第469話 葬送
夕食後にヴォルザードを出て、シャルターン王国の王都マダリアーガに出向くと、時差の関係で街は一部の賑わいを除いて寝静まっていました。
国王を始めとする王族たちの遺体が晒された階段の周囲には、いくつもの篝火が焚かれて闇を照らしています。
見張りの姿はあるものの、近付く者の気配はまるでなく、辺りには篝火の爆ぜる音しか聞こえません。
不揃いな防具に身を包んだ見張り達は、お世辞にも屈強とは言い難い少々頼りない体格の者が殆どです。
たぶん、王族の遺体は奪われても構わないと判断し、適当な人物が見張りを押し付けられているのでしょう。
階段を背にして立っていますが、時折チラチラと背後に視線を向けています。
「よぅ、交代はまだかな?」
「早くしてもらいてぇよな……」
「呪われたりしねぇよな?」
「馬鹿、余計なこと言うんじゃねぇよ」
「でもよぉ、王女が一人消えたんだろう?」
「人間が消える訳ねぇだろう。どうせ誰かがヘマして逃げられただけだ」
「だよなぁ……人間が消え……」
話しながら背後に視線を向けた男は、目を見開くと動きを止めました。
「おい、どうした。何を見て……」
問い掛けた男も、背後に視線を向けた途端言葉を失いました。
ほんのさっきまで打ち捨てられていた遺体が、忽然と消え失せているからです。
「う、うぁぁぁぁ……祟りだ、王家の祟りだぁ!」
「もう嫌だ、俺は降りるぞ」
「俺もだ。革命なんて最初から乗り気じゃなかったんだ」
王族の遺体を見張っていた者達は、武器や防具を放り出しながら転げるように逃げて行きます。
ラインハルト達にもう一押ししてもらった方が……と思っていましたが、どうやら必要無さそうです。
それに、クラウスさんが言っていた通り、僕の存在を悟られるような行為は慎んだ方が良いのでしょう。
勿論、遺体が瞬時に消えたのは、僕が送還術を使ったからです。
国王、王妃、王子、王女……総勢17人の王族は、魔の森の特訓場へ送還しました。
特訓場には、岩を切り出して組み上げた仮設の祭壇を設けてありますが、安置する前に遺体を整えます。
首に刺さっている槍を抜き、お湯とタオルで顔の汚れを落として髪を梳かし、見開いたままになっていた瞼を閉じました。
人間の遺体を扱うのは初めてですし、それも斧で切り落とされた生首ですから、正直に言って気持ち悪いと感じています。
それでも、無念の思いを遺して亡くなった方々が、少しでも心安らかに旅立てるように祈りつつ手を動かし続けました。
遺体の中には、フィーデリア姫よりも幼い子もいて、こんな幼い子供に何の罪があるのかと憤りを感じてしまいます。
祭壇には、コボルト隊が摘んできてくれた野の花が敷き詰められていて、その上に遺体を安置していきました。
ただ、首と身体の組み合わせが分からないので、服装を整えた胴体を並べ、その頭の位置に首をまとめて安置しました。
『異国の魔術士殿……心遣いに感謝する』
頭に響いてきた声に促されて視線を上げると、祭壇の脇に中年の男女が佇んでいました。
薄っすらと透けて見えるのは、霊体だからでしょう。
「シャルターン国王ご夫妻とお見受けいたします。僕はランズヘルト共和国、ヴォルザード所属の冒険者ケント・コクブと申します。ここは、ランズヘルト共和国とリーゼンブルグ王国の境にある魔の森と呼ばれる森の中です」
『なんと、海を越えたランズヘルトの西の果てとは……いかようにして我らを運んだのだ?』
「送還術を用いました。本来ならば、シャルターン国内で葬儀を執り行うべきだと思いますが、ご遺体が忽然と消えた方が革命を起こした連中にとっては厄介だと思い、こちらへと運ばせていただきました」
『送還術……そのような魔術はお伽話にしか存在しないと思っていたが……』
『あの……娘は、フィーデリアは?』
心配のあまり我慢できなかったのでしょう、国王の言葉を遮るようにして王妃が尋ねてきました。
「僕の家でお預かりさせていただいています」
『それでは、フィーデリアは無事なのですね?』
「はい、お体には何の問題もございませんが、あまりにも衝撃が大きすぎたのか、心を閉ざしてしまわれています」
フィーデリア姫の様子を伝えると、王妃は表情を曇らせ、国王は憤怒の表情を浮かべてみせました。
『おのれ……痴れ者共め、孫子の代まで祟ってくれようぞ』
