第476話 苦労人ジョーの護衛日誌 1

※ 居残り組の苦労人、近藤目線の話になります。


「新田、古田、行くぞ!」

「おぅ……今行く」


 まだ半分寝ぼけたような古田の声が返ってくる。


「新田も連れて来いよ!」

「うぃぃ、分かってる……」


 正直言って、俺も眠たい。

 まだシェアハウスの外は、星が瞬く夜明け前の時間だ。


「シーリア、冷えるから部屋に戻っていいぞ」

「大丈夫、ちゃんと着込んでいるし、涼しくて気持ちいいわ」

「あぁ、もう少しすれば暑いと思う時期だな」


 一緒に依頼に出掛ける鷹山を見送りに出ているシーリアさんのお腹は、目立つほどに大きくなっている。

 自分の同級生が父親になるのは何とも言えない気分だが、嫁が出来て、子供が生まれると分かってから鷹山は大きく変わった。


 リーゼンブルグに召喚された当時は、イケメンを鼻にかけたキザな野郎だと思っていたが、今や立派なイクメン予備軍だ。

 家族が出来るというのは、これほど人を変えるものなのかと感心している。


「うぇーい、悪い、悪い」

「待たせたな、行こうぜ」


 鷹山がマイホームパパへの道を突き進んでいる一方で、新旧コンビの二人はいわゆる冒険者生活一直線という感じだ。

 稼いだら、旨いものを食って酒を飲む……一応、まだ俺達は日本国籍を所有しているはずだから違法なのだが、注意したところで固いこと言うなと返されるだけだろう。


「新田、寝癖だらけじゃんかよ。今日の依頼主は上客なんだから小綺麗にしとけよ」

「えっ、あぁ、そういえば、ペデルのおっさんが、そんな事を言ってたな」

「ヴォルザード一番の商会だからな、上手く伝手が出来れば美味しい仕事が貰えるかもしれないぞ」

「だよな、達也、ちっと何とかなんねぇ……って、なんでナイフ抜いてんだよ!」

「えっ? 剃っちまえばいいかと……」

「ふざっけんな、坊主なんて女にモテなくなるだろう」

「そうか……」

「って、おいっ! だから、なんで剃ろうとしてんだよ!」

「いや、どうせ和樹はモテないだろうし、その寝癖で俺達の稼ぎが減るぐらいなら一思いに……」

「馬鹿野郎、バッケンハイムでナンパできなくなんだろう」


 さっきまで半分眠ってそうだった新旧コンビが、やけにはしゃいでいるように見えるのは、依頼の目的地がバッケンハイムだからだ。

 これまで、マールブルグまでは何度か護衛の依頼で往復したが、バッケンハイムまで足を伸ばすのは初めてだ。


 マールブルグとバッケンハイムの間にあるイロスーン大森林で魔物が増殖し、通り抜けるための街道が通行止めになっていた。

 安全に通行が出来るように、道幅を広げ、道路脇には深い堀を穿つ工事が進められていたそうだ。


 馬車で通り抜けるだけでも一日半は掛かる距離の大規模工事が、僅か四か月程度で完成した裏には俺達の同級生の存在があるらしい。

 国分の眷属が、無茶苦茶なスピードで工事を進めたおかげで、先日通行止めが解除され、バッケンハイムとの往来が可能になったそうだ。


 かつてイロスーン大森林の中にあった集落は、魔物の襲撃によって壊滅してしまい、まだ新しい集落の整備は終わっていないらしい。

 ただし、敷地の整備だけは終わっているので、野営をして通行することは可能だそうだ。


「ジョー、依頼主はオーランド商店の店主なんだよな?」

「そう聞いている。往来が出来なくなっていた取引先と直接会って今後の話をするのと、息子を学院まで連れていくそうだ」

「てことは、その息子は俺らの一つ下ってことか?」

「そうらしい。失礼なことを言うなよ鷹山。跡取り息子だってからな」

「分かってるよ、でも金持ちの息子で、バッケンハイムの学院に行くとか聞くと、嫌味なガキを想像しちまうな」

