第468話 勢いでやった

 勢いでやりました、反省も後悔もしていません。

 シャルターン王国内の状況は、全く、これっぽっちも把握出来ていません。


 もしかすると、シャルターン王家はかつてのリーゼンブルグ王家よりも悪逆非道の限りを尽くしていたのかもしれません。

 救い出した王女もワガママし放題で、民衆の恨みを買っていたのかもしれません。


 だとしても、年端もいかない子供が、民衆の晒しものにされた挙句、目の前で両親を殺された上に処刑されるなんて僕には耐えられません。

 第6王女を救い出したことが、将来の禍根になるとしても、それでも僕は助けていたと思います。


 勢いで屋敷に連れて来た第6王女ですが、心が壊れてしまっているようです。

 ムルトに抱えられても、何事かとレビンやトレノ、ゼータ達が集まってきても驚くどころか、その瞳は焦点を結びませんでした。


 精神が、見る事、聞く事、考える事を拒否してしまっているかのようです。

 急いで王都マダリアーガから屋敷に戻り、すぐに治癒魔術を掛けたのですが、回復の兆しすら感じられませんでした。


 マルツェラを呼んで事情を説明して、とりあえず入浴させて、着替えさせるように頼みました。

 いくら仕立ての良いドレスでも、身内の血が飛び散ったものを着せておく訳にはいきませんからね。


 マルツェラに第6王女の世話を頼み、僕は王都マダリアーガへと戻りました。


「えっ? どうなってるの?」

『王族の祟りとか……悪魔に連れていかれたと思ったみたい……』


 シャルターン王国でも送還術は一般的ではないようで、第6王女が消えた途端、広場は騒然とした空気に包まれ、祟りや悪魔を恐れる者は我先に逃げ出したようです。

 広場には、怖いもの見たさなのでしょうか、王族の生首が晒されたままの階段を遠巻きにして眺めている者が散見されるだけで、処刑を主導していた者達の姿さえありません。


「シャルターン王家は、こんな仕打ちを受けるほどの悪政を行っていたんだろうか?」

『そこまでは……分からない……』


 死人に口なしではありませんが、市民の主張は集められても、王族側の主張は聞く事すら叶いません。

 とりあえず、クラウスさんか、アルナートさんから情報を聞き出しましょう。


「バステン」

『およびですか、ケント様』

「フレッドと一緒に革命を起こした連中を探ってみて、コクリナは沿岸警備隊が戻るまで放置でいいや」

『了解です』


 少し迷いましたが、先にヴォルザードのクラウスさんに知らせました。


「シャルターン王家が民衆を虐げているような話は聞いていねぇな。尤も、ランズヘルトの反対側から更に海を渡った先だ、俺の所に来る情報は遅れているのも確かだが……」

「王家が悪政を行っていないのに、革命なんて起きませんよね?」

「そうだな、そもそも革命なんてものは、起こす者達が命懸けでやるもんだ。相当に追い込まれた状態でもなければ、少々苦しくても現状維持で我慢するだろう」

「では、なんで革命が起こったんでしょう?」

「さぁな、詳しい理由は分からないが、扇動した奴がいたのは確かだろうな」


 リーゼンブルグの向うのバルシャニア、その更に先の国々までアンテナを張って情報を集めているクラウスさんでも、シャルターン王国で起こった革命の理由は分からないようです。


「とにかく、起こってしまった以上は対処しなきゃならねぇ。ヴォルザードとしては特段やる事は無いが、エーデリッヒの連中は難しい対応を迫られるだろうな」

「それは、敵対しているドミンゲス侯爵をどうするか……ですよね?」

「そうだ、敵対はしているが、だからと言って革命を叫ぶ連中に領地を荒らされれば、賠償金の支払いが出来なくなるだろう」

「もしドミンゲス領でも革命が起こってしまったら、革命を起こした連中が賠償金を支払ってくれるなんて状況は期待できませんよね?」

「まぁ、無理だろうな。革命を起こすような連中は、国の未来を思ってやっていると主張するだろうが、実際には自分達の生活のためだ。しかも、革命を主導している人間が、全体の手綱を握れていれば良いが、たんなる不満を抱えた者の集まりだとすると、仲間割れして内戦になる恐れすらあるぞ」


 食料、財産、権力……これまで手にしてこなかった物を得れば、今度はその配分が問題となります。

 きちんとした組織が出来上がっているのであれば、新たな指導者の下に新しい制度を構築する事も出来るかもしれません。


「まぁ、騒ぎの中心にいる連中が、何を考えて蜂起したのか、この先の国の行く末をどう計画しているのか……その辺りが分からないと対応のしようもないな」


 いずれにしても、クラウスさんの言う通り、全てに渡って情報が足りなすぎます。


「ケント、ジョベートに行ってアルナートの爺ぃに状況を知らせてやれ。ドミンゲス侯爵に対して手を打つならば早い方が良いだろう」

「分かりました。行ってき……」

「あぁ、ちょっと待て。もう一つ、国王をはじめとした王族の遺体は晒しもののままなんだよな?」

「はい、生首は槍に刺されて掲げられ、胴体は打ち捨てられていました」

「回収して弔ってやれ。死んでしまえば、ただの肉の塊だ……なんて言う奴もいるし、死んでも許さないような恨みを抱いている者もいるかもしれねぇ。それでも俺は、死んだ後は尊厳を持って扱われるべきだと思っている」

