第467話 革命

「なんかさ、物凄く寂れてない?」

『海賊絡み……船の出入りが止まっているから……』

「そうか、クラーケン騒動の時みたいな感じなんだね」

『その通り……』


 久々に訪れたシャルターン王国の港町コクリナは、自作自演の海賊騒動のせいで閑古鳥が鳴いている状態です。

 岸壁には外洋を航海する大きな船が停泊していますが、荷物の積み下ろしをしている様子は見受けられません。


 ジョベートを訪れたコクリナ沿岸警備隊の軍船が出航した時には、ランズヘルトの船には港で待機するように通達が出されていたそうです。

 ジョベートとコクリナの間を船で移動するには、風向きにも寄りますが8日から10日程度の日数が必要です。


 つまり、コクリナにいるランズヘルト共和国の船は、長いものでは10日以上足止めを余儀なくされているのです。

 それだけの日数があれば、ジョベートから積んで来た荷を下ろし、こちらで仕入れた品物の積み込みも終わっているのでしょう。


 船の上では、のんびりと釣り糸を垂らしている者や、甲板に寝転んで昼寝を楽しむ者、車座になって昼間から酒盛りをしている者達など、実に平和な光景が広がっています。


「足止めされているって話だったから、軟禁でもされているのかと思ってたけど、のんびりしすぎじゃないの?」

『食糧と酒は……侯爵からの差し入れ……』

「えっ、ドミンゲス侯爵?」

『そう……船乗りに悪い印象は与えられない……』

「なるほど……コクリナとジョベートの間で港の使用に関する契約を行っても、船乗り達が悪い印象を抱けば、船は新しい港に寄港するようになってしまうのか」

『その通り……』


 今回の海賊騒動は、 コクリナの東隣りのイグレシア領で新しい港が建設されていることに端を発しています。

 クアデールという新しい港に、寄港する船を取られないように、永続的な港の使用契約を取り交わそうというのがドミンゲス侯爵の狙いです。


「取り合えず、ジョベートの船乗りたちは無事みたいだから一安心だね」


 コクリナに来る前にジョベートに立ち寄って、領主のアルナートさんと簡単な打合せをしてきたのですが、一番最初に依頼されたのが船員たちの安全の確保でした。

 自国ファーストな某大統領に猫耳を付けた感じのアルナートさんなので、てっきり賠償金をどれだけ引き出せるかが一番かと思っていました。


 率直な感想を言ってみたら鼻で笑われた後、船乗りは危険を伴う仕事で経験や勘を必要とするので、失ってしまうと簡単に替わりの者は見つからないそうです。

 船や荷は金さえ出せば手に入るが、船乗りという人材を育てるには多くの時間と手間が必要になるので失う訳にいかないそうです。


 この辺りの考え方は、クラウスさんと相通ずるものがあります。

 最果ての街などと呼ばれているヴォルザードは、常に多くの人材を求めていて、クラウスさんからは人を育てる難しさを教わりました。


『今は問題無い……でも、コクリナの船が戻ったら……』

「そうだね、エドベリが侯爵に交渉の結果を伝えたら、この状況は一変するかもね」

『船員の捕縛や積み荷の没収……船も接収されるかも……』

「今の内に対策を考えておいた方が良いよね」


 現在、コクリナの港にジョベートの船は、全部で8隻入港しているそうです。

 どれも外洋を航海する船なので船体自体が大きいですし、マストもかなりの高さがあります。


「送ろうと思えば、船ごと送還術で移動させられると思うけど、高さの座標を誤ると船を壊したり沈めたりする心配があるか」

『人だけ送還……船は影移動……』

「うん、その方が現実的だけど、まずは侯爵の出方次第だね」


 船の様子を影の中から確認した後、次に向かったのはコクリナのギルドです。

 港に隣接するギルドは、荷運びの仕事や港から内地への護衛などが主な仕事だそうで、こちらも閑古鳥が鳴いていました。


 以前、このギルドを取り仕切っていたのは、ミーデリアという女帝と呼ぶのが相応しいデラックスな感じの女性でしたが、更迭されたと聞いています。

 そのミーデリアが使っていた執務室には、二人の男がテーブルを挟んで会話を交わしていました。


「ちっ、ジョベートのフナ虫どもめ、もっと良い酒寄越せとか……寝言ぬかすな!」

「まぁ、今配っている酒は、かなり水増ししてますから、少し水の量を控えてやりますよ」


