うん……でも、そうだったとしても断られるだけなのかな」

「でしょう、紹介するには問題無いんじゃない? あっ、でも両刀という可能性も……」

「だとしても問題無いんじゃない?」

「いや、付き合い始めたけど、男を男に寝取られた……なんて事になるとショック大きいかと思って」

「あははは、やだ、考えすぎでしょ」

「でも、国分にチラっと聞いたんだけど、こっちの世界ってBLには寛容みたいだよ」

「そうなの?」

「リーゼンブルグの王族にもいたらしいよ」


 早智子が聞いた話では、国分君がリーゼンブルグの王室を偵察していた頃に、そのものズバリの場面に出くわしたりしたらしい。


「じゃあ、一般人でも普通なのかな?」

「どうなんだろう、意外にLGBTの問題に関しては先進的だったりして」

「うーん……そっかぁ、でもジョーなら大丈夫そうじゃない?」

「とは思うけどね。てか、貴子は誰かいないの?」

「あたし? あたしは今は仕事が恋人だな」

「おぉ、格好いい!」

「早智子は?」

「食堂ではナンパされるけど、全部断ってる……これだしね」

「そっか……」


 早智子に子供のいるお腹をポンポンと叩いてみせられれば、それ以上深く突っ込む気にはなれなかった。


「貴子が今作ってるのって、夏物?」

「ううん、デザインしてるのは秋冬物だよ。発注掛けてから商品が出来上がるまでに時間かかるからね」

「あぁ、なるほど、日本みたいに機械でダーって作る訳じゃないからか」

「夏物探してるの?」

「うん、まぁ……少し体形的な問題もあるしね」

「だったら、ヴォルザードのスカートの方が良いんじゃない? 巻きスカートみたいな感じで調整できるし、風通しの良い生地を選べば、そんなに暑くないんじゃない?」

「それいいね。うん、あとでちょっと見に行こうかなぁ」

「あっ、あたしも一緒に行っていい? なんか、早智子と話した方が良いアイデアでそう」

「えぇぇ……あたしは脱線するだけだと思うけどな」

「あぁ、そうかもね。でもいいじゃん、たまには」

「だね、んじゃ、お昼食べてから出掛ける?」

「んー……食堂とか休みっぽいから食べてからにしようか」

「おっけー、んじゃ午前中はレシピ作りしてるわ」

「あたしも、部屋に戻って作業する」


 コーヒーをもう一杯入れて、自分の部屋にもどる。

 うん、今日は充実した休日になりそうな気がする。

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