第477話 苦労人ジョーの護衛日誌 2

「ジョー、交代だ」

「えっ、交代って……?」

「中に乗れ、デルリッツさんが話があるらしい」


 護衛二日目、昼食の休憩を終えて御者台に戻ろうとしていると、ペデルのおっさんに呼び止められた。

 俺に話があると言っても、間違いなく国分絡みだろう。


「ギリクと違って、お前は大丈夫だと思うが、くれぐれも失礼の無いようにしろよ」

「分かってます」


 己の老後の安泰が掛かっているからか、いつにもましてペデルのおっさんがネチっこい。

 俺達だって割の良い仕事は欲しいのだから、ヘマはするつもりはない。


「失礼します」

「あぁ、無理を言ってすまないな、ジョー」

「いえ、ペデルさんは俺よりもベテランですから大丈夫です」

「そうか……こっちに座ってくれ」


 箱馬車の内部は、前後二列のベンチシートが設えてあり、デルリッツと向かい合う形で座らされた。

 デルリッツの隣に座っている息子のナザリオは、苦虫を嚙み潰したような表情で俺を睨み付けている。


 これまで面識は無かったはずだが、どこかで気付かないうちに恨みでも買っているのだろうか。


「お話というのは何でしょう?」

「ふむ、君たちはケント・コクブの友人だと聞いているが」

「はい、そうです」

「ちっ……」


 国分の友人だと答えると、ナザリオは舌打ちを漏らした。


「あぁ、すまんね。息子はベアトリーチェさんに好意を抱いていたものでね」

「はぁ……」


 ベアトリーチェとは、ヴォルザードの領主の娘で国分の嫁の一人のことだろう。

 たぶん、ナザリオは国分がヴォルザードに来る前からベアトリーチェに恋心を抱いていて、それを横から攫われた形なのだろう。


 まさか、交際していたのに、国分に寝取られたんじゃないだろうな。

 国分には散々世話になっているけれど、寝取られ事案の尻ぬぐいとかは勘弁してもらいたい。


「それで、君たちは別の世界から来たというのは本当かね?」

「はい、リーゼンブルグの王女、カミラ・リーゼンブルグによって別の世界、別の星から召喚されました」


 ヴォルザードで一番大きな商会の主が話を持ち出してくるのだから、それなりの裏付けや情報を得ているはずだ。

 変に誤魔化すよりも、正直に答えてしまった方が良いだろう。


「君らのいた世界には、ヴォルザードよりも進んだ技術があるそうだが」

「そうですね。俺らがいた世界には魔術が存在していない代わりに、科学技術が進歩しています」

「水を通さない特殊な布や、高純度の鉄などが存在しているそうだが」

「鉄の純度の違いは分かりませんが、水を通さない布状の素材はあります」


 どうやらデルリッツの目的は、日本の進んだ技術や、こちらには無い素材や製品のようだ。


「それらの品物を取り寄せることは可能なのかな?」

「我々が独力で取り寄せることは不可能です」

「ケント・コクブ頼みということかね?」

「はい、その通りです」


 物品の運搬は、国分か国分の眷属に頼まないと無理だと話したが、デルリッツは落胆したような様子を見せなかった。


「そのケント・コクブなのだが、彼はいったいいくつの属性魔術を使えるのだね?」

「たぶん、もうご存じなのだと思いますが、国分は全ての属性魔術が使えるみたいです」

「ふむ、全ての属性魔術が使えるようになって、向こうの世界に人を送れるようになった?」

「はい、そう聞いていますが……」

「いますが……?」

「国分の魔術は規格外すぎて、正直理解不能です」

「例えば、どんなところが理解不能なんだね?」

「そうですね。一番変なのは、あいつは詠唱せずに魔術を使うんです」

「早口で詠唱するとかではないのかね?」

「違うみたいですね。そもそも詠唱の仕方を知らないって言ってますから」

「ふむ、それが本当ならば、確かに理解不能だな」


 理解不能と言いつつも、デルリッツは自分が持っている情報の真偽を俺を使って確かめて、国分に関する理解を深めているのだろう。

 話を進めながら、徐々に本題へと切り込んでくる。


「君たちの母国は、こちらの世界との交易は望んでいないのかね?」

「望んではいると思いますが、ハッキリした事は分かりません。国分ならば詳しい話を聞けると思いますが、俺達はただの子供ですから国の中枢にいる人物と連絡を取る術もありません」

