第455話 自慢の息子

※ 今回はアマンダさん目線のお話です


「さて、そろそろ起きようかね……」


 今日は闇の曜日だと思い出してベッドに戻り、二度寝を楽しんだ後だがスッキリと目覚められた。

 少し前までは、闇の曜日の二度寝をすると起きられず、メイサが学校に遅刻したこともあった。


 疲れが溜まっているのだろうと思っていたが、足がむくんだり、食欲が落ちたり、どうも体の調子が思わしくない日が続いていた。

 治癒師に見てもらえば良いのだろうが、なかなか踏ん切りが付かずにいたら、以前下宿していたケントが遊びに来た時にマッサージをしてくれた。


 ケントはマッサージをしただけだと言っていたが、どうやら相当悪い病気を抱えていたらしい。

 顔は見えなくとも声の調子が張り詰めていたし、マッサージの割には全身に暖かな魔力が巡っているのが分かった。


 たぶん、治癒魔法をたっぷりと掛けてくれたのだろう。

 まったく、あの子には世話になりっぱなしだ。


 守備隊の隊長さんに連れられて下宿したいと現れた時、ケントは本当に頼りない子供にしか見えなかった。

 洗濯の仕方すら分からない世間知らずで、この先ちゃんと生きていけるのか随分と心配したものだ。


 それでも、下宿を始めて暫く経った頃には、この子は大丈夫だろうと思うようになった。

 他の土地から来たせいか悪い友人もおらず、真面目に仕事に出掛けては、寄り道もせずに帰って来る。


 食事の時には、その日の仕事の様子を楽しそうに語り、何でも美味しそうに良く食べる。

 娘のメイサもすぐに懐いて、出来の良い息子が増えたみたいだった。


 ところが、これなら大丈夫と思い始めた矢先に、とんでもない話を聞かされて、別の心配をさせられるようになってしまった。

 ケントが泊りがけの仕事に出掛けている時に、ギルドで顔役を務めているドノバンさんが訪ねて来て、本当の素性を話してくれた。


 ただの下宿人だと思っていた影で、隣国リーゼンブルグに捕らえた友人を救い出すために1人で奮闘し、更にはヴォルザードの危機まで救ったのだという。

 にわかには信じられない話だったが、話を持ってきたドノバンさんは嘘や冗談を言う人ではないので本当なのだろう。


 それからは、経済的な心配はしなくなったが、無茶をして怪我したり、倒れたり、別の心配をさせられるようになった。

 更には四人も嫁を貰うとか、そのうちの1人はヴォルザードの領主様の娘で、別の1人はバルシャニアのお姫様だというから、驚くのも馬鹿らしくなったものだ。


 領主の娘、ベアトリーチェちゃんを嫁に貰う切っ掛けも、治癒師すら見放した腐敗病を治療したからだという。

 腐敗病は悪化させたら助からないと言われている病で、それを治してしまうのだから治癒師としての腕も超一流なのだろう。


 そのケントが、時間を掛けて真剣に治療していたのだから、あたしの体も相当に酷い状態だったのかもしれない。

 今は下宿を出て、嫁にもらう四人と暮らし始めているが、遊びに来る度に手土産をどっさり持参しては、ありがとうございます、ありがとうございますと繰り返している。


 あたしは空いている部屋に金を貰って下宿させただけだし、街を魔物の大群やグリフォンから守ってもらった事を考えれば、こっちの方がよっぽど世話になっている。

 全ての属性の魔法が使え、史上最年少のSランク冒険者として活躍もしているのに、少しも偉ぶったりせず、下宿していた頃と変わらない様子で遊びに来る。


 そりゃあ、娘のメイサが惚れるのも納得だ。

 新しい下宿人のミリエが来た日、夕方の仕込みをしていたら裏口の方から大きな声で、ケントのお嫁さんになりたい……なんて叫んでいるのが聞こえた。


 たぶん、サチコあたりに何か言われて本音を洩らしたのだろうが、直後にケントが訪ねて来て奇声を上げていた。

 そのメイサは、隣りのベッドで枕を抱えて、笑みを浮かべて眠っている。


 ケントと一緒に寝ていた頃の夢でも見ているのだろうが、そろそろ起こさないと学校に遅れる。


