第463話 落とし前
ジョベートでコクリナの船を追い払い、ヴォルザードに戻ってきたら唯香に治療を頼まれました。
治療する患者はルジェクだそうです。
悪ガキ共に袋叩きにされたらしく、全身に酷い打撲を負っているそうです。
肋骨や腕の骨にもヒビが入っているらしく、子供の悪ふざけレベルを逸脱しています。
マルトが呼びに行ったのが夕方近くで、守備隊の診療所で一日の治療を終えようとしていた唯香は魔力の余裕が無く、完全には治療できなかったそうです。
僕が家に戻った時には、打撲の影響で発熱して、苦しそうな息遣いをしていました。
そんなルジェクの枕元で、美緒ちゃんがタオルを絞って額に乗せて看病しています。
ルジェクの息遣いは苦しそうなのに、やけに目が幸せそうに見えるのは、僕の気のせいでしょうかねぇ……。
「健人お兄ちゃん、お願い、ルジェクを治して」
「大丈夫、すぐ治療をするよ」
「すみません……ケント様」
「あぁ、喋らなくていいよ。話は治療が終わってから聞くからね」
「はい……」
まずは、お腹に負った打撲と肋骨の骨折を治療して、身体の状態を安定させました。
それから右手、右足、左手、左足の順番で治療して、最後に顔に負った打撲を癒せば完了です。
治療が終わったら話を聞くつもりでしたが体力の消耗が激しかったらしく、ルジェクは眠ってしまいました。
これは、このまま寝かせておいてあげた方が良いでしょうね。
代わりに美緒ちゃんから話を聞くと、ルジェクを袋叩きにしたのは歓楽街のボスの息子と、その取り巻きのようです。
どうやら美緒ちゃんに興味を持って、ちょっかいを出そうとして、止めようとしたルジェクがボコられたようです。
「それで、綿貫さんが間に入ったの?」
「うん、えっと……ケントお兄ちゃんに敵と認定されたから、どうすれば良いか親に聞けって言ってた」
「はぁ……なるほど」
「ごめんなさい、あたしのせいで……」
「ううん、美緒ちゃんは何も悪くないよ。悪いのはルジェクを虐めた連中と……まぁ、歓楽街のボス絡みじゃ綿貫さんの対応も仕方ないか」
「早智子さんは、ルジェクを助けようとしただけだから……」
「うんうん、分かってるから大丈夫だよ。歓楽街のボスだろうと、僕の周りにいる人には手出しさせないから安心して」
美緒ちゃんは、しゅーんと落ち込んでいましたが、頭を撫でてあげると表情を和らげました。
メイサちゃんだと、ニヘラって口元が緩んじゃうところだけど、さすが唯香の妹だけあって美少女指数高いですよね。
これは、歓楽街のボスの馬鹿息子が一目惚れしたっておかしくないですね。
美緒ちゃんには大丈夫だとは言いましたが、その歓楽街のボスがどんな人物なのか、どういう対応をしてくるのか分からないので少々不安です。
コクリナ関連も動かないといけませんが、今日追い払った船が戻るまでには一週間は掛かりますので、その間には片付けられるでしょう。
てか、子供の喧嘩だからと首を突っ込んで来ないと助かるんですけどねぇ……。
と思っていたら、早速動きがありました。
「王よ、面会を求める者が門へと訪れておりますが、いかがいたしますか?」
「ありがとう、今行くね」
知らせに来てくれたカーメを先に戻して、玄関で靴を履いて門へと影移動しました。
門の前には三組の親子がいて、門から5メートルぐらい離れたところで一塊になってガタガタと震えています。
ヴォルザードは新緑の季節を迎え心地よい気温で、震えるような寒さではないはずですけど……。
「ご主人様、あいつらがルジェクを虐めた奴だよ」
「ちゃんと親に話してた」
「めちゃくちゃ怒られてたよ」
よく見ると、真っ青になって震えている子供の頬は、張り倒されたらしく腫れています。
ルジェクの打撲の度合いからくらべれば全然軽いとは思うけど、親に叩かれるのってトラウマものだろうね。
僕は両親との折り合いが良くなかったので、叩かれた記憶も無いんだけど、この状況はちょっとやり過ぎなのかなぁ……。
三組の親子から良く見える位置に闇の盾を出して、ゆっくりと表に出ました。
「こんばんは、僕が……」
「申し訳ございませんでしたぁ!」
