第462話 コクリナ沿岸警備隊
「ご主人様、大きな船が来たよ」
「おっ、やっとお出ましかぁ、ではでは様子を見にいきますかね」
ジョベートの様子を知らせてくれたシルトを撫でてあげてから、一緒に影に潜って移動します。
シャルターン王国のドミンゲス侯爵が仕掛けた海賊が襲来してから、既に5日が過ぎようとしています。
海賊の親玉やフレッドが調べた情報からすれば、二日前ぐらいに到着してもおかしくないところですが、そこは風任せ潮任せの帆船なので想定通りにはいかないのでしょう。
帆船が近づいて来たと知らせを受けましたが、コボルト隊が崖の上から強化した視力で発見したので、まだ岸からは遥かに離れた場所に浮かんでいます。
『ケント様、風向き次第ですが、まだ接岸するには時間が掛かりますぞ』
「うーん……ぼーっと待ってるのも能が無いから、さっそくお邪魔しちゃいますかね」
見えている場所ならば、ひょいっと移動出来ちゃうのが影移動の良いところです。
ジョベートに向かっている軍船は、フレッドの情報通り全部で6隻。
6隻は同じ形に見えますが、ドミンゲス侯爵が海賊共に提供したものとは、形が異なっているように見えます。
どうやら、こちらが新造船で、海賊に下げ渡したのは中古リフォーム船といった感じなのでしょう。
「どれが指令を出す船だろう」
『おそらく、あの一番大きな旗を掲げている船でしょう』
6隻は、いずれも同じ紋章の旗を掲げていますが、1隻だけ大きな旗を掲げていました。
その船のキャビンを覗いてみると、だらしなく軍服を着崩したキザっぽい口髭を生やした男が、大きな椅子に座り、机に脚を投げ出してふんぞり返っています。
確か、ドミンゲス侯爵の筋書きでは、港を占拠している海賊船を騙し打ちの形で討伐する役目を担うはずですが、ちょっと余裕ぶっこきすぎじゃないですかね?
キザ男が大欠伸をした直後、船室のドアがノックされました。
「誰だ……」
「ホレスであります!」
「入れ……」
キザ男がダルそうに答えると、ドアを開けてキビキビとした動きで船員が入って来て、ビシっと音がしそうな敬礼を決めました。
「申し上げます、ジョベートの入り江が見えてきましたが、どうも様子が変であります!」
「変? どう変なんだ」
「はっ、本来であれば入り江の入口である場所に、砦のような物が築かれております」
「何だと、見間違いじゃないのか?」
「いえ、航海士と共に、周囲の崖の景色なども見較べましたが、ジョベートに間違いはございません」
「どうなってる……よし、俺が確かめる」
キザ男は机から足を下ろすと、意外にも身軽な動きでキャビンを後にします。
甲板に下りて船の舳先へと進み、ジョベートを観察していた船員から望遠鏡を受け取り、陸地へと向けました。
「何だありゃ……どうなっていやがる」
そりゃ、そう思うのも当然だよね。
海賊が来た翌日の夕方には、既に橋は出来上がっていたし、その後、こいつらが来るのを待つ間に、可動橋にしない部分には壁が築かれて砦となっています。
中央の稼働橋にする部分も、土のうを積み上げて、仮設の砦が築かれていました。
「全ての船に停止の合図を出せ!」
「はっ!」
キザ男が指示を出すと、マストの上の男が他の船に向かって赤い旗を振りはじめました。
直後に全ての船の帆が下ろされ、船足が止まります。
隣りの船が、下ろしたオールを巧みに使い、キザ男の乗る船に舷側を寄せて来ました。
キザ男と同じように、舳先で望遠鏡を使っていた男が声を掛けてきます。
「エドベリさん、ありゃどうなってんだ?」
「さぁな、手前はどう思うんだ、フィデル」
「さぁ……でも、オレーゴの野郎、しくじりやがったんでしょう」
「まぁ、そうだろうな。問題は、どの程度しくじっていやがるかだ」
「ゲロってますかね?」