「ほれ、メイサ、起きな! 朝食にするよ」

「んー……うん、分かった」


 ケントが引っ越してから、メイサの寝起きが少し良くなった気がする。

 以前はケントを枕代わりにして、今よりも遥かにだらしない笑みを浮かべて寝入っていて、耳元で怒鳴りつけてやらなきゃ起きないほどだった。


 少しは大人になったのか、それともケントが一緒の時には安心しきって眠りが深かったのか、その両方でも構わないから少しは成長してもらいたいものだ。

 メイサを起こしたら、厨房へ下りる前に下宿人のミリエを起こす。


「ミリエ、朝だよ。ミリエ……ミリエ……ミリエ! いつまで寝てんだい、さっさと起きな!」

「ひゃわぁい……ぎぃ、うぎぃぃぃ……」


 ミリエから起こしてくれと頼まれているのだが、跳ね起きようとして奇妙な呻き声を上げている。

 冒険者になるための訓練を続けているようで、身体中が筋肉痛らしい。


 そう言えば、ケントは自分で起きてきたけれど、下宿を始めた頃にはこんな感じで毎朝呻いていたものだ。

 後で聞いた話によれば、専用の特訓場で元騎士だったスケルトンに鍛えてもらっていたらしい。


 その甲斐あってか、うちに来た当時よりも身長が伸びたようだし、身体付きも逞しくなっているようだ。


「ほら、しっかりおし。今日は、お姉さまとケントの家に行くんだろう?」

「しょ、しょうでした。ぐぅ……あ、足が……」

「はぁ……頼りない子だねぇ」


 ピクピクと痙攣しているミリエの足を伸ばしてやる。

 ケントの後に下宿を始めたミリエは、マールブルグから出て来たそうで、今年学校を卒業したばかりだそうだ。


 ケントもかなり頼りなかったが、ミリエは更に頼りないし、そそっかしい。

 それでも、根は悪い子ではないようだし、ケントの友人が手ほどきをしてくれているから、少し長い目で見てやろうと思っている。


「あたしはケントのような治療は出来ないからね、せいぜい足を伸ばしてやるぐらいだよ」

「あ、ありがとうぎぃぃぃ……ござい、ます……」


 ミリエを起こしたら、厨房に下りて朝食の支度をする。

 今日は店は休みだから、3人分用意すれば良いだけだから簡単なものだ。


 昼食も夕食も、うちで食べてくれとケントに言われている。

 広い風呂も作ったから、ぜひ入ってくれとか……泊まっていっても構わないと言われているが、明日はいつも通りに店を開けるから帰って来るつもりだ。


 メイサは、ユイカの妹のミオが遊びに来ているから泊まっていきたいと言うだろう。

 明日も学校があるから、ちゃんと起きれれば、宿題を終わらせられれば……ということにしようかね。


「お母さん、学校から真っ直ぐケントの家に行くからね」

「あんた、宿題はどうするつもりだい?」

「うっ……やる、ちゃんとやる」

「本当だろうね。やらなかったら、もうケントの家に遊びに行かせないよ」

「駄目駄目、やるから、ちゃんとやるから!」


 はぁ……こんなんじゃ、ケントの嫁に名乗りを上げられるのは何年先の話になるのやら。


「ミリエ、あんたは帰って来るんだね?」

「はい、そのつもりでいますが……もしかしたら、お姉さまの部屋にお呼ばれするかもしれません」


 ミリエは、ケントの友人であるミドリに、同じ女性冒険者として憧れを抱いているそうで、お姉さまなどと呼んで随分と慕っている。

 ケントの友人は、男の子には少々問題がある子もいるようだが、女の子は良い子ばかりだそうだ。


 うちの店を手伝ってくれているサチコも、隣国で酷い仕打ちを受けて一時期は自暴自棄になっていたそうだが、今は立派に立ち直ってケーキ職人になる夢を追いかけている。

 サバサバして本当に気持ちの良い娘だから、どこかに良い男がいたら世話してやろうと思っている。


 魔の森に接するヴォルザードでは、今でも冒険者の連れ合いを亡くして未亡人になる若い母親が少なくない。

 なので、伝統的に女性が強いし、男も相手が子連れであっても気にしない傾向がある。


 まぁ、サチコが自分の店を持つようになれば、すぐに若い男どもが寄ってくるだろう。

