第474話 安息出来ない曜日

「ケント様は、どうなさりたいのですか? 今のままでは、外から掻き回しているだけではございませんか?」


 エーデリッヒとドミンゲス領との騒動に一応のケリがついた翌日、朝食の後にリビングで寛いでいたら、セラフィマからシャルターン王国の状況を訊ねられました。

 説明を終えた後でセラフィマから言われた一言に、咄嗟に返事が出来ません。


 偵察にいったシャルターン王国の王都で、偶然革命騒ぎに遭遇して、勢いでフィーデリアを助けましたが、この後どうするのかを全く考えていません。


「シャルターン王国とランズヘルト共和国の間で交易が行われている以上、戦火が広がって産業が衰退するような事態が起これば、少なからぬ影響が出ることは予想されます」

「だよね。エーデリッヒだけでなく、他の領地からも織物や陶磁器などが輸出されているんだから、いずれヴォルザードにも影響が出ると思うんだ」

「ですが、それを食い止めることがケント様の役目、仕事なのですか?」

「うっ……それは……」


 そもそも、僕の仕事って何なんでしょうね。

 Sランクの冒険者として認められていますが、冒険者というよりもランズヘルトの領主様達の使いっ走りという感じです。


「ケント様は、ヴォルザードの冒険者として、もっとヴォルザード周辺に力を注いだ方がよろしいのではありませんか?」

「うっ、確かにそうかも……すみません」


 いつになく、お姉さんモードのセラフィマに、思わず謝ってしまったら苦笑いを浮かべられました。


「ケント様、私は怒っているのではありませんよ。ケント様がシャルターン王国の騒動に関わりたいと思われるなら、それを止めるつもりはありません。ただ、今のケント様を見ていると、どこに向かわれているのか方向が定まっていないように見えます」

「うん、確かにそうだね。なんか、頼まれるままに、勢い任せに行動しちゃってる気がするよ」

「ケント様が素晴らしい能力をお持ちなのは言うまでもございませんが、これから私たちとの間には子供が生まれ、家族や屋敷で働く人達も増えていくはずです。その時に、ケント様は何をなさっている人なのかと尋ねられた時に、胸を張って口に出来る答えが欲しいです」


 そうなんです、八木じゃないけど、やる事をやれば結果が付いてきます。

 いつまでも、フラフラしていたら一家の大黒柱は務まりませんもんね。


「コンスタンさんはバルシャニアの皇帝、クラウスさんはヴォルザードの領主、僕は……やっぱりヴォルザードの冒険者でいたいかな」

「でしたら、シャルターンのことは……」

「うん、でもシャルターンの騒動にだけは、もう少し関わりたい。例え勢いで首を突っ込んだことだとしても、亡き国王様にもフィーデリアのことを頼まれたし、国が荒れ、多くの人が犠牲になるような状況は放置したくないな」