「国王様、僕は魔術を使ってシャルターン王国を見て回っている途中で、たまたまあの現場に遭遇したので革命の経緯を全く把握できておりません。よろしければ、王城が陥落するまでの様子を教えていただけませんか?」
『ふむ、そうであったか……事の起こりは昨年春の水害からだ……』
革命の切っ掛けは、アルナートさんが予測した通り、二度に渡る東部での水害だったようです。
とは言っても、王家が何も行わなかった訳ではなく、年貢の取り立ての免除や生活再建が行えるように、水害が起こった地域を領地とする貴族に対して支援を行ったそうです。
『二度の水害に対しては、単純に金を配るだけでは餓死者を出しかねないので、隣国エスラドリャから穀物の買い付けも指示した。王城の金蔵には平時の5分の1も金は残っていないはずだ』
「それだけの手配をなさったのならば、革命など起きなかったのでは?」
『水害の規模が大きすぎたのかもしれぬ、手配はしたが餓死者が出てしまったようだ……』
困窮した地域に端を発した革命の動きは、枯れ野に火を放つがごとく広がり、王都にまで達したそうです。
『思えば、シャルターンでは百年以上大きな戦乱は起こっていない。騎士達も魔物相手の戦いはしても、領民との戦い方など考えてもいなかったのであろう』
平和ボケなんて言葉は日本だけのものかと思いきや、こちらの世界にも安穏と暮らしている人達がいたようです。
話をしている間に、国王は落ち着きを取り戻すと同時に、悄然と肩を落としました。
『いかに平時とは言えども、国難に対する備えが足りなかったのであろうな』
民衆が蜂起したという話を耳にしても、地方の領主が抑え込むであろう……王都まで押しかける事にはならないだろう……という思いがあったようです。
『ケント様、支度が整いました』
「ありがとう」
僕が国王と話をしている間に、ラインハルト達が葬儀の支度を終わらせてくれました。
「これから、ご遺体を荼毘に付したいと思いますが、遺骨はどうされますか?」
『手間を掛けることになるが、王都の湖に撒いてもらえぬか。せめて、故郷の地へと戻りたい』
「かしこまりました。フィーデリア姫への伝言はいかがいたしますか?」
『そうだな……守ってやれずにすまない、思うがままに生きよと……それと、愛していると伝えてくれ』
「はい、必ずお伝えいたします」
『ケント・コクブ殿、娘を……頼む」
「はい」
シャルターン王族の遺体は、ラインハルトとフラムの火属性魔術によって荼毘に付しました。
国王夫妻は炎の中から現れた家族と共に、天へと昇っていきました。
『ケント様、フィーデリア姫はいかがいたすおつもりですか?』
「とりあえずは、心の健康を取り戻すことからだよね。その後は、本人の希望を聞いてみてだね」
『奥方の一人に加えるおつもりは?』
「無いよ。まだ話もしたことも無いのに考えられないよ。それより、今は革命がどうなるかだよ」
『国王の話を聞いて、ますます不可解になりましたな』
「うん、王家として相当な支援も行っていたみたいなのに、そんなに水害の規模が大きかったのかな?」
『さて、シャルターン王家にどれほどの財力があって、どれほどの規模の水害が起こっていたかによりますな。ですが、普通の国であれば、国庫の8割を注ぎ込めば大概の問題は解決できると思いますぞ』
「とりあえず、遺骨を湖へと運ぼうか……」
冷えるのを待って集めた遺骨は、砕いてシャルターン王都の湖に散骨しました。
散骨を終えたところで、王都の南と西の偵察から戻ってきたゼータ達から報告を聞きました。
それによれば、南も西も殆ど戦乱は広がっておらず、東から進んできた革命勢力は王都で止まっているようです。
「なーんか変だよね。革命っていうと、もっと国全体にわーっと広がるイメージなんだけど、王家を倒したら満足しちゃった感じじゃない?」
『そうですな。王家の打倒を目標に掲げてきたのであれば考えられる状況ですが、それにしてももっと周辺地域への飛び火があってしかるべきでしょうな』
ともあれ、情報が集まらないことには何も判断が出来ないので、時間も遅くなったからヴォルザードに戻ろうと考えていたら、フレッドが戻ってきました。
『ケント様、革命勢力の様子が変……』
「どんな感じに変なの?」
『中心人物の一人が……姿を消したらしい……』
フレッドが調べたところによると、革命勢力の中心人物の中でも軍師的な役割を担っていたルシアーノという男が姿を消したようです。