名乗ろうとした瞬間、一人の父親が叫びながら自分の子供の頭を地面に叩きつけるような勢いで下げさせ、自分も地面に額を打ち付けるように平伏しました。
「申し訳ございません!」
「どうか、どうか、命だけはお助け下さい!」
残る二組の親子も、最初の親子同様に平伏してしまいました。
門へと続くトンネルの入り口には、黒山の人だかりが出来ている中で、この状況はまずいですよねぇ。
「あいつら何をしでかしやがったんだ?」
「どうなっちまうんだ?」
「魔物の餌にされちまうんじゃねぇ……」
いやいや、僕の眷属は人を食べたりしませんからね。
「あのぉ……とりあえず頭を上げて下さい。それじゃあ話も出来ませんから」
「は、はい……」
三組の親子が顔を上げたところで、僕もしゃがみ込んで視線を合わせて話をします。
「ジョベートに来たコクリナの軍船を追い払って戻って来て、さっきルジェクの治療を終えたところです。全身に殴られたり蹴られたりした打撲があって、肋骨や腕の骨にヒビが入っていました。治療を終えた後、ルジェクは疲労のために眠ってしまったので、本人からは事情を聞けていないのですが、皆さんはどんな状況だったと聞いていますか?」
最初に頭を下げた父親に発言を促すと、一度目を閉じて大きく息を吸い、一つ頷いてから話し始めました。
「うちの息子が、メネンデスの息子に命令されて、ここにいる二人と一緒に殴る蹴るの暴行をしたらしい。いくらメネンデスの息子に命じられたとは言え、今聞いた怪我の程度はガキの喧嘩で済まされるもんじゃない。だが……だが、こいつはまだ10年ぽっちしか生きてねぇガキだ。まだ、いっぱい楽しいこと、嬉しいことを積み重ねて、将来を共にする女と出会って、家族を築いていくはずだ。もう二度と、二度とあんたの身内には手を出させねぇと誓わせる! 死ねというなら、俺が代わりに死ぬから……こいつの命だけは助けてくれ! 頼む! この通りだ!」
「父ちゃん! 父ちゃん……うぅぅぅ……」
地面に額を擦り付けて命乞いをする父親と、すがって泣く子供……もう完全に僕が悪役じゃないですか。
他の二組の親子も、同じように地面に額を擦り付けています。
「ケント様、これは一体どうしたのですか?」
どうしたものかと考えていると、不意に横から声を掛けられました。
ベアトリーチェとセラフィマが、女性騎士と一緒にギルドから戻ってきたようです。
「あっ……リーチェ、セラ、おかえり。うん、説明すると長くなるんで、事情は唯香に聞いてもらえる」
「はぁ……お手柔らかにお願いしますね」
少し呆れ気味のベアトリーチェの声を聞いて、平伏していた親たちがチラリと視線を上げました。
たぶん、援護射撃を期待したんでしょうね。
「さて……最初に言っておきますが、ルジェクの打撲は酷いものでしたが、既に治療も終えていますし、命に係わるほどではありませんでした。ですから、皆さんの命をもらい受けようなんて気持ちはサラサラありません」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「ただし……これで無罪放免、何のお咎めも無しという訳にはいきませんよね?」
「それは……」
「そもそも、謝罪するなら僕よりも、まずはルジェクにするべきでしょう」
「そうでございますね……」
「それと、メネなんとかの息子もどうにかしないといけませんよね?」
歓楽街のボスの息子の話を出すと、途端に親たちの顔が引き攣りました。
やはりヴォルザードにおいて、歓楽街の3人のボスは隠然たる影響力を持っているようですね。
「そのメネなんとかって奴は、そんなに厄介な人物なんですか?」
「そ、それは……俺の口からは……」
「あぁ、良いですよ、無理に言わなくても構いません。僕が自分で調べますから、大丈夫です。ただ……その息子に脅されて、この子たちが道を踏み外すのは容認出来ませんね」
「だが、逆らったら今度はうちの息子が……」
「では、そのまま言いなりになって、街のゴロツキに成長しても構わないんですか?」
「それは……それは困るけど、俺達じゃ逆らえない……」
