第466話 三人目のボス
闇属性魔術の手ほどきをすると約束したルジェクを学校に送り出した後、唯香、マノン、ベアトリーチェと一緒に家を出ました。
セラフィマは何やらやる事があるらしく、今日は屋敷に残るそうです。
屋敷の門を出て通りを右に向かうと、すぐに魔の森の方面にでるヴォルザードの正門に出ます。
門の前にはリーゼンブルグへと向かう商隊の馬車が三台並んでいました。
イロスーン大森林の通行が再開していないので、行商を行う人達はマールブルグではなくリーゼンブルグを目指すようになったそうです。
こうした商隊が近頃増えている背景には、コボルト隊の活躍によって魔物の大きな群れがいなくなり、街道の通行が以前よりも安全になっている事があるようです。
僕がヴォルザードに来た当時は、魔の森に足を踏み入れた直後にゴブリンの群れに囲まれるほど魔物の密度が高い状態でした。
実際、あっと言う間に取り囲まれて、腹を食い破られたからね。
ヴォルザードとラストックの間の中間点あたりでは、オークやオーガの群れも珍しくありませんでした。
そう言えば、オーガの群れに光属性魔術の練習台になってもらった事もありましたねぇ。
今はコボルト隊が巡回を行い、ゼータ達やネロなどがテリトリーの主張を行っているので、街道に近付く魔物は激減しています。
下手をすれば、マールブルグに向かうリバレー峠よりも安全かもしれません。
そうした状況が行商人達の間で口伝で広がり、リーゼンブルグを目指す者が増えたようです。
ただし、今でも突発的にオーガやオークが姿を見せる事はあるので、当然高ランク冒険者の護衛は欠かせません。
馬車の側には、いかにも腕が立ちそうな冒険者が腕を組み、睨みを利かせていましたが、僕らの姿に目を止めると、ビクリと体を震わせた後でヘコヘコと頭を下げてみせました。
思わず僕もヘコヘコと頭を下げてみたものの、特別に面識のある相手ではありません。
「健人、知り合い?」
「ううん、知らない人だけど挨拶されたみたいだから……」
「ケントは、そういうところ変わらないよねぇ」
「変わらないって?」
「ちっとも偉そうにしないから」
マノンの言葉に唯香も笑みを浮かべています。
「まぁ、僕が偉そうにしても似合わないしね」
魔の森へと向かう門を過ぎれば、すぐに守備隊の入口に到着です。
ここで唯香とマノンとは夕方までのお別れです。
「じゃあケント、行ってくるね」
「行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい!」
唯香とマノンから、左右の頬にチュっとキスされて、顔がだらしなく緩んでしまいます。
門番を務めている隊員さんから怨嗟の視線を向けられてますけど、二人とも僕のものですから手を出さないで下さいね。
まぁ、フルトとヘルトが影の中から見守っていますから、不埒な輩はガブっとやってもらっちゃいますよ。
「さぁ、ケント様、参りましょう」
「うん、行こうか」
唯香とマノンを見送ると、すかさずベアトリーチェが腕を絡めてきました。
これから一緒にギルドに行って、クラウスさんに諸々の報告をする予定でいます。
「うふふふ……今朝はケント様を独り占めです」
「そう言えば、リーチェと二人で歩くのは久しぶりだね」
「はい、セラフィマさんは、お母様へのビデオレターを作るとおっしゃってました」
「えっ? ビデオレター……?」
「はい、ヒルトちゃんに教わって作るそうですよ」
「そうなんだ……」
どうやら僕の知らないところで、コボルト隊のIT化が進んでいるようですね。
ヒルトが撮影を担当してビデオレターを撮影して、バルシャニアの宮殿まで届けて、向こうでの再生もヒルトが指導するようです。
コボルト隊に教わりながら、バルシャニアの皇帝や皇妃様がタブレットに見入るという絵柄は、なかなかにシュールな気がします。
ベアトリーチェと腕を組んで街を歩くと、あちこちから挨拶の声を掛けられます。
「おはよう、ベアトリーチェちゃん」
「おはようございます」
「おはよう、いい天気だねぇ」
挨拶を返したり、軽く手を挙げて応えるベアトリーチェの横で、やっぱりヘコヘコ頭を下げてしまいます。
ベアトリーチェと出会った頃には、登校中にハグされてオーランド商店のボンボンに睨まれたっけ。
そう言えば、あのボンボンはどうしてるんでしょうかね?