 舌打ちを洩らしたのは、神経質そうな顔付きの40代後半ぐらいの痩せた男で、ネズミを連想させる顔付きをしていますが獣人ではないようです。

 もう一人の男は、40代前半ぐらいに見える小太りな男で、尻尾や耳の感じからタヌキ獣人のようです。


『痩せた男がセブーリ……侯爵子飼いの町長……』

「こっちの小太り男が新しいギルドマスター?』

『モンタニュス……セブーリの子飼い……』


 セブーリという男は、ドミンゲス侯爵家の宰相をしていたそうで、一連の騒動の首謀者のようです。


「家宰を務めていた男が、なんで町長に? 元の役職の方が良いのでは?」

『多額の使い込み……町の予算から補填するつもり……』

「はぁ? 侯爵から使いこんだ金を住民の税金とかで補填するつもりなの?」

『上手くいくと思い込んでる……エドベリが戻って来たら……』

「おぉぅ……他人事だけど、それはヤバいね」

『コボルト隊に……一日中見張らせてる……』


 このセブーリという男が、騒動の決定権を握っているらしく、一瞬たりとも目を離さないように、コボルト隊2頭が見張りについているそうです。

 本日の当番、ニルトとヌルトをモフって労ってあげました。


「モンタニュス、エドベリはいつ戻るんだ?」

「早ければ5日程でしょうが、風向き次第なので、もう少し掛かると思われます」

「あれからジョベートの船は入って来ているのか?」

「4日前に入った船を最後に、その後は入っておりません」

「これから入港してくるとしたら、オレーゴ達が襲った後になるのか?」

「日数的にはそうなりますので、もう当分の間は入港する事は無いでしょう」


 セブーリは苛立たしげに右足で貧乏ゆすりを続けていて、それをチラリと眺めたモンタニュスは苦笑いを浮かべている。

 自分が始めた作戦だが、成功しているのか失敗しているのか全く情報が無い状態なのだろう。


 海賊共には、ジョベートの一部を占拠しろと命じていた様ですが、襲撃の結果を知らせろとまでは言っていないのでしょう。


「フレッド、このモンタニュスって男は、何をしていた人なの?」

『高利貸し……その元手をセブーリが提供してた……』

「高利貸しなら、儲けてるんじゃないの?」

『先物相場で大きな穴を開けた……クラーケン騒動……』


 コクリナ近郊で、ナルクッベという果物が栽培されていて、その多くがジョベートに輸出されているそうです。

 ランズヘルト側では栽培されていない果物なので、ジョベートでは高値で取り引きされるようです。


『10日程が……鮮度を保つ限界……』

「もしかして、ナルクッベの旬の時期とクラーケン騒動が重なって、取り引き価格が大幅に落ち込んだのかな?」

『その通り……』


 ジョベートの人にとってナルクッベは珍しい果物だが、コクリナの人にとっては普通に手に入る果物らしい。

 コクリナ近郊以外でも、シャルターン国内ではあちこちで栽培されているからだ。


「あれ? このセブーリが家宰を辞めたんじゃ、今は誰がやってるの?」

『セブーリの子飼い……』

「またか……その人が侯爵にセブーリを告発するなんてことは?」

『あり得ない……横領の片棒を担がされてる……』

「うわぁ、一蓮托生、セブーリを告発したら自分も破滅か」

『そう、むしろ協力してる……』

「もしかして、エドベリ達も……?」

『その通り……金を掴まされて、ズルズルな関係……』


 どうやら、このセブーリという男が中心になって、ドミンゲス侯爵家は食い荒らされているようです。


「というか、そんなに横領とかされていて、ドミンゲス家は大丈夫なの?」

『あまり大丈夫ではない……でも、元々は裕福……』


 本来、ランズヘルト共和国との貿易の玄関口のような町ですから、多くの人と物が集まってきて活気に溢れているはずです。

 海賊の自演なんて余計なことはしないで、普通に寄港した船に対して親切な応対をして、コクリナまでの航海の安全を確保すれば、見捨てられたりはしないはずです。


「なんだか、話を聞いていたら、ドミンゲス侯爵が哀れに思えてきたよ」

『怠惰に暮らしているツケ……自分で内政をやってれば防げてた……』

「ねぇ、もしかして、シーサーペントを献上しろとか言って来たのって、セブーリのせいなのかな?」

『可能性はある……素材を手に入れれば大金……』

「先物取引の穴埋めにしようとシーサーペントの献上を迫り、それが失敗だったから海賊の自作自演? 発想は面白いけど、実現出来る可能性を考えたらやらないよね、普通は……」