「君は、交易で儲けようとは思わないのかね?」

「先程申し上げた通り、交易をするにしても国分に頼らなければ商品を取り寄せることすら不可能です」

「ケント・コクブに頼めば良いのではないのかね?」

「まぁ、頼めばやってくれるかもしれませんが、それでは国分に養ってもらうようなものです」


 俺がヴォルザードに残留を決めた理由は、魔法を使って冒険者という職業で暮らしていく、日本では決して味わえない生活がしたかったからだ。

 国分に取り寄せてもらった品物を右から左へと流して暴利を稼ぐ、そんな生活がしたいからではない。


「輸送に対して相応の対価を払えば良いのではないのかい?」

「国分にしか出来ない輸送に、相応の対価なんて存在するのでしょうか。全ては国分の匙加減、気分次第……それでは国分に養ってもらっているのと同じでしょう。そもそも対価を要求するほど、国分は金に困っていませんし」

「なるほど……では、君以外の人間に取引を持ち掛けたら、ケント・コクブは動いてくれるかね?」


 どうやらデルリッツの望みは、日本との交易で儲けを生みだすことにあるらしい。

 そして、そんな話に一も二も無く飛びつきそうな人間の心当たりがありすぎる。


 八木ならばデルリッツに話を持ち掛けられれば、間違いなく乗るだろう。

 ただし、八木が話に乗ったからといって、国分が協力するとは限らない。


「どうでしょう……微妙ですね」

「微妙というのは?」

「国分は、妙に真面目なところがあって、俺達の成長のためになると思えば無償で色々とやってくれたりするんですが、逆に俺達の成長の妨げになると判断すると梃子でも動かなくなるんです」

「ほう、ケント・コクブは、君達が稼ぐのは良くないと考えているのかね?」

「いいえ、稼いだ方が良いと思っているはずですが、楽して稼ぐのは問題だと考えるんじゃないですかね」

「今回、バッケンハイムまで行くのはイロスーン大森林の通行が可能になったからだが、そのための工事をケント・コクブが指名依頼で請負い、莫大な金額を稼いだのは知っているかね?」


 国分が大儲けしたと聞いて、ナザリオがまた舌打ちを漏らした。


「えぇ、知ってます。またか……って感じですね」

「羨ましいとは思わないのかい?」

「全く……と言ったら嘘になりますが、国分の代わりをやるかと聞かれたら断りますね」

「ほう、それはどうしてかね?」

「沢山の強力な眷属を率いて、Sランクの冒険者として多額の依頼金を手に入れ、四人も嫁を貰う……表向きはめちゃくちゃ派手ですけど、裏に回れば苦労の連続ですし、何度も死にかけてるみたいですからね。命がけで助けた連中に口汚く罵られるとか、考えただけでもウンザリしますよ」


 俺達がヴォルザードに到着した翌日、鷹山が靴屋を燃やした騒動では、かなり国分に負担を掛けたと聞いている。

 自分も騒動の一端となってしまったし、今も国分に申し訳なかったという思いもあり、稼ぎを妬むような気持ちにはなれない。


「ほう、我々が考えているよりも、ケント・コクブは苦労しているようだな。自分に敵対するとなれば、Aランク冒険者パーティーすら力づくで黙らせるような人物だと思っていたのだが……」


 また、不機嫌そうに舌打ちした所を見ると、そのAランクパーティー云々はナザリオ絡みなのだろう。


「それは、国分が必要だと感じたからじゃないですかね。普段の国分は、一部の相手を除けば好戦的な態度は見せませんよ。ただし、必要とあらばリーゼンブルグという国を相手にしてでも戦うだけの根性があります。こちらから敵に回したいとは思えませんね」

「敵に回さないということについては同感だ。あれほどの力を持つ者と、正面切って敵対するなど愚の骨頂だ」


 また舌打ちを漏らしかけたナザリオだったが、デルリッツに睨みつけられ、慌てて姿勢を正して飲み込んだ。

 さすがにヴォルザード一番の商店を取り仕切る人間とあって、睨みをきかせると迫力がある。


「忌憚のない話をさせてもらうと、オーランド商店は君達の母国で作られている商品を取り扱いたいと考えている。だが、取り引きとなれば対価となる物が必要だ。我々は、向うの世界の品物に大変興味を持っているが、あちらが我々に望む物は何だね?」