「さぁな……取っ捕まるぐらいなら、最後まで暴れて死ねとは言ってあるけどな」
二人の会話の様子は、マストの影の中から撮影しています。
まだ陸地まで距離があると思って、デカい声で話してくれて助かりますね。
「でも、エドベリさん、ゲロっていても、海賊の戯言だってとぼけるんですよね?」
「とぼける? 俺達はシャルターンを荒らしまくった海賊を追いかけて来ただけだぞ」
「ははっ、そうでしたね。そんで……どうするんすか?」
フィデルと呼ばれた男の問いに、エドベリは少し考えてから答えました。
「帆を上げて進む。入り江の手前で止まるから、タイミングを間違えるなよ」
「了解っす!」
またマストの上で旗が振られ、6隻の船はスルスルと帆を上げ始めました。
帆が一杯に風をはらみ、ぐんっと船足が上がります。
エドベリの乗った船を中央にして、左右に2隻ずつ、後方に1隻を従える形で船団は進んで行きます。
船と船の間隔を一定に保って進んでいるあたり、かなり操船技術は高いようです。
船がジョベートへと近づく間に、エドベリは制服のボタンを留め、髪を撫でつけ、帽子を目深にかぶりました。
身支度を整えると、なるほどと思わせる貫禄を感じさせます。
船団は、エドベリの指示に従って入り江の入口の50メートルほど手前で止まり、錨を下ろしました。
「ボートを下ろせ! フィデル、留守中の艦隊指揮を預ける!」
「了解しました!」
エドベリは、一段と大きな声でフィデルに命令を下すと、縄梯子を伝ってボートへと降りました。
ボートと言っても、救難用の大きなもので、詰めれば大人が10人以上は乗れそうです。
船員二人がオールを漕ぎ、エドベリはボートの中央にドッカリと腰を下ろしました。
ボートが入り江の入り口へ近づいていくと、砦と化した橋の上に陣取ったジョベートの守備隊員が大きく手を振って、右手の岸壁に寄せるように誘導しました。
元は灯台守の詰所だった場所が拡張されて、新しい橋の詰所となっています。
今回の会談は、ここで行われる予定だと聞いています。
コクリナ側も領主一族が出張ってくる訳ではないので、ジョベート側も対応は守備隊の隊長が行います。
詰所の中には会談用のテーブルが既に準備されていて、それを見たエドベリはほんの少しだけ眉をひそめてみせました。
通常、こうした会談では双方が握手を交わしてから始まるものですが、出迎えるジョベート側には一切の笑顔も無く、ピリピリとした空気が漂っています。
勿論、会談の様子は録画させていただきますよ。
「我々はコクリナの沿岸警備隊です。私は一番艦の艦長エドベリと申します。コクリナ沿岸から海賊を追跡して来ましたが……これは一体、どうなっているのですか?」
「私は、ジョベート守備隊の第一部隊の隊長カイラスです。そちらが追跡されていた海賊ですが、港に入って暴れたので討伐いたしました」
カイラスは、30代後半か40代前半ぐらいの筋骨逞しい男性で、鍾馗様のような髭を蓄えています。
「そうですか、駆けつけるのが遅れて申し訳ない」
「いやいや、ゆっくりと来ていただいたおかげで、このように備えを整えられました」
「備え……ですか?」
「はい、捕らえたオレーゴという男が、色々と話してくれましたから」
「ほぅ、そのオレーゴというのは海賊の一味なのですか?」
「ええ、今回の海賊共の親玉ですね」
「それはそれは、親玉を生きたまま捕らえるとはお手柄ですね。それで、その男はなんと言っているのですか?」
「船はドミンゲス侯爵から下げ渡されたもので、ジョベートの港を襲撃して、応援が到着するまでの間、街の一部を占拠していたら、占領後のジョベートの裏社会の利権を与えると言われたと……」
「はっはっはっはっ……有り得ませんよ。なんで我々が海賊を支援しなければいけないのですか。船を与えて、わざわざそれを討伐するために海を渡って追いかけてくるなんて馬鹿げたことをするはずがありません」
