第475話 思い通りにならない日
シャルターン王国の王都マダリアーガから、フレッドと一緒に北に向かいました。
移動した先は、大公シスネロス・ダムスクが率いる軍勢と革命勢力との戦いの最前線です。
『早朝……大公の軍勢が攻め込んで来た……』
「ってことは、半日ちょっとで陥落したってこと?」
『たぶん……でも、落ち延びた者もいるはず……』
五十軒ほどの家が建ち並ぶ小さな集落の北側の畑は、焼き払われて踏み荒らされています。
戦闘が始まる前は、作物が人の背丈ほどに育っていたそうですが、隠れ潜む敵勢力を一掃するために、大公の軍勢が風属性の魔法で切り払い、火属性の魔法で焼き尽くしていったようです。
畑の中には、逃げ遅れたのか黒焦げになった死体や、討ち取られた死体が放置されていました。
集落の家も、殆どが屋根が焼け落ち、無事な建物は数えるほどです。
殆どの家の火は既に消えていますが、集落の中央にある大きな建物だけが燻っていました。
周囲を兵士達が取り囲み、消火を行っているのかと思いきや、廃材を放り込んだり、火属性の魔術を撃ち込んだりしています。
「何か燃やしてるのかな……?」
『たぶん、革命に協力した住人……』
「えぇぇぇ……」
フレッドの話によれば、これまでのパターンだと自主的に投降を申し出た住民であっても、武器を持って戦っていた者達は女性と子供を除いた男性や年寄は処刑されるようです。
「処刑されてから焼かれているの? まさか、建物に押し込められて火を点けられたのかな?」
『今までと同じであれば……処刑されてから焼かれているはず……』
処刑は、兵士の手で行うのではなく、投降した者に仲間を殺害させるようです。
『生きたまま焼かれて苦しみながら死ぬか……一思いに命を奪うか選べと言われる……』
「それは、ちょっと酷いんじゃない?」
『いくら敵でも、罪人でも、殺せば罪の意識に囚われる……自軍の兵士の負担を減らすため……』
合理的と言うなら合理的なんでしょうが、現代日本で育った僕から見ると非人道的だと感じてしまいます。
ただ、革命勢力も王都では国王一家を処刑して、晒しものにしていたので、因果応報なのかとも少し思ってしまいました。
「生き残りは、あそこにいる人達だけなのかな?」
『たぶん……そうだと思う……』
燻っている建物と広場を挟んで反対側に、女性と子供が集められています。
全部で6、70人ぐらいでしょうか、周囲を完全武装の兵士に取り囲まれ、怯えた表情で身を寄せ合って震えています。
「この人達は、どうなるんだろう?」
『たぶん、奴隷落ち……』
「この先、一生奴隷として過ごすことになるの?」
『たぶん……借金奴隷ではなく、戦争奴隷の扱い……』
借りたお金が返せなくなって奴隷落ちした場合は、働いてお金を返済すれば奴隷から解放されるようですが、戦争奴隷の場合には解放される事はないそうです。
「こんなやり方では、労働力が足りなくなっちゃうんじゃないの?」
『接収した土地は……入植地として使うつもり……』
冬になると雪に閉ざされるダムスク領から大規模な入植を行い、自分に従順な民衆を増やそうと考えているようです。
一度反旗を翻した者達よりも、従っていた民衆に土地を与えれば更に統治しやすくなると考えているのでしょう。
「でもさ、そんなにダムスク領って人がたくさん居るものなの?」
『分からない……』
「手柄を立てた部下に褒美として与えるとかは?」
『それは、革命勢力を排除した後かと……』
戦闘を終えた大公の軍勢は、街道の先を警戒しているものの、進軍する気配はありません。
タルラゴスやオロスコのように、積極的に投降を呼び掛けはしないものの、敗走する敵を追い詰めて殲滅するという感じではないのでしょう。
『深追いすると……戦線が間延びする……』
「ダムスク領からは、かなり南下してるんだよね?」
『二つほど……領地を取り戻してきてる……』
タルラゴスとオロスコは、自分の領地の隣に攻め込んでいる状態なので、補給路なども確保出来ているようですが、大公の軍勢は領地から離れているので物資の補給が難しくなっているのかもしれません。
「手堅く戦ってるみたいだけど、この間にタルラゴスとオロスコがどんどん領地を拡大しちゃうんじゃない?」
『可能性はある……ただ、向こうも限界はあるはず……』
「大公の軍勢は、ここの他にもう一本の街道に沿って戦いを進めてるんだよね?」
『そう、こっちは南に向かう街道……もう一本は東に向かう街道……』
北の国境から南下を続けてきたダムスク勢は、途中から南下を続ける軍勢と東に向かう軍勢に戦力を割り割く必要に迫られていました。
どちらか一方を放置すれば、最悪伸び切った戦線の横っ腹を突かれる心配があり、バランスを取りながら攻め進む形を強いられています。
タルラゴスとオロスコの軍勢は、王都から東に向かう街道をタルラゴス勢が、南を通って東に向かう街道をオロスコ勢が担当する形で戦いを進めているようです。
いくら大公として多くの軍勢を抱えていても、両面作戦を強いられれば、侵攻の遅れはやむを得ないでしょう。
しかも北の隣国に対する押さえも置いてきているので、実質三面作戦を行っているようなものです。
「革命勢力も小規模な戦闘では大公の軍勢には敵いそうもないだろうし、もっと地形とか有利な場所で大規模な戦いを進めた方が良いんじゃないのかな?」
『たぶん、自分達の土地を離れたくないのかと……』
「そうか、他から来た連中ばかりじゃないのか」
革命勢力は、中心となるメンバーの中から軍師が姿を消したままのようで、指揮系統の乱れは末端にまで影響を及ぼしているのかもしれません。
指揮系統が乱れて足並みを揃えた攻撃の出来ない革命勢力、対する大公の軍勢は兵站の確保に四苦八苦している状態。
大公ダムスクの軍勢を止めて、パパっと革命騒ぎを終わらせよう……なんて考えていましたが、そんなに簡単に事は収まりそうもありません。
革命勢力には革命勢力の主張があり、当然大公ダムスクにも言い分があるでしょう。
それぞれの言い分や実情も分からずに、どちらか一方に肩入れしても騒動を長引かせることになりそうだし、将来に禍根を残しそうです。
「フレッド、ここの領主さんはどこにいったんだろう?」
『分からない……戦列に加わってはいない気がする……』
影の中を自由に移動できるフレッドでも、全く知らない土地で、広範囲にわたって調べを進めるには限界があるようです。
これまで、バルシャニアの侵攻を食い止めたり、リーゼンブルグの内乱を収拾させたりしてきたので、ちょっと自信があったのですが、全然上手くいきそうもありません。
『情報も、準備期間も足りない……もう少し探らないと道を誤る……』
「そうだね。大公の居場所は分かる?」
『コボルト隊を付けてある……こっち……』
大公シスネロス・ダムスクは、東に向かう街道へ抜けられる間道との分岐点に陣を構えていました。
前線との伝令に馬を飛ばして、状況を収集、最前線での戦闘は部下に指揮を預けているようです。
『中央の小太りな男が大公……』
「大男って感じじゃないんだね」
身長は170センチに届いていないようですし、手足がスラっと長い訳でもありません。
年齢は40代ぐらいだと思うのですが、額がだいぶ後退してきているので、実年齢よりも老けて見えていそうです。
金属製の鎧を着込み、どっしりと椅子に腰を下ろしています。
体型だけを見ると、中年のオッサンという感じですが、机に広げた地図を眺めるギョロリとした眼差しからは圧を感じます。
『あっちの背の高い痩せた男が参謀……こっちの男は書記……』
三人とも戦場での暮らしが長引いているためか、少々旅塵に汚れているような印象はありますが、焦りや苛立ちといったものは感じられません。
シスネロスは腕組みをして地図を睨んだまま微動もせず、参謀の男も無言でそれを見守っています。
どうやら何かを待っているような気配です。
10分ほど何の動きも無く、このまま見守っていても仕方ないから移動しようかと思った時、伝令の兵士が飛び込んで来ました。
「申し上げます。レジェスの制圧が完了いたしました」
「損害は?」
「数名の軽傷者のみで、重傷者、死者ともにございません」
「よし、陣を移す。セグラの分岐まで進む」
「はっ!」
既に陣を移す準備はあらかた終わっていたようで、大公達がいた本陣も机や椅子、陣幕などを兵士が手早く片付けて馬車に積み込みました。
「出立!」
移動の準備を終えて、大公が出立の号令を下すまで、15分ほどしか掛かっていません。
隊列は整然と進軍を始め、兵士達の士気も高そうに見えます。
「ボンクラ大公かと思っていたけど、かなりのやり手じゃない?」
『国王よりも上手だと思う……』
あっさりと革命勢力に城に攻め込まれ、家族まで殺されてしまった国王に較べると、大公シスネロスは遥かに実務家という印象を受けます。
ますます僕の出番なんか無いような気がしてきました。
「フレッド、このまま大公の動向を探ってくれる? 余裕があれば敵対する革命勢力の動向も見てほしい」
『りょ……』
大公の軍勢はフレッドに監視してもらい、一旦王都マダリアーガへ戻りました。
「ラインハルト、タルラゴスの領主はどこにいるのかな?」
『先程、王城に入ってきましたが俗物に見えますな』
タルラゴスの領主、アガンソは王城の塔の上にいました。
年齢は30代後半ぐらいでしょうか、でっぷりと太っていて顎が二重になっています。
大公シスネロスは鎧姿でしたが、アガンソは平服で防具らしきものは全く身に着けていません。
ただでさえ相撲取りのような体形ですから、ここに鎧まで着込むと動けなくなってしまうのかもしれませんね。
王都で一番高い塔からは四方の風景が見渡せるようになっていて、王都の街並みや湖が一望できます。
アガンソは執事風の男と共に、王都を見下ろしながらたるんだ頬を緩めて笑い続けていました。
「ふははは、見ろ、この街並みが全て俺のものだ。直轄地も、東の領地も取り込んでやる」
「北はどうなさいますか?」
「クビレス川で陣を敷いて迎え討つ。船の支度を怠るなよ」
「心得ました」
執事風の男はアガンソに一礼すると、塔を降りて行きました。
「北って、大公の軍勢だよね?」
『そうでしょうな。おそらく、湖に流れ込むか、流れ出るかする川があるのでしょう。橋があるのか、渡し船で渡るのかは分かりませんが、天然の水堀として守るのに有利なのでしょうな』
「北への備えだけを聞いたってことは、やっぱり南のオロスコとは密約が出来ているってことかな?」
『そうでしょうな。ただ、王都をタルラゴスに独り占めされて、オロスコは黙っていますかな?』
「タルラゴスを油断させて攻め込んで来るとか?」
『十分に考えられますが、まずは革命勢力の排除を進めるのが先ですし、大公の出方次第では協力を続ける必要に迫られるでしょうな』
大公の軍勢は、自分の領地から離れた場所で戦っていますが、兵士が疲弊しているようには見えませんでした。
戦闘終了の報告に対しても、まず損害を訊ねたことからみても、着実に極力兵力を損じることなく戦いを進めようとしているみたいです。
同じ国の貴族ですから、アガンソもシスネロスの性格や戦い振りは理解しているのでしょう。
「うーん……全然簡単に解決出来そうもないよ」
『当然でしょうな。これまで我々がやってきた事は、大きな戦いが始まるのを防ぐ事でした。ですが、今回はすでに戦乱が広がっている状態です。ここまで広範囲で戦いが起こってしまうと、どこか一か所を止めたところで大勢には大きな影響を及ぼしません』
確かに、ラインハルトの言う通り、バルシャニアの侵攻を止めた時も、リーゼンブルグの内戦を止めた時も、実際の戦いが始まる前でした。
しかも、ある程度内情を探って情報を得た状態だったので、相手の出方も予測出来ていました。
『さて、いかがいたしますか、ケント様』
「このまま戦場が東に移動していくなら、無理に首を突っ込まない方が良さそうだね」
『そうですな、ランズヘルト共和国との交易に大きな影響を及ぼす地域は、このままであれば戦乱から逃れられそうですし、様子見をした方がよろしいでしょうな』
「何でも出来るつもりになって、少し調子に乗ってたみたいだよ。セラの言う通り、僕のやるべき事や進む道をもう少し見極めた方が良さそうだね」
『では、撤収なさいますか?』
「うん、基本は撤収だけど、海を挟んだ隣国だから動向だけは把握しておきたい」
それこそ、何かイレギュラーな事態が発生して、革命勢力が戦線を押し戻すような事になったら、介入も考えないといけません。
『ならば、フレッドとバステンには、引き続き状況確認をさせましょう。ヴォルザードで何か起こった時には呼び戻せばよろしいでしょう』
「うん、その体制でお願いするよ。それと、各勢力のトップの性格とかも調べておいてもらえると助かる」
『そうですな、いずれ国の代表として交渉する相手となるかもしれません。性格、行動パターン、弱みなどは握っておいた方がよろしいですな』
「弱みか……そこまでは考えてなかったけど、確かに場合によっては必要になるものね」
『ケント様が、フィーデリア姫を娶って、この国も支配してしまえば交渉など不要となりますぞ』
「いやいや、殆ど知らない国なんて支配できないし、これ以上お嫁さんを増やしたら怒られちゃうよ」
本人の希望次第ですが、フィーデリアには誰か良い人を見つけて嫁がせてあげようなんて考えましたが、まだまだ先の話ですよね。
今回、シャルターン王国の騒動に関して、僕は殆ど役に立ちませんでした。
やはり物事にあたるには、事前の下調べや準備が必要なのだと思い知らされました。
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