イロスーン大森林が通れないから、バッケンハイムの学校に行けなくてフラフラしてたみたいですけど……まぁ、僕に迷惑掛けないならどうでも良いか。
久々に朝のギルドに来たけれど、相変わらず活気が……というほどではないですね。
いや、むしろ以前に較べたら全然活気がありません。
「どうなってるの?」
「イロスーン大森林の影響で、仕事を受ける形態が変わってきているみたいです」
ヴォルザードからマールブルグへと運ぶ荷物の量が格段に多くなったので、護衛の仕事も大幅に増えたそうです。
護衛の仕事の場合、早朝にヴォルザードを出発するので、前日までに依頼を受ける形になります。
「なるほど、だから当日に受ける仕事の競争率が下がってるんだね?」
「そうなんですが、今度は倉庫の荷運びなどの仕事に応募する人が減ってしまって、そちらが人手不足になっているようです」
「日当を上げなきゃいけなくなってるのかな?」
「はい、その通りです」
倉庫の荷運びの仕事などは、魔物の討伐と違って危険は少ないですし、単純に力を使う仕事なので、日当はあまり高くありません。
僕がガーム芋の倉庫で荷運びをした時は、確か日当350ヘルトでした。
日本との単純比較は出来ませんが、日当3500円ぐらいの感覚なので、かなり安い気はしますね。
「今はいくらぐらいなんだろう?」
「日当500ヘルト以上でないと人が集まらないそうですよ」
「えぇぇぇ……以前の倍近いんじゃない。あっ……」
「どうされました、ケント様」
「城壁工事の人材も集まらないんじゃない?」
「そうですね。以前に較べると少し減っているようですが、それでも城壁工事はヴォルザードの発展にとって欠かせない仕事なので、皆さん協力してくれていますよ」
城壁の拡張がヴォルザードの発展の歴史なので、工事には街の人達も協力するのが習慣のようになっているので、今の所は人手不足は起こっていないようです。
でも、何十年も先には、こうした習慣も失われてしまったりするんでしょうかね。
階段を上がって執務室へと向かうと、クラウスさんが待ち構えていました。
「おはようございます、お義父さん」
「ふん、また騒がしくなってるみたいだな」
「えっと、どちらの話でしょうか?」
「ん? メネンデスの件で来たんだろう?」
「はい、その件もあるんですが、ジョベートにもコクリナの連中が来たので……」
「おぅ、やっと来やがったか、勿論追い払ったんだろうな?」
「はい、サラマンダーのフラムに、ちょーっと威嚇してもらいました」
「くっくっくっ、サラマンダーにちょっとか……震え上がった連中の顔を拝んでみたかったな」
とりあえず、国の将来に関わることなので、ジョベートの一件を先に詳しく報告します。
コクリナ沿岸警備隊のエドベリと、ジョベート守備隊のカイラスの会談の様子は、撮影しておいた映像を見てもらいました。
「どうですか?」
「ふん、まだまだだな……」
「まだまだ……ですか?」
「そうだ、わざわざ向こうから援助物資を運んで来てくれたんだろう?」
「えぇ、コクリナを永続的に使用してもらうための賄賂みたいなものですね」
「だったら、全部貰っちまえば良かったんだよ」
「えぇぇぇ……海賊を送り込んで来たコクリナと契約するんですか?」
「バーカ、貰うものは全部貰ってから追い返すんだよ」
「うわぁ……それはさすがに……」
「何言ってやがる、どれだけ被害を受けたのか考えてみろ。その程度は賠償の一部にしかならねぇよ」
「なるほど……」
確かにクラウスさんの言う通り、向こうがくれると言ってる品物だったら受け取ってしまえば良かったのかもしれません。
「でも、それをやったら、さすがに大人しくは帰らなかったんじゃないですか?」
「そんなもの、陸に揚げて歓迎するフリして騙し討ちにしちまえば良いんだよ」
「えぇぇぇ……騙し討ちって、殺すんですか?」
「あのなぁ、ケント。こいつはもう戦争なんだぞ。しらばっくれて善人面して来てやがるが、実際は手前らの利益のためなら、ジョベートがどうなろうと知ったことじゃねぇって連中だ。騙しに来る連中を騙し討ちにして何が悪い?」
「いや、さすがに殺しちゃったら、向こうも黙ってませんでしょう」
「人聞きが悪いことを言うな……コクリナに戻る途中でシケに巻き込まれて遭難するだけだ」