「軍師が居なくなったのは、王都以外の領地を攻めに行ったとかじゃないの?」
『違うらしい……他の者に何も言わずに消えた……』
これまでにもルシアーノは、中心メンバーと別行動をする事があったそうですが、そうした時には行き先を告げていったそうです。
それが今回は、何も言わずに姿を消してしまったらしいです。
『王族が処刑場へと連れていかれる時に……自分は城で書類を調べると言って残ったらしい……』
「王家に味方する者に殺された……とか?」
『それなりに腕が立ったみたい……』
「書類はどうなったんだろう?」
『確保した……調べれば、状況が分析できる……』
城の中は革命勢力によって荒らされていたそうですが、書類や記録を納めた書庫は殆ど手付かずの状態だったそうです。
国の運営に関わるほぼ全ての情報を、フレッドは書棚ごと持ち出していました。
「うわっ、これ持ち出されたら、これから国の舵取りをする連中は困るんじゃないの?」
『たぶん、凄く困る……でも、自業自得……』
「まぁ、そうなんだけど、最終的に負担を強いられるのは力の弱い国民になってしまうから、必要ならば返却してあげよう」
『りょ……』
フレッドが書類をざっと眺めてみた印象では、やはり王家からは多くの支援金が配られていたようです。
『ただし……ちゃんと届いたかは不明……』
「えっ、支援金をネコババした奴がいるとか?」
『その可能性が高い……それぐらい多額の支援がされている……』
死者の言葉を疑っていた訳ではありませんが、これで国王の言葉が裏付けられた気がします。
となると、どこで支援は滞ったのか、誰が自分の懐を暖めたのか……。
「当たり前の話だけど、革命の原因なんて簡単には分からないもんだね」
『もっと単純な場合もあるはず……でも、シャルターン王国は複雑そう……』
軍師役のルシアーノが抜けた後の革命勢力は、フレッドにはとても頼りなく見えたそうです。
作戦の大枠も、民衆に対するアピールも、殆どがルシアーノの指示で行われてきたらしく、残った連中だけでは今後の方針すら決められないようです。
「それって、実質的にルシアーノが革命を主導してきたってことだよね? 何で今になって姿を消す必要があるんだろう。何か悪い企みをしていたならば、これからが稼ぎ時だと思うのに……」
『思っていたよりも金が無かった……もしくは、王家を倒すのが目的だった……』
「その二つの内のどちらかだとしたら、後者の方が理由としてはシックリするよね」
『でも、簡単に革命が成功する程度の警備なら……直接襲撃しても成功したのでは……?』
「なるほど……革命とか面倒を掛けなくても襲撃すれば済んだのか……」
情報が手に入れば、革命の全貌が明らかになっていくと思っていましたが、今のところは情報が増えた分だけ混乱している感じです。
とりあえず、ドミンゲス侯爵領へすぐさま飛び火する可能性は低くなったので、交渉の複雑化は回避できそうです。
ただし、シャルターン王国が不安定になっている事には変わりはなく、今後の動きには注意が必要でしょう。
フレッドには、引き続き調査を頼んで、ヴォルザードへと戻りました。
一夜が明けて、いつもの時間に起こしてもらったのですが、昨晩遅くまで活動していたので少々眠たいですね。
食事は極力屋敷にいる者、全員が集まって食べる……なんて自分で言い出した手前、起きない訳にはいかないんですよね。
食堂に向かう前に、フィーデリア姫の様子を見に行くと、マルツェラが着替えさせたところでした。
「おはよう、マルツェラ」
「おはようございます、旦那様」
「フィーデリアの様子はどう?」
「顔色は少し良くなった気がしますが、相変わらずで……」
「ここに来てから何か食べた?」
「いえ、水を少し飲んだだけです」
昨日、入浴させた後で少し水を飲んだ以外は、反応らしい反応も示していないようです。
「食堂に連れて行ってみようか、一度に大勢の人に会うとショックを受けるかもしれないけど、全く反応が無い状況で何も口にしなかったら衰弱しちゃうからね」
「分かりました」
フィーデリアは、マルツェラに促されるとベッドから立ち上がって、自分の足で歩き始めましたが、足取りは雲を踏んでいるかのようです。
僕が横を歩いているので、廊下のあちこちからコボルト隊が寄って来たり、ゼータ達が鼻面を寄せてきたりしますが、フィーデリアの瞳には映っていないようです。