クラウスさんは、歓楽街のバランスを崩さないために、3人のボスによる三竦みの状況を容認しているみたいだけど、この様子を放置するのはどうなんでしょうね。
「分かりました。それじゃあ、こうしましょう。明日からルジェクには僕の眷属を護衛兼連絡役として付けます。僕の眷属は影の中に潜んでいますので、姿は見えなくてもいつも近くにいます。こんな感じで……」
僕の意図を察したムルトがひょこっと影から出て来て、さぁ撫でてとばかりに擦り寄ってきます。
「そのメネなんとかの息子とは、普通の友達として付き合うのは構いません。でも、今回のように誰かを殴れとか、脅せとか、理不尽な要求や法に触れるような命令をされた時には、ルジェクに助けを求めて下さい。ルジェクには、公正な判断を下すように言っておきますし、何かがあれば僕のところに連絡が来るようにしておきます。だから、裏社会の圧力に屈して人の道に外れるようなことはしないで下さい」
「わ、分かった。それと……こんなことを頼めた義理じゃないのは分かってるが、どうかうちの息子を守ってくれ、勿論俺からも真っ当な人間になるように言い聞かせるし、道から外れたら張り倒して連れ戻す。だから……頼む」
またしても頭を地面に擦りつけて、頼み込まれてしまいました。
「分かりました。ただ、僕の一存で勝手に進められないので、この件はクラウスさんとも相談して動きます。少し時間をいただくかもしれませんが、ヴォルザードを暮らしやすい良い街にするために動いてみましょう」
「ありがとうございます」
「あぁ、君ら3人は明日学校に行ったら、ちゃんとルジェクに謝っておくように……分かった?」
「は、はい、分かりました」
「じゃあ、これで……」
闇の盾を出してスマートに退場しようと思ったのですが、ずっとしゃがんで話し込んでいたので、足がしびれて尻餅をつきそうになっちゃいました。
なんでこう肝心なところで格好付かないんでしょうかねぇ……。
『歓楽街のボスとは……また厄介事の匂いがしますなぁ』
「相手の出方次第と思ってたけど、あんなに怖がっているところを見ると、問題なし……とは言えないよね」
『そうですな。クラウス殿次第ではありますが、少し探りを入れた方がよろしいかもしれませんな』
「うん、先手を打たれるのは嫌だから、メイサちゃんと、アマンダさん、それと綿貫さんにもコボルト隊を付けておいてくれるかな?」
『了解ですぞ。ゴロツキ共は、我々の常識が通用しない場合がありますからな』
交渉を有利に進めるために、海賊討伐を自作自演しようなんて考える貴族がいるくらいですから、何をやられても大丈夫な備えは必要でしょう。
ラインハルトにコボルト隊の配置をお願いして、屋敷へと戻りました。
ルジェクの姉のマルツェラには、夕食の席で護衛を付けるから大丈夫だと話しました。
「愚弟が面倒をおかけして申し訳ございません」
「とんでもない、ルジェクはちゃんと美緒ちゃんのナイトの役割を果たしてくれたんだから、今度は僕が報いる番だよ」
「いいえ、私たちこそ旦那様には返しきれないほどの御恩がございます。ミオ様を守れたならばルジェクの命など……」
「違うよ。この屋敷に暮らす人たちは、全員僕の家族だからね。誰かのために、誰かの命が失われても良いなんてことは無いんだからね」
「私には、もったいないお言葉です……」
とりあえず、マルツェラは暴走するような気配は無さそうです。
夕食の後、一休みしたら情報収集に向かいましょう。
クラウスさんから歓楽街のボスについて話を聞こうと思い、影に潜ったところでカーメに声を掛けられました。
「王よ、お届け物です」
「えっ、僕に? 誰から?」
「メネンデスの使いだと申しておりました」
情報収集をして対策を練ろうかと思っていましたが、早速動いてきましたか。
カーメが持っているのは小ぶりの木箱で、手紙が添えられています。
謝罪の品物でも入ってるんでしょうかね。
「何だろう?」
「王よ、血の匂いがします」
「えっ……うっ! これは……」
箱に入っていたのは、肘の辺りで切り落とされた人間の腕でした。
大きさからみて、子供の左腕のようです。
急いで手紙を開くと、整った筆跡で謝罪の言葉が書かれていました。