エドベリは、テーブルの上で両手を広げて、芝居がかった口調で即座に否定してみせた。
その様子を見守るカイラスは眉すら動かさず、じっとエドベリの表情を見守っています。
「そうですか……まぁ、いずれにしても我々は今回の襲撃による被害額を集計し、ドミンゲス侯爵に対して抗議文とともに請求するつもりです」
「いやいや待って下さい。そんな海賊風情の戯言を信じるのですか?」
「ええ、信じますよ」
「はぁ……なんの証拠があると言うのですかな?」
「証拠ですか……それは、これからじっくりと整えさせていただきます」
「それでは、証拠も無しに我々を誹謗するのですか?」
「ふふっ……」
カイラスが
「何がおかしいのですか?」
「我々は襲撃まで受けて多大な被害を出している。誹謗というのであれば、そちらが海賊共と何の関りも無いという証を見せてもらおうか」
「何を言い出すかと思えば、何の関りも無いのに、どう証を立てろと言うのです。こうして討伐するため追いかけてきたことこそが証でしょう」
「クアデール……」
「な、なんの関係が……」
カイラスが整備が進められている港の名前を口にすると、エドベリはピクリと反応をみせました。
カイラスの方が役者が上なのか、それとも状況や交渉材料の差なのか、エドベリの表情が硬くなっているようにみえます。
「なかなか良い港が出来るようですな」
「今は海賊の話をしているのでしょう。クアデールは関係ない」
「そうですか……では、コクリナを永続的に使用する契約も必要ありませんな?」
「それは、それは……何の話ですかな?」
「おや、ご存知ありませんか。海賊共には襲撃後2、3日で援軍を送ると言っておいて、実際には軍船を送って騙し討ちにして討伐。ついでに援助物資を届けて恩を売り、コクリナの永続的な使用契約を結ぶ……そういう筋書きだと伺ってますが?」
エドベリの頬がピクっと引きつり、こめかみに汗が滴る様子をカメラはバッチリ捉えています。
「何を仰られているのか……それも海賊共の戯言ですかな」
「それでは、貴君らはあくまでも海賊討伐のためにジョベートを訪れた訳ですな?」
「そ、その通りだ」
「先程、申し上げた通り、海賊は既に討伐を終え、街の復旧のための資材などもランズヘルト各地から届いている。という事ですので、お引き取りいただこうか」
「いいだろう。討伐の手間が省けて助かった……だが、我らを海賊の一味であるかのように愚弄した件は、改めて抗議させていただく」
「どうぞ、ご随意に……」
終始落ち着いた様子を崩さなかったカイラスに対して、席を立ったエドベリのこめかみには血管が浮き出ています。
荒々しい足取りで詰所をでたエドベリは、ボートを係留した岸壁で見送りにきたカイラスに向き直ると、本性を現したかのように顔を歪めて言い放ちました。
「あまり調子に乗るなよ。まだコクリナには足止めされているジョベートの船がいるのを忘れるな」
「それでは、こちらからも一言……船よりも大きなシーサーペントを一瞬でコクリナからジョベートまで送り届けられるような、稀代の冒険者がこちらにはいることを忘れるなよ」
「くっ……覚えていろ、必ず借りは返してやる」
「あまり舐めるなよ小僧、たっぷりと利子をつけて賠償金をふんだくってやると伝えておけ」
敵意剥き出しのエドベリが、船に戻るように船員に命じ、ボートは岸壁を離れて沖へと動きだしました。
それを見送ったカイラスが、大声で命令を下した。
「総員戦闘準備! コクリナの船が近づく素振りを見せたら攻撃を始めろ! 海賊船同様に沈めてやれ!」
「おぉぉぉぉぉ!」
掛け声は勇ましいけど、軍船6隻を相手に戦えるのかい? もしかして、頼りにされちゃってるんですかね?
