第456話 海賊

 アマンダさん達をリビングでもてなしていたら、唯香に美香さんを迎えに行ってくれと頼まれました。

 そうでした、美緒ちゃんの着替えやら勉強道具やらを揃えに一旦帰宅して、またこちらに戻って来るんでしたね。


 光が丘の浅川家の玄関へと移動して、美香さんに声を掛けました。


「健人です、お迎えに上がりました!」

「は~い、どうもありがとう。何度もごめんなさいね」

「いえいえ、影移動ですから隣りの部屋に移動するようなものですよ」


 美香さんは、大きなトランクを二つ、ゴロゴロとリビングから押しながら現れました。

 やはり女性二人分、一週間の着替えともなると結構な量になるんですね。


「では、行きましょうか」

「あっ、まって。んー……忘れ物はないわよね。火の元はオッケーだし、電気も消したし、いいわ、行きましょう」


 美香さんには、今朝魔力の付与を行ったので、そのまま闇の盾を潜って我が家まで案内しました。


「ありがとう、健人」

「唯香、僕は夕食の材料の仕入れに行ってくるから、みんなが来たら相手しておいて」

「分かった、今夜は美味しいお魚だね」

「うん、エビとかカニとかもあったら買って来るよ」


 招待したみんなを持て成すために、ランズヘルトの東の端、エーデリッヒの港町ジョベートへと足を伸ばします。

 ヴォルザードと海の間には魔の森があるので、海の幸は手に入りません。


 ジョベートとヴォルザードだと、ランズヘルト共和国の東の端と西の端になりますが、こっちへも影移動ですから、隣近所へと出掛ける感覚なんですよね。

 家も大きくなって、人も増えたので、大きな魚とか仕入れて来ちゃいますよ。


「……って、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁ!」


 クラーケン討伐の指名依頼以後、度々訪れて見慣れているジョベートの街は、炎に包まれていました。

 魚市場の建物も、周りにある仲買業者さんの店も、岸壁に係留されている漁船も燃えているようです。


 クラーケン騒ぎで火が消えたようになっていたジョベートの港は、試験航海の成功を伝えた時には、住民総出でお祭り騒ぎになりました。

 どの顔も笑顔で溢れて、街中の人々が幸せを謳歌していた光景が目に焼き付いています。


 それが、炎に蹂躙されているって……一体何が起こっているのでしょう。

 影の空間から呆然と見守っていると、炎弾が海の方角から飛んで来ているようです。


 岸壁へと移動すると、そこは戦場と化していました。

 守備隊員や冒険者達が、金属製の大盾に身を隠しながら、入り江に向かって攻撃を仕掛けています。


『ケント様、あの船は海賊船のようですぞ』


 ラインハルトが指差す先、大きな黒い船が三隻、入り江の中から港の周囲の建物に向かって、火属性の攻撃魔術を次々と打ち込んでいます。


「バステン! すぐにザーエ達と手分けして、街の消火を始めて!」

『承知!』


 陸地からも攻撃魔術で応戦しているようですが、船側の脅威にはなっていないようです。

 黒い船には鉄板が打ち付けてあるらしく、燃えやすい帆などは既に下ろされ、片付けられているようです。


『ケント様、奴らが接岸して乗り込んで来ると厄介ですぞ』

「分かった。陸には近付かせないよ」


 どこのどいつか知りませんが、ランズヘルトに手を出したらどうなるのか、骨の髄まで教えてやりますよ。

 観察すると、中央の船のマストの上で、剣を片手にがなりたてている男が親玉のようで

す。


「殺せ、燃やせ、どうせお宝は蔵の中にしまい込んでいやがるんだ。船も、人も、みんな燃やしちまえ!」


 こいつは、後でたっぷりとキャーン言わせてやりましょう。

 手下共は、生き残れたらお慰みってところですかね。


『さて、ケント様、いかがいたしますか? 皆殺しにしますかな?』

「いや、まず、あの親玉を取っ捕まえる。何だか規模の大きな集団だし、裏があるならそっちまで叩いておかないといけないからね。フレッド、あいつの前に闇の盾を出すから、当て落として縛り上げてくれる?」

『簡単……任せて……』


 フレッドの準備が整ったところで、親玉らしき男の左前方に闇の盾を展開しました。


「なっ……ぐふぅ……」


 うんうん、まさに一瞬の早業でフレッドが当て落として縛り上げ、マストに括りつけました。


「ゼータ、エータ、シータ、船の中から思いっきり吼えてあげなさい」

「ぐおぉぉぉぉぉん!」


 突然、自分達の足下から響き渡ったギガウルフの遠吠えによって、海賊どもの攻撃はピタリと止まりました。


「なんだ、何がいやがる……」

「海の上、船の上だぞ……」

「おい、見ろ! お頭がぁ!」

「どうなってやがる、おい、助けろ!」


 梯子を伝って上ってこようとする連中は、マルト達に影の中から蹴落としてもらいます。

 ではでは、ご挨拶といきましょうかね。


 マストに括りつけた親玉の隣りに、闇の盾を出して表に身を乗り出しました。

 おぉ……結構高いっすねぇ……。


「えー……皆さん、大人しく武器を捨てて投降して下さい」

「なんだ手前、ふざけたことぬかしてんじゃねぇぞ」

「やっちまえ、ぶっ殺せ」

「あれあれぇ……お頭、どうなっても良いの?」

「手前ぇ、汚ねぇぞ!」

「うるさい! 海賊風情が汚いとか言う資格があると思ってんのか! さっさと投降しろ!」

「ふざけんな、手前みたいなガキの言いなりになるとでも思ってやがんのか!」


 まぁ、投降したところで死罪は免れないのでしょうから、こうした展開は予想通りですね。

 ではでは、準備しておいた脅しでも掛けてみましょうか。


「ゼータ、エータ、シータ、引き上げて。んでもって、送還……からの光属性攻撃魔術」


 隣りの船の甲板に送還したのは、影の空間に置いてあった爆剤の樽で、すかさず光属性の攻撃魔術を撃ち込んで起爆させました。

 勿論、爆風を食らわないように、影の空間に退避しましたよ。


 ドガァァァァァ……。


 爆風が過ぎ去ったのを見計らって表を覗くと、隣りの船の甲板にいた海賊共は殆どが吹き飛ばされたようです。

 舷側に叩き付けられて呻いている連中も、瀕死の重傷って感じですけど、治療なんてしてやりませんよ。


「さて、皆さん、どうしま……うわっ」


 闇の盾から顔を出して、再度投降を呼び掛けようとしたら、フレッドに襟首を掴まれて引き戻されました。

 フレッドが空いている手で掴み取ったのは、ボウガンの矢でした。


『ケント様……油断しすぎ……』

「ごめん。フレッド、ラインハルト。この船に乗ってる連中を全員叩きのめして縛り上げて」

『他の船はどういたしますか?』

「あっちは、僕が沈めちゃうよ」

『ぶはははは、了解しましたぞ』


 ラインハルトとフレッドにこの船の制圧を頼み、僕は影移動で隣りの船の船倉へと移動しました。

 どこから来た船なのかは知りませんが、長旅を続けてきたのか饐えたような酷い匂いがします。


「ご主人様、ドーンするの? ドーン?」

「うん、するよ。ちょっと待ってねぇ……」

「わーい、ドーンだ、ドーン!」


 マルト達のリクエストに応えて、船室にある服とか布を集めて火属性魔術で火を点けて、爆剤の樽を転がしておきました。

 続けて、もう一艘の船倉にも火を点けて爆剤の樽を転がし、ジョベートの岸壁まで移動しました。


 ズドォォォォォ……。


 爆発音と共に、甲板が下から吹き飛ばされ、船は炎に包まれながら沈んでいきます。

 続いて、もう一艘の船も膨れ上がるようにして吹き飛び、こちらは真っ二つに折れながら沈んでいきました。


「おい、どうなってるんだ」

「分からない、なにが起こったんだ……」


 岸壁で応戦していた守備隊の皆さんも、突然の事態に戸惑っているようですね。

 少し離れた所に闇の盾を出して、声を掛けました。


「すみません、そこの守備隊の方……」

「どうした坊主、こんな所にいないで早く逃げろ!」

「僕はヴォルザードの冒険者でケントといいます」

「ケント……ケント・コクブか! それじゃあ、あれは……」

「はい、二隻は爆剤を使って爆破しました。もう一隻も僕の眷属が制圧しています」

「ありがたい、助かった」

「それで、沈んだ船から逃げ出した奴がいると思うんで、そちらの捕縛をお願いできますか?」

「分かった、そちらは我々がやらせてもらう」

「お願いします。僕はちょっと領主の館に顔を出してきます」

「了解だ。よーし、みんな、海賊どもを一人残らず取っ捕まえるぞ!」

「おぉぉぉぉ!」


 守備隊の隊員と握手を交わしてから、影の空間へと潜りました。

 ドーンだ、ドーンだと、はしゃいでいるマルト達は置いといて、丘の上の領主の館へと移動します。


 いつもは静かな屋敷前の通りですが、さすがに今日は多くの住民達が押しかけていましたが、みんな吹き飛んだ海賊船の方を眺めています。


「どうなったんだ……海賊の船が沈んでいくぞ」

「誰かがやっつけてくれたのか?」

「何だか火災が下火になってないか?」

「戻ろう、攻撃も止んでる」

「怪我人を運ぶぞ」


 一人が街に向かって坂を駆け下りていくと、他の者達も一斉に走り始めました。

 取り残された門番二人も、行くべきか残るべきか迷っている感じです。


 驚かさないように、距離を取って闇の盾を出して、表へと踏み出しました。


「ケント・コクブ! あんたが、やっつけてくれたのか?」

「海賊船は制圧しました。アルナートさんか、バジャルディさんはいらっしゃいますか?」

「バジャルディ様がいらっしゃる、案内する……」


 屋敷の中にも、街から避難してきた人が沢山いて、中には酷い火傷を負っている人もいるようです。

 バジャルディさんは、バルコニーに立って港の様子に目を凝らしていました。


「バジャルディ様! ケント・コクブさんがお見えです!」

「なんだって、あぁ、ケントさん!」

「ご無沙汰してます、バディさん。海賊船は制圧しましたよ」

「ありがとうございます。海賊船を沈めたのはケントさんだったんですね」

「一応、投降は呼び掛けましたが、聞く耳持たないようなので、一隻を残して始末しました」

「本当に、なんとお礼を言って良いやら」

「たまたま魚を仕入れに来たんですけど、もうちょっと早く来ていれば、もっと被害が小さくて済んだかもしれないと思うと、申し訳ないです」

「とんでもない! 我々も、クラーケン騒ぎの後、また以前のように交易を再開させられて、少し気が緩んでいたようです。対応が遅れて被害を大きくしてしまいました」


 船の制圧はラインハルトとフレッドに任せてありますし、火災の消火はバステンとザーエ達に頼んであります。

 とりあえず僕は、怪我人の手当てを進めることにしました。


「バディさん、海賊を引き渡す前に、ここにいる怪我人の治療を済ませてしまいたいんですが、よろしいですか?」

「えっ、ですがケントさんは闇属性では……?」

「光属性の治癒魔術も使えますので、とにかく火傷の酷い方から治療させてください」

「分かりました、お願いします」


 海賊共が、火属性の魔術を使っていたので、怪我人の殆どは火傷によるものでした。

 背中が焼けて、うつ伏せでしか横たわれない人、髪が燃え、顔まで 焼け爛れてしまった女性もいました。


 とにかく命を繋ぎとめるように、焼けた髪は無理でも、顔や腕など外見の気になる部分は、元の皮膚の状態に戻るように治癒魔術を掛けていきました。


「うそ……焼け爛れた顔が……」

「痛くない……背中の痛みが消えた……」


 まだ港の方にも重傷者がいるかもしれないので、比較的軽症の人には今は我慢してもらいます。


「すみません、まだ港の方に怪我人がいるかもしれないので」

「あぁ、構わないぜ。この程度なら死にやしない。もっと酷い人を治療してやってくれ」

「じゃあ、バディさん、行きましょう!」

「はい、お願いします」


 屋敷を出て港に向かう坂道から眺めると、炎は殆ど見えなくなっていて、街のあちこちからは白い煙がたなびいていました。

 ただし、火は消えたものの、多くの建物が焼け落ちていましたし、店先の商品はメチャメチャになっていました。


「ミルト」

「わふぅ、呼んだ?」

「うん、唯香とベアトリーチェにジョベートが海賊の襲撃を受けて大きな被害が出ている。今日の仕入れは無理そうだって伝えてくれる?」

「わぅ、行って来る」


 街へと下って行く途中でも、住民達はバジャルディさんを見つけては色々な要望や不安を伝えてきます。

 バジャルディさんは、それら一つ一つに的確な返答をしながら、港を目指しています。


「バディさん、怪我人をどこか一ヶ所に集めることは可能ですかね?」

「それは、出来ると思いますが、ケントさんの魔力は大丈夫ですか?」

「はい、もし僕の手に余るなら、ヴォルザードから応援を連れてきますよ」

「本当ですか、ありがとうございます。ですが、集めるにしても港の状況が分からないと、何とも言えませんので、急ぎます……」


 港まで下りていくと、やはりかなりの数の怪我人が出ているようです。


『ケント様、火災はほぼ消し止めました。ザーエ達は海に落ちた海賊どもの討伐に向かわせてもよろしいですか?』

『うん、話を聞き出す親玉とかは押さえてあるから、抵抗するなら始末しちゃって』

『了解です!』


 いつになくバステンが張り切っているように感じますが、良く考えてみればジョベートだって元のリーゼンブルグですからね。

 騎士として自分達が守って来た国を、海賊どもに踏み荒らされている気分なのでしょう。


 港に近付くほどに焼け落ちた建物が目立ちはじめ、辺りは焦げた臭いに包まれました。

 被害は、かなりの広範囲に渡っているようです。


「バディさん、海賊の襲撃はよくある事なんですか?」

「船が襲われる事は、たまにありましたが、港が襲われたなんて話は親父どころか祖父の代まで遡らないと無いと思いますよ」

「素人目ですが、随分と頑丈そうな船ですよね?」

「そうですね。戦闘を想定した造りになっていますね」

「どこから来たんでしょう?」

「まだ、ハッキリとした事は言えませんが、おそらくは……」


 バジャルディさんは、入り江の先、大海原の先へと視線を向けました。


「シャルターン王国ですか?」

「まだ、何の確証も無いのですが、気になる話を耳にしています」


 バジャルディさんが航海から戻ってきた船乗りから聞いた話では、コクリナのギルドマスターが更迭されたり、コクリナの町長が領主によって捕らえられたという噂があるそうです。


「あくまで噂話で、どこまで本当なのか、それと本当だとして、ガドス地方だけの話なのか、それともシャルターン王国全体の話なのか……」


 地球のように通信技術が発展していませんし、海の向こうの話になるので、鳥による連絡というのも難しいそうです。

 つまり、向こうへ行って、戻ってきた船乗りの話に頼るしかなく、ほぼほぼ情報が無い状態のようです。


 港へ駆け込んだバジャルディさんは、屋根が残っている市場の建物を臨時の救護所として、怪我人を集めるように守備隊や冒険者に指示を出しました。

 すぐに火傷や怪我を負った人たちが運ばれて来ます。


『ケント様、船の制圧は完了しましたぞ。それと、この様子ではヴォルザードに応援を頼まれた方がよろしいのでは?』

「そうだね、唯香とマノンに来てもらおう……ミルト」

「わふぅ、二人とも出掛ける準備は出来てるよ」

「おう、さすが……では、お迎えにあがりますかね」


 残念ながら、今夜の夕食会は中止になりそうです。

 バジャルディさんに声を掛けてから、唯香とマノンを迎えにヴォルザードへと向かいました。

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