第461話 病の原因

※ 今回もルジェク目線でお送りします。


「おい、お前。昨日、隣のクラスの転校生と一緒に帰ってたよな」

「はい、それがなにか?」

「あの女、連れて来い」


 いつものように昼休みを1人で過ごしていると、クラスメイトの男子が4人、僕のところに来て話し掛けてきた。

 連れて来いと言われた転校生とはミオ様だ。


 ミオ様は、暫くの間ヴォルザードに滞在なさるそうで、その間1人で勉強するのも味気ないので、こちらの学校に編入されることになった。

 将来的には、ケント様たちの祖国との文化交流も行われるそうで、その実験的な意味合いも兼ねての期間限定の編入らしい。


 勿論、普通の同級生達と交流してもらうのは構わないが、こいつらだけは駄目だ。


「申し訳ありませんが、お断りいたします」

「お前、誰に向かって言ってるのか、分かってんのか?」

「ヴォルザードの歓楽街を取り仕切る3人の元締めの1人、メネンデスさんの息子ロレンシオさんですが……」


 4人中で、一際仕立ての良い服を着た小太りな男子がロレンシオ。

 さっきから僕の前で喚いている背の低い男子がキケ。


 その隣でニヤニヤした笑いを浮かべているヒョロっとした男子がサウダ。

 ロレンシオの頭の上から僕を見下ろしているデカい男子がホアキン。


 歓楽街のボスの息子と取り巻き3人という構図だ。

 学校に通えるようになって姉さんからは、なるべく多くの人と関わって、どんな家のどんな人か覚えて、ケント様のお役に立つ繋がりを作れと言われた。


 その僕が、真っ先に要注意人物として覚えた連中に、ミオ様を紹介するなんて出来るはずがない。


「お前、分かってるなら、さっさと行って女を連れて来い!」

「連れてきたら、どうするつもりですか?」

「決まってるだろう、ロレンシオ様の召使いにしてやる」

「はぁ……皆さん、ミオ様がどんな方か知った上で言ってるんですか?」

「ミオ様だぁ? 何様だか知らないが、ロレンシオ様に逆らって、タダで済むと思ってんのかよ」


 キケが喚き散らす横で、ロレンシオは仏頂面で立っているだけで一言も口をきいて来ない。

 姉さんと行ったキリア民国やリーゼンブルグのカルヴァイン領でも、こんな奴を何人か見掛けたが、みんなロクな人間ではなかった。


「ミオ様は、ケント・コクブ様の奥様、ユイカ・アサカワ様の妹君です。それでも、召使いにしようなんて思いますか?」


 ケント様の名前を出した途端、4人はギョッとした後で顔を見合わせた。


「お、お前、嘘ついたら承知しねぇぞ」

「嘘なんて言いません。ケント様は御家族をとても大切になさる方です。ミオ様を傷つけるような事をすれば、皆様はケント様の敵になると思っていて下さい」

「な、なんでお前が、そんな事を知ってるんだよ」

「姉がケント様のお屋敷で働かせていただいているので、僕もお屋敷の一角に住まわせていただいております。もう一度申し上げておきます、ミオ様を傷つければ、ケント様は皆さんの敵になります。ご理解下さい」

「ど、どうしますか、ロレンシオ様……」


 話し始めた時と較べて、酷く顔色の悪くなったキケに尋ねられたロレンシオは、ふんっと鼻息を一つ吐き出すと、仏頂面のまま自分の席に戻っていった。

 これだけ釘を刺しておけば、ミオ様にちょっかいを出す心配は無いだろう。


 学校でケント様の話を耳にしない日は無い。

 ヴォルザードは魔の森に接する城塞都市だけあって、学校でも冒険者や魔物の話を良く耳にする。


 その中でもケント様の存在は別格で、何度も街の危機を救い、巨大な魔物を討伐した英雄として知られている。

 以前、ヴォルザードを襲おうとしていたサラマンダーを4頭も討伐した事があったそうだ。


 サラマンダーなんて滅多に見られない大型の魔物なので、学校の生徒たちも先生に引率されてギルドまで見学に出向いたらしい。

 その時に行き会わせたケント様が、メイサちゃんに頼まれて案内役を務めて下さったそうで、サラマンダーの置かれたギルドの訓練場に行くと、ケント様を見た冒険者たちが一斉に道を開けたそうだ。


 キリア民国やカルヴァイン領で見知っているが、冒険者は腕っ節がものを言う稼業で、舐められたら終わりとばかりに小競り合いを繰り返している人達だ。

 そんな人達が我先にと道を開けるなんて、とんでもない実力差が無ければ起こらない。


 それに、ロレンシオの父親とは別の裏社会のボスが、ケント様によってやり込められたという話も聞いている。

 ミオ様が、ケント様の御身内だと知らせておけば、どんな馬鹿でも手を出そうなんて考えないはずだ。


 僕とキケの会話を聞いていたらしく、ロレンシオ達がいなくなると他のクラスメイト達が話を聞きに来た。


「ルジェク、今の話って本当なのか?」

「本当だよ。ミオ様は、ユイカ様の妹君で、違う世界から一時的にヴォルザードにいらしてるんだ」

「違う世界って、魔の森の向こう側か?」

「いや、もっとずーっと遠い世界らしいよ。ケント様じゃないと行けない場所だそうだ」

「ルジェクは行ったことあるの?」

「無い無い、僕なんかが行ける場所じゃないよ」

「そう言えば、ルジェクも遠くから来たって言ってたよな?」

「そうだけど、ケント様に送っていただいたから、移動は一瞬だったし、凄く遠いらしいけど実感が無いよ」

「なぁ、ミオ様? って、どんな子なんだ?」

「ミオ様は……月の妖精みたいな……」

「月の妖精?」

「い、いや……何でもない! 明るくて、優しくて、素晴らしい方です」


 この後も、昼休みが終わるまでクラスメイト達に質問攻めにされてしまった。

 こんな事は、学校に通い始めた頃以来だ。


 そんなに質問があるなら直接ミオ様に聞けば……いやいや、それではミオ様のご迷惑になってしまうだろうし、変な男が近づいたらケント様やユイカ様に怒られてしまう。

 やっぱり僕が代わりに答えられることは答えて、分からないことは代わりに聞いてあげるようにしよう。


 午後の授業が終わって、帰り支度をして教室を出ると、腕組みをしたミオ様とメイサちゃんが待っていた。

 ミオ様は頬を膨らませてご機嫌斜めのご様子だ。


「ルジェクでしょう。あたしがお姉ちゃんの妹だって喋ったの!」

「はい、話しましたが、それが……」

「それがじゃないわよ! 前にも話したよね、凄いのはケントお兄ちゃんで、あたしは何も凄くないんだって」

「はい、伺いました」

「あたしは、特別扱いされたくないの! 普通の女の子として、普通にみんなに接してもらいたいの!」


 どうやら僕がロレンシオ達に話した内容が隣りのクラスまで伝わって、それまで普通に接していた子達がミオ様と呼ぶようになったようだ。


「ですが……」

「ですがじゃない! これからメイサちゃんの家に遊びに行くけど、付いてこないでよね!」

「あっ、ちょっと待って下さい、ミオ様……痛っ!」

「あたしは、美緒様なんかじゃない、ただの美緒!」


 足早に歩み去るミオ様を追い掛けようとしたがデコピンを食らわされ、メイサちゃんに手で制され二度三度と頷かれたので、思わず立ち止まってしまった。

 胸が苦しい……ドキドキしても苦しくならなかったのに、また胸が締め付けられるように苦しい。


 廊下の角を曲がって行くミオ様を見送っていたら、なんだか泣きそうになってしまった。

 そのまま廊下に立っていても仕方がないので、重たい足を引きずって学校を出たが、もうミオ様の姿は見当たらなかった。


 これまで僕が失敗しても、ミオ様はあんなに怒ったりしなかった。

 一体、何を間違えてしまったのだろう。


 校門を出たところで、お屋敷に戻るか、それともメイサちゃんの家に行くか迷ってしまった。

 このままお屋敷に戻るべきじゃないと思うのだが、追いかけて行けば余計にミオ様を怒らせてしまいそうな気もする。


「おい、お前……ちょっと付いて来い」


 校門のところで迷っていたら、キケに声を掛けられた。

 少し離れたところに、ロレンシオ、サウダ、ホアキンの姿もある。


「何の用ですか……」

「うるさい、いいから付いて来い!」


 キケに襟を掴まれて引っ張られた。

 ロレンシオ達4人の中ではキケが一番背が小さいが、それでも僕より少し大きい。


 振りほどこうとしたけど、力はキケの方が強くて引っ張られてしまった。

 ロレンシオに顎で指示されて歩み寄って来たホアキンにベルトを掴まれると、身体が半分浮きあがるような感じで抵抗すら出来ない。


 そのまま目抜き通りを渡り、路地裏へと連れて行かれてしまった。

 ヴォルザードの学校に通い始めた頃、隣の席になった子がロレンシオには関わるなと教えてくれた。


 何かイジワルをされても、我慢しておいた方が良いと言っていたのは、こういう事なのだろう。

 僕や姉さんは、これまで力の強い連中に虐げられ、言うことをきかされ続けてきた。


 僕を健康にするために、僕を守るために姉さんは道を踏み外してしまった。

 だから、ケント様に救っていただいて、ヴォルザードで新しい生活が出来るようになった時、姉さんと二人で誓い合った。


 これからは、誰かのためになる生き方をする。

 権力や暴力に屈して、人の道から外れるような生き方は絶対にしないと。


 それでも、人気の無い路地裏へと連れ込まれていくうちに身体が震えてきた。

 絶対に屈しないと誓っても、力では敵わないし、やっぱり怖い……。


 壁に囲まれた薄暗い小さな空き地で、ホアキンに背後から羽交い締めにされた。

 振りほどこうと力を込めてもビクともしない。


「お前、ケント・コクブに気付かれないように、あのミオって女を連れ出して来い」

「そんなこと出来る訳……ぐふぅ……」


 拒絶の言葉を言い終わる前に、キケに腹を殴られた。


「がはっ……ごほっ、ごほっ……」

「勘違いするなよ。俺はお願いしてるんじゃない、命令してんだ」

「嫌……がはっ……ぐぅ……」


 サウダも加わって、2人掛かりで腹を殴られる。

 お腹に力を込めて構えている時ならまだしも、咳き込んで無防備な瞬間を狙って殴られると呼吸が詰まり、涙と鼻水が溢れてくる。


「どうだ、連れて来るか?」

「嫌だ……がぁぁ……」

「大人しく連れて来ないと、毎日こうだぞ」

「嫌……ぐぇぇぇ……げぇぇぇ……」


 昼に食べたものを全部戻してしまい、胃液しか吐くものが無くなっても殴られた。


「強情な奴だな、ちょっと誘い出してくれば楽になるんだぞ」

「嫌、だ……ミオ様は……僕が守る……ぐぁぁぁ……」

「何が守るだ、手も足も出ないじゃないか」


 痛くて、苦しくて、悔しくて涙が止まらない。


「もういい、メイサの家からの帰り道で誘い出す。そいつは邪魔にならないように、足腰立たなくしておけ」

「へいっ! おい、やるぞ」


 初めてロレンシオの声を聞いたと思ったら、地面に投げ出され、キケ、サウダ、ホアキンの3人に蹴られ、踏みつけられた。

 腹、背中、腕、ふともも、ふくらはぎ……もう、どこが痛いのかも分からない。


「行くぞ……」


 ロレンシオの一言で3人からの暴行が止んで、足音が遠ざかっていく。

 このままでは、あいつらがミオ様の所へ行ってしまう。


 きっとケント様が手を打っていてくれるはずだけど、それでもミオ様は向こうの世界で攫われたと聞いた。

 もし、ロレンシオ達の話を信じて、歓楽街に連れ込まれてしまったら、酷い事をされてしまったら……考えるだけで気が狂いそうだ。


 気が狂いそうだけど、満足に立ち上がることも出来ない。

 助けられないとしても、あいつらは悪い奴らなんだとミオ様に知らせなければ。


「行かなくちゃ……メイサちゃんちに行かなくちゃ……」


 身体に残っている力を全部注ぎ込んでも、カメよりも遅く這うしか出来ない。

 ケント様は、努力を続ければ必ず結果が出るとおっしゃったけど、いつかじゃ遅いんだ。


「動け……動けよ……メイサちゃんちに行くんだ……メイサちゃんちに……」


 目をつぶり、歯を食いしばって伸ばした腕が、まるで水に落ちたように沈んでいく。

 身体全体が、水底へと落ちていった。

 悔しい……僕ではミオ様を守れなかった……。


「うわぁ……ルジェク?」

「えっ……」


 突然名前を呼ばれて目を開くと、周囲が明るくなっていた。


「ちょ、どうしたのさ。あんた、ボロボロじゃないか」

「えっ……サチコ様?」

「違うよ、サチコさんだよ……って、そんな事はどうでもいい。どうしたの、誰にやられたの?」


 何が起こったのか分からないけど、僕がいるのはメイサちゃんの家の裏手で、目の前にいるのはサチコさんだった。


「あんた、闇属性の魔術士だったのか。急に影の中から出てきたからビックリしたよ」

「えっ……僕、魔術を使ったんですか?」

「違うの? それとも無意識で使った……としたら国分の家に行きそうだけどね」

「あっ、そうだ。ミオ様……ぐぅぅ」

「あぁ、無理すんな。美緒ちゃんが、どうしたの?」

「歓楽街のボスの馬鹿息子に狙われていて……」


 突然の事態による混乱から立ち直ってサチコさんに事情を説明していると、聞きたくない声が聞こえた。


「お前! なんでここにいるんだよ!」


 路地の向こうにロレンシオ達の姿があって、キケが小走りで近付いてくる。


「ははぁん、こいつらだね?」


 井戸端に這いつくばった僕を助け起こしていたサチコさんは、キューっと眉を吊り上げるとキケの前に立ちふさがった。


「なんだ、お前、邪魔するな!」

「あたし? あたしは、ケント・コクブの親友だよ」

「えっ?」


 ビクっと足を止めた4人に向かって、サチコさんは腕組みをしてグっと胸を張ってみせた。


「あんたら、自分が何をやったか分かってんの?」

「お前こそ、ロレンシオ様が誰だか分かってんのか?」

「あぁ、歓楽街のボスの息子だろう。それがどうかしたの?」

「ど、どうかしたのだと……」

「そんな事より、このルジェクは国分がメイサ同様に、自分の弟みたいに可愛がっている子だって分かってる?」

「えっ……」


 ロレンシオ達と一緒に、僕まで間抜けな声を出してしまった。


「う、嘘だ。そんな使用人の弟なんかを大切に思ったりするもんか!」

「そうだ、本当だって言うなら証拠を見せてみろ!」

「証拠ねぇ……」


 キケやサウダが喚いているのを聞き付けたのか、階段を下りてくる足音がして、メイサちゃんとミオ様が裏口から顔を覗かせた。


「あぁ、ルジェク、付いて来ないでって言ったのに!」

「おぉ、美緒。丁度良いところに下りてきた」

「えっ、丁度良いって……なんですか、早智子さん」

「国分のところのコボルトちゃん、ちょっと出て来てくれるかな?」


 サチコさんが呼び掛けると、ケント様の眷属であるコボルトが、影の中からひょっこり顔を出した。


「呼んだ? サチコ」

「お仲間を4人ばっかり呼べるかな?」

「うん、いいよ」


 目を丸くしているロレンシオ達をよそに、サチコさんは別のコボルトまで呼び出した。

 ワラワラと影の中から5頭のコボルトが姿を現し、サチコさんを取り囲んだ。


「なぁに、サチコ」

「あいつらがさ、ルジェクを虐めたんだって」

「ルジェクを? じゃあ敵なんだね?」

「やっつける?」

「ドーンってしちゃう?」


 驚いたことにコボルト達は、僕を虐めたと聞いただけで尻尾をピーンと立ててロレンシオ達に向かって歯を剥いた。


「ちょい待ち、まだだよ」


 サチコさんとコボルト達の話を聞いて、ロレンシオ達は顔を真っ青にしている。


「さて、国分の眷属達は君らを敵と認定したよ。勿論、国分が聞いても、この子らと同じ反応をするだろうね」

「ロ、ロレンシオ様、ど、どうすれば……」

「や、やったのは、こいつらで俺は……」

「あー駄目駄目、そんな言い訳は通用しないからね。家に帰って君達の親に、ルジェクに暴力を振るってケント・コクブから敵と認定された、どうしたら良い……って相談しな。ちゃんと親に報告するか、この子らに見張らせるからね」

「わふぅ、任せてサチコ」

「終わったら、撫でてね」

「あぁ、任せときな、たっぷり撫でてやるよ」


 サチコさんがコボルト達と話している間に、ロレンシオ達はジリジリと後退りして、クルっと背を向けると転げるように逃げ出した。


「さぁ、よろしく!」


 サチコさんの合図を受けると、ミオ様の警護担当を残して、コボルト達は影に潜ってロレンシオ達を追い掛けていった。


「ルジェク、良く頑張った!」

「あっ……はい」


 サチコさんにワシワシと手荒く頭を撫でられたら、なぜだか涙がこぼれてしまった。

 サチコさんやコボルト達の手を借りてしまったけど、ミオ様を守れて良かった。


「ほら、美緒もルジェクにお礼を言いなよ」

「私は……私は、健人お兄ちゃんの妹じゃなくて、普通の女の子として見てもらいたいの!」

「そんなの無理だよ」


 サチコさんが眉間に皺を寄せて、何かを言うよりも早く、メイサちゃんが否定した。


「ミオが普通の女の子だったら、あいつらに連れて行かれて、何されてたか分からないよ」

「えっ……」

「ヴォルザードには良い人が沢山住んでるけど、悪い奴もいるんだよ。ミオは、自分で自分のことを守れる? あたしは無理だし、ケントが良いって言ってくれてるから、うちの店はケント縁の店だって、あたしはケントと家族同然だって言ってるよ」