「うわぁ……」
最近は、あまり見ませんでしたが、クラウスさんのブラックな一面が顔を覗かせています。
「そもそも、エーデリッヒの連中が、お前の存在抜きでシャルターンから賠償金を引き出せると思うか? 出来やしないだろう。海賊共の討伐だって、ジョベートの連中だけでやっていたら、もっと大きな被害になっていたはずだ」
「それはそうですけど、さすがに騙し討ちは後味悪くないですか?」
「良い訳ねぇよ。ねぇけど、格好つけていられるのは、自分達だけで決着を付けられる奴だけだ。ケント、お前に騙し討ちをやれなんて言わねぇ、お前には相手を圧倒する力があるんだから、堂々とやり込めてやれば良い。だがな、人の手を借りなきゃ反撃出来ないなら、どんな手を使ってでも相手から毟り取るんだよ」
「クラウスさんだったら、やってましたか?」
「やる訳ねぇだろう。身内に、とんでもねぇSランク冒険者がいるんだ、俺がやったら他の領地や住民が納得しねぇよ」
「なるほど……自分の戦力に見合った戦い方をするって事ですね?」
クラウスさんは頷くと、ベアトリーチェが淹れてくれたお茶で喉を湿らせました。
「それで、この後はどうするつもりでいるんだ?」
「はい、今はフレッド達にコクリナの様子を調べてもらっていますので、エドベリ達が戻った後に、どういった動きをするのか見極めてから動こうと思っています」
「そうか……まぁ、今回やられたのはジョベートだが、見方を変えればランズヘルト共和国が侵略を受けたのだから、賠償はキッチリ取り立てねぇとな」
「ドミンゲス侯爵は賠償に応じますかね?」
「さぁな、応じなければ将来的に新しい港に客を取られることになるが、応じれば面子は丸潰れだ」
「以前、シーサーペント絡みでも揉めましたけど、面子重視って感じだったから、また面倒な話になりそうだなぁ。もしクラウスさんがドミンゲス侯爵の立場だったらどうします?」
「ふん……俺はそんな杜撰な計画を実行に移したりしねぇが、もし実行して相手に読まれたとしたら、適当な罪人を首謀者に仕立て上げて、全部の罪を擦り付けて殺すだろうな」
なるほど、政治家お得意のトカゲの尻尾切りみたいなものですね。
「でも、僕の眷属が映像として押さえていたら、言い逃れとかは出来ませんよね?」
「さぁな、あくまでもシラを切って、自分らの主張を繰り返すか……それとも別の言い訳を用意するかもしれねぇな。例えば、そいつは偽のドミンゲスで、本物は幽閉されていた……とかな」
「そんな言い訳は通りませんよ」
「そう思うか?」
「だって、こんな感じで映像に残ってしまったら……」
「その映像の真偽なんか、関係の無い状況に持ち込まれたら、認めるしかなくなるかもしれねぇぞ」
「真偽が関係ない状況ですか?」
「そうだ、例えば、うちはこれだけの謝罪はします。それでも納得しないというなら全面戦争だ……なんて言われたらどうするよ」
「それは……」
「将来新しい港を利用するとしても、今はまだコクリナを使わないと交易出来ねぇんだろう? それに、シャルターンの王家にある事無い事吹き込まれ、領地同士の戦争ではなく国同士の争いになるとしたらどうだ。そいつの真偽なんか吹っ飛んじまうぞ」
「なるほど……開き直られると面倒なんですね」
「まぁ、今は相手の出方次第だろうが、下手打たないようにアルナートの爺ぃと良く打ち合わせて動けよ」
「はい、そうします」
コクリナ関連の報告が一段落したところで、僕もお茶で一息入れさせてもらいました。
「そんで、メネンデスの方はどうなってやがるんだ?」
「あっちは、子供の喧嘩ってことで話をつけました」
ルジェクがボコられた経緯や、メネンデスの息子の取り巻きが親に連れられて謝罪に来た様子、詫びとしてロレンシオの左腕が送られてきたから返しに行った話をしました。
「そうか、そうか……追加の課税がそんなに堪えてやがるのか」
ボレントの裏帳簿を回収したことに関して、他の二つの勢力にも誤魔化している収入を修正して税金を納めるようにクラウスさんは通達を出したそうです。
それが、歓楽街のボス達にはかなりの痛手となっているようだと話すと、クラウスさんは先程の騙し討ちの話をしていた時よりも、悪~い笑みを浮かべていました。
「一体、どのぐらい絞り取ったんですか?」
