第451話 ガセメガネレポート……せず?
この世の中に完璧な人間なんて存在しない、それは200人以上の人間を救った国分健人であってもだ。
その日、俺、八木祐介は異世界の街ヴォルザードに接する魔の森の中にいた。
魔の森とは、魔物が多く暮らす一般の人間では立ち入ることすら危険な森だ。
そんな危険な森の中、しかも街からは歩けば1日掛かるほど深い場所に、野球場ほどの広さに整地された場所が存在している。
ここは国分が、眷属と呼び使役している魔物たちに切り開かせた秘密の訓練場だ。
ここで国分は、異世界に召喚され、監禁された同級生たちを救出するための訓練を重ねていたらしい。
救出作戦が終了して多くの同級生が帰国を果たした現在は、こちらに残って冒険者として活動を続ける者たちのための訓練が行われている。
訓練の内容は、ズバリ魔物の討伐だ。
魔の森に生息する本物の魔物と実際に戦う、これ以上の訓練は無いだろう。
この訓練は、既に何度も行われていて、俺たちの実力も格段に向上した。
討伐にも慣れ、身長2メートルを超えるオークを単独で倒せるようになった。
そう、アクシデントとは、そうした慣れや油断が生じた時に起こるものなのだ。
この日の訓練でも、準備運動を行った後、順番にオークの討伐を行った。
各自が工夫を凝らしているので、手こずる者もいたが、概ね順調に5人が討伐を終えた。
6人目は本宮碧の順番だった。
本宮は訓練を受けている冒険者としては紅一点だが、腕前は俺達男子に引けを取らない。
だが、この日の本宮は、どこかいつもと違っていた。
観察眼の鋭い俺の目には、準備運動の時から動きにキレが無いというか、身体が重そうに見えた。
もしかすると、女子特有の周期的な不調なのかもしれないが、他の連中は気づいていないようだ。
この訓練の安全は、言うまでもなく国分によって担保されているのだが、その国分が上の空だった。
この日は、訓練に参加する者の他に、訓練を見学に訪れた者がいた。
その中の一人、ミューエル嬢は猫獣人の美女で、国分はヴォルザードで暮らし始めた頃からの知り合いらしい。
少し年上の美女に良いところを見せたいのだろう、国分は訓練よりもミューエル嬢に気を取られていた。
観察眼の鋭い俺は、国分の気の緩みも見抜いていたので、万が一に備えて、いつでも動けるように準備を整えておいた。
平時において乱を忘れず……日本の教訓は冒険者にとっても有用だ。
そして、恐れていた事態が起こってしまった。
普段ならば、危なげなく討伐を終える本宮が、オークの反撃を受け損ねて剣を弾き飛ばされてしまった。
更に悪い事に、バランスを崩した際に足を痛めたようだ。
当然、オークは追撃してくる。
普段の訓練では、こうした事態に陥った場合には、国分が魔術で安全を確保するのだが、国分の視線はミューエル嬢の胸元に釘付けだった。
だが、誰が国分を責められようか。
猫耳と尻尾を持つ美女が見学に訪れ、豊満な胸の膨らみが目の前で揺れていれば、視線を奪われるのは思春期の男子なら仕方ないだろう。
「ちっ、しゃーねぇな……」
こうした事態を予測していた俺様は、あらかじめ発動させておいた身体強化魔術によって、電光のごとく本宮とオークの間に割って入った。
「そこまでだ、豚野郎!」
あとはオークを切り捨てるだけと思ったのだが、ここで更なるアクシデントが俺を襲った。
「八木君、怖い!」
「馬鹿、よせ、本宮!」
パニックに陥った本宮に、背中から抱きつかれてしまい剣が抜けない。
女子に抱きつかれたぐらい……と思うだろうが、本宮も討伐の訓練を行っていたのだから、当然身体強化魔術を発動している。
つまり俺は、メスゴリラに抱きつかれたような状態に陥ってしまったのだ。
それでも、俺も身体強化魔術を発動させているから、突き飛ばすのは容易いが、それでは本宮に怪我をさせてしまうかもしれない。
助けに入った俺が怪我をさせてしまったら、本末転倒も良いところだ。
俺は、本宮の震える腕をそっと解いた。
例え、そのためのコンマ何秒が、俺にとって命取りとなろうとも後悔するつもりはない。
「がはっ……」
「八木くぅぅぅぅぅん!」
「八木ぃぃぃぃぃぃ!」
左腕を固めてガードしたつもりだったが、オークが振り回した拳の威力は俺の想像を遥かに上回っていた。
バキンという音を立てて折れた左腕が、肋骨を圧し折りながら胸に食い込んでくる。
折れた肋骨が肺や心臓に突き刺さる激痛が、脳天へと尽き抜けた。
大型トラックにノーブレーキで衝突されたら、たぶんこんな感じになるのだろう。
短い浮遊感の後で、俺の身体は地面に叩きつけられる。
ゴロゴロと土の上を転がった後は、もうどこが痛いのか分からないほど全身が痛んだ。
「がっ……あがぁぁ……」
身体が酸素を欲しているが、まともに息が吸えない。
脳に血液を送ろうと、傷ついた心臓が鼓動を打つ度に激痛が走る。
「やばい……死ぬ……」
人間は、肺で血液中に酸素を取り込み、その血液を心臓が全身に送ることで生命を維持している。
その肺と心臓が傷つき、機能を失おうとしているのだから、俺が死を意識したのは当然だろう。
「八木ぃ! しっかりして、八木! 今すぐ治療するから」
駆け寄ってきた国分は、さっきまで猫耳美女に鼻の下を伸ばしていた男とは別人かと思うほど狼狽し、顔面蒼白の状態だった。
「助けるから、必ず助けるから、死んじゃ駄目だ! 八木が死んだら、僕は……僕はどうすればいいんだよ!」
「馬鹿……お前は、ホント馬鹿、だな……俺がいなくたって……」
「駄目だよ、八木がいたから僕は間違わずに進んで来られたんだ。八木の助言が無かったら、きっとみんなを助けられなかった。だから、死んじゃ駄目だぁ! おぉぉぉ……治癒魔術、全力全開!」
「ぐぁぁぁ……」
国分が治癒魔術を発動させた途端、損傷した左胸に激痛が走る。
折れた骨、ひしゃげた筋肉を力任せに元の位置へと戻されている感じだ。
何でもかんでも魔力任せ……国分がパニクった時の悪い癖が出ている。
「馬鹿……落ち着け。集中して、コントロールしろ……」
「あぁ、ごめん……そうだね、集中、集中……コントロール」
俺と国分は一緒に召喚され、同時に魔術を手に入れたが、魔力の量には大きな差があった。
国分は膨大な魔力で大きな魔術が使えたが、俺の魔力には限りがあり使える魔術にも制限があった。
それゆえに俺は限られた魔力を効率的に使えるように、繊細なコントロールを厳しい自己研鑽の末に手に入れた。
そして、その技を有り余る魔力を制御出来ずにいた国分に教え込んだのだ。
国分が落ち着きを取り戻し、治癒魔術を制御し始めると激痛は徐々に去っていった。
折れた骨や傷ついた内臓を修復するのだから、痛みを伴うのは仕方ないが、一般人では失神してもおかしくない程の激痛を与えるような治療は三流だ。
国分が左胸の治療をほぼ終えたところで、左腕を右手で引っ張り、折れた骨を元の位置へと戻した。
「ぐぅぁぁぁ……」
「八木、無理しなくても僕が治癒魔術で……」
「俺が戻した方が早く終わるだろう……余計な時間を使っちまうと、その分訓練が出来なくなる……」
「まったく八木は……こんな時まで格好つけなくていいんだよ」
「違うぜ国分、俺はいつだって格好いいんだよ」
「あぁ、そうだったね」
どうやら俺は生き延びた。
たぶん、この危なっかしい弟子が一人立ちするまでは、神様が死なせてくれないようだ……。
異世界レポート Prezented by Yusuke Yagi
「どうだよ、俺様の渾身のレポートは?」
「うん、ぜんぜん駄目」
俺の問い掛けに、綿貫は間髪入れずに答えた。
「はぁ? どこがだよ、どこが駄目だって言うんだよ!」
「んー……全部? てか、これなら小説家をやろうの無料小説を読んだ方が数倍マシね」
「酷ぇ……」
「プレゼンの綴りが間違ってるしぃ……」
「ちょ、ちょっとしたミスだ!」
国分の治療をレポートすれば良いのでは……と、ヒントをくれた礼に、書き上がった渾身のレポートを読ませてやったのに、なんて失礼な女だろう。
「てかさ、これじゃレポートじゃなくて創作じゃないのよ」
「バーカ、ホント馬鹿だな、この手のレポートは盛って、盛って、盛り上げなきゃ受けないんだよ」
「てか、八木のレポートって今まで一度も受けてないんじゃないの?」
「ぐはっ……そ、そ、そんな事はあるわけ無くもないかもしれない……」
例え事実だとしても、それは言っちゃいけない事だろう……なんて配慮の足りない女だ。
「そもそも、国分の治癒魔術が出鱈目なんだから、その他の部分を脚色したら信じてもらえないじゃないの?」
「うっ……そうかもしれねぇけど……」
「まぁ、あの時一番気を抜いてたのは八木だから、そのまま書くとメチャメチャ格好悪いのは確かよね」
「う、うっせぇな……」
「でもさ、そうやって自分の恥をわざわざ晒すからこそ、真実味がアップするんじゃないの? 格好つけると嘘臭いけど、恥を晒すなら本当かも……てね」
「なるほど……それは確かに一理あるかもしれないな」
「てか、これがそのまま世の中にバラ撒かれたら、絶対に帰国した同級生から突っ込まれて、メチャクチャ叩かれるよ。みんな日本に戻れたのは国分のおかげって思ってるし、メチャメチャ感謝してるからね。木沢澄華とか、敵に回すと大変だよぉ……」
「くそっ、木沢か……」
木沢澄華は、ちゃっかり一番先に帰国を果たし、異世界召喚に関する手記を発表。
本来俺が手にするはずだった世間からの称賛を横取りした不届き者だ。
手記の売り上げで巨万の富を築いたはずだが、同級生の帰国が進み出した頃から露出を控え、今ではSNSさえ時々しか更新していない。
過去の人なんて言う者もいるが、稼ぐだけ稼いだら姿を眩ますとか理想的だろう。
それでいて、異世界関連の話には隠然たる影響力を保持していて、何か誤った情報が流れると即座に反応して情報を流し、世間は木沢の意見に追随する。
日本での国分の人気は、木沢による所が大きい。
木沢にしてみれば、自分よりもマスコミに追われる存在を作れば、自分に対する風当たりを弱める効果が期待できる。
そのためなのか、ヴォルザードにいた頃とは手の平を返すように国分称賛のスタンスを貫いている。
「ちっ、結局、国分Sugeeeなのかよ」
「そりゃそうよ。そもそも、八木だって国分を利用しようとしてるじゃん」
「ば、馬鹿、俺は異世界の真実を……いや、利用してるな」
「でしょ。それなのに、今の国分があるのは俺様のおかげ……は違うんじゃない?」
ぐうの音も出ねぇ……俺らがヴォルザードにいられるのも、シェアハウスを手に入れられたのも、大人から見