第459話 突貫工事

 コクリナは、シャルターン王国の南西に位置する港町です。

 シャルターン王国の西岸は遠浅の砂浜が広がっていて、大きな船が入れる港は南岸に少し回り込んだコクリナまで存在していません。


 そのため、ランズヘルト共和国との貿易の拠点として発展してきましたが、一つの転機が訪れようとしているようです。

 海賊の親玉オレーゴから話を聞いた後、影の空間でコクリナを探りに行っていたフレッドから報告を聞いています。


「じゃあ、そのクアデールという港が完成すると、貿易の経路が変わりそうなんだね」

『そう、峠越えの必要が無くなるらしい……』


 フレッドの調べによると、現在ドミンゲス侯爵領の東に位置するイグレシア領で、大規模な港湾工事が進められているそうです。

 河口近くに突堤を築いて、外洋を航海する大きな船が入れる港の建設が始まっているようです。


 コクリナからシャルターン王国の王都に向かうには、いくつか峠を越えていく必要があるそうです。

 ヴォルザードでいうなら、マールブルグに抜けるリバレー峠みたいな感じでしょう。


 当然といっては何ですが、山賊が出没することがあり、通行には危険を伴うようです。

 現在、建設が行われている港近くの川は、川幅も狭く、途中には滝があって大型の船は通れないそうですが、更に遡ると王都近くを流れる川に合流するそうです。


『滝の近くには……水力を利用した昇降機も作られるらしい……』

「つまり、王都からの水運を整えてしまうつもりなんだね」


 峠越えをせず、殆どを水路で運べるようになれば、王都へ向かう荷物はクアデールを経由する事になるでしょう。


『川は耕作地域も抜けて来る……タバコなども、こちらの方が便利……』


 シャルターン王国の特産品の一つにタバコがあります。

 日本などでは、健康に及ぼす影響や臭いの面で愛好家が肩身の狭い思いをしていますが、こちらの世界では多くの人が嗜好品として愛用しています。


 ランズヘルト国内でもタバコの栽培は行われているそうですが、シャルターンの物は品質が良く、また種類も豊富だそうです。

 川は、そうしたタバコの生産地も流れてくるらしく、陸路で峠を越えるよりも遥かに楽に港まで運べるという訳です。


 港の整備、昇降機の建設など工事は大規模なので、完成の予定は5年ぐらい先になるそうですが、コクリナにとっては強力なライバルが出現するようです。


「コクリナの状況は分かったけど、それと海賊とはどう繋がるの?」

『自作自演……』

「えっ……どういうこと?」

『自分たちが雇った海賊に襲撃させ……自分たちで討伐して恩を売るつもり……』

「はぁ? それじゃあ、これからドミンゲス領の討伐部隊が到着するってこと?」

『その予定……』


 ドミンゲス侯爵は海賊にジョベートを襲わせて、それを自分達で討伐して救援物資などを届けて恩を売り、今後もコクリナを利用するように条約を結ぼうとしているようです。


「馬鹿じゃないの? 今後も港を使ってほしいなら、利便性を向上させるとか、何かサービスするとか、自分たちの努力でアピールすべきじゃないの?」

『ケント様、これが典型的な駄目貴族の考え方ですぞ。民衆は、自分に平伏して従うものとでも考えておるのでしょう。それに……』

「それに?」

『ジョベートを痛めつければ、シーサーペントの一件で面子を潰された憂さ晴らしが出来るとでも考えておるのでしょう』

「そんな事のために……?」

『そんな事のために馬鹿げた行動を起こす……それほど体面を気にする貴族もおるのです』


 たぶん、ラインハルトやフレッドが生きていた頃にも、ドミンゲス侯爵みたいな貴族がいたんでしょうね。


「てか、バレたら余計に恥かくだけじゃん」

『まさか海賊が生け捕りにされるとは思っていない……討伐して口を塞ぐつもり……』

「海賊どもに裏事情を暴露され、計画の内容まで探られていると知ったら、どうするんだろうね?」

『開き直って攻撃されるのはマズい……6隻の艦隊が来るらしい……』


 自分達が送り込んだ海賊をスムーズに討伐して、後腐れなく口封じをするために、倍以上の兵士を送り込んでくるようです。


「それってマズいよね。ジョベートの船って殆ど燃えちゃってるから、防衛のしようが無いんじゃないの?」

『そう、対策が必要……』 


 ジョベートにも守備隊があり、船を所有していましたが、海賊の攻撃によって焼け落ちてしまっています。

 現在港に残っているのは、近海で漁をする小舟ばかりだそうで、6隻もの軍船が押しかけてきた場合には、入り江を占拠されかねません。


「よし、ちょっと相談してこよう」


 オレーゴの話を聞く間、応接室で待ってもらっていたバジャルディさんの所へと戻り、フレッドの報告を伝えて対応策を相談しました。


「軍船が6隻ですか……」


 ドミンゲスが自作自演のために海賊を送り込んだという話にも驚いたようですが、それよりもバジャルディさんは押しかけて来る軍船の数に絶句しています。


「やっぱりマズい状況ですか?」

「はい、守備隊の船を一箇所にまとめて停泊させておいたので、海賊によって全て燃やされてしまいました。6隻もの軍船に対抗する術はありません」

「では、迎え入れるしか無いんですか?」

「そうですね……ただ、敵になるかもしれない者達に入り込まれるのは、出来れば避けたいところです」

「6隻分の戦力があれば、悪くすればジョベートを占拠されたりしますか?」

「はい、先日の襲撃で守備隊の隊員の一部が戦死したり、重傷を負ったりしているので、人員の面でも不安があります」


 僕の眷属に活躍してもらえば、軍船6隻程度は簡単に沈められますが、制圧するまでの間にジョベート側にまた被害が出るでしょう。


「入り江の入口を封鎖しちゃいますか?」

「はぁ? いや、いくらケントさんでも、入り江を封鎖するなんて……」

「やってみないと分かりませんが、完全に埋めるのではなく、橋脚を築いて船の往来が出来ないようにする程度なら間に合うと思います」

「そんな事が……ですが、船の往来を完全に止めてしまうのは……」


 入り江の入口を封鎖してしまったら、既にジョベートを出てコクリナへと向かった者達が帰って来ても港に入れなくなってしまう。


「フレッドの調べによると、コクリナに到着したランズヘルトの交易船は、海賊の出没を理由にして足止めされているそうです。シャルターンの軍船が到着する前に、ジョベートに戻って来る船はいないようですし、これから出て行く船もありませんよね? でしたら、一時的に入り江の入口を封鎖しておいて、軍船を追い払ったら橋脚だけ残して撤去して、改めて可動式の橋を作るのはどうでしょう?」

「可動式というと、跳ね橋ですね。なるほど、それなら将来的な防衛にも役に立ちそうだ」


 結局、送り込まれてくる軍船は、入り江の入口を封鎖して門前払いして、船団がコクリナに戻ってドミンゲス侯爵に責任者が報告した所を撮影して、その証拠をもとにして賠償を請求します。


「またケントさんに頼らざるを得ませんが、キチンと報酬は用意いたしますので、ご安心下さい」

「では、僕は入り江の封鎖に取り掛かりますね」

「よろしくお願いします」


 バジャルディさんと別れて、ジョベートの入り江の入口へと移動しました。

 入口の両岸には灯台が築かれていて、霧の日や日が落ちた後には火が点されるそうです。


 本来、この灯台から先には、日が落ちた後にはジョベートの船しか入れない決まりがあるそうなのですが、近年は襲来も途絶えていたために海賊船を通してしまったようです。

 灯台には、守備隊の隊員が詰めているので、突然入り江を封鎖する工事を始めると騒ぎになりそうなので、バジャルディさんに書いてもらった書類を見せて説明しておきました。


「軍船6隻……コクリナは、そんな備えをしていたのか」

「ジョベートでは、軍船を保有していなかったのですか?」

「一応、4隻の軍船があったのだが、海賊船に真っ先に狙われて焼け落ちてしまった」


 どうやら海賊どもは、事前に守備隊の船が係留されている場所などの情報を持っていて、最初に脅威となる相手を排除したのでしょう。


「コクリナの軍船はいつ来るんだ? 悠長に橋なんか作っていて間に合うのか?」

「軍船がいつ到着するかは分かりませんが、悠長に工事するつもりは無いですよ。場合によっては大きな波が立つ恐れがありますから、海には近づかないで下さい」

「お、おぅ、分かった……」


 守備隊への説明を終えたら一旦影の空間に戻って、工事の計画を立てます。

 バジャルディさんとは軽く打ち合わせをしてきたのですが、最終的には入り江の入口の中央部分に、大型船が2隻通れる程度の幅を残して橋脚を造ります。


 今回は、中央部分も固定の橋を作ってしまいますが、騒動が終わった後には撤去して跳ね橋を設置する予定です。


『ケント様、どのように工事を進めますかな?』

「うん、とりあえず。海の中の様子を見てからだね」


 星属性の魔術を使って意識を身体から分離して、海の中の様子を確かめに潜りました。

 自然に出来た入り江とあって、中央部分の水深は30メートルぐらいあります。


 橋脚を立てる部分でも25メートルぐらいはあるんじゃないですかね。

 とりあえず、土台を作ってしまいましょう。


 一旦、海の中から上がり、送還術の実験を行いました。

 僕が使っている送還術は、物体を送還先の空間に割り込ませる形で発動します。


 そのため、送還先を硬い物質に食い込むような形で設定すると、上手く発動してくれません。

 空気しかない空間だと問題なく発動しますが、水の中に送り込む形で上手く発動するか試した事がありません。


「まぁ、水の中に送り込めなきゃ、海の上から落とすだけなんだけどね……」


 橋脚の土台は、入り江の近くの崖から送還術で切り出します。

 まずは試しに、30センチぐらいの大きさの石を使って実験してみましょう。


「ではでは、送還! よしっ、大丈夫だね」


 海岸にあった石は、無事に海の中へと移動しました。

 駄目だったら、海の上から落とすつもりでしたが、それだと大きな波しぶきが上がるはずです。


 土台となる岩なので、大きく切り出すつもりでしたから、下手をするとちょっとした津波みたいなものが起こっていたかもしれません。

 まぁ、ちょっと前の僕だったら、起こしてから反省していたかもしれませんが、ちょっとは成長しているのですよ。


「じゃあ、本番の土台を送り込もうかな……送還!」


 崖の岩を抉るようにして、一辺が10メートルの立方体を切り出して海の底へと送り込みました。

 更に、もう一個の土台を送還したら、海に潜って位置を微調整しました。


 そこで一旦身体に戻って、ゼータ達に仕事を頼みます。


「ゼータ、エータ、シータ、影の中から周辺の海底を硬化させて、土台をシッカリと固定してもらえるかな?」

「お任せ下さい、主殿」


 ゼータ達に作業を頼み、再び意識を分離させて作業を続けます。

 最初に置いた土台の隣りに、同じサイズの岩を送還し、その上にも切り出した岩を積み上げていきます。


 片側6個、両側で12個の岩を積み上げると、海面から5メートルほど顔を覗かせた土台が完成しました。

 あぁ、気付いた守備隊のおっちゃんが、顎が外れたみたいに口を開きっぱなしにして固まっちゃってますね。ちょっと説明しておきますか。


「すみません、一応、土台はこんな感じなんですが……」

「ひぃ……こ、こいつは海の底まで繋がってるのか?」

「はい、そうですよ。岩は水には浮きませんからね」

「マジか……」


 守備隊のおっちゃんは、灯台の根元から土台の根元を覗き込んでいます。

 僕も隣にいって覗いてみましたが、水は綺麗ですが海底までは見渡せません。


「すみません、ここからあの土台まで橋板を渡しますので、ちょっと灯台を移動させてもらいますね」

