第454話 ガセメガネの見解

「美緒ちゃんをホームステイ……ですか?」


 夕食が終わった後、唯香の両親から相談を受けた。


「あぁ、日本に戻る予定を切り出したら、身体を抱え込むようにして怯えた表情を浮かべてね、やはり誘拐された時の記憶がトラウマになっているみたいなんだ」


 美緒ちゃんは攫われる際に、最初不審な二人組の男に腕を掴まれ、その男達からは割って入ったOL風の女性や公安職員によって救われました。

 ところが、公安職員が男達と格闘になっている間に、大丈夫だと思って信じたOL風の女性に攫われています。


 最初に襲われた恐怖と、大丈夫だと思って信用した女性に騙されて攫われたという二重の恐怖を味わわされたことになります。


「助けてくれたと思った女性が、実は誘拐したグループの仲間だった事で、知らない大人がみんな危険人物だと感じてしまうみたいなの」


 本来であれば、明日の夜には東京に戻るはずでしたが、母親の美香さんにしがみ付いて涙を浮かべていたそうです。

 今は唯香達が一緒にいるから大丈夫なようですが、昼間ルジェクとはしゃいでいた裏で、そんな不安を抱えていたとは思ってもみませんでした。


「部屋も空いてますし、食事も人数が多いので沢山作りますから、1人2人増えても全く問題ありません。学校の授業とかが大丈夫ならば、ずっと滞在してもらっても構いませんよ」

「そう言ってもらえると助かるよ。美緒もこちらの世界ならば誘拐される心配など無いと、頭でも感情でも思っているみたいだから、すごくリラックスできているみたいなんだ」

「日本の学校も、あと1ヶ月少々で夏休みになるから、いっそ、夏休みが終わるまでの期間、こちらにいさせてもらえないかと思っているの」

「2ヶ月半……3ヶ月弱ぐらいですかね。うちは大丈夫ですし唯香もいますけど、美緒ちゃん1人で大丈夫ですか?」

「それなんだが、とりあえず1週間ほど美香も一緒に泊めてもらえないだろうか? その間に様子を見て、その後1人で滞在するか、あるいは美香も滞在するか、あるいは東京に戻るか考えたい」

「なるほど、夏休みの終わりまでを基本にして、まずは1週間で様子を見る感じですね」


 最初から美緒ちゃん1人で滞在させて、ホームシックになったら連れて帰るという方法も考えたそうなんですが、それだと誘拐のトラウマに重なる形となり、帰りたいけど帰りたくない状況に陥り、心の傷が深くなるのを危惧したそうです。


 唯生さんは自分から日本政府に連絡を入れると言っていましたが、僕の方から梶川さんに連絡を入れて相談してみました。


「という感じで、夏休み終わりぐらいを期限として美緒ちゃんのホームステイを考えているのですが……大丈夫ですかね?」

「公安は、あまり良い顔をしないかもしれないが、実情とすれば狙われやすい場所を減らせるので助かるというのが本音じゃないかな。それに、今は船山氏の件で追い込みを掛けているみたいだしね」


 梶川さんの話では、やはり船山の父親の焼身自殺は仕組まれた物である可能性が高まったそうです。

 船山氏の自殺の状況を、少し離れた土手の上から目撃した人がいて、その人がスマホで様子を撮影していたらしいです。


 離れた場所からなので、そのままでは鮮明さを欠く映像だったそうですが、それでも船山氏が自分で火を放った後、近くにいた人が液体を浴びせた直後に炎が大きくなる様子が確認できるそうです。


「そうした場合って、殺人罪に問われるんですか?」

「勿論、身体に火が着いている人に、可燃性の液体を浴びせれば死亡する可能性は十分に予測できるよね。しかも、普通はバケツに入った可燃性の液体なんて用意してないよね」

「じゃあ、最初から船山の父親を殺すつもりだったんですか?」

「そう考えるのが妥当だろうね」


 まだ目的とか動機とかが解明出来ていないそうですが、美緒ちゃんの誘拐、三脚の爆発物、船山の父親の焼身自殺など、一連の騒動は同じ組織による犯行と捉えられているようです。