「あぁ、あり得るな……でも我慢しろよ」

「分かってる、俺より新旧コンビに釘差しておけよ」

「無駄そうだから、近付かせないようにするよ」

「あぁ、そっちの方が正解だな。俺もそうするよ」


 というか、俺だけに相手をさせるつもりかよ。

 まぁ、下手に揉められるよりはマシか……。


 マールブルグ方面に向かう北東の門に近付くほどに、旅支度をした人を多く見かけるようになる。

 こちらの世界での移動手段は、馬車か徒歩に限られる。


 道中アクシデントがあっても良いように、早く出発して、早めに宿を取るのがこちらでの旅のスタイルだ。

 そのため、門が開く前から人が集まり始めるのだ。


 門の近くの街並みには、旅人を相手にする店が並んでいて、この時間から店を開けていた。

 旅の道具を売る店、雨具や外套を売る店、保存食の店、水筒や鞄、靴などの店もある。


 城壁沿いには、旅人の胃袋目当ての屋台が並び、良い匂いを漂わせていた。

 俺達も朝食のパンを買い込み、お茶を水筒に入れてもらう。


「兄ちゃん、随分と変わった水筒だな?」

「まあな……まとめて全部でいくらになる?」

「百八十ヘルトだ……あいよ、二十ヘルトの釣りだ。毎度!」


 屋台のおっさんが珍しがるのも当然で、水筒は日本から取り寄せた真空断熱ボトルだ。

 もう暖かくなったから大丈夫だが、少し前までは折角温かいお茶を買っても、すぐに冷めてしまっていた。


 新旧コンビがちゃっかり取り寄せたのを見て、俺と鷹山も取り寄せたのだ。

 少々重たくなるが、俺達が旅をする場合は殆どが馬車の護衛だから、重さよりも保温性を重視した。


 待ち合わせの場所には、既にペデルとギリクの姿があった。

 ペデルのおっさんは一応見られた姿をしているが、ギリクはさっきまでの新田よりも酷い寝癖頭をしている。


「おはようございます、ペデルさん」

「おぅ、時間通りだな」

「はい、それは良いんですけど……」

「あぁ、おいギリク! その頭なんとかしてこい!」

「うっせぇな……どうだっていいだろう、んなもん仕事と関係ねぇ」

「馬鹿野郎、ふざけんなよ。今日は上客中の上客なんだ、これからの稼ぎに関わってくんだから、水かぶってでも何とかしてこい!」

「ちっ、うっせぇな……」


 ギリクは舌打ちしながらも、公共の水道の方へとフラフラ歩いていく。

 一時身ぎれいになったと思ったのだが、また見る度に薄汚れていっているように感じるのは、俺の気のせいではないだろう。


「オーランド商店の馬車は?」

「もう来るはずだ。店主のデルリッツさん達を乗せる箱馬車と、荷物を載せる幌馬車が二台、合計三台だからな」

「俺達は幌馬車二台の護衛ですね?」

「そうだ、なぁに、今回は大した品物は載っていないから気楽にやってくれ」


 ペデルのおっさんは、少し声を張って話しながら、俺に目配せをしてみせた。

 たぶん、言葉とは裏腹に少し値段の張る商品が載せられているのだろう。


 視線を合わせて頷き返すと、ペデルのおっさんも満足そうに頷き返してきた。


「ギリクと違って飲み込みが早くて助かるぜ」

「いえいえ、まだまだ経験不足ですから、よろしく頼みますよ」

「あぁ、今回で伝手が出来れば今後が楽になる、気を引き締めてやるぞ」

「はい」


 どうやって依頼をものにしたのかまでは聞いていないが、アラサー冒険者のペデルにとっては上客を捕まえるまたと無いチャンスだ。

 たたき上げでBランクまで上がってきたそうだが、Aランクの冒険者に上がるには飛び抜けた実績が必要なので、この先ペデルがランクアップする可能性は低い。


 ただし、たとえランクアップしなくても、金払いの良い上客を捕まえておけば稼ぎに困る心配が要らなくなる。