「はぁ? 灯台を移動させるだと?」


 灯台は、切り出した石を積み、漆喰で固めて作られているようで、高さは4メートル、土台の一辺が2メートルぐらいあります。


「こんなもの、移動させられる訳が……」


 途中まで言い掛けたところで、灯台よりも大きな岩の塊が積み上げられたのを思い出したのでしょう、本当にやるのか……みたいな目で見られたので笑顔で頷き返しました。


「ではでは、召喚!」

「おぉぉぉ……」


 灯台を根元の突堤ごと切り取って、元の場所から5メートルほど陸地側へと移動させました。

 続いて、反対側の灯台も移動させました。


「じゃあ、橋板を渡しちゃいますから、離れていてくださいね」

「お、おぅ……」


 橋板は、同じく崖から切り出して、一旦影の空間へと収納しました。

 ここで、ゼータ達にガッチリと硬化の魔術を掛けてもらいます。


「主殿、全部硬化させ終わりました」

「ありがとう、みんなお疲れ様」


 ゼータ達をワシワシと撫で回してから、最後の仕上げとまいりましょう。

 まずは、両岸から土台までの橋板を渡しました。


 厳密にサイズを測っていないので、少し長めに作った部分を送還術でカットして調整して、中央部分の橋板を載せました。

 こちらも長めに作ってあるので、今は両岸の橋板の上に載っている状態です。


 これを長さを合わせて、送還術で切り取って移動させて嵌め込みました。

 最後に、橋板の切れ端を送還術で海の底に移動させれば、仮設の橋の完成です。


「おぉぉ……俺は夢でも見てるのか?」

「それじゃあ、俺も同じ夢を見てるのか?」


 両岸の灯台に詰めていた守備隊員は、橋の中央へ歩み寄って、互いの頬を抓って現実だと確かめています。


「どうも……一応、工事は終わりなんですけど、コクリナの連中を追い返したら、この中央部分は取り去って船が通れるようにします」

「そうか……しかし、すげぇな兄ちゃん」

「そうだ、兄ちゃんよ。できれば、あの灯台をこっちに移動させられっかな?」

「あぁ、そうですね。これからは通路の場所が変わるんですもんね」

「そういう事だ。まぁ、この部分が撤去されるまでは灯台を灯すことはねぇけどな」


 橋の中央部分には、昼間はランズヘルト共和国とエーデリッヒ家の旗を立て、夜は篝火を焚いて船が突っ込んで来ないようにするそうです。

 コクリナの連中との交渉は、エーデリッヒの人たちに任せる予定でいます。


 僕の出番は、軍船が戻っていった後からが本番でしょう。

 バジャルディさんの話では、軍船が来たら賠償を請求するそうです。


 おそらく、知らぬ存ぜぬで通すつもりでしょうから、コクリナに戻った後の様子を探り、録画して証拠を押さえ、改めて額を確定させた賠償金の請求を届けることになるはずです。

 作業完了の報告に出向くと、バジャルディさんは父親である領主のアルナートさんと打ち合わせを行っている最中でした。


「ケント・コクブよ、色々と探りを入れてくれたそうで礼を言うぞ。今日の作業は終わりか?」

「はい、入り江の封鎖作業は終わりました」

「なにぃ! 先程始めたと聞いたばかりだぞ」

「まぁ、橋脚立てて橋板渡しただけですから、後の強化とかはお任せします」

「そうか……後で出来栄えを確認して、相応の費用を支払う」

「これはランズヘルト全体の危機ですから、あまり高額じゃなくて結構ですよ」

「いいや、たっぷりと色をつけて支払ってやるぞ。どうせ、ドミンゲスの野郎に請求する、エーデリッヒの財布は痛まないからな」


 ニヤリと不敵に笑う風貌は、本当に某アメリカ大統領に似ています。

 ただし、こちらはネコ耳付きですから、レア度は上ですけどね。


「被害額は相当なものになるんじゃないですか?」

「当然だ、失われてしまった命は金では贖えんからな……」


 亡くなった領民を思い出したのか、アルナートさんは沈痛な表情を浮かべましたが、すぐに強気な表情へと戻り、今後の話を始めました。


「ドミンゲスの野郎に、ランズヘルトに舐めた真似をすれば、どれほど痛い目に遭うのかキッチリ教えてやらねばならん。そのためには、否定のしようの無い確固たる証拠が必要だ。ケント・コクブよ、手に入れられるか?」

「任せて下さい、僕の有能な眷属が既に動いています。本番は、押しかけて来た軍船が戻ってからになると思いますが、ぐうの音も出ないぐらいの証拠を押さえてきますよ」

「良かろう、費用に関しては縛りを設けぬ。証拠が押さえられるなら、いくらでも金を使って構わんぞ」

「後で、ドミンゲスに請求するから……ですね?」

「その通りだ」


 アルナートさんとニヤリと笑みを交わして、この先の打ち合わせを続けました。

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