第479話 苦労人ジョーの護衛日誌 4

 朝一番にイロスーン大森林に入ったオーランド商店の車列は、夕方にスラッカという街があった場所に到着した。

 以前は街だった場所が現在はどうなっているかと言えば、ヴォルザードの面積を小さくしたような城壁が出来上がっている。


 鷹山は以前のスラッカに泊まったことがあるそうだが、その時は丸太を立てた壁があるものの、鄙びた田舎の砦みたいな感じだったそうだ。

 それが堅牢な城壁に囲まれているのだから、訪れた者達は皆驚きを隠せないでいる。


 オーランド商店の御者を務めているエウリコも、イロスーン大森林に入った当初は驚きっぱなしだったが、どうやら国分の常識外れを理解した様子だ。


「街道の路面、壁、堀、そしてこの壁、どうやったらこんな平滑に作れるんだ?」

「さぁ、たぶん聞いたところで理解は出来ないと思いますよ。あぁ、あれはサクって感じ……みたいな説明でしょうから」

「考えるだけ無駄ってことだな。それにしても、こいつらも商魂逞しいな」


 エウリコがこいつらと呼んだのは、まだ更地の新しいスラッカの内部で、野営をする連中相手に屋台を出している者達のことだ。

 永続的に使用する建築物を許可なく建てることは禁じられているが、屋台で商売をすることはむしろ奨励されているらしい。


「さて、どこで野営するかだな……」

「水場は二か所でしたよね?」

「飲み水については、俺達が確保するから気にしなくてもいい。治安も……まぁ大丈夫だろう」


 これから街を再建するとあって、今の時点で治安を保とうという意図なのだろう、多くの守備隊員の姿がある。

 街が出来る過程で犯罪が頻発するようでは、その後の運営に支障をきたすからだろう。


 イロスーン大森林を抜ける新しい街道には、三か所の街が作られる予定だ。

 一つはスラッカ、もう一つはマールブルグ側のモイタバ、そして領地境の街だ。


 大森林を抜けるには、馬車なら一日半は必要なので、どこかしらの街に宿泊する必要があるが、日程さえ調整すればどこの街を選んでも大森林を抜けられる。

 宿泊、滞在する旅人が増えれば、それだけ街が潤い栄えていくので、今の時点の評判が後々の発展に影響を及ぼす可能性は高い。


 それだけに、バッケンハイムの領主は多くの守備隊員を派遣して、治安の維持にあたらせているのだろう。

 エウリコは、屋台や水場から少し離れた場所を野営地に選んだ。


 三台の馬車は箱馬車を中央にして、川の字のように並べた。

 デルリッツ親子は、箱馬車のシートに横になって一夜を過ごし、俺達は襲撃に備えながら天幕を張って野営する。


 野営の準備では、最初に土属性の古田が地均しをする。

 厚手の敷物を敷くが、凸凹の地面と地均し済みとでは、寝心地に大きな差が生まれる。


 それだけに、手早く地均しをおえた古田に対してオーランド商店の御者達は口々に感謝の言葉を掛けていた。

 新旧コンビがヴォルザードへの残留を決めた時に、正直土属性の古田は苦労するだろうと思ったのだが、俺の予想を超える順応性を見せている。


 リバレー峠での堅実な戦いぶりもデルリッツのお眼鏡に適ったようだ。

 その一方で、評価を下げているのがギリクだ。


 一時期、国分に頭を下げてでも特訓に参加させてもらっていたが、また最近は悪い傾向が見受けられる。

 体力に関しては、俺達の間では頭一つ抜けた存在で、オークなどを共同で討伐する時には、止めを刺す役目を担うことが多い。


 そこに至るまでは、俺達が魔術で削っているのだが、止めを刺すという行為が、あたかも自分が全てお膳立てしたかのような錯覚を起こす要因になっている気がする。

 余程舐められたくないという気持ちが強いのか、オーランド商店の御者達に対しても不遜な態度で接して不興をかっていた。


 どうも護衛の仕事などよりも、魔物を沢山討伐して、その実績でランクを上げたいという気持ちが強いようだ。