『ケント・コクブ殿
愚息が御身内に対して大変な失礼をしでかした事、心よりお詫び申し上げる。
償い金を……とも思いましたが、金など使いきれないほどお持ちと聞き及んでおります。
なので、謝罪の証として愚息の左腕を切り落としました。
この程度ではお怒りが収まらないかもしれませんが、私の顔に免じて、どうか命ばかりはお助け願いたい。
メネンデス より』
「この子を見張っていたのは誰?」
「わぅ、私です。ご主人様」
「この子の家に案内してくれるかな」
「こっちです」
メネンデスの息子を見張っていたチルトの案内で、影に潜って歓楽街のボスの家へと移動しました。
「この部屋で、怒られて、腕を切られた」
案内されたのは、メネンデスが使っている書斎のようですが、今は誰もいません。
「腕を切られた子が、どこにいるのか探して」
「わぅ、分かりました」
チルトの他にも、手の空いている眷属にも手伝ってもらって、屋敷の中を探してもらいました。
「見つけました、ご主人様」
「案内して」
向かった先は離れの一室で、ベッドに寝かされて痛みに呻いている子供に初老の男が付き添っています。
この男がメネンデスなのでしょうか。
視界に入るように闇の盾を出し、木箱を抱えたまま部屋に踏み込むと、初老の男はギョッとした表情を浮かべた後、椅子から立ち上がって深々と頭を下げました。
「この度は、本当に申し訳なかった」
「あなたがメネンデスさんですね?」
「そうだ、これが息子のロレンシオだ」
「色々と話したいことはありますが、まずは治療をやらせて下さい」
「治療なら、もう終えている」
「いやいや、こんなものを送り付けられても、僕には使い道がありませんからお返ししますよ」
「返すって……まさか、繋がるのか?」
「はい、繋がりますよ」
「だが、どうして治療してくれるのだ?」
「あー……そういった話は後にしてもらってもいいですかね。彼、かなり痛そうだし、苦しそうですよね」
手振りでメネンデスに場所を空けてもらい、左腕が良く見える位置に椅子をずらして座りました。
「これから君の腕を元通りに繋げようと思うんだけど、少し……いや結構痛い思いをすることになると思う、どうする、やる? それとも止めておく?」
「繋げて下さい。お願いじますぅぅぅ……」
「分かった、じゃあ腕に触るけど、しばらく我慢してね」
「はい……」
ロレンシオは、顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくっています。
こんな小さな子供に、こんな酷い仕打ちをするなんて、僕の予想を遥かに超えていますよ。
「うぎぃぃぃ……」
肘から先が無くなったロレンシオの左腕を持ち上げて、血が滲んだ包帯を外していきます。
出血を止めるためなのでしょう、二の腕の切断面は焼き固めてありました。
焼け爛れた二の腕に、斬り落とされ青白く変色した腕が繋がるような位置に置き、両方の切断面を送還術で斬り落としました。
たちまち二の腕の切断面からは鮮血が溢れてきましたが、構わずに治癒魔術を発動します。
「腕が元通りに繋がるようにイメージして」
「はいぃぃ……ぐぅぅぅ……」
切断面を両手で包み込むようにして治癒魔術を掛けると、ほのかな光に照らされながら欠損部分が復元して出血は収まり、切り落とされていた腕にも血の気が戻ってきました。
「あぁぁ……うぅ……」
砕けるのではないかと心配になるほど歯を食いしばっていたロレンシオは、大きく息を吐くと身体の力を抜き、気絶するように眠りに落ちていきました。
ロレンシオが眠ってしまうと、ちゃんと腕が繋がったのか確認出来ませんが、血色も戻っていますし、指先を突くと反応があるので血管も神経も繋がっているようです。
「うん、まぁ大丈夫でしょう」
「かたじけない。何と言って良いのか言葉が無いほどだ……」
ロレンシオは精魂尽き果てて眠り込んだようなので、ちょっとやそっとでは目覚めないでしょうが、場所を変えてメネンデスと話をすることにしました。
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