「日本政府は、今見えているのは氷山の一角だと思っている。どこまで掘り下げられるか分からないが、日本に潜伏している組織に大きなダメージを与えるチャンスだと考えている。なので、表面化はしないかもしれないが、かなりの暗闘が予想されるので、ターゲットとなる可能性のある美緒ちゃんが安全な場所にいることはありがたいんだ」

「分かりました、とりあえず1週間滞在を延長しますので、日本に戻るようになった場合には確認の連絡を入れます」

「そうしてくれるかな。こちらでも状況が動いた場合には連絡するよ」


 日本政府からの了解も取り付け、美緒ちゃんと美香さんの滞在は延長、唯生さんはヴォルザードの明日の朝に帰国することとなりました。

 美香さんも唯生さんと一緒に帰国して、着替えと美緒ちゃんの勉強道具を持参してまた戻るという形になるそうです。


 美緒ちゃんは、唯香達と一緒にお風呂に入っていたので、上がって来たところで滞在延長の許可を伝えました。


「ホントに! ホントにヴォルザードに残っていいの?」

「うん、ホントだよ」

「やったぁ! 健人お兄ちゃん、大好き!」


 おおぅ、メイサちゃんばりの勢いで抱き付かれちゃいました。

 そうなんですよ、お兄ちゃんなんですねぇ。


 むふぅ、可愛い妹が出来てニマニマしちゃいますよねぇ。

 大丈夫ですよ唯香さん、邪な気持ちなんか抱いてないので、そんな冷たい目で見ないでぇぇぇ……。


 というか、美緒ちゃんと美香さんの滞在が延長となると、唯香達とのムフフなバスタイムもお預けなんですよねぇ。

 勿論、その後のお楽しみも……むむむむ。


 翌日、唯生さんと美香さんを光が丘の自宅まで送り届けました。

 唯生さんの申し出で、魔力を分配して影の空間経由で送ります。


 確かに、このやり方の方が僕の負担は軽いですし、不測の事態に備えるという意味では有難いです。


「お二人は、影の空間からコボルト隊に護衛してもらいますから安心して下さい」

「ありがとう、でもなるべく世話にならないように、私達の方でも注意するよ」

「では、1時間ぐらいしたら迎えに来ますね」

「お願いね」


 美香さんが自宅から勉強道具を持って来ると言った時、美緒ちゃんの表情はなかなかの見ものでした。

 唯香の両親を家まで送った後は、自宅でお出迎えの準備をします。


 今日は闇の曜日なので、アマンダさんとメリーヌさん、それにカルツさんを昼食に招待しています。

 皆さん、僕がヴォルザードに来て以来お世話になった方々ですからね、出来上がった新居のお披露目という意味でのご招待です。


 ついでに、居残り組とシーリアさん、フローチェさん親娘、それにマリーデとミリエも招待しています。

 こちらは、この先も頻繁に往来することになるであろうメンバーですからね。


 一番最初に姿を見せたのは、八木とマリーデのカップルでした。

 コボルト隊が来訪を知らせてくれたので、リビングのバルコニーに出て様子を見守っていると、マリーデは緊張した面持ちで八木の左腕をガッシリと抱えてキョロキョロと周囲を見回しています。