階段を下りて、食堂へと近付いていくと、賑やかな声が聞こえてきました。
どうやら今朝も話題の中心は、ルジェクと美緒ちゃんのようです。
朝食を食べながらじゃれ合っているようで、美緒ちゃんを窘める唯香の声も聞こえていましたが、僕らが食堂に入るとピタリと声が止んでしまいました。
「みんな、おはよう! そのまま、いつものように食事を続けて」
僕の言葉の意図をくみ取って、みんなはまた賑やかに朝食を再開しました。
フィーデリアは、美緒ちゃん達の近くの席に座らせました。
「おはよう、美緒ちゃん。ちゃんと宿題はやったかな?」
「お兄ちゃんまで、お姉ちゃんと一緒のこと言う……」
「あははは……唯香にも言われたのか。でも、僕の場合は違うんだな……ちょっと前まで毎朝メイサちゃんに確認してたクセなんだ」
「そうそう、メイサちゃんが言ってた。お兄ちゃんが算術でイジメるんだって」
「とんでもない、やさーしく教えてあげてただけだよ」
「本当かなぁ……」
美緒ちゃんは、いつもの調子を装いつつも、チラチラとフィーデリアに視線を向けています。
そのフィーデリアは、ぼんやりと食堂の様子を眺めています。
まだ回復するのは難しいかと思っていたのですが、ゆっくりとですがフィーデリアが首を動かし始めました。
左前方にいる美緒ちゃんの方から、ゆっくりと長いテーブルを囲んでいるみんなの顔を確かめるように視線を右へと振っていきます。
横から表情を覗き込むと、それまで焦点の合っていなかった瞳が僕の家族を映しているように見えます。
「フィーデリア、何か食べる?」
隣の席から声を掛けると、フィーデリアはすーっと僕に視線を向けました。
まだぼんやりとしているけど、それでも間違いなく僕を認識しているようです。
「ミルクはどう?」
ミルクの入ったカップを差し出すと、僕の顔とカップの間で視線を往復させた後で、おずおずと手を差し出しました。
喉が渇いていたのでしょう、フィーデリアはコクコクとミルクを半分ほど飲むと、カップを僕に戻しました。
「お腹は空いていない? よかったら食べて」
テーブルに並んでいるのは、スクランブルエッグにソーセージ、パンにサラダといった普通のメニューです。
シャルターンの王室で、どんな朝食が出されていたかなんて分かりませんが、フィーデリアは小首を傾げた後でフォークを手に取ると、おそるおそる食べ始めました。
さすがに王女様とあって、食器が音を立てないように気配りしているようですが、食べ始めると手が止まらないようです。
時折視線を上げて、向かいの席を見やっているのは、どのように食べているのか確認するためのようです。
フィーデリアは夢中で食べ進め、一人前の朝食を綺麗に食べ終えると、そっとフォークを置いて、僕の方へと視線を向けてきました。
「お茶はいかが?」
僕の問い掛けにフィーデリアがコクンと頷いてみせると、すかさずマルツェラがお茶を出してくれました。
「熱いから気を付けて……」
フィーデリアは、ゆっくりと二口ほどお茶を飲んだ後、カップをテーブルに戻し、視線を上げたところでビクリと体を震わせました。
美緒ちゃん達の後にある大きな窓の外から、レビンとトレノが首を傾げながら覗き込んでいるのに気付いたようです。
それに気付いた美緒ちゃんが、席を立って窓へと近付いていきました。
フィーデリアは、目を真ん丸に見開いて美緒ちゃんを見詰めています。
そして、美緒ちゃんが窓を開け放ったのをみて、息を飲んで両手で顔を覆いました。
「おはよう! レビン、トレノ」
「おはよう、ミオ」
「早く撫でるみゃ、特に首を撫でるみゃ」
レビンとトレノが言葉を話し、美緒ちゃんに撫でられて目を細めている姿を見て、フィーデリアはポカーンと口を開いています。
「よし、フィーデリアも仲良くしに行こうか」
声を掛けるとフィーデリアは大丈夫なのかと小首を傾げてみせたので、席を立って恭しく手を差し出しました。
「お嬢さん、お手をどうぞ……」
僕にエスコートされたフィーデリアは、おそるおそるレビンとトレノに近付き、すぐにその毛並みの虜になりました。
たぶん、夢の世界にでも迷い込んだと思っているのでしょう。
辛い現実に引き戻すのは、もう少し元気を取り戻してからにしましょう。
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