『いかがいたしますか、ケント様』
「うーん……あっちの出方次第だけど、小競り合いとかになって、これ以上ジョベートに人的損害が出るのは好ましくないから、戦いが始まるようなら止めちゃおう」
『止めるとしても、これだけの規模で戦いが始まると、簡単には止まらないのではありませぬか?』
「まぁ、何とかなるでしょう」
戦いが始まった場合に備えて、必要な眷属に準備してもらいました。
船へと戻ったエドベリは、素早く縄梯子を伝って甲板に上がると、ボートを引き上げるように命じました。
更に、部下を1人呼び付けると、声を潜めて命令を伝え始めました。
「全艦に伝令、帆を畳んだままオールを用意したら、俺の合図で左回頭、右舷からの一斉掃射から離脱せよ……間違えるな」
「了解です!」
イタチの最後っ屁じゃないですけど、攻撃するだけ攻撃して、あとは逃げ出すつもりのようです。
実際、ジョベート側は追い掛けるための船がありませんから、沖に出てしまえば危険は無いという計算なのでしょう。
ボートの引き上げ作業が終わった所で、エドベリが声を張り上げました。
「全艦、左回頭!」
軍船の舷側から長いオールが付き出され、太鼓の音に合わせて回頭作業が進められていきます。
「おぉ、凄いよ、6隻とも同じペースで回頭してるよ」
『ケント様、ご覧下され、どの軍船も、右の舷側に多くの魔術師が並んでいますぞ』
「うわっ、マジでやる気だよ。そんじゃあ、こっちが先手を打たせてもらいますかね」
コクリナの軍船6隻が、回頭を終える直前に、岸との間の海を見通せる位置に闇の盾を出しました。
「やっちゃって、フラム!」
「ういっす! グオァァァァァ!」
海面が波立つほどの咆哮と共に、直径10メートルはありそうな炎弾が、両軍を分断するように突き進み、100メートルほど先で海面に落下して水蒸気爆発を引き起こしました。
ドガァァァァァ……
爆音に続いて爆風が吹き荒れて、コクリナの軍船を大きく揺らしました。
更に大きなうねりが押し寄せて、船を上下に揺さぶりました。
「おぉぉ……さすがフラム。てか、また威力が上がってない?」
「勿論、強化は怠ってないっすよ」
「いいね。では、エドベリに釘を刺しに行きますかね」
エドベリは、旗艦の舷側に張り付いて、水蒸気爆発が起こった方向を目を見開いて見詰めています。
その目の前、海の上に闇の盾を出して身を乗り出しました。
「大人しく帰る気になりましたか?」
「な、なんだ手前は……」
「ヴォルザードの冒険者、ケント・コクブといいます。もし、一発でも岸に向かって攻撃を行ったら、今度は船に直撃させますから、そのつもりでいて下さいね」
「なんだと……おい、待て!」
影の空間に戻って闇の盾を消すと、エドベリは盛大に舌打ちしてみせました。
「攻撃中止! 全艦左回頭、コクリナへ帰還する!」
エドベリが命じるまでもなく攻撃は中止されていましたが、旗による伝令が行われると艦隊は東に向けて回頭し、コクリナを目指して帆を揚げました。
船が東に向かって進み始めると、エドベリはかぶっていた帽子を甲板に叩き付けて喚き散らしました。
「くそっ、くそっ、くそがぁ! どいつも、こいつも舐めくさりやがって、目に物見せてやるから覚えてやがれ!」
いやぁ、清々しいまでのヤラれキャラなので、このエドベリは継続して観察させてもらいましょう。
コクリナに戻れば、ドミンゲス侯爵に報告に向かうはずです。
2人がどんな会話をするのか、是非とも聞かせてもらいましょう。
勿論、バッチリ録画させてもらう予定ですよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます