第458話 親玉

※ 今回は海賊の親玉目線の話です。


 随分と痛めつけられたが、捕まった海賊としてはマシな方だ。

 海賊は死罪……これはシャルターンでも、ランズヘルトでも同じなはずだ。


 つまり、遅かれ早かれ俺は処刑される。

 まぁ、今まで散々好き勝手に生きてきたのだから、その報いを受けるだけだ。


 俺が生かされているのは、まだ聞き出すことが残っていると思っているからだろうが、話せることは全て話してやった。

 あれだけ、手も足も出せずに一方的にやられれば、諦めが付くってものだ。


 それでも、俺の話が真実だと確信できるまでは生かしておくつもりなのだろう。

 口裏合わせを防ぐつもりなのだろうか、手下どもとは別の牢に入れられている。


 手下の何人かの名前を大声で叫んでみたが、全く返事は戻って来ない。

 あるいは、既に処刑されたのかもしれない。


 処刑されずにいるが、話し相手もおらず退屈極まりない。

 牢の粗末な寝台に横たわり、痛めつけられた打ち身に呻くしかやる事がなかった。


「オレーゴさんですね?」

「あぁん? なんだ手前は……」

「僕はヴォルザードの冒険者でケントといいます」


 突然名前を呼ばれ、首だけ捩って目を向けると、鉄格子の向こうにガキが1人いた。

 確か、ヴォルザードはランズヘルトの西の外れ、魔の森に接する街だったはずだ。


 国を跨いだ遥か遠くの街の冒険者が、なんでジョベートなんかに居るんだか……たまたま巻き込まれた苦情でも言いに来やがったのか。


「ヴォルザードの冒険者が何の用だ?」

「少し話を聞かせてもらおうかと思いまして」

「あぁん? ガキのお守りなんざする気はねぇよ……手前なんぞに話すことなんかねぇ」

「そうですか……あなたを捕らえて、仲間の船を沈めたのは僕だったとしても……ですか?」

「はぁぁ? この俺様が、手前みたいなガキに捕まるとでも思ってんのか? あんまり舐めた口利いてんじゃねぇぞ!」


 俺ら悪党は、舐められたら終わりだ。自分を下に見やがった奴には思い知らせてやらなければ、ずっと舐められっぱなしになる。

 舐めた口を叩くなら思い知らせてやる必要があると、寝台の上に起き上がって睨み付けて凄んでみても、ケントとかぬかすガキは毛筋ほどもビビった様子を見せなかった。


「あぁ、そうか……フレッドの仕事が素早すぎて、何が起こったのかも分かっていないのか」

「なんだと……」


 確かに捕らえられた時のことは、殆ど記憶に残っていない。

 ジョベートの入り江に入り込み、マストの上から手下どもに攻撃の指示を出していたはずが、気が付いたら縛られて甲板に転がされていた。


 気を失う直前に、何か目の前が暗くなったような気がしたが、覚えているのはそれだけだ。

 急に鉄格子の向こうのガキが、得体の知れないものに思えてきた。


 冒険者である以上、例え術士であってもある程度の腕っ節が要求されるものだが、中には常識の枠から外れた連中が存在する。

 このガキも、そうした類なのかもしれない。


「手前……何者だ」

「いや、名乗りましたよね。ヴォルザードの冒険者で……」

「そんなことを聞いてんじゃねぇ、何で俺が捕まった時の様子を知ってやがるんだ」

「あぁ……僕は闇属性の魔術が使えるので、見えている範囲や過去に行ったことのある場所ならば、影の空間経由でどこにでも行けるんですよ。どこまで覚えているか分かりませんが、マストの上で叫んでいた貴方の左前方に闇の盾を出して、眷属に捕らえさせたのは僕ですよ」


 そういうと、ケントというガキは、右手を軽く肩の辺りに揚げてみせた。

 すると空間を切り取ったような真っ黒な四角い穴が現れ、中から金属のような光沢のスケルトンが姿を現した。


 一瞬で鳥肌が立って、冷たい汗が噴き出してくる。

 ただのスケルトンなら叩き壊して魔石を奪い取れば討伐できるが、こいつには勝てる気が全くしない。


 本来、俺の逃亡を防ぐための鉄格子が、俺の命を守る最後の砦のようにさえ感じてしまう。


「ほ、本当に、手前の仕業なのか……?」

「はい、僕と僕の眷属がやりました」


 目の前にいるガキが、自分を捕らえ、多くの手下の命を奪った相手だと分かっても、怒りをぶつける気持ちが涌いてこない。

 それほど現れたスケルトンは、ヤバい存在だと俺の勘が最大級の警鐘を鳴らし続けていた。


 遅かれ早かれ処刑されると分かっていても、魔物に殺されるのには抵抗がある。

 しかも、アンデッドに殺された場合、自分もアンデッドにされてしまうと言われている。


 もし自分がアンデッドとなった場合、このケントとかいう奴に使役される可能性が高い。

 こんなガキに顎で使われるなんて、真っ平ゴメンだ。


「何が聞きたい?」

「そうですね……まず、コクリナの町長とギルドマスターが変わったというのは本当ですか?」

「あぁ、本当だぜ。奴らは侯爵に逆らいやがったからな」

「それって、シーサーペントの一件ですか?」

「ほぅ、良く知ってやがるな……」

「まぁ、討伐したのは僕ですからね」

「はぁぁ?」


 思わず驚きの声を上げてしまったが、こんなヤバいスケルトンを使役しているのなら、こいつ自身が戦う訳ではないのだから本当なのだろう。

 ということは、侯爵の野郎が引き渡しを要求していた冒険者というのは、この目の前にいるガキなのだろう。


「町長とギルドマスターが更迭されて、後釜はどうなっているんですか?」

「さぁな、俺らは真っ当な商売をやっていた訳じゃねぇから知ったことじゃないが、どうせ侯爵の息の掛かった連中が居座っていやがるんだろうよ」

「なるほど……それで交易とかは、今まで通りに行われているんですかね? 例えば、関税率とか……」

「はっ……そんな事を俺が知ってるとでも思ってるのか? 海賊は他人から奪い、他人には分け与えない存在だぞ」

「それなら、交易が通常通りに行われているかどうかは関心があるんじゃないですか?」

「だとしても、俺らの狙いはここのお宝だ。船がどうとか知ったことじゃねぇ」

「海賊船はドミンゲス侯爵が準備して、侯爵の指示でジョベートを襲ったというのは本当ですか?」

「あぁ、本当だぜ。まぁ、お前らが疑うのも当然だがな……」


 実際、ドミンゲスの野郎が船まで用意して、海賊のお膳立てをして来やがった時には、俺達も罠かと疑ったものだ。

 罠でも何でもなく、本気で俺らにジョベートを襲わせようとしていると分かってからは、その仕度に奔走していたから交易がどうだ、関税がどうだなどには興味が無かった。


「侯爵の目的は、何だったんですか?」

「仕返しだろうな」

「仕返しって……まさかシーサーペントの一件ですか?」

「そのまさかだろうぜ、貴族って奴は面子が服を着て歩いてるようなもんだからな」


 それまでは、動揺の欠片も見せなかったケントというガキは、顔色を変えて黙り込んだ。

 俯いていた視線が、チラリとスケルトンの方へと向けられる。


 余計なことを喋った俺を始末するのかと思って、一瞬身構えてしまったが異形のスケルトンは動く気配を見せなかった。


「貴方たちにも、仕返しが目的だと話していたのですか?」

「いいや、俺らには応援が来るまでジョベートを占拠し続けたなら、街の裏側を全て任せるって話だった」


 ドミンゲスの野郎の出した条件は、ジョベートの港にいる船を焼き尽くし、街に火を放ち、応援が来るまでの2日から3日の間、港の一部を占拠し続けるというものだった。

 これまでジョベートには何度も足を運んでいるし、街の規模も守備隊の人員もおおよその見極めがついていた。


 街全体を占拠し続けるのは無理だとしても、港に侵略のための足掛かりを作る程度ならば十分に可能だと思われた。

 ところが、蓋を開けてみれば大失敗だ。


 自分が昏倒させられている間に、船を二隻も沈められ、残った一隻も無力化されるなんて思ってもいなかった。

 それをやった張本人が目の前にいるガキだと思うと、今更ながらに腹が立ってきた。


「手前さえいなければ……」

「そうですね。でも応援なんていなかったみたいですよ」

「あぁ、そうだろうな。ここは港から然程離れていないのに、混乱が起こってるような感じはしねぇ……つまり俺らは嵌められたって訳だ」

「そのようですね」

「だとしても、手前さえしゃしゃり出て来なければ、街を丸ごと占拠する目だって残っていたし、ヤバいと思えば外海に逃げるって手も残ってた」


 別に負け惜しみでも何でもなく、港にいる大きな船には殆ど火を放っていたので、入り江の外にさえ出てしまえば逃げ切れただろう。


「なるほど……船が無ければ追い掛けられませんもんね。普通の人なら……」

「その口振りじゃ、手前なら追い掛けられるとでも言いたそうだな」

「はい、まぁ港からどの程度離れているかにもよって手間は変わりそうですけどね」

「ふん、食えねぇガキだな……」


 ただのガキなら一笑に付すところだが、気が付けばコボルトや褐色のリザードマンまで出て来て周りを囲んでいる。

 闇属性の術士自体が珍しいのに、これほどまで魔物を使役している奴など見た事が無い。


 その様子を見ていて、ふっと思いついた。

 このガキは仲間の仇でもあるが、俺らをコケにしやがったドミンゲスに思い知らせてやる道具になると。


「手伝ってやろうか?」

「手伝う……?」

「ドミンゲスに仕返しするつもりなんだろう? 手伝ってやるぜ」


 ケントというガキは、またスケルトンの方へとチラリと視線を向けた。

 一体、何の指示を出していやがるんだ。


「手伝うと言われてもねぇ……僕の一存では、あなたをどうこう出来ないんですよね」

「そんなことは分かってる。だが俺らの船を沈めたのがお前だっていうなら、口利きぐらいは出来るだろう」

「まぁ、口利き程度なら出来ますけど、そもそも、何が出来るんですか?」

「ふん、コクリナに戻れば、まだまだ手下がいるし、貴族と一戦交えるとなれば他の組織の連中だって乗ってくる。ドミンゲスの野郎を叩き出す程度は訳ねぇぜ」


 勿論、半分以上はハッタリだ。

 手下なんざ留守番程度しか残していねぇし、貴族相手と聞いて喜んで手を貸すような連中なんていない。


 そもそも裏社会の連中は、権力は上手く利用するものであって、踊らされる方が悪いという考えだ。

 俺がコクリナに戻って声を掛けたところで、腹を抱えて笑われるだけだろう。


「うーん……それって、マフィアとかギャングとかと手を組むってことですよね? 無いなぁ……その選択は無いです」

「んだと……ドミンゲスの野郎に一泡吹かせてやりたいと思わねぇのか!」

「裏付けが取れたら……ですね」

「はぁぁ? 手前ぇ、そんなものが可能だと思ってやがるのか? あの野郎が、私が指示しました申し訳ない……なんて言うとでも思ってやがるのかよ」

「まぁ、状況次第でしょうけど……」

「けっ、手前は馬鹿息子をやり込めたみたいだが、メッサーラの奴はそんなに簡単な相手じゃねぇぞ。悪いことは言わねぇ、俺らを利用しな」


 俺を取り調べたジョベートの連中は、早く処刑したくてウズウズしているような目をしていやがった。

 取り引きを持ち掛けるような雰囲気は、欠片も感じられなかった。


 だからこそ諦めもしたのだが、こいつは違う。

 遠く離れた街の冒険者なら、利害で釣れる可能性が残っている。


 上手く牢から出られれば、逃亡する余地は残っているはずだ。

 俺の利用価値をこいつに認めさせれば、コクリナに戻れるかもしれない。


「いやぁ……やめておきます」

「なんでだ、俺ならコクリナの裏の裏まで熟知してんだぞ」

