第473話 海賊騒ぎの結末

 安息の曜日の前日、美緒ちゃんにメイサちゃんをお泊まりに誘ってもらいました。

 心の安定を取り戻したフィーデリアに、美緒ちゃん以外の同年代の女の子と接してもらおうと思ったからです。


 毎日アマンダさんの店で看板娘として接客にあたっているから、初対面の人にも物怖じしないのがメイサちゃんの良いところです。

 フィーデリアとも、最初こそ少しぎこちなかったけれど、トランプで一緒に遊び始めてからは打ち解けています。


 この調子ならば、フィーデリアが学校に通えるようになる日は、思っていたよりも早いかもしれませんね。


『ケント様……エドベリ達がドミンゲス侯爵の屋敷に入る……』

『分かった、会談の様子は撮影しておいて』

『りょ……』


 夕食の後はお嫁さん達も加えて、みんなとトランプ大会を楽しみたかったのに、僕だけ働かなきゃいけないんですね。


「マノン、ちょっと動きがあったみたいだから出掛けてくる」

「気を付けてね」

「みんなにも言っておいて」

「うん、分かった」


 影に潜って向かった先は、コクリナではなくジョベートです。

 エーデリッヒの領主アルナートさんは、書斎の机に向かっていました。


 事前に打合せをして、アルナートさんには連絡が取れるようにコボルト隊を付けてあります。


「こんばんは、アルナートさん」

「ケント・コクブか、動いたのか?」

「はい、沿岸警備隊のエドベリが、ドミンゲス侯爵の屋敷に入りました」

「よし、では打合せ通りに準備を進めよう」

「中庭で良いのですね?」

「そうだ」

「後で、僕の眷属が顔を出すと思いますが、驚かないようにお願いします」

「了解だ」

「では、後程……」


 コクリナに向かう前に、ジョベートの館の中庭を確認しておきます。

 建物に囲まれた中庭はテニスコート二面ぐらいの広さで、綺麗に刈られた芝生の上には、篝火を焚く準備がされています。


 これだけの広さが有れば大丈夫でしょう。

 ではでは、コクリナの郊外にあるドミンゲス侯爵の屋敷に向かいましょう。


「フレッド、こっちはどんな感じ?」

『企みに加わった連中が……集まって報告をしてる……』


 応接間に顔を揃えているのは、屋敷の主であるメッサーラ・ドミンゲス侯爵、コクリナの町長セブーリ、ギルドマスターのモンタニュス、それに沿岸警備隊の隊長エドベリの四人ですが、めっちゃピリピリしてますねぇ……。