 今もメリーヌが店を手伝っていた頃ほどではないが、サチコ目当てで通ってくる男が何人かいるようだ。


 ただ、サチコ本人が気持ちの整理が出来ていないようで、恋人を作ったり結婚を考えるつもりはまだ無いらしい。


「ごちそうさま!」

「食器は運んでおけば良いよ。遅刻しないように出掛けな」

「はーい」


 メイサは食器を流しに運ぶと、パタパタと階段を駆け上がっていった。


「ごちそうさまでした……」

「あぁ、ミリエはそのままでいいよ」

「えっ、でも……」

「そんな筋肉痛でヨロヨロしていて、皿を落とされたらかなわないからね」

「すみません……」

「いいんだよ。それよりも、シャキっとおしよ。そんなんじゃ、お姉さまに笑われるよ」

「は、はい。気を付けます」


 ミリエは、ぎこちない動きで席を立つと、顔をしかめつつも背筋を伸ばして階段を上がっていった。

 さて、あたしも片付けを済ませたら、出掛ける支度をしようかね。


 ケントの家の話は、店のお客から毎日のように聞かされているが、実際に見に行ったのは一度きり、それも城壁の上から少し眺めた程度だ。

 店の常連さんと鉢合わせにでもなれば、あれやこれやと聞かれるに決まっているし、中には下世話な質問をして来る者もいるだろう。


 領主の娘のベアトリーチェちゃんは、美人で気立ても良いと街の者ならば誰でも知っている。

 マノンは目立たない子だったらしいから、これまでは知られていなかったが、ケントと付き合い始めて、ユイカと共に診療所で働きだしてからは美人として噂になっている。


 ユイカは外見の可愛らしさに加えて、治癒士としての腕前も優秀で、一部からは天使ちゃんなどと呼ばれているそうだ。

 そしてバルシャニアから輿入れして来たセラフィマは、あたしら庶民からすれば溜息が出るような美しさだ。


 そんな四人を独り占めしている形なのだから、若い男どもに妬まれるのも無理はないが、夜の生活はどうしているのだ……なんて感じの露骨な質問にはウンザリする。

 下宿していた頃には、母親代わりだ……なんて気持ちもあったが、今ではもう立派に自立した一人の男なのだから、あたしがお節介を焼く話ではない。


 店ではサチコが、そうした質問をぶつけられているようだが、その手の質問を若い女性にする男はモテないよ……などと上手くあしらっているようだ。

 実際質問した男は、店にいる女性客の冷たい視線にいたたまれなくなって、食事も早々に席を立つ羽目になっている。


 あたしとすれば、客の回転率が上がって大助かりだ。

 サチコは辛い目にあったそうだが、それを糧として強さを身につけたようだ。


 あたしがサチコと同じ年頃には、そんな質問をされたら頬を赤らめて黙り込んでしまっていただろう。

 今のあたしからは想像できないだろうが、あたしにだって可憐な少女時代はあったものさ。


 メイサとミリエを送り出し、あたしも出掛ける支度を整えて戸締りをしていると、ケントのところのコボルトがひょっこりと顔を出した。


「アマンダ、うちらの家に出掛けるの?」

「あぁ、そうだよ。遊びに行かせてもらうよ」

「じゃあ、うちが留守番しててあげるから、安心して」

「すまないね。盗まれるような物は無いけれど、ケントが下宿していたから、良からぬ事を考える輩がいるかもしれないから、無断で入って来た者は叩き出して構わないよ」

「分かった、任せて!」


 ケントが言うには、オークだって一撃で倒せるそうだが、あたしに撫でられてパタパタと尻尾を振っている姿は、喋る大きな犬にしか見えない。

 それにしても、招待はされたけれども、留守番まで用意しているとは思ってもみなかった。


「まったく、どこまで気を使うつもりなんだろうねぇ……」


 家族同然に思っているのなら、そんなに気を使わなくたって良いのに……。

 表通りに出て、のんびりと街の正門に向かって歩いていると、後ろから声を掛けられた。


「アマンダさーん!」


 手を振りながら早足で歩み寄って来たのは、メリーヌとカルツさんだった。