「話がコクリナだけで収まるかどうか、まだ分かりませんからね」

「はぁ? なに言ってんだ?」

「オレーゴさんの後にドミンゲス侯爵がいるのは分かりました。じゃあ、ドミンゲス侯爵の後には、誰も隠れていないと断言できますか?」

「ドミンゲスの裏だと……」


 しくじった……微妙な間を空けちまったことで、俺がそこまで考えていなかったことを悟られちまった。

 だが、せっかく手繰り寄せた糸を手放す訳にはいかない。


「ふん、無い無い、無いな。こいつはメッサーラ・ドミンゲスの一存で行われたものだ」

「なぜ、そう言い切れるのですか?」

「でなけりゃ、王家に対しての手柄にならないからだ」

「王家への手柄……?」

「そうだ、メッサーラの野郎が、王都近くへの領地替えを望んでいるのは有名な話だ。奴は、そのための手柄を欲しがっている。例のシーサーペントの一件も、そのために引き起こされたのは知ってるだろう?」

「そうですね。その話は聞いています」

「今回の一件も同じだ。ランズヘルトとの交易を自分達に優位にすすめるために、俺達を送り込んだに違いねぇ」


 我ながら苦しいと思える推論を捲し立てると、ケントは今度こそハッキリとスケルトンに目配せをして頷いてみせた。

 その様子は、メッサーラ・ドミンゲスが家宰の男と目配せを交わす様そのものだった。


「ちょっと待て……そのスケルトンには自分の意思があるのか?」

「ええ、ありますけど、それがなにか?」

「それがなにかじゃねぇ! まさか、生きていた頃の記憶があると言うんじゃねぇだろうな?」

「ちゃんと生前の記憶がありますよ。王家の騎士団で分団長を務めていたので、色々とアドバイスをしてもらってます」

「アドバイスって、今もか?」

「はい、ちょっと話に無理があるって言ってますね」


 思わず右手で頭を搔き毟ってしまった。

 ガキ1人なら丸め込める余地はあるが、元騎士団の分団長が一緒というなら話は違ってくる。


 たぶん、俺の様子を観察して、話の真偽についてもアドバイスをしているのだろう。


「けっ、それじゃあ俺の手を借りる気は無ぇって言うんだな?」

「はい、報復を行うとしても、裏付けをとって、正攻法でやると思いますし、そのための調査は始めています」

「調査ねぇ……素人に調べられんのかい?」

「ええ、勿論です。僕も僕の眷属も、影の空間を伝ってどこにでも入って行けますから、隠し通せやしませんよ」


 確かに、どこからともなく魔物を呼び出せるなら、密談だって探り放題だろう。

 新しい町長、新任のギルドマスター辺りと密談を交わそうものなら、あっさり裏付けを抑えられちまうだろう。


「けっ、いよいよ年貢の納め時か……」

「それを決めるのは僕の仕事じゃないですけど……まぁ、そうなるんでしょうね」

「こんだけ喋ってやったんだ、何かよこしやがれ」

「何かですか……でも、あっちには持っていけませんから……あっ、そうだ」


 何かを思いついたのか、ケントはまた真っ黒な窓を開けると、手を突っ込んで中を探り、小ぶりのグラスを2つと酒瓶を取り出した。

 蓋を取り、琥珀色の液体がグラスに注がれると、カビ臭かった牢の中が芳醇な香りで包まれた。


「ガキのくせに良い酒持ってやがるな」

「冒険者になりたての頃、リーブル農園で摘み取りの仕事を住み込みでやってたんですよ。こいつは取って置きの20年ものです」


 ケントはグラスを酒で満たすと、酒瓶を片付け、片方のグラスを差し出した。


「何に乾杯するんだ?」

「そうですね……では、良い航海を……」

「ありがとよ……」


 ケントは、グラスを軽く掲げると、グッと一息に飲み干してみせた。

 俺も一息にグラスの中身を喉へと流し込む。


 取って置きと言うだけあって、文句の無い味わいの良い酒だ。

 目を閉じて余韻を楽しんでいるうちに、ケントは姿を消していた。


 ガキのくせに、味な真似をしやがる。

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