「それで、ジョベートの港にも入れずに、すごすごと戻って来たのか?」

「いや、入れないも何も、港の入口に堤防が築かれていて入り様が無かったんですよ」


 ドミンゲス侯爵に叱責されて、エドベリがジョベートの様子を説明しても、信じてもらえないようです。


「馬鹿なことを言うな。それではジョベートの連中は、海賊共から話を聞き出した後で、港の入り口を封鎖したことになるだろうが、五日やそこらで工事が終わる訳ないだろう」

「セブーリの旦那、それじゃあ俺が嘘をついてるとでも言うつもりか?」

「嘘じゃないなら、どうやってそんな短期間に堤防が築けるというんだ!」

「そんな事は知りませんよ! 俺が工事をやった訳じゃねぇ! 嘘だとぬかすなら、自分で行って確かめて来い!」

「いい加減にしろ、仲間割れをしてる場合か!」


 侯爵に怒鳴りつけられて、エドベリは口をつぐんだが不満げな表情を隠そうともしていません。

 一方のセブーリは、額に汗をにじませながら貧乏ゆすりを続けています。


 このセブーリが一連の襲撃の首謀者という話ですから、計画が頓挫すれば全ての責任を被ることになるのでしょう。

 町長の椅子に座ったは良いが、あっという間に転げ落ちて、ついでに首まで転げ落ちそうになってるんじゃないですかね。


「エドベリ、ジョベートの連中は何と言ってきたのだ?」

「はい、襲撃された借りに利子を付けて賠償金を要求すると言っていました」


 ドミンゲス侯爵の問いにエドベリは落ち着いた口調で答えましたが、直後にセブーリがヒステリックな声を上げました。


「ふざけるな! 何の証拠があると言うんだ!」

「証拠は、これから整えると言ってましたよ」

「はははは、それみろ、証拠も無しに賠償金の請求をしてきたところで、突っぱねれば良いだけだ」

「ですが、セブーリの旦那、奴らクアデールの港のことも気付いてましたぜ」

「なにぃ? なぜだ、オレーゴにはクアデールとの関りは話していないぞ」

「さぁ、どこから仕入れたのか知りませんが、俺らが海賊を討伐した上で物資を提供して恩を売り、コクリナの港の永続使用契約を結ぶところまで、全部知っていやがりましたぜ」

「なんだと……」


 絶句したセブーリに、ドミンゲス侯爵が追い詰めるように質問しました。


「どういうことだ、セブーリ。なぜ、我々一部の者しか知らない計画が漏れているんだ」

「そ、それは……」

「侯爵様、おそらくケントという冒険者の仕業だと思われます」

「ケントだと? シーサーペントの献上を拒んだ奴か?」

「たぶん、そいつです。俺達がジョベートを離れる際も、肝が冷えるような咆哮と一発で船を包み込みそうな巨大な炎弾で脅しを掛けてきやがりました」

「咆哮? 炎弾? 奴は闇属性の術士ではないのか?」

「さぁ、何をやったのかは分かりませんが、感じとしては強力な魔物でも使役しているみたいでした」


 エドベリがジョベートを離れる時の様子を話すと、またセブーリは嘘をつくなと喚き散らした。

 当然エドベリが反発して、また侯爵に窘められて2人とも口をつぐんだ。


 ドミンゲス侯爵は腕を組んで目を瞑り、暫く考えた後でセブーリに視線を向けた。


「セブーリ、ジョベートの連中に計画がバレた時には、知らぬ存ぜぬで通すのだったな?」

「は、はい……バレたところで海賊の命乞いだと突っぱねれば……」

「それは、ジョベートを占拠するという偽の計画がバレた時の話であろう。本来の目的である、クアデールでなくコクリナを寄港地として永続使用させるための契約を結ぶという計画が露見した場合はどうするつもりだ? 自分達の街が襲撃されたと知れば、船乗りどもがクアデールの港が出来た後もコクリナを使うと思うのか?」

「そ、それは……」


 ドミンゲス侯爵に問い詰められ、セブーリは貧乏揺すりどころかブルブルと震え始めています。


「ゴロツキ共に船を与え、武器や食糧まで融通してやって、この有様か……将来への投資とか言っていたが、どれだけ負債を増やしたのだ?」

「ま、まだ挽回のチャンスは……」

「それはいつだ? ジョベートの連中が乗り込んで来た時か?」

「そうでございます。計画など、全ては海賊共の戯言と……」

「納得させて、賠償金も支払わず、今後もコクリナを寄港地として使ってもらえるのだな? 良いだろう、ジョベートの連中との交渉は全てお前に任せる。賠償金は一切支払わず、コクリナの永続使用契約を取り交わしてみせろ。それまで、お前の首を斬り落とすのは待ってやる。逃げれるなんて思うなよ」


 セブーリは、返事をすることすら忘れて、ガックリと肩を落としています。

 今までの会話は全て録画しましたし、そろそろ潮時のようですから、計画を進めましょう。


「ラインハルト、準備は良い?」

『いつでもよろしいですぞ』

「ではでは、送還!」


 ドミンゲス侯爵達が話を進めている間に、ラインハルトが指示を出して、ジョベートの館の中庭にマルト、ミルト、ムルト、サヘルを配置しておきました。

 マルト達を目印にして、ドミンゲス侯爵達をジョベートにご招待という訳です。


「な、なんだ! どこだここは!」

「久しいな、メッサーラ・ドミンゲス侯爵」

「アルナート・エーデリッヒ……まさか」

「そのまさか、ここはジョベートにある私の館だ」


 ドミンゲス侯爵達を送還した中庭は、総勢20人以上の完全武装の守備隊員によって取り囲まれています。

 篝火に照らされた金属鎧は、輝きと影によって迫力が増して見えます。


 4人のうち、エドベリはある程度戦えるとしても、残りの3人は戦闘など無理そうですし、まさに袋のネズミ、万事休すです。


「ケント・コクブの魔道具によってこちらに筒抜けになっていたとも知らず、内幕を暴露してくれるとは、随分と親切ではないか」

「さて、何の話かな……」


 コクリナの屋敷での会話は、SIM入りのタブレットをアルナートさんに渡して、中継画像として見てもらっていました。

 そうとも知らず、ドミンゲス侯爵は多少顔を引き攣らせつつもシラを切ってみせますが、この状況では通用しませんよね。


「メッサーラ、謝罪も賠償も無しで、無事にコクリナに帰れると思っているのか?」

「他国の貴族を拉致して脅すなど……許されると思っているのか!」

「あぁ、思っているぞ。殺して魚の餌にしてしまえば、貴様らが居たという痕跡すら残らんからな」


 アルナートさんが笑みすら浮かべて口にした言葉を聞いて、セブーリとモンタニュスは震え上がりました。

 エドベリは顏も動かさず、目線だけを動かして周囲の状況を確かめていましたが、脱出は無理だと判断したのか、腕組みをしてアルナートさんとドミンゲス侯爵の会話を見守っています。


「何が望みだ?」

「公式な謝罪と賠償金として4億ヘルト相当の金塊」

「4億ヘルトだと! そんな高額な金は用意できる訳がなかろう!」

「いくらなら用意できる?」

「2億ヘルト相当ならば……」

「ならば、2億ヘルト分の金塊を一括で、残りは5年掛けて毎年4千万ヘルト相当の金塊を支払え」

「毎年4千万ヘルトだと……」

「賠償金を支払っているうちは、ジョベートから出る船の7割にコクリナを使わせよう。支払いが滞れば、全ての船がクアデールに流れると思え」

「ぬぅ……」


 ドミンゲス侯爵は、奥歯を噛みしめながらアルナートさんと睨み合っていましたが、舌打ちを洩らした後で白旗を揚げました。


「ちっ、いいだろう、その条件飲んでやる」

「ふん、勘違いするなよメッサーラ、生かすも殺すも我々次第だということを忘れるな。それと、またふざけた真似をするならば、次は警告無しに海峡の真ん中に放り出してやる」


 ジョベートからコクリナまで、船で渡るのに1週間はかかる海峡の真ん中に放り出されたら、余程の強運の持ち主でなければ魚の餌にまっしぐらコースです。

 しかも、攻撃を仕掛ける僕は、いつ、どこから襲い掛かってくるのか全く捕捉出来ないのですから、ドミンゲス侯爵達からすれば悪夢みたいな存在でしょう。


 ドミンゲス侯爵は、アルナートさんが予め準備していた文書に署名を行い、一連の海賊騒動は一応の解決となりました。


「アルナート、ケント・コクブはどこにいる?」

「心配せずとも影の中から見守っているぞ」

「この期に及んでも覗き見か……悪趣味だな」

「ふん、何とでも言え。切り札は、簡単に見せたりはせぬものだ」


 今回、僕は影の中から全てを行い、表には出ない予定です。

 その方が、ドミンゲス侯爵に警戒心を抱かせ、今後の関係を優位に進められるという思惑があるからです。


「アルナート、今回の文書はシャルターン王国の他の貴族やランズヘルトの他の領主には公開するな」

「イグレシアに弱みを握られたくないか?」

「当然だろう」

「逆に、弱みがあると思わせて油断させた方が良いのではないのか?」

「いいや、油断するような奴ではないからな」

「ふむ……まぁいい、手打ちをしたことだけ伝えて、細かい条件は秘匿するとしよう」

「覗き見している連中にも言っておけよ」

「いいだろう。そういう事だから、クラウスには洩らすなよ」


 アルナートさんは、虚空にむかって指をさして言い放ちましたが、僕がいるのはまるっきり逆方向なんですけどね。

 文書への署名が終わったら、4人を先にコクリナまで送還術で送り届けました。


 応接テーブルとソファーは、別途コボルト隊が影移動を使って運びます。

 ドミンゲス侯爵の屋敷は、4人が忽然と姿を消していたので、蜂の巣を突いたような大騒ぎになっていました。


 応接室には引っ切りなしに人が出入りしているので、人気の無い庭に4人を送還しました。


「ここは……庭か」

「本当に一瞬で戻って来られたのか」


 ドミンゲス侯爵とエドベリは、周囲の状況や自分の状態などを確かめていましたが、セブーリとモンタニュスは、ジリジリと後退りを始めていました。


「どこに行くつもりだ、セブーリ!」

「ひぃ、どうか命ばかりはお助け下さい」


 ドミンゲス侯爵に呼び止められたセブーリは、這いつくばって許しを請い始めました。


「貴様の下らない思い付きで、船三艘を無駄にして4億ヘルトの金塊を支払わねばならなくなった。どう責任を取るつもりだ?」

「ですが、侯爵様も計画には賛同して下さったではありませんか」

「賛同したのは成功する計画だ。失敗した計画に賛同した覚えはない。エドベリ、こいつらを捕らえておけ」

「はい、了解です……」

「待て、エドベリ。私は……」

「セブーリの旦那、こういう時はジタバタしない方が良いですぜ」

「くっ……」


 侯爵達が戻ったことに気付いた使用人達が集まって来る中、セブーリとモンタニュスはエドベリに連行されていきました。

 何があったのかと尋ねてくる使用人達を仕事に戻らせると、ドミンゲス侯爵は自室に向かいました。


 侯爵は廊下に誰もいないことを確認してから、書庫に隣接する書斎に入ると、更に背後を気にした後で苦笑いを浮かべると、奥の書棚から分厚い本を抜き取りました。

 ポケットから鍵を取り出した侯爵が、本に隠れていた鍵穴に差し込んで捻ると、カチャっと小さな金属音が響き、スライドした書棚の奥に隠し部屋への入り口が現れました。


「しまった……」

『どうなされました、ケント様』

「うちに隠し部屋を作るのを忘れちゃったよ」

『ぶははは、なんならこれから作りますか?』

「いや、お嫁さん達に内緒の部屋を作っておきたかったんだけどね……」

『ケント様には、影の空間という隠し部屋がございますぞ』

「うん、そうなんだけど……あんな感じの仕掛けに憧れるんだよねぇ……」


 ドミンゲス侯爵の隠し部屋には、屋敷の外へと通じる隠し通路まで作られているようです。

 いいよねぇ……この秘密基地感は羨ましい。


 隠し部屋に入ったドミンゲス侯爵は、更に部屋の奥にある壁に掛かった絵の裏側の鍵を開け、更なる隠し部屋に入りました。

 三畳ほどの小さな部屋には棚が設えてあり、金塊や宝石の類が保管されています。


「ケント・コクブ、どこからか覗いておるのだろう。この一山が一億ヘルトに相当する、この二山を運んでアルナートの署名が入った受取証を持って来ておけ」


 ドミンゲス侯爵は苦々しげに言い捨てると、隠し部屋を出て施錠し、書斎へと戻って行きました。

 ではでは、運びますかね。


 コボルト隊に手伝ってもらい、ジョベートの領主の館に金塊を運び、アルナートさんに確認してもらいました。


「確かに受け取った……あのメッサーラが大人しく払うとは思っていなかった」

「でも、まだ半分ですからね。残りを毎年納めますかね?」

「納めるさ、コクリナの港からの収益が無くなればドミンゲス領は干上がる。払うしかないし、払わないなら強制的に取り立てるだけだ」

「それって、僕に盗んで来いってことですよね?」

「人聞きの悪いことを言うな、取り立てだ、取り立て」

「物は言い様ですね」


 ドミンゲス侯爵から取り立てた金塊の十分の一を、一連の騒動に関わる指名依頼料として受け取りました。

 あとは、アルナートさんの受取証を隠し部屋まで運べば、ひとまず海賊騒動は幕引きです。


 あーぁ……トランプ大会、僕も参加したかったなぁ。

 ヴォルザードに戻って、コボルト隊のみんなとお風呂にでも入りますかね。

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