「でも、私はみんなと普通に接したいから……」

「だから無理だって。違う世界から来て、あたし達が知らない事をいっぱい知ってて、黒髪で……ミオ、普通じゃないもん。それに、普通になるために、ミオは何かした? 自分の身を守れるように剣の稽古とか、武術の練習とかやった?」


 すごく仲の良いメイサちゃんに言われて、ミオ様は驚いているみたいだ。


「そうだね。メイサの言う通り、ちょっと美緒は甘えてるな」

「違う! あたしは健人お兄ちゃんに甘えたくないから……」

「でも、出来てないし、この先も簡単には出来ないと思うぞ。ヴォルザードで暮らしていくって、思っているほど楽じゃない。メイサはアマンダさんを手伝って、掃除や洗濯してるけど、美緒はどうだ? 掃除機も洗濯機も無しでやるのは大変だよ。こっちに来て、何か仕事したか? メイサに遊んでもらい、ルジェクに遊んでもらい、国分の眷属に遊んでもらってただけじゃないのか?」


 ミオ様は、唇を尖らせて黙り込んでしまった。

 なんだか瞳が潤んでいるように見える。


「ミオ様、ご希望に添えずに申し訳ございません。ただ、あいつらだけは危ないから……」

「ごめんなさい。ルジェクはあたしのためを思ってやってくれたのに、こんなボロボロになってまで守ろうとしてくれたのに……ワガママ言って、ごめんなさい……うぅぅ……」


 ガバっと頭を下げたミオ様は、両手で顔を覆って肩を震わせ始めた。


「ミオ様……ぐぅぅ……」


 立ち上がろうとしたけど、痛みで身体を起こすのが精一杯だ。


「ほら、無理するな、ルジェク。あー……コボルトちゃん、ちょっと唯香を呼んで来てよ。美緒のせいでルジェクが大変だって」

「わふぅ、分かった。行ってくるね」

「いえ、僕ならだいじょ……ぐぅぅ」

「全然大丈夫じゃないじゃん。唯香が来るまでそこで横になってな。ほら、美緒、ルジェクに膝枕してやりな」

「えっ……うん、分かった」

「いえ、だいじょ……ぐぅぅ」

「はい、駄目。ほら、頭上げて、美緒はここに座る……下ろすよ」


 サチコさまに頭を抱え上げられて、ミオ様に膝枕していただくことになった。

 どうしよう、胸が走り回った時のように、バクバクしてる。


「す、す、すみません、ミオ様」

「もう、何でルジェクが謝るの? 謝るのは私の方だよ」

「ミオ様……」

「もう、ルジェクが美緒様、美緒様言うから、普通に接して欲しくなったんだからね」

「すみません、ミオさ……ちゃん」

「こんなにボロボロじゃ、デコピンも出来ないよ。こんなにボロボロになって……」

「すみません……」


 上から覗き込むミオ様の顔が、息が掛かるぐらい近くある。

 泣きたそうな、怒りたそうな、微妙な表情に見える。


「僕は……ミオ様に笑っていて欲しいです。どうすれば……」

「じゃあ、様も、ちゃんも無しで、メイサちゃんみたいに美緒って呼んで」

「そんな恐れ多い……」

「もう、デコピン……じゃ直りそうもないから、今度、美緒様って呼んだら、チュ、チューしちゃうからね」

「チュー……って、何ですか? ミオ様……んーっ!」

「……こ、こういうことだから」


 ミオ様の顔が迫ってきて……こ、これって。

 止まる……心臓が止ま……いや破裂する……。


「なぁ、メイサ、あれじゃあ直らないよな?」

「あたしもそう思う……けど、良いんじゃない?」

「だな、あたしらがいるのも忘れてたみたいだし……きししし」


 ミオ様は、両手で顔を覆ってしまわれた。

 耳が真っ赤になっているように見えるのは、気のせいだろうか。


 というか、僕も顔が凄く熱くて、たぶん耳まで真っ赤になってると思う。

 これって、もしかして……。


 ケント様、胸のドキドキの原因が分かったかもしれません。

 でも、どうやったら治るのか……いや治したくないような……でも、でも……僕は、どうすれば良いのでしょう。

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