「望む物ですか……難しいですね」


 ありきたりな話をするなら金や宝石になるのだろうが、日本政府が欲しがるとは思えないし、デルリッツが提供したい物でもないだろう。


「魔術を使える者がいないなら、こちらから人を派遣するというのはどうだ?」

「俺達の仲間が帰還しましたので、魔術を使える人間は存在しています。ただし、あちらの世界には魔素が無いそうなので、こちらから人を派遣してもいずれ魔術が使えなくなります」

「なんと、魔素自体が存在していないのか……それでは人を派遣しても無駄だな」

「いいえ、たぶん人材を欲しがる人は沢山いると思いますが、物を運搬するよりも、人を送迎する方が大変らしいので、国分の負担が増します。それと人の出入りに関する法律があって、ヴォルザードの人が入国する許可が下りるかどうか……」


 たぶん、今のヴォルザードだったら、安物のレインスーツでも凄い値段で売れるはずだ。

 屋台でお茶を入れてもらった真空断熱ボトルなんて、その性能を明かせばとんでもない値段が付くだろう。


 その対価としてヴォルザードの人を労働力として使うならば、日本で決められている最低賃金の半分どころか十分の一以下で働かせられるだろう。

 産業界は諸手を上げて賛成するかもしれないが、仕事を奪われる労働者から不満の声が上がるにきまっている。


 日本に連れて行って働かせるにしても、こちらに工場を建てて働かせるにしても、簡単には話は進まないだろう。

 そうした事情をレインスーツとか断熱ボトルの性能をボカしながら説明すると、デルリッツも納得したようだ。


「どこの世界も人が絡むことは動きが遅い。ランズヘルトでは奴隷制度が廃止されたが、復活させようという意見もあるのだが、議論さえ始まらない。人を対価として提供するのは難しいであろうな。そうなると、何を対価とすれば良いのだ……」

「国分が求められていたのは、魔石や魔道具の材料となる素材だったと聞いています」

「そうか、そちらの世界には魔素が無いと言っていたな。魔素の固まりである魔石は珍しく、価値があると見なされるのか」

「そうなんですが、こちらから帰国した者が、魔石を粉末にしたものを大量に摂取して、魔術を使って暴れ回るという事件を起こしました。多くの死傷者が出たらしく、その事件以降は魔術や魔石などに対する世間の風当たりが強くなり、研究もストップしていると聞いています」


 藤井の話も、オブラートに包んで明かしたのだが、さすがにオーランド商店の主とあって的確にニュアンスを理解したようだ。


「魔石や魔物の素材は対価として有望そうだが時間が必要そうだな。他には何かないかね」

「他は……希少金属ですね」

「希少金属というと、金や銀かね?」

「いえ、そうではなくて、うーん……どう説明したら良いんだ」


 レアメタルなんて言葉は、意識しないで使うようになっていたが、いざ説明しろ、それも家電品やパソコンなどに触れたことも無い人にとなると、なんと言えば良いのか分からなくなった。

 それでも、どうにかこうにか説明をしたのだが、レアメタルの採掘となるとヴォルザードの人では対応のしようがない。


「希少金属か……ダンジョンで採れれば良いのだがな」

「ヴォルザードのダンジョンでは、鉱石や宝石などが採れるそうですが、どういう仕組みなんですか?」

「さぁな、ダンジョンの仕組みなど、それこそ神にしか分からないだろう。ある日、金が採れた場所で、数日後には鉄が採れたりするらしい。本来、鉱脈というものは、そんな風に存在しているものではないだろう。だが、実際に存在しているのだから、分からないとしか答えようがないな」

「では、もしかして日本が求める希少金属が採れたりする可能性もあるんですね?」

「全く無いとは言わぬが、そもそも求めている金属がどんなものなのか分からなければ、存在しているかどうかも分からないだろう」

「そうですね。確かに、おっしゃる通りです」


 結局、レアメタルについては、日本の調査に頼るしかなく、これまで以上に交流が活発にならなければ実現は難しそうだし、ヴォルザードで一番大きなオーランド商店ですら対応出来そうもなかった。