 上客の仕事をメインに据えて、余った時間で別の仕事を入れるとか、将来冒険者として動けなくなった場合でも、屋敷周りの仕事を紹介してもらうなどの伝手が出来る。


 俺達のような、これから冒険者の世界に深く足を踏み入れていこうとしてる者とは違って、そろそろ冒険者から足を洗うことも考えているのかもしれない。

 堅実と言うなら堅実なのだろうが、少し冒険者らしくないと感じてしまうのは、まだ俺が若僧だからなのだろう。


 五分ほどして濡れた髪を撫でつけながらギリクが戻ってきて、更に五分ほどして三台の馬車が現れた。

 ピカピカに磨きあげられた箱馬車に、オーランド商店の屋号が染め抜かれた幌馬車が二台近付いて来たのを見て冷や汗が流れた。


「ペデルさん……」

「まいったな……とは言え、今更断る訳にもいかねぇ。ジョー、腹括れ」

「はい」


 ピカピカの馬車に有名店のロゴ入りの幌馬車なんて、盗賊に金目の物を積んでいますと宣伝しているようなものだ。

 ヴォルザードで一番大きな商会の主が、そうした事情を知らないとは思えない。


 盗賊に襲われるリスクを承知の上で、俺達を試そうという魂胆なのだろう。

 ここで逃げ出せば、それっきり次の依頼を得られるチャンスは無くなる。


「とりあえず、挨拶するぞ。それに明日までは問題無いから、その間に作戦を決めておく」

「了解……」


 日頃は、しょぼくれたおっさんにしか見えないペデルだが、ちょっと引き締まって冒険者らしい顔付きになっている。

 箱馬車が止まったのを確認して、ペデルがドアに歩み寄った。


「おはようございます、護衛を担当させていただきます、ペデルです」


 ペデルのおっさんが声を掛けると、御者台から降りて来たザ・執事という雰囲気の中年男性がドアを開いた。

 キャビンから降りて来たのは、四十代ぐらいの小太りな男性で、少し額が後退した藍色の髪を綺麗に撫で付けている。


 もう一人、その中年男性をスケールダウンしたような少年が、眠そうに眼を擦りながら下りてきた。


「おはようございます、デルリッツさん。護衛を担当する者達を紹介させていただきます」

「うむ、オーランド商店のデルリッツだ。今日はよろしく頼む」

「こちらから、Cランクのギリク、後はDランクのジョー、シューイチ、タツヤ、カズキです」

「よろしくお願いします!」


 ギリクを除いた俺達四人は、予め打ち合わせておいた通りに頭を下げた。

 全員、体育会系なので挨拶だけは得意なのだ。


 デカい声で挨拶されて、眠そうにしていたデルリッツの息子は目を見開いて驚いた後で、眉間に深い皺を作ってみせた。


「息子のナザリオ、執事のギュスター、御者は前から、エウリコ、ピペト、テードロスだ」

「承りました。長旅になりますが、万全の体勢で守りますので、ご安心下さい」

「うむ、頼んだぞ」


 デルリッツ達がキャビンに戻ったところで、ペデルのおっさんが全員を集めた。


「配置を変える。先頭の箱馬車の御者台にはジョー、お前が乗れ」

「はぁ? 先頭は俺じゃねぇのかよ?」

「見ろ、ギリク。ピッカピカの馬車だ」

「それがどうしたってんだ?」

「襲って下さいと宣伝してるようなものだ」

「あっ……だったら猶更俺が……」

「盗賊が襲ってくるなら後からだ。ギリク、お前が殿を固めろ。それとも自信無いか?」

「はぁ? 誰に言ってやがる。俺がガッチリ守ってやるから安心しとけ」

「よし、タツヤ、お前がギリクとコンビを組んで三台目の馬車を守れ、二台目はシューイチとカズキだ。いいか、小さな異変も見逃すな。将来の仕事のためなんかじゃねぇぞ、生きて戻ってくるためだ。気を引き締めて掛かれ」