「分かりました、そちらもやっておきます」

「ただし、お前の存在を悟られるな。影移動ではなく送還術を使って、お前もお前の眷属も存在を悟られるな。なるべく、忽然と、どんな方法を使ったのか悟らせずに回収しろ」

「それは、何か理由があるんですか?」

「第6王女を連れ出したら、群衆が解散したって言ってたな?」

「はい、広場に身動きも出来ないくらいに詰めかけていた人が、殆どいなくなっていました」

「その様子だと、革命を主導した連中は民衆をコントロール出来ていねぇ。勢いのまま城まで落として王族を処刑したは良いが、この先の計画が出来ているとも思えねぇ。王家の呪い……みたいな演出程度で崩壊する組織なら、さっさとバラバラにして生き残っている貴族を新しい王様に据えちまった方が話が早い。貴族には多かれ少なかれ王族の血が入ってるもんだからな」

「なるほど……でも、今度は貴族同士が王位を巡って争い始めたらどうしますか?」

「知らねぇよ。そんな先まで見通せるか、俺は神様じゃねぇぞ」


 話は終わりだ、さっさとジョベートに行けとばかりに追い払われてしまいました。

 執務室にいたセラフィマにも、第六王女の世話を頼んでからジョベートへと向かいます。


 エーデリッヒの領主、アルナートさんの姿は、領主の館から港を見下ろすバルコニーにありました。

 晴れ渡った空からは初夏の陽光が降り注ぎ、心地よい潮風が吹いていますが、アルナートさんの眉間には深いしわが刻まれています。


 このバルコニーからも、被害にあった港が見えます。

 おそらく、記憶の中の景色と較べて、被害を憂いているのでしょう。


 視界の端に入るであろう場所に闇の盾を出して、表に出ながら声を掛けました。


「失礼します……」

「むっ、ケント・コクブか、何か起こったか?」

「はい、シャルターン王国の王都マダリアーガで革命が起こりました」

「なにぃ……東部か?」

「えっ、何か心当たりがあるのですか?」

「革命の原因は分かっていないのか?」

「はい、先程たまたまマダリアーガを訪れたら革命が起こっていて、原因とかは全く分かっていません」

「そうか……昨年、シャルターンの東部で水害が起こって、大きな被害が出たと聞いている。考えられる理由としては、それが一番怪しいだろうな」


 アルナートさんに促され、応接室で続きを聞かせてもらいました。


「シャルターン東部の水害は春先と秋口の二回起こって、どちらでも大きな被害を出したと聞いている」


 春先の水害は、大規模な雪崩によって堰き止められた川が、ダムのように雪解け水を貯め込んだところで決壊し、大規模な土石流となって流れ下ったそうです。

 秋口の水害は、長雨が続いたところに記録的な雨が降り、広範囲に渡って川が氾濫して土地が水に浸かったようです。


「シャルターン王家が圧政を行っているという話は聞いていないが、ドミンゲス侯爵がジョベートを襲撃したように、貴族に対する歯止めが利かなくなっていた可能性はある」

「では、直接王家が手を下した訳ではないけど、地方の貴族が圧政を行い、その結果として王家が倒れるような革命になった……という事ですか?」

「あくまでも可能性だ。あるいは、王家に恨みを持つ者が裏で扇動し、騒ぎを大きくして王家打倒まで漕ぎつけたかもしれぬ。判断するには材料が乏しすぎる」

「そうですね。あまり憶測を巡らせすぎない方が良いのかもしれませんね」

「だが、これで対応が面倒になったのは確かだ。己の利益のためにジョベートの民を襲撃した連中を助ける義理など無いが、騒動が広がるのであれば事前に知らせて領地を守らせる必要がある」


 やはりアルナートさんも、ドミンゲス領でも革命が起こった場合には、賠償金を手に入れられないと考えているようです。


「では、ドミンゲス侯爵に知らせますか?」

「最終的にはそうするしかないが、タイミングと方法が問題だ」

「タイミングと言っても、迎撃の態勢が間に合わなければ……」

「無論、それは分かっている。手遅れとならないタイミングで、しかも我々にとって最も効果的なタイミングで知らせる」

「つまり……恩を売るんですね?」

「まぁ、分かりやすく言えばそうなるが……簡単ではない」


 アルナートさんの言うには、ドミンゲス領は隣りの領地との境に山があり、そこを抜けるのには狭い峠道を抜ける必要があるそうです。

 新しい港が出来た時には弱点となる峠道ですが、外敵から領地を守るには役に立つようです。


「守りを固めていれば大軍を退ける事も可能だが、何の備えも無いうちに峠を抜けられてしまったら、一気に押し込まれる状況となる」

「それでは、隣接する領地が攻め込まれた時には、守りを固めていないと駄目そうですね」

「そうだが……ケント・コクブよ。偵察の指名依頼を受けてくれるか?」

「勿論です、これはエーデリッヒのみならず、ランズヘルト全体に関わってくる話ですからね」


 ドミンゲス領は、西と南を海、東をイグレシア領、北をエリサルデ領と接しているそうです。

 王都から抜けて来る街道は、北と東に一本ずつですが、殆どが北の街道を通って来るそうです。


「北の街道の方が、東の街道よりは緩やかだし、そもそも東のイグレシア領から王都に向かう道も険しいので、殆どの荷は北の街道経由でコクリナに届く」

「ですが、今回は革命騒動ですから、必ずしも北から来るとも限らないのでは?」

「ふむ、確かにそうだな。イグレシア領、エリサルデ領、どちらの領主についても詳しい評判は知らぬからな。イグレシア領が先に陥落すれば、革命勢力は東から来ることになるな」

「王都からドミンゲス領までは、かなりの距離がありそうですし、現時点で革命勢力がどの辺りまで来ているのか分かりませんが、王都に拘っているとしたら、到達まで相当な時間が掛かるんじゃないですかね?」

「有り得るな。シャルターン王国の国土は、ランズヘルトよりも遥かに広い。貴族の数も多いから、案外ドミンゲス領まで到達する以前に立ち消えになっているやもしれぬ」


 シャルターン国内の偵察を引き受けたものの、ランズヘルトよりも広い国土、領地を治めている貴族の情報も乏しい中では、効率的に動く事は難しそうです。

 眷属を動員しても、どれだけカバーできるか少々不安ですが、やるしかない状況なのも確かです。


「そうだ、忘れるところでした。シャルターン王国の第6王女様の名前をご存知ですか?」

「第6王女か……確か、フィーデリア姫だな。どうするつもりなのだ?」

「まだ、正気も取り戻せていませんし、シャルターン国内の状況も分かりません。両方の問題が解決した時点で、本人の希望を聞いて……ですね」

「そうだな……確か、まだ十歳ぐらいだったはずだが、目の前で親を惨殺されるとは……」


 普段は強面のアルナートさんですが、このときばかりは沈痛な表情を浮かべていました。

 とりあえず、シャルターン国内の状況が分かり次第知らせに来ると約束して、ジョベートの領主の館を後にしました。


『さて、いかがいたしますか、ケント様』

「うん、とりあえずマダリアーガに行こう」


 ラインハルトと共にシャルターンの王都に移動すると、王族の生首を晒している教会前の階段は武装をした男達が遠巻きに囲み、民衆が近づかないようにしていました。

 警備はしていますが、そもそも近付いて来ようとする市民の姿はなく、皆一様に離れた場所から恐る恐る目を向けている感じです。


 一方、川を渡った王城では、革命を行った連中が略奪行為に励んでいました。

 所かまわず土足で踏み荒らし、金目の品物を巡って取っ組み合いをしています。


 どう見ても盗賊にしか思えず、とても理想に燃える革命勢力には見えません。


「主様、斬りますか?」

「ううん、サヘルが斬る価値なんか無いよ」

「そうですか、残念です……」


 僕の気持ちを感じ取ったのか、サヘルがすすっと近付いて来ましたが、手を汚させる価値はありません。


『さて、ケント様。どう動きますか?』

「うん、ゼータ、エータ、シータ、それにレビン、トレノ、ちょっと来て」


 僕の眷属の中では、大きな自宅警備員を除いて最速のメンバーです。


「みんなで手分けして、ここから南から西の方向で、どこまで人同士の争いが広がっているか見て来てほしいんだ」

「お安い御用です、主殿」

「レビンにお任せみゃ」

「じゃあ、みんなよろしくね!」


 合図をすると、五頭は影の空間を辿って散らばっていきました。


「何の根拠も無い勘だけど、そんなに広がっていない気がする」

『そうですな。この浅ましい姿を見ると、そのように感じますな』


 最初は何の考えも無しにフィーデリア姫を助けましたが、時間が経過して、少しずつ事情が見えてくると、咄嗟の判断は正しかったという気持ちが強まっています。

 まだ、調査を始めたばかりですが、少なくとも革命勢力が強力に民衆の支持を得ている訳ではなく、ロクな考えも持たずに王族を討ち取れてしまった……といった印象を受けます。


 調査は眷属のみんなに任せて一旦ヴォルザードへと戻りつつ、僕は打ち捨てられたままの王族の遺体をどうやって弔おうかと考え始めていました。

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