第478話 苦労人ジョーの護衛日誌 3

 色々考えた末に、デルリッツとの面談の内容を鷹山にだけは明かしておくことにした。

 美味しい仕事が定期的に入ってくるとなれば、新旧コンビの二人は気が緩みそうだと思ったからだ。


 かと言って、一つ間違うと厄介な事態に巻き込まれそうな話を一人で抱えているのも割が合わないと思う。

 それに俺達の中で最大の火力を誇る男が、いつぞやのように暴走されても困るのだ。


 リバレー峠越えの前夜、同室になった鷹山に経緯を説明した。


「なるほどなぁ……確かにこっちの商売人にしてみれば、日本の製品を扱いたいと思うだろうな」


 鷹山は、何か一つの物事に囚われると周囲が見えなくなる場合があるが、頭が悪い訳ではない。

 冷静な時に、順序立てて説明すれば理解するだけの頭はある。


「一応、求められているのは知識ってことになってるけど、この先どうなるかまでは分からない。交流が進めば、商品の仕入れを手伝えみたいな話になる可能性はある」

「ジョーは、仕入れの伝手とかあるのか?」

「無いよ、そんなもの。中学すらまともに卒業してないのに、ある訳ないだろう」

「まぁな。ぶっちゃけ、練馬駐屯地宛てに通販の商品届けてもらって、国分の眷属に配達してもらってる状態だもんな」

「そもそも、日本とヴォルザードの交流開始……なんて事になれば、大手企業が群がってくるのは間違いないだろう。俺達の出る幕じゃないよ」

「だな、それよりも、まずは明日の峠越えだな」

「鷹山は、山賊に襲われたことがあるんだよな?」

「あるけど、あれは山賊が国分の眷属に襲われたようなものだからな」


 鷹山が、国分に誘われて本部ギルドのマスターに同行した時、リバレー峠で山賊を誘い出して討伐したことがあったそうだ。

 こちらの法律では山賊は死罪と決まっているそうで、その時も本部のギルドマスターは最初から殲滅するつもりだったそうだ。


「じゃあ、もし明日襲われたら……」

「俺は躊躇なく殺すぞ。シーリアとお腹の子どもが待ってるんだからな」


 鷹山は自分に言い聞かせるように即答してみせた。

 もう、覚悟はとっくに出来ているようだ。


「魔物と一緒ってことか」

「いや、魔物よりも頭が働く分だけ質が悪いだろう。ジョー、情けをかけたら俺達がやられるんだからな。新旧コンビにも釘刺しておいた方がいいんじゃないか?」

「そうだな、後で行ってくるよ」


 普段はシーリアさんにデレデレのリア充第二形態な鷹山だが、こうした瞬間には俺よりも場数を踏んだ大人だと感じることがある。

 俺達が甘ちゃんなガキのままでいて、山賊に鷹山が殺されたりしたらシーリアさんに顔向け出来なくなる。

 新旧コンビと、念のためにギリクにも釘を刺しておこう。


 ペデルのおっさんは扱いにくいと思っているみたいだが、あの手の俺様キャラは、少し下手に出て、少し煽りを混ぜれば良いだけだ。

 肝心なのは、話の最初にやる気を出させられるかどうかだ。


 一夜が明けて、峠越えに向かう馬車の配置は、ヴォルザードを出発した時から一部変更。

 先頭の箱馬車には、俺とペデルのおっさん、二台目の幌馬車には新旧コンビ、三台目の幌馬車にはギリクと鷹山の配置となった。


 これは、ペデルのおっさんと箱馬車の御者を務めるエウリコと相談して決めた。

 オーランド商店の一行のような、ピカピカの箱馬車や店の看板入りの幌馬車は、金がある、物が載っていると思われて襲われやすい。


 そのため、山賊の襲撃が想定される場所で組まれる即席のキャラバンからは、弾き出されることが多いらしい。

 では、どう対処するかと言えば、即席キャラバンの後ろに、勝手に付いていくらしい。


 これで、前方から襲われる可能性を減らせるが、後ろは警戒されて他の即席キャラバンは付いて来ないので、後ろから襲われるケースに備えて最大の火力を配置する訳だ。

 中距離から先は鷹山の攻撃魔術、それを搔い潜って来た連中との近距離戦闘はギリクが対応する形だ。


「ギリクさん」

「なんだ、ジョー」

「鷹山……シューイチ、そろそろ子供が生まれるんで、ドジ踏んで死なないように見ててやって下さい」

「ちっ……しゃーねぇな」

「それと、山賊共は死んだふりとか、命乞いとかするらしいんで、もしシューイチが見落としたりしたら、確実に息の根止めさせて下さい」

「山賊は死罪、容赦しない、常識だ」

「頼みます」

「ふんっ、任せとけ……」


 箱馬車の御者を務めるエウリコは、昨日までのノンビリとした調子とは一変して、厳しい顔つきをしていた。


「ジョー、お前は風属性だったな?」

「はい、そうですけど……」

「もし、山賊どもが弓矢を使ってきたら、後ろに盾が乗せてあるからそいつで防げ。盾で自分の身を守ったら、馬に当たりそうな矢を魔法で逸らせ。出来るか?」

「やってみます」

「弓矢を使ってくるとしても最初だけだ。混戦では同士討ちになる危険があるから、飛び道具は使ってこない。その代わり、街道の外から近づいて来る奴は、全員敵だと思え」

「了解です」


 エウリコも、他の御者も腕が立つというのは本当のようで、リバレー峠へ向かう馬車が集まる広場に入ると、程なくして出立した即席キャラバンの後ろに、当たり前のような顔で付いていく。

 前を行く馬車の連中からすれば、迷惑極まりない存在だが、そのスムーズな馬車の扱いは大したものだ。


「ジョー、油断するなよ」

「はい」


 即席のキャラバンを組んだ馬車が六台、こちらの一行を加えると九台の車列は間隔を詰めて進んで行く。

 こうした車列を組んで進む場合、前後への合図も重要になって来る。


 自動車のように急ブレーキは掛けられないから、間隔を詰めて進む場合には、止まる前に後ろの馬車に合図をしておかないと追突される恐れがある。

 前から合図が来たら、それを後ろにも伝えなければならない。


 後ろの馬車が見える場合にはハンドサインで、幌や荷物で見えない場合にはハンドベルを鳴らして合図する。

 カラン、カラン……カラン、カラン……といった感じで、のどかにベルが前から後ろへと伝わっていく感じだ。


 薄い雲がかかっているものの、雨を降らせるような雲ではない。

 峠道は、新緑の香りが濃くなる時期で、山賊や魔物の襲撃を気にしなくて良いならば、最高の行楽シーズンを迎えている。


 手綱を握るエウリコは、前の馬車との距離、馬の息遣い、周囲の山といった感じで、せわしなく視線を動かしている。

 その視線は、時折俺にも向けられていた。


「若いのに大した落ち着きだ、旦那が目をつけるのも納得だ」

「そんな事ありませんよ。魔物相手の実戦ならば、それなりに数をこなしてきましたが、人を相手にしての命のやり取りは、まだまだ経験不足です」

「なぁに、山賊なんざ腕の立つ奴は、ほんの一部しかいないから心配するな。殆どの奴は、奇声を上げてビビらそうとするだけのクズばっかりだ。そもそも、腕の立つやつは山賊なんかに落ちぶれたりしねぇからな」

「なるほど……そう言われれば、確かにそうですね」


 戦闘能力が高ければ、バンバン魔物を討伐して素材を売って稼げば良い。

 一日にオーク数頭を仕留められる腕があるなら、余程質の悪い高利貸しから金を借りているとかでなければ、借金だって返済できる。


「ただし、奴らは汚い手を平然と使ってくるし、魔物よりは頭が回る。それと、ほんの一部だが腕の立つ奴が混じっていることもあるから気をつけろ」

「分かりました」


 エウリコの言う、ほんの一部の腕の立つ奴とは、喧嘩沙汰で人に重傷を負わせたり、殺してしまった冒険者の事だろう。

 もともと犯罪者として追われていて、逃げ隠れする場所に窮して山賊や盗賊に身をやつすようだ。


 峠を上り始めて一時間ぐらいすると、前方からハンドベルの音が響いて来て、車列は

徐々に速度を落として止まった。

 エウリコは馬車にブレーキを掛けると、御者台から飛び降りて桶を手にした。


「ジョー、お前はそこで周囲を見張ってろ」

「はい!」


 エウリコは素早く詠唱をすると、魔術を使って桶に水を満たし、馬に飲ませ始めた。

 後ろを振り返ると、幌馬車の御者を務めるピペトも同じように馬に水を与えている。


 たぶん、三台目の幌馬車でも同様のことが行われているはずだ。


「エウリコさん、車列が動きます」

「大丈夫だ、すぐに止まるから慌てなくていい」


 エウリコが言ったとおり、車列は少し進んだところで止まった。

 どうやら、この先の水場で馬に水を与えているのだろう。


 馬が水を飲み終えると、エウリコは桶を片付けて御者台へと戻ってきた。


「ジョー、後ろの馬車は水を与え終えたか?」

「はい、今桶を片付けてます」

「よし、少し待って前に追いつくぞ」


 リバレー峠には、途中いくつかの水場があるが、一度に水を与えられるのは、四台程度までだ。

 前を行く即席のキャラバンは、二つのグループに分けて馬に水を与えていたようで、後ろのグループが水を与えている間、前のグループは水場の先で待機しているらしい。


 そして、後ろのグループの準備が整えば、また一塊になって先に進む訳だが、当然オーランド商店の車列までは待っていてくれない。

 そこでエウリコ達は、魔術で水を用意して先に飲ませていたのだ。


「なるほど、これなら置いていかれずに済む訳ですね」

「そういう事だ」


 オーランド商店の御者三人は、いずれも水属性の魔術が使えるそうだ。

 ピカピカの馬車で峠を越えるには、それなりの準備が必要らしい。


 更に車列は進み、同じように馬に水を与えながら峠の頂上を目指す。

 三か所目の水場が近づいた頃、エウリコが警戒するように声を掛けて来た。


「ジョー、襲撃があるとすればそろそろだ、気を引き締めろ」

「了解です……」


 山賊による襲撃は、圧倒的に峠のこちら側で行われるそうだ。

 理由はリバレー峠がマールブルグ領で、山賊の討伐を行う兵の駐屯地は峠の向こう側にあるからだ。


「三つ目の水場の手前から峠の頂上まで、この辺りで馬の疲労もピークになる。足止めするのも楽って訳だ……そら、おいでなさったぜ」


 エウリコの言葉を遮るように、車列の前方でけたたましくハンドベルが打ち鳴らされた。

 ハンドベルが連続して鳴らされる場合は緊急事態、魔物か山賊の襲撃、もしくは崖崩れなどの災害だが、聞こえて来たのは人の奇声だった。


 右手前方の崖の上から、弓矢を撃ちかける一団がいて、下の茂みから別の一団が馬車の足止めを行っているらしい。


「マナよ、マナよ、世を司りしマナよ……」

「慌てるな、ジョー、十分に引き付けてから撃て」


 魔術は手元を離れると徐々に威力を失うので、エウリコの心配は当然だが、それはこちらの世界の常識だ。

 俺の身近には、国分健人という常識外れの規格外な生き物がいる。


 今から発動する風属性の魔術は、国分にヒントをもらって練習を重ねて来たものだ。


「風よ斬り裂け!」

「馬鹿、遠すぎる……なにぃ!」


 御者台から崖の上の山賊までは百メートル以上の距離があるが、俺が腕を振りぬいた直後に四人ほどが身体を切り裂かれて倒れ込んだ。

 直後に一抱えもある火の玉が轟音を立てて炸裂したのは、たぶん鷹山の魔術だろう。


 特訓に行った時、常識外れの国分は遥か遠くの物まで風属性の魔術で切り裂いてみせた。

 なんでそんな事が出来るんだと聞いてみたら、空気もマナも繋がっているんだから、手元じゃなくて向こうで発動させればいいじゃん……とかぬかしやがった。


 フワっと風の流れを感じるよね……マナが繋がったところでヒュってやればいいんだよ……って、分かるか!