「ふふっ、ケント様は、そうおっしゃると思いました」

「セラ……?」


 ちょっとお説教モードに入っているかと思っていたセラフィマが、すっと身体を寄せて頭を預けてきました。

 ギューってしちゃおうかと思ったら、柱の影からメイサちゃんがジト目で見ています。


 こらこら、そんなところで覗き見なんてしていないで、美緒ちゃんやフィーデリアと遊んで来なさい。

 って、フィーデリアもいるんかい。


「どうしたの、メイサちゃん」

「んー……美緒がお母さんと電話してるから……」


 メイサちゃんとフィーデリアは、トランプを持ってリビングに入って来ると、僕の隣に座って擦り寄ってきました。

 なんだか、野良猫の姉妹みたいな感じですねぇ。


 折角良い雰囲気だったのに……と思ったら、セラフィマもちょっと頬を膨らませていて、これまた可愛いじゃないですか。

 やっぱりギューっとしちゃっても良いですかね。


 リビングでトランプを始めると、やがて美緒ちゃんと一緒に唯香も戻ってきて、徐々に人が増えて賑やかになりました。

 当初、シャルターンの王城とは違った生活パターンに戸惑っていたフィーデリアでしたが、みんなともだいぶ打ち解けて会話の量も増えているようにみえます。


 この調子ならば、学校に通い始めても大丈夫そうな気がします。


「リーチェ、フィーデリアの編入の件を学校に話してもらえるかな?」

「はい、もう話はしてありますから、明日からでも大丈夫ですよ」

「そうなの、ありがとう」

「ですが、ケント様、最初は時間を限って、徐々に慣らしていった方がよろしいかもしれませんよ」

「そうか……うーん、どうしよう。でも、途中で早退とかだと、逆に悪目立ちしちゃわないかな?」

「その可能性もございますが、そこは最初に事情を話しておけば大丈夫じゃありませんか? 心配でしたらば、私が付き添いますよ」

「そうだなぁ、最初の二、三日だけ様子を見てもらえる?」

「かしこまりました」


 メイサちゃんは、戦略が必要な七並べや大貧民は苦手ですが、記憶力勝負の神経衰弱は抜群の強さを発揮しました。

 アマンダさんのお店で、たくさんのお客さんの注文をさばいているからでしょうね。


 七並べで負けた時の悔しそうな顔と、神経衰弱で勝った後のドヤ顔がメイサちゃんらしくて良いです。

 そのメイサちゃんは、お昼ご飯を食べ終えたら、急に僕に抱き着いて猫みたいに頬擦りしたかと思ったら、パンパンと両手で自分の頬を叩いて表情を引き締めました。


「ミオ、あたし夕方からの仕込みを手伝うから帰るね」

「えっ、夕ご飯も食べていけば良いのに……」

「だ~め、昨日サチコに甘えちゃったから、今日は駄目、また明日ね」

「分かった、またね」


 おう、何だかちょっとだけメイサちゃんが大人になった感じですね。


「ケントもまたね」

「しょうがない……お嬢様をお宅までお送りいたしましょうかね」

「えっ……」

「ん? 嫌ならやめておく……」

「嫌じゃない! 嫌、じゃない……」


 一晩お預かりしたんですから、ちゃんとアマンダさんの所までお届けしてきましょう。

 僕の家からアマンダさんの店までは、のんびり歩いても15分程度です。


 今日は安息の日なので、表通りを歩くと少し時間が掛かるけど、裏通りを抜けていけばすぐそこって感じです。

 メイサちゃんは僕の手を握って、ニヘラって笑みを浮かべています。


 よっぽどトランプ大会が楽しかったのでしょうね。


「メイサちゃん、いつでも泊まりに来てかまわないからね」

「ホントに? ホントにいいの?」

「ただし、アマンダさんの許可を得てだよ。美緒ちゃんも、フィーデリアも、ルジェクもいるから、仲良くしてあげて」

「ふふーん、しょうがないなぁ……ケントに頼まれたら仕方ないよねぇ……」


 なんだか今日のメイサちゃんは、グネグネって感じですね。

 やっぱり同年代の友達とのお泊り会は楽しいもんね。


 夏休みにはアマンダさんも招待して、日頃の疲れを癒してもらいましょう。

 いっそ、日本の温泉旅館にでもご招待しましょうか。


 リーゼンブルグからの賠償金は全額払い終えていますから、僕が立て替えた分は銀行口座に振り込まれているはず……だよね?

 うん、ちょっと梶川さんに確認しておこう。


「おぉ、帰ってきたな、メイサ」

「ただいま、サチコ!」


 店の裏口から綿貫さんが出て来たのを見ると、メイサちゃんは僕の手を離して駆け寄って行きました。

 何やら二人でヒソヒソ、ゴニョゴニョと内緒話をしてるけど、僕の悪口じゃないでしょうね。


 メイサちゃんが元気に裏口から入っていくと、綿貫さんがチョイチョイっと手招きしてみせました。


「国分、ちゃんとメイサを可愛がってやったか?」

「当たり前だよ、可愛い妹だからね。お風呂も、ベッドも一緒だったよ」

「はっ? お前、いくらSランクのハーレム野郎でも、あの年の女の子に手を出したら駄目だろう!」

「ちょっ、人聞きの悪い事言わないでよ。手なんか出してないからね。てか、お風呂も、ベッドも、メイサちゃんが潜り込んできたんだからね」

「本当だろうな? 本当に手は出して……」

「ま・せ・ん! だいたい幼女枠はセラフィマが……ごにょごにょ……」

「まぁ、国分に限って間違いは起こさないだろうし、良く考えれば、起こったら起こったで……」

「えっ、何か言った?」


 なんでしょうね、さっきからゴニョゴニョ気になりますね。


「いや、こっちの話。てか、唯香の妹も一緒だったのか?」

「まさか、美緒ちゃんは一緒じゃないよ」

「そこは、まさか……なのか? 美緒もメイサも同い年だろう?」

「あぁ、そう言えばそうだよね。あれ、なんでだろう?」

「まぁ、国分を誘惑するには、まだメイサじゃ色気が足りないってことだな」

「うん、それは確かだねぇ……てか、メイサちゃんが色気ねぇ……ないわー」

「おうおう、メイサも前途多難だなぁ……」


 まぁ、ちょっと前までおねしょしていたぐらいだから、まだまだ色恋沙汰なんか早いでしょう。

 将来、アマンダさんの跡を継いで食堂を経営するにも、覚えなきゃいけないことは山積みだろうしね。


「そういえば、昨日の晩は、メイサちゃんの代わりに夜も店に入ってくれたんだってね」

「まぁね、メイサの歳で、毎日毎日店を手伝って、安息の曜日まで働いてるんだぜ。いくら好きでやってるんだとしても、たまには息抜きさせてやりたいじゃん」

「そうだね、日本の子供じゃ考えられないね」

「てか、国分も大概だけどな」

「まぁねぇ……」


 綿貫さんも……と言い掛けたけど、思い留まれたあたりは僕も大人じゃないかな。


『ケント様、シャルターンで動きがありました』

『了解、すぐ行く……』


 シャルターン王国の偵察を頼んでいたバステンが呼びに来たということは、王都の状況でしょうかね。


「さて、僕も野暮用が出来たみたいなんで、出かけてくるよ」

「おうおう、国分も働き者だな」

「綿貫さんも無理しないでね」

「分かってるよ」

「じゃあ……」


 影に潜って、バステンを目印に移動した先は、やはりシャルターン王国の王都マダリアーガでした。

 王城の中には、揃いの鎧に身を固めた兵士達の姿があります。


「バステン、この兵士達は西の勢力かな?」

『そうです。タルラゴス領の兵士達が革命勢力を追い出して、王城を取り戻したところです』

「でも、ぱっと見た感じだけど、そんなに大きな戦いがあったようには見えないんだけど……」

『その通りです。タルラゴス勢は、城の東側に退路を開けて投降を呼び掛け、それに応じた革命勢力は東に落ち延びていった形です』


 バステンの話によれば、城の近くまで押し出す間に散発的な戦闘はあったものの、双方が血みどろになるようなものではなかったそうです。


「革命勢力は、随分と簡単に城を明け渡したんだね」

『一つは、城にあった財宝の類は、既に東の領地に向けて運び出してあり、籠城する意味がありませんでした。もう一つ、寄せ手のタルラゴス勢は、このまま籠城を続ければ、オロスコ、ダムスクの両陣営が駆けつけ、東に落ち伸びる退路も断たれると警告したからでしょう」