「あぁ、おはよう。あんた達もケントの所かい?」

「はい、闇の曜日ならお店も休みだろうから、遊びに来てくれと……」

「そうかい、そうかい、カルツさんも休みなのかい?」

「ケントに誘われたら、断われないからな。下手に断わろうものなら、俺の代わりになる眷属を派遣するとか言い出しそうだ」

「あははは、確かにケントなら言いそうだよ」


 カルツさんに人波を掻き分けてもらい、ケントの家へと通じるトンネルを潜ると、黒い鱗のリザードマンが騎士の敬礼で出迎えてくれた。


「皆様、ようこそいらっしゃいました」


 リザードマンは流暢に話すと、洗練された動きで門を開け、あたしらを敷地内へと誘った。


「ほえぇぇぇ……こいつは驚いた、領主様のお屋敷よりも大きいんじゃないかい?」


 ケントを下宿させたおかげで、領主様のお屋敷にも何度か入らせてもらったが、こちらの方が敷地も建物も大きく感じる。

 何よりも、敷地の中を大型の魔物が我が物顔で闊歩する様子は現実離れしている。


「にゃ、アマンダにゃ。遊びに来たのかにゃ?」

「あぁ、そうだよ。お邪魔させてもらうよ」

「大丈夫にゃ、ここは広いからネロでも邪魔にならないにゃ」


 確かにうちの店には大きすぎて裏の井戸端でしか表に出られなかったネロも、この大きさならば屋敷の中にも入れそうだ。

 ネロの次には、サラマンダーのフラムも挨拶に寄って来て、あたしやメリーヌは見慣れているが、カルツさんは目を白黒させていた。


「いやぁ、ケントの眷属だと分かっていても、身体に変な力が入ってしまうよ」

「まぁ、それが普通の反応だろうよ」


 広い庭を横切って建物に近付くと、家の主が玄関の前で待ち構えていた。


「アマンダさん、メリーヌさん、カルツさん、ようこそいらっしゃいました」

「お招きありがとうね。メイサは学校が終わったらすっ飛んでくるから、ちゃんと宿題終わったかチェックしておくれ」

「それは重要な仕事ですね。忘れずに実行しましょう」

「ケント、お招きありがとう」

「いらっしゃいませ、メリーヌさん、さぁ、立ち話もなんなので、どうぞ中へ……」


 ケントに誘われて玄関のドアを潜ると、玄関ホールだけで、うちの店がすっぽりと入ってしまいそうな広さだった。

 屋敷の中にも、コボルトやギガウルフが出たり入ったりを繰り返していた。


 なるほど、間違いなくここはケントの家だ。

 ケントは張り切った様子で、家の中を案内してくれた。


 一階にはダンスホールや広い食堂、玄関わきの応接室などを見た後は、階段を上って二階の入り口で靴を脱ぐように言われた。


 ケントの生まれ育った国では、玄関で靴を脱ぐ習慣があるそうだ。

 どうも裸足で家の中を歩き回ると、慣れていないので変な感じだが、慣れれば案外楽そうだ。


 日当たりの良いリビングには、柔らかな敷物が敷かれていて、ここに直接座って過ごすらしい。


「何だか、おかしな感じだけど、悪くないねぇ」


 メリーヌとカルツさんも、うちも真似してみようかなどと話をしている。

 ケントが座ると、すぐにコボルトや褐色のリザードマンが擦り寄って来る。


「ケントの家が出来たんだね」

「はい、僕らの家が出来ました。これから沢山の人が遊びに来られる家にしていきます」

「カルツさんが、あんたを連れて来た時には随分と心配だったけど、もう大丈夫だね。ついでに、あたしの老後も面倒みてもらおうかね」

「勿論、任せて下さい」


 ケントは、自信たっぷりに自分の胸を叩いてみせた。


「それなら、メイサも嫁に貰っておくれ」

「んー……面倒はみますけど、メイサちゃんは手のかかる妹って感じですからねぇ……まぁ、僕のお眼鏡に適う男じゃないと嫁にはやりませんけどね」

「はぁ、それじゃあ一生嫁に行けないよ」

「大丈夫です、ちゃんと面倒はみますから」


 どうやら、あたしの自慢の息子は立派に独り立ちしそうだが、娘の恋路は前途多難なようだよ。

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