「すみません、あまりお役に立てなくて……」

「とんでもない、実に有意義な時間だったよ。ジョー、商売をする上で一番大切なことは何だと思うかね?」

「そうですね、良い商品を扱う……でしょうか?」

「確かに良い商品を扱うことは重要だ。では、良い商品とは何だね?」

「それは……品質の高い物ですか?」

「良い商品とは、お客が求めている商品だ。いくら品質が高い品物であっても、値段が高すぎては買ってもらえない。逆に、すぐに壊れてしまう物であっても、物凄く安くて便利ならば売れるのだよ」

「つまり……お客が何を求めているのか知ることが大切なんですね」

「その通りだ」


 デルリッツは、この日一番の笑顔を浮かべてみせた。


「ジョー、君は実に賢い。昨日一日、御者を務めている者達に観察してもらい、君が他の三人をまとめていると知った。そして、こうして話をさせてもらって確信したよ。君に、オーランド商店のアドバイザーになってもらいたい」

「アドバイザー……ですか?」

「君は、冒険者としての活動も続けていきたいと考えているのだろう?」

「はい、そのつもりでいます」

「ならば、週に一度程度で構わない、今日みたいな感じで私と話をして、君達の母国について教えてもらいたい」

「それならば、国分の方が……」

「いや、彼は忙しすぎるし、あまり近付きすぎるとクラウスや他の商会との間で軋轢を生みかねん」

「ですが、俺は日本との輸送や政府との交渉については全く無力ですよ」

「構わんよ、私が欲しているのは知識だ。我々と君達の母国では、考え方の基本となる常識にも大きな違いがありそうだからね。その摺り合わせは重要なんだよ」

「お客の求めているものを知る……ですね?」

「そういう事だ」


 この先、日本とヴォルザードの往来が活発になるとしたら、デルリッツの備えは当然だろうし、俺とすれば思わぬ副収入が得られそうだ。

 ただし、満面の笑みを浮かべるデルリッツの隣で、ナザリオが眉間に深い皺を寄せて俺を睨んでいる。


「ナザリオ……」

「は、はい、なんでしょう父上」

「バッケンハイムの学院では、下らない偏見を捨て、本当に重要なものは何か良く学んで来なさい」

「はい、分かりました」


 唐突に何を言うのか……といった顔をしているが、ナザリオは素直にわかったと返事をしたのだが、デルリッツは視線を厳しくして続けた。


「もし、次の休みに戻って来ても、ジョーに向かって同じような目を向けるのであれば、オーランド商店にお前の居場所は無くなると思え」

「えっ……」

「下らぬ色恋沙汰にいつまでも拘り、店の将来を危うくするような者に跡を継がせるつもりは無い、分かったか!」


 急に凄みを増したデルリッツに、ナザリオはガクガクと頷くだけだった。


「ジョー、私の店では、定期的にマールブルグやバッケンハイムに商品の配達を行っている。これから、君ら4人には定期的に護衛の仕事を頼むことになるだろう。私との対談は、その報告という形にすれば良い」

「分かりました……」


 どうやら、俺達四人は美味しい仕事にありつけそうだが、ペデルやギリク、それにマールブルグの冒険者ロレンサとパメラも上手く組み込めないだろうか。


「どうした、何か不満かね?」

「いいえ、定期的に護衛の仕事をもらえるのは助かります」

「それでは、襲撃を撃退する自信が無い……とか?」

「いいえ、確かに経験が浅く未熟なところはあるかもしれませんが、同年代の冒険者よりは場数も踏んでいますし自信はあります」

「結構だ。それに、うちの御者達は腕が立つから安心したまえ」


 やっぱりそうか、ただの御者にしては体格が良いし、身のこなしが只者だとは思えなかった。

 最初から、俺達はオマケの戦力程度にしか考えていないのかもしれない。


「それは心強いです。ですが、お手を煩わせるまでも無いと思いますよ」

「ほぅ、それは頼もしいな」


 再び満足げな笑みを浮かべるデルリッツの隣りでナザリオが、今度は探るような視線を俺に向けていた。

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