「馬鹿言うな、絞り取ったんじゃねぇよ、自主的に納めてもらっただけだ。それに、別に俺の懐に入れた訳じゃねぇぞ。ちゃんと街の金として使うんだ、あんまり人聞きの悪いことを言うんじゃねぇぞ」
「はぁ……分かりました。ところで、歓楽街のボスって3人いるんですよね。ボレントとメネンデス、もう1人はどんな人物なんですか?」
「もう1人か……」
クラウスさんは、ちょっと顏を顰めると、テーブルのカップに手を伸ばして空だと分かると、ベアトリーチェにお替わりを頼みました。
「もう1人は、オクタビアという娼婦上がりの女だ。レーゼの劣化版って感じだな」
「えっ、ダークエルフなんですか?」
「そうじゃねぇ、レーゼは娼婦として身に着けた手練手管を奴隷の解放や虐げられている女達の地位向上のために使って今の地位まで上り詰めたが、オクタビアは全て自分の利益のために使っている」
クラウスさんの話によると、元々第三の勢力を仕切っていたのはワーデルという獅子獣人の男で、オクタビアはその情婦だったそうです。
「元々は、ただの娼婦だったが、娼館の男共をたらし込み、娼館の女達のボスに成り上がったらしい。その手腕を買ってワーデルが自分の片腕、兼情婦にしたんだが、それから3年と経たずにワーデルが死に、オクタビアがその跡目に座った」
「それって、もしかして……」
「ほぅ、だいぶ頭が回るようになったな。ワーデルはオクタビアに殺されたんじゃないかと噂されているが、それこそ真偽のほどは分からねぇ」
ワーデルには子供がおらず、腹心のダッゾという男が後見に付く形で、オクタビアが組織のボスになったそうですが、二人が結託して殺したという噂が絶えないようです。
「ボレント、メネンデス、オクタビア……どいつもこいつも一筋縄でいかない連中だが、中でもオクタビアには気を付けろ。表だって敵対しない限りは手を出して来ないだろうが、一度敵対したらどんな手段を用いてでも、相手にダメージを与えないと気が済まないほど気性が荒く執念深いからな」
まぁ、自分の息子の左腕を切り落として送って来るような奴と、敵対して勢力を保っているんですから、普通ではないと思っていました。
「オクタビアは、自分に従わない奴には、こう言ってるらしい……闇夜に一人で壁を越えてみるか……ってな」
「どういう意味ですか?」
「殺されて、魔の森に捨てられたいのか? って意味だ。実際、殺され、切断され、袋詰めにされて、城壁から魔の森に捨てられた奴は、一人や二人では無いらしい」
「分かっているのに捕まえないんですか?」
「それこそ、証拠がねぇ。死体を魔物に食われちまったら、誰が殺されたか、どうやって殺されたかも分からねえだろう」
以前、フレイムハウンドの連中と対決した時、奴らは僕を解体して魔の森に捨てるつもりでしたが、同じような事を考える奴がいるのですね。
守備隊の夜間の見張りは、暗い森を見透かすために、城壁の上を巡回するのではなく、明かりを消した場所から監視を行うそうです。
なので、月の出ていない夜に、見張りのいない場所を狙って、城壁越しに切断した遺体を放棄されてしまったら、もう見つけようが無いようです。
すぐに拾いに行けば、あるいは死体を確保出来るかもしれませんが、夜の魔の森に足を踏み入れるのは危険すぎます。
「まぁ、他にも死体を処理する方法なんざいくらでもある。言うなれば脅し文句ってやつだ」
「そのオクタビアは、僕に接触して来るんでしょうか?」
「何事も無ければ、わざわざ接触してくるとは思えない。何しろ、俺と繋がっていると分かってるからな」
「それでも、メネンデスは組まないかと誘ってきましたよ」
「そいつも、どこまで本気だったのかは分からんぞ。組めば手の内を探られる、そいつが俺のところに流れると考えるなら、リスクの方が大きいだろう」
「なるほど……」
「ってことで、変に掻き回すんじゃねぇぞ。澄んでいる池も、掻き回せば泥が舞い上がって濁るからな」
「コクリナの件もありますから、僕からちょっかいだしたりはしませんよ」
「だといいが、くれぐれも余計な事に首は突っ込むなよ」
「分かってますよ」
そんなに何度も念押しされたら、余計なフラグが立ちそうですよね。
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