『たぶん……貴族を敬う度合いが違う……』


 そう言えば。シャルターン王国では王族、貴族などの身分制度が厳格だと聞きました。

 侯爵家で宰相を務めていたりすると、平民は平伏すのが当然と思うのかもしれません。


「昨日、クラウスさんが言ってたけど、撮影した映像とかを使ってもドミンゲス侯爵が非を認めない場合、シャルターン王家に働きかけた方が良いのかな?」

『可能ならば……でも、切っ掛けが難しい……』


 こちらの世界に召喚されてから、リーゼンブルグとバルシャニア、二つの王家と関係を結びましたが、どちらも繋がりを持つ切っ掛けがありました。

 リーゼンブルグは王女であるカミラによって召喚されたからで、バルシャニアはリーゼンブルグへの侵略を止めるためでした。


 今回は、シャルターン王家に属するドミンゲス侯爵による襲撃が理由になりますが、これまで調べた感じでは王家は関係していないようです。

 なので、いきなり会いに行ったところで、門前払いされるだけでしょう。


「ランズヘルト共和国の使者として出向けば、王家の誰かが会ってくれたりするのかな?」

『正式な使者ならば会うはず……ただ、正式な使者はいきなり王都に現れない……』

「あっ、そうか……そうだよねぇ……」


 正式な使者としてシャルターン王家を訪問するならば、正式な手順で入国して、普通に移動して、手順を踏んで面会を求める必要がありそうです。

 そう考えてみると、バルシャニア皇帝の居室に突撃とか、イレギュラーもいいところだったんですね。


『とりあえず……王都に行ってみる……?』

「シャルターンの王都か……フレッドは行ったことある?」

『さすがに無い……』

「どんな所なんだろう?」

『王都はマダリアーガ……水の都……』


 シャルターン王国の王都マダリアーガは、コクリナよりも遥かに東、内陸にある大きな湖の畔に作られた水郷都市だそうです。

 フレッドも、知識として知っているだけで、大きな街であるとしか知らないそうです。


 なんだか、雲をつかむような話になってきました。


『ケント様……星属性で偵察……』

「そうか、星属性で空から探して行ってくれば良いんだ」


 早速、影の空間にネロを呼び出して、お腹に身体を預けて意識を空へと飛ばします。


「じゃあ、ネロ。ちょっと偵察に行ってくるから、その間よろしくね」

「ネロにお任せにゃ」


 コクリナの周辺は薄い雲が掛かっていましたが、東に向かうほどに雲が切れて視界が良くなって来ました。

 少し海岸線に沿って飛ぶと、クアデールと思われる港の工事を行っている場所がありました。


 かなりの大人数で作業を行っているようで、近くには運ばれてきた大きな岩が転がっています。

 こうした岩を海に放り込んで土台として、更に土砂を加えてから土属性の魔術師が成形、硬化させて堤防にするようです。


 僕に依頼してくれれば、近くの崖から送還術で切り出して、ドーンと放り込んで堤防作っちゃいますけどね。

 そう言えば、クアデールから川を遡っていくと王都まで辿り着くって話でしたね。


 川に沿って飛んでいくと、大きな滝の少し下流でも大掛かりな工事が行われていました。

 これが、話にあった昇降機の工事みたいです。


 上空から眺めてみると、地殻変動によって地面が隆起して出来た段差のようですね。

 滝の上流を更に辿っていくと、穀倉地帯と思われる場所や、牧草地などが広がっていました。


 途中、街道と交わる所に、いくつか街がありましたが、王都と呼べるほどの規模ではありません。

 川は途中で大きな川に合流して、更に遡っていくと大きな湖が見えてきました。


 正確な距離は分かりませんが、感覚的にはヴォルザードからジョベートまでの2倍ぐらいの距離があった気がします。

 上空から眺めると、楕円形を歪にしたような大きな湖の南側、川を挟んだ両岸に大きな街が広がっています。


 元々の川の流れの他に、人工的に作られた水路が網の目のように広がっていました。

 

「なるほど、これは確かに水郷都市と呼ぶのが相応しいね。あっちが王城なのかな?」


 川の東側に広がる街の中心に、二重の堀を巡らせた大きな敷地が見えます。

 中心には城らしい建造物も見えるのですが、なんだか様子が変です。


「祭り……じゃないよね?」


 高度を下げていくと、多くの小舟が堀を埋め、城のあちこちで煙が上がっています。

 更に高度を下げていくと、倒れたままの兵士や市民と思われる人の姿がありました。


 城の内部には、目を血走らせた市民が、武器を持って巡回しています。

 中へと踏み込もうとする市民に対して、何やら説明をしているようですが、双方が興奮しているようで、一触即発という空気です。


 僕だけでは判断出来ないと思ったので、一旦意識を身体に戻して、フレッドを伴って影移動でマダリアーガを訪れました。


『たぶん、革命……』

「やっぱり、じゃあ王族は?」

『城から連れ出されたなら……民衆の前で処刑かも……』


 城の尖塔の屋根に影移動して街を見下ろすと、川の対岸から歓声が聞こえてきました。

 塔から見えている高い建物を選んで影移動を繰り返し、歓声の聞こえて来た方向へと向かうと、大きな広場に出ました。


 広場には、身じろぎするのも難しそうなほど群衆が詰めかけていて、教会と思われる建物へと続く階段を見上げて歓声を上げています。

 その階段の上で、男が拾い上げた生首を掲げて叫び声をあげました。


「欲にまみれた国王は死んだ! これからは民衆の時代だ!」

「シャルターンを民衆の手に!」

「新生シャルターン万歳!」


 階段の両脇には、槍に突き刺された生首がいくつも高く掲げられています。

 成人と思われるものに混じって、まだ子供と思われる小さな首も掲げられていました。


 狂乱というのが相応しい民衆の中で、たった一人だけ、ドレスに身を包んだ少女が後ろ手に縛られて跪かされています。

 目は大きく見開かれていますが、どこにも焦点を結んでおらず、半開きになった口からは魂が零れ落ちてしまったかのようです。


「最後は、第6王女だ! これでシャルターン王家の血は絶える!」

「殺せ!」

「殺せ、殺せ!」


 興奮した民衆は、殺せ、殺せと連呼しながら、足を踏み鳴らし始めました。

 何万という民衆の足音が、地面を震わせています。


 メイサちゃんと同い年ぐらいに見える第6王女は、ドレスの腰の辺りを掴まれて乱暴に階段の一番前まで引き摺られていきますが、もはや抵抗する気力も残されていないようです。

 階段には血まみれの木の台が置かれていて、戦斧をもった大男が待ち構えていました。


 おそらく、これが即席の断頭台で、王族達はここで首を落とされたのでしょう。

 階段には血飛沫が滴り落ちています。


「ムルト、屋敷の庭で待機して受け止めて!」

「わふぅ、分かった」

「フレッド、王女の周りの者を蹴散らして!」

『りょ……』


 影から飛び出したフレッドが、一陣の旋風の如く身を躍らせると、第6王女の周囲にポッカリと空間が出来上がりました。


「送還!」


 群衆の前から第6王女の姿が消えたのを確認し、ヴォルザードの屋敷へと戻りました。

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