 いつになく厳しいペデルの言葉に、全員が頷いて持ち場に向かう。


「ジョー、盗賊連中は必ず偵察を置く、街道脇、木の上、不審な旅人……見落とすなよ」

「了解」


 ペデルに念を押されてから、箱馬車の御者台に上がった。

 御者を務めるエウリコは、五十過ぎぐらいの初老の男性だが、ガッシリとした体格の持ち主だった。


「ジョーです、よろしくお願いします」

「エウリコだ、頼むぜ、若いの」

「はい、任せて下さい」


 全員の配置が終わった頃、守備隊の隊員が巡回に来た。

 街道を行く馬車が、十分な護衛を連れているのか確かめて回っているのだ。


「箱馬車に幌馬車が二台、護衛が六人だな? ランクは?」

「Bランクが一人、Cランクが一人、残りはDランクだ」

「Dランクが四人だと……」


 対応に出たペデルの言葉を聞いて、守備隊員は表情を険しくした。


「四人のDランクは、全員ケント・コクブの友人だから大丈夫だ」

「なにぃ? ふむ、確かに黒髪黒目だな……腕は立つんだろうな?」

「単独でオークを討伐するし、五、六人でロックオーガまで倒すぞ」

「ほぅ、それほどか……良いだろう。気を付けて行けよ」

「どうも……」


 本来ならば、ランクが不足しているのだろうが、やはり国分の名前は効果がデカいようだ。

 

「お前さん達は、魔物使いの友達なのか?」

「ええ、色々と世話になってます」

「お前さんも、単独でオークを倒せるのか?」

「余程悪条件が重ならない限りは大丈夫でしょう」

「ほぉ……その歳で大したものだ」

「これも、国分のおかげなんですけどね」

「誰のおかげだろうと構わないさ。俺達にとっては、同乗している護衛の腕が立つならば、どんな過程を経て強くなったなんか関係ないさ」


 確かに、求められているのは、今この瞬間の実力だ。

 その期待を裏切らないように、無事にバッケンハイムまで護衛を成し遂げてみせよう。


 門が開いて街道に並んでいた馬車の列が動き始める。

 御者台から周りを見回してみると、いつもよりも台数が多いような気がする。


「どうかしたのか?」

「いえ、いつもよりも馬車が多いように感じるのは、やっぱりイロスーン大森林の通行ができるようになった影響ですかね?」

「だろうな。荷物の運搬はブライヒベルグ経由で行われていたが、人の往来が完全に止まってしまっていた。うちの坊ちゃんも、本来ならとっくに学院に行っていたはずだったのが、半年も伸びてしまっていたからな。商売でも、顔を会わせての商談が全く出来なかった。だからこそ、通行が再開されたタイミングで多くの者がバッケンハイムを目指すんだろうな」


 エウリコの言う通り、幌馬車に混じっている箱馬車の数が増えているように見える。

 一日でも早く、バッケンハイムに到着して、商売仇を出し抜きたいという思いがあるのだろう。


 だからといって、むやみに速度を上げて先を急ぐ者はいない。

 長い道中、馬を労わって進まねば、途中で立ち往生する羽目になる。


 オーランド商店の馬車も、軽快な蹄の音を立てながら、比較的ゆっくりとしたペースで進んでいく。

 大商会の馬車とあって、筋骨逞しい馬が引いているが、どんなに良い馬であっても足慣らしも無しで速度を上げれば、足を痛めたり、途中でバテてしまったりする。


「今日は、なんとか持ってくれそうだが……明日以降は微妙だな」

「そうですね。降っても小雨程度で済めば良いんですけどね」

「まったくだ、軽く降る程度なら埃が立たずにありがたいが、道に水が浮くほどの雨は勘弁してもらいたいな」


 エウリコが手綱を取る横で、御者台から振り返り、後続の馬車との距離を確認する。

 どうやら滑りだしは順調のようだが、空模様と同様に先行きには暗雲が垂れ込めているように感じた。

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