 一方の八木も辺りを見回してはいますが、左手に持ったメモ帳に何やら忙しなく書き込んでいます。

 またでっち上げの記事でも書いて、出版社に売り込もうって算段なのでしょう、スマホで写真も撮影しているようです。


「こらこら、許可なく撮影してるんじゃないよ」

「減るもんじゃねぇだろう、ケチケチすんな」


 バルコニーにいる僕に気付くと、八木は中指を立ててみせました。

 まったく、何と行儀の悪い客だろうね。


 八木が玄関に近付くのを見下ろした後で、影移動して扉を開けてやると、ギョッとした表情を見せていました。


「お前……瞬間移動出来るって分かっていても、普通に出迎えられた直後だと驚くだろうが」

「そう? まぁまぁ、入って入って、僕の家にようこそ」

「僕の家ねぇ……中坊が所有する規模じゃねぇだろう」

「それは僕も思うけど、領主の令嬢や外国のお姫様と結婚するには仕方ないんだよ」

「へぇへぇ、仕方ない、仕方ない……」


 マリーデはベアトリーチェ達に任せて、僕は八木を別の応接室へと引っ張っていきました。


「何だよ、何か用か?」

「まぁ、その前に、ちょっとその手帳を見せてよ」

「あぁ? これは取材メモなんだから、駄目に決まってんだろう」

「てか、オークにやられて死に掛けた件のガセレポートを作ってたんだって?」

「ちっ……綿貫め、ペラペラ喋りやがって」

「てか、お蔵入りしたんだから構わないんじゃない?」

「まぁな、国分の治療をレポートしたって、いかがわしい心霊治療と同列扱いされるのが関の山だろう」


 確かに、召喚のアクシデントで切断した足を治癒魔法で接合した様子が撮影され、動画投稿サイトに掲載された時も、CGじゃないかと疑う声が多く寄せられたそうです。

 その後も一時、神を超える奇跡だと崇める者や、神への冒涜だとして非難する者が次々と現れて、カルト同士の権力闘争の様相を呈していたそうです。


「で、さっきは何を書いてたの?」

「しつけぇな……ほれ、これしか書いてねぇよ。他のページは見るんじゃねぇぞ」

「どれどれ、トンネル前の人ゴミ……門番リザードマン……庭はテーマパーク……高級ホテル? うん、なんか普通だね」

「うっせぇ、普通で良いんだよ、普通で」


 引ったくるようにして閉じた手帳の別のページには、妊婦とか、検診の文字が書かれていたように見えました。

 やっと八木にもパパとしての自覚が芽生えてきたんでしょうかね。


「で? 俺に何か用なのか?」

「うん、この前の和解の成立を八木はどう見たのかと思ってね」

「ふふん、そうかそうか、俺様のジャーナリストの目線での意見が聞きたい訳だな?」

「いや、普通に一被害者としての意見が聞きたいだけ」

「なるほど、なるほど……って、おい! ちょっとは持ち上げろよ」

「えぇぇ……持ち上げたら落とさなきゃいけないじゃん」

「何でだよ、持ち上げたままにしとけよ!」

「嫌だよ、調子に乗ってる八木ほどウザい奴はいないんだよ」

「酷ぇ……俺の繊細なハートは甚だしく傷付いた。謝罪と賠償を要求する……てか、召喚に関する賠償金をさっさとよこせ」


 八木は右手の親指と人差し指で輪っかを作ると、手の平を上に向けて金寄越せと催促してきた。


「そう言えば、こっちに居残る連中って、賠償金貰えるのかな?」

「はぁ? こんなに苦労させられてるんだぞ、億単位の金が支払われて当然だろう」

「てか、八木が何の損害を被ったって言うの?」

「そんなもの、召喚されてからメチャクチャな訓練はさせられるし、帰れないし、学校の勉強は遅れるし、何よりもジャーナリストとして売り出すチャンスを奪われたんだぞ」

「えぇぇ……八木は一番最初に救出されて、それから先は何不自由の無い生活を送ってきたじゃん。そもそも東京にいたらジャーナリストとして売り出すチャンスなんて巡って来なかったんじゃないの?」


 八木は、新旧コンビや凸凹シスターズと共に、僕が最初に救出してヴォルザードに連れてきました。

 その後の救出組と一緒に、マルセルさんの靴屋を半焼させるトラブルの引き金を引き、強制労働処分を受けたのは自業自得でしょう。


「うるせぇな。俺様のような才能豊かな存在は、どこにいようとも見出され、栄光へのエスカレーターを上っていくもんなんだよ」

「だったら、異世界に召喚された影響なんて無いよね」

「ぐぅ……そ、それは、取材のための機材を制限された影響がだなぁ……」

「まぁ、日本政府からいくら配られるのかは分からないけど、八木の両親が受け取って終わりじゃない?」

「はぁ? なんで本人に届けないんだよ。賠償金ってのは被害を受けた本人が受け取るもんじゃないのかよ」

「うーん……でも八木が持っていても、くっだらない物に使われそうだし、親に貯金してもらっておいた方が良くない?」

「小学生のお年玉か! だいたい、俺様は一家の主として生きていくんだ、俺様が貰うのは当然だろう」

「そうか、パパになるんだもんね」

「パパって言うなぁぁぁ……パパじゃねぇ……まだパパじゃねぇ……」


 自覚が芽生えてきたかと思ったのは勘違いのようで、ひとしきり叫んだ後は、ブチブチと声にならない愚痴を呟いています。

 まったく往生際の悪い男ですよねぇ。


「それで、賠償金の話を横に置いたら、八木は和解には賛成なの?」

「あー……てか、和解しないでどうすんだよ。戦争するのか? 平和ボケの日本が?」

「まぁ、それは無いよね」

「大体、戦争するための戦力を送り込むのも国分次第だろ? お前、戦争に賛成なんかしないだろう?」

「まぁね、戦争なんてやっても良いことなんか何もないしね」

「だろ? てかさ、ぶっちゃけ俺らが文句を言おうが何しようが、結局国分を通してじゃなければ何も出来ないんだよ。お前の好きにすれば良いんじゃね?」

「んー……まぁ、そうなのかもしれないけど……」


 確かに八木の言う通り、リーゼンブルグと交渉するにしても窓口は僕ですし、そもそも、魔の森を越えて行く事すら難しい状況です。

 僕の好きにすれば良いというのは、ある意味では真理なのかもしれませんが、どうも納得出来ないんですよね。


「国分、お前何を企んでるんだ?」

「えっ、べ、別に何も企んでなんか……」

「はい、嘘! お前は分かりやすいからなぁ……で、何を企んでる、白状しろ」

「うーん……やっぱり八木が一番のネックなのかな?」

「ほほう、そうかそうか、黙っていてやるから……分かるな?」


 八木は再び右手の親指と人差し指で輪を作り、手の平を上に向けてヒラヒラと振ってみせます。


「いや、お金は出す気は無いよ。てかいざとなったら通信なんて遮断出来ちゃうからね」

「酷ぇ、どこの独裁者だよ」

「何なら、コボルト隊で秘密警察を……死体は人知れず魔の森の奥に……」

「いやいや、待て待て、話し合おう……てか、マジで出来ちゃう奴が言うと洒落にならねぇからな」

「勿論、冗談に決まってるじゃん。パパがいなかったら可哀相だものね」

「パパって言うなぁぁぁ……てか、俺なんかよりも綿貫に聞くのが先じゃねぇの?」

「うん、綿貫さんとはもう話した」

「そうなん? 綿貫が納得するなら、別に良いんじゃね? 居残ってる他の連中は、それなりにこっちの生活を楽しんでやがるし、鷹山なんか礼を言っても良いぐらいだろう」

「まぁ、鷹山の苦情なんか聞く気は無いけどねぇ」

「当然だな。てことで……俺にはたんまり金寄越せ」

「そうだね……」

「マジ?」

「うん、出産祝いの時に一緒に渡すよ」

「何でだよ、今でしょ! 今っ!」

「いやぁ、絶対に八木は下らないことに使いそうだし……あぁ、マリーデに渡せば良いのか」

「いやいや、駄目駄目、被害者は俺! 賠償されるの俺だから!」

「てか、八木はマリーデに男のケジメはつけたの? 曖昧なままなんじゃないの?」

「いや、それは……」


 何で、そこで口ごもるかねぇ。

 ビシっとパパらしいところを見せて見ろ……なんて八木に要求しても無理か。


「とりあえず、綿貫さんも気持ちの整理がついていないみたいだし、賠償金の件は日本政府とも協議しないと駄目だろうから、また今度ね」

「ちっ……臨時のボーナスに期待してんだから、さっさとしてくれよ」


 ウダウダ文句は言いそうだけど、とりあえず八木には金を与えておけば大丈夫でしょう。

 やっぱり問題は綿貫さんなのかなぁ……。

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