 それに対して、コンビを組んでいるペデルは何としてもオーランド商店との繋がりが欲しいようで、この道中何度もギリクと口論になっていた。


 ペデルのおっさんには、討伐や護衛に臨む時の心構えや準備などを教わっているので、俺達がオーランド商店の仕事を得た時には誘っても良いと思っている。

 だが、ギリクとの関係まで取り持つつもりは無いので、そっちは自分達で解決してもらうつもりだ。


 野営の準備を終えると、デルリッツの息子、ナザリオが屋台を見て回りたいと言い出した。

 どの程度の値段で、どの程度の物を売っているのか見て回る……なんて言っているが、単に買い食いがしたいだけだろう。


「ジョー、お前も来い」

「えっ、俺ですか?」


 国分の友人ということで、とばっちりのような反感を買っていたはずだが、雇い主の息子からの要望では断る訳にもいかないだろう。

 鷹山とペデルのおっさんに目で合図を送った後、オーランド商店の執事ギュスターと一緒にナザリオの後を追った。


 屋台の商品は、ざっと見た感じで五割増しから倍ぐらいの値段で売られていた。

 イロスーン大森林の外から持ち込んで、なおかつ利益を出すためには、この程度の値段はしかたないのかもしれない。


 値段を見て回ると言っていたくせに、ナザリオは割高の価格を気にする素振りを見せず、串焼きと酒をギュスターに買わせた。


「ジョー、お前も飲め」

「いえ、仕事の最中ですから遠慮しておきます」

「ふん、これだけ守備隊員がウロウロしているんだ、襲われる心配なんか無いだろう」

「そうですね。それでも、バッケンハイムに到着するまでは酒を飲むつもりはありません。もし、万が一襲撃があって、俺が動けなかったせいで依頼主や仲間が傷ついたり、命を落としたら洒落になりませんからね」

「なら、串焼きだけでも食え」


 急に態度を改める……という訳で無さそうだが、チラリと視線を向けたギュスターにも頷かれたので、串焼きを受け取ることにした。

 鶏肉っぽい味はするが、何の肉とは屋台にも書かれていない。


 味付けも日本では馴染のないもので、特別美味くもないが食えないほど不味くもない。

 肉の鮮度も……まぁ火は通っているようだし、腹を下すこともなさそうだ。


「ジョー……」

「なんですか?」

「魔物使いに弱点は無いのか?」


 ナザリオの言葉を聞いて、ギュスターの眉間に微妙な皺が寄った。


「ありますよ」

「何ぃ、本当か? 何だ、教えろ」

「嫁には頭が上がりませんね」

「はぁ?」

「あぁ、それと周囲の人から純粋な好意を言葉にして告げられるのにも弱いです」


 俺の言葉を聞いて、ギュスターは表情を緩めた一方で、ナザリオは眉間に深い皺を寄せて睨み付けてくる。

 確か、俺達よりも年下なはずだが、捻くれたおっさんのようだ。


「そんなもの、弱点じゃないだろう。もっと何か無いのか、こうやれば傷つくとか、ここを攻めれば倒せるとか」

「外から攻めるのは無理ですね。よほど油断している状況でなければ、敵意を持っている限り触れることすら困難です」


 国分の強みは個人の能力もさることながら、影の中には常に眷属が控えていることにある。

 相手が危険人物だと判断されれば、国分に手が届く以前に眷属によって打ち払われてしまうだろう。


 自動防御どころか、意志を持って国分を守っているのだから、その隙を突くのは困難を極めるだろう。

 そうした国分に関する分析を話すと、ますますナザリオは不機嫌になっていった。


「ちっ、使えない奴め……」

「失礼ながら一言言わせていただくと、こんなやり方では国分は攻略できませんよ」

「何だと……」

「ナザリオさんは、串焼き一本で友達を売ったりするんですか?」

「お前は、これからもオーランド商店から仕事をもらうんだろう?」

「はい、でも、その仕事はデルリッツさんからの依頼であって、ナザリオさんからの依頼ではありません。それに、オーランド商店の仕事と国分を天秤に掛けるとしたら、俺達は国分を選びます。それだけ国分という男は敵に回しちゃいけない男なんです」

「ちっ……」


 ナザリオは激しく舌打ちすると、残っていた串焼きの肉を乱暴に口に入れて酒を煽ると、串とカップを地面に叩きつけた。

 カップが砕ける音を聞いて、屋台の親父が声を荒げた。


「おいおい、なに商売物のカップを壊してんだ、このガキ!」


 日本のように使い捨てのカップは無いので、酒を飲み終えたらカップは返却する仕組みだ。

 ここまで持ち込んでいるカップの数にも限りはあるだろうし、親父が声を荒げるのも当然だ。


 すかさずギュスターがカップ代を弁償したが、ナザリオは頭を下げることもしない。

 こんなボンボンでは、国分に一泡吹かせるなんて夢のまた夢だろう。


 まぁ、ナザリオが国分を恨む気持ちも分からなくはない。

 領主の娘と釣り合いが取れるのは、ヴォルザードではオーランド商店の息子ナザリオぐらいだと散々周りの者に焚きつけられれば、その気になってしまうのも無理はない。


 付き合う前から結婚するつもりとかモテない男の典型的な痛い行動だが、なまじ金持ちの息子というアドバンテージがあるだけに思い込みが激しくなってしまったのだろう。

 それにベアトリーチェは領主の娘として磨き上げられてきたからか、人目を引くほどの美少女だから奪われたという思いも強いのだろう。


「国分に一泡吹かせたいですか?」

「当然だ!」

「ならば、ご自分を磨くしかないですね」


 俺の言葉を聞いて、ナザリオは一層顔を歪めてみせる。

 自分は苦労もせずに国分を貶めたいと思っているならば、相当捻くれていると言わざるを得ない。


「あんな化け物に、個人の力で対抗出来るわけないだろう」

「そうでもないですよ」

「なにぃ……」

「戦闘力、土木建築、医療……ともすれば国分は万能みたいに思われていますけど、何でも出来る訳ではありません。例えば、料理とか裁縫とかはまるで駄目みたいです」

「それがどうした、料理人にでもなれと言うつもりか」

「そうじゃないです。国分にだって出来ないことは沢山あるので、何かに秀でた人間に対しては敬意をもって接してくるんです。国分に一泡吹かせるなら、まずは自分を認めさせてからです。対等のステージに上らないうちは、戦うことなんか出来ませんよ」

「ど、どうすればいい?」

「さぁ……」

「なんだ、それは! 結局役に立たないじゃないか!」

「そう言われても、俺はナザリオさんについてはデルリッツさんの息子という知識しかありません。何に興味があって、どんな長所があるのかも知らないのに、アドバイスなんか出来ませんよ。どうすれば良いのかは、誰かに探してもらうのではなくて、自分で探すしかないですよ」

「くそっ……戻るぞ!」


 ナザリオは俺達に背中を向けると、地面を蹴りつけるような足取りで馬車へと戻っていく。


「申し訳ない、ケント・コクブ殿の友人というだけで、ジョーさんには何の落ち度も無いのですが……」

「あぁ、気にしないで下さい。俺達も国分には世話になっていますし、同年代の冒険者に比べたら間違いなく恵まれてますからね」

「坊ちゃんも、もう少し視野を広くしていただければ、少しは変わられるのでしょうが、何にせよケント・コクブ殿の存在が大きすぎるので……」


 オーランド商店の執事として苦労しているのだろう、ギュスターはナザリオの背中を見ながらしみじみと語った。


「そうですね。でも、見上げるような坂道も一歩ずつ登っていけば、気付いたら登り切っていたりしますから、学院に行って夢中になれる事にでも出会えれば変わるんじゃないですか?」

「そうあってもらいたいですな」


 ナザリオにしても、ギリクにしても、国分相手にイキった奴はロクな目に遭っていない気がする。

 国分にもうちょっと手加減しろなんて言うのも酷だろうし、恩恵を受けてる分のとばっちりは覚悟しなきゃいけないのかねぇ……。


 夜の見張りは、御者三人、俺とペデル、新旧コンビ、ギリクと鷹山の四組が交代で務めることになった。

 御者の三人が起きている時間は、俺達もまだ起きていたから実質オマケみたいなものだ。


 それに、守備隊員がこまめに巡回しているので、あまり見張りをする必要性も感じない。

 その結果、見張りの時間中ずっとペデルのおっさんの愚痴に付き合わされてしまった。


「というか、なんでいつまでも居候させてるんですか?」

「そりゃ、そろそろ追い出したいと思ってっけどよ」

「期限を区切って、いつまでに部屋を見つけて出て行けって言えばいいじゃないですか」

「出ていけって言うのもなぁ……」

「じゃあ、そろそろ独り立ちしろって言うんですね。部屋を探して借りる程度も出来ない訳じゃないだろう……って言ってやれば、やってやんよ……って出て行くんじゃないですか?」


 このところ一緒に依頼を行う機会が増えたので、だいぶギリクという人間について分かってきた。

 おだてると煽るを使いわければ、上手く誘導できる程度の単純さだ。


「おぉ、それいいな。よし、それでいこう」

「あぁ、待って下さい。和樹と達也に言っておかないと、俺らのシェアハウスに転がり込まれたら迷惑ですからね」

「そうだな……てか、部屋探せると思うか?」

「そんなもの、ギルドに行けって言っておけば、何とかなるんじゃないんですか、下宿とか、安宿とか……」

「まぁ、そうだな……一時期危機感持って動き始めたかと思っていたが、またこのところ弛んできてやがる」

「あれじゃあ護衛の仕事とか貰えなくなりますよ」

「分かってる、部屋から追い出したらコンビも解消だな。正直、もう討伐はしんどい。安定した護衛の仕事、もしくは商会の用心棒にでも収まれればなぁ……」


 リバレー峠で山賊の襲撃があった時、結局ペデルのおっさんはキャビンにいただけで何もしていない。

 依頼主の身の安全を確保するため……と言えば聞こえが良いが、役に立たなかったという印象を持たれかねない。


 役立たずのイメージを持たれたらしいのは、ギリクも同じだ。

 襲撃が、即席キャラバンの先頭あたりを狙って仕掛けられたので、最後尾の馬車には襲い掛かる山賊がいなかった。


 鷹山は遠距離射程の攻撃魔法で矢を射掛けていた連中を一掃していたが、接近する山賊がいなかったのでギリクの出番は無かった。

 役立たずというか、応用範囲が狭く、それでいて態度が良くない冒険者に、次の仕事が向こうから舞い込んで来るはずがない。


 ギリク本人も、護衛のような仕事よりも単純な討伐がやりたいようなので、ペデルとの溝は埋まりそうもない。

 コンビを解消するのも時間の問題という気がする。


 俺達四人は、今のところは同じような方向性で進んでいるが、いずれはやりたい仕事が違ってくるのかもしれない。

 不満を抱き続けて、喧嘩別れするような事態は避けたいので、この依頼が終わった時にでも少し話し合いをしよう。


 守備隊員が巡回を行っていたおかげか、この夜は特に騒動も無く無事に過ごすことが出来た。

 あと一日、夕方にはバッケンハイムに到着する予定だ。


 到着後、デルリッツ達はバッケンハイムの商会と打合せが続くらしく、俺達は安宿で二日間の待機となる。

 新旧コンビは、国分の名前を使ってナンパする気満々だが、俺は初日はゆっくり寝ていたい。


 いや、新旧コンビの首には鈴か縄でもつけておかないと危なそうだから、ノンビリはしていられそうもないな。

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