 まぁ確かにその通りだったんだが、距離を伸ばして操れるようになるまで、メチャクチャ練習が必要だった。


 俺よりも後に練習を始めて、先にコツを掴んだ鷹山も国分に近い常識外れに足を踏み入れている気がする。

 俺と鷹山の攻撃魔術によって、弓矢を射かけていた山賊の半数以上が倒れ、それを見た他の山賊たちの勢いも鈍った。


「ひるむな! ぶっ殺……ぐはぁ」

「なんだ? ぎゃっ……」


 車列に突っ込んで来ようとする山賊に向かって、凄まじい勢いで礫が飛んでくる。

 投げつけているのは、新旧コンビの二人だ。


 遠距離の攻撃魔法のコツが掴めない新田と、もともと攻撃魔法に向かない土属性の古田が考え出したのは、投てきによる攻撃だ。

 ただの石礫だと速度が上がると空気抵抗で不規則な動きをして、思ったところに飛んでいかない。


 そこで日本から軟式ボールを取り寄せて型を作り、土のボールを量産して、古田が土属性魔術で硬化させたのだ。

 石と同程度の硬さと重さのあるボールを身体強化を使って投げ込めば、ゴブリンの頭を吹っ飛ばすほどの威力を得られた。


 オークでさえも頭にくらえば昏倒するし、胴体にぶつかっただけでも相当なダメージがあるらしく怯んだ表情を見せるほどだ。

 生身の人間が食らえば、どうなるかなんて言うまでもない。


 先制攻撃に失敗すれば、車列側にも護衛の冒険者が付いている。

 形勢不利と見て逃走を始めた山賊に向かって、容赦なく攻撃魔法が降り注ぐ。


 茂みの奥で火柱が上がり、悲鳴が聞こえた方向に向けて俺も魔術を発動させる。

 三十分ほどで戦闘は終了し、辺りは静けさを取り戻した。


 その直後、キャビンから声が掛けられた。


「エウリコ、問題が無ければ出せ!」

「へい! ピペト、テードロス、出れるか!」

「いいぞ!」

「問題ない!」


 エウリコは、馬車のブレーキを緩めると、即席キャラバンの車列を追い抜いて進み始めた。


「良いんですか?」

「構わんさ、山賊共はキャラバンの頭を襲い、それの撃退に一番貢献したのは便乗した俺達だ。文句を言われる筋合いなど無いさ」

「山賊を撃退した届け出とかは?」

「峠を降りてから届け出る、報奨金はまぁ諦めてくれ、ただ、その分の手当ては旦那が出してくれるさ」

「なるほど、それがオーランド商店の流儀なんですね?」

「まぁ、そんなところだ」


 マールブルグの兵士が見分に来るのを待っていれば、峠を越えるのが遅くなる。

 今日はイロスーン大森林の手前の街まで進む予定なので、順調に距離を稼ぐ方を優先したのだろう。


「それにしても、あの距離で、あの威力の風属性魔法とは……一体どうやってるんだ?」

「あれですか……フワっときて、ヒュって感じです」

「はぁ? なんだそりゃ」

「まぁ、そうなりますよねぇ……常識外れを理解するのは大変なんですよ」

「何だか良く分からねぇけど、お前さんらが良い腕をしてるのは分かったぜ。これからちょいちょい一緒に仕事すると思うが、よろしく頼むぜ」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 オーランド商店の馬車は無事に峠を上り切った、まだ油断はできないが、ここまで来れば文字通り峠は越えた。

 割の良い仕事を逃がさないで済みそうだし、バッケンハイムまで何事も起こらず済んでもらいたいものだ。

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