「なるほど、守る価値の無い城に、退路を断たれ、援軍の期待が持てない状況で立て籠もるなんて、殺してくれと言ってるようなもんだね」

『その通りですが、状況を利用した上手い説得だと思います』


 革命勢力の抵抗があれば、どう転ぶか分からなかったのですが、無抵抗だった場合の予想通りタルラゴス勢が王城を取り戻して占拠しました。


「問題は、このあとタルラゴス勢がどう動くかだね?」

『はい、既に大公ダムスク、南のオロスコ勢、双方に向けて使者が送られたようです』

「その内容は?」

『申し訳ございません。使者の出立は確認しましたが、口上までは……』

「ううん、使者が送られたと分かっただけでも十分だよ。少なくとも、タルラゴス勢は、自分達が王城を取り戻したと宣伝したことだけは確かだもんね」


 王城を取り戻したタルラゴスの兵士を観察していると、次々に物資が運び込まれ、兵士達が持ち場の整備をしているように見えます。


「ラインハルト、この動きはどう見える?」

『そうですな、籠城する……というよりも、自分達の城として整備を進めているように感じますな』

「ということは、タルラゴスが次の王であると主張するつもりなのかな?」

『確証はありませんが、城の東側に陣を築いているので、大公の軍勢に対しては備えているような気がしますな』

「他の勢力は、あとどのぐらいの距離にいるのかな?」

『南のオロスコ……あと2、3日で着く……』

「大公の勢力は?」

『たぶん……まだ5日以上かかると思う……』


 コクリナの諜報活動を終えたフレッドは、バステンと協力しながら三つの勢力を調べていたようです。


『たぶん……オロスコとは密約がされている……』

「えっ……って、驚くことじゃないか。これまでも隣り合う領地同士で交流はあったんだろうね」

『そう、頻繁に書簡を交わしている……』


 どうやら、タルラゴス家とオロスコ家は、共同戦線を敷いて革命勢力の撃退を行っているのでしょう。


「だとしたら、オロスコ勢は王都に向かわずに、東に向かって進んだりする可能性はあるのかな?」

『密約しだい……可能性としては、ある……』

「これは、大公の出方次第で、革命騒ぎは案外早く収まるんじゃない?」

『あり得る……タルラゴス、オロスコは戦巧者……』


 フレッドが調べた所によると、両陣営共に、基本的には投降を呼び掛けるスタイルだそうです。


『武器の放棄……首謀者の引き渡しを求める……』


 他の者達に対しては、騙されて革命の戦力に引き入れられてしまっただけだと、特段の罪に問わず地元に戻れと説得するそうです。


「それって、革命勢力の中で革命起こせって言ってるようなものじゃない?」

『そう、武器と指揮系統を奪われる……』


 戦いが長引けば、それだけ水害からの復興が遅れるぞ……畑が荒れれば収穫が減り、貧しい者は更に貧しくなるぞ……。

 革命勢力の中に大きな割合を占める貧しい農民にとって、これほどの脅し文句は無いでしょう。


 その上、あくまでも抵抗する姿勢を見せた場合には、統率の取れた兵士達によって、完膚なきまでに叩き潰される。

 武力を見せつけられた上で、帰って畑を耕せ、苗や種は融通してやる、水害の復興にも手を貸す……と言われてしまえば、抵抗する気力が続くはずもありません。


「北側の大公の勢力はどんな感じ?」

『あちらは……徹底的に殲滅してる……』


 大公ダムスクの勢力が王都への到着が遅れている理由は、単に地理や距離の問題だけでなく、革命勢力への対処法の違いでもあるようです。

 とにかく、革命に参加した者達は容赦なく討伐するという姿勢で臨んでいるらしく、革命勢力に加わった者達は玉砕覚悟の戦いを挑んでいるようです。


 勿論、元農民が本職の兵士に敵うはずもないのでしょうが、許されず、処刑される運命だとすれば、それこそ命懸けの戦いを挑んでくるはすです。


「何だか、革命勢力の駆逐が終わった後の方が揉めそうな気がしてきたよ。その感じだと、タルラゴスやオロスコと全面戦争になってもおかしくなさそうだよね」


 バステンには、引き続きタルラゴスとオロスコの前線での戦いぶり、フレッドには、大公ダムスク勢の前線の様子を、そしてラインハルトに、この王城の様子を偵察してもらう事にしました。


 さて、セラフィマに関わると宣言したのですから、シャルターン王国の内戦をさっさと終わらせましょう。

 まずは、大公ダムスク勢による、革命勢力の徹底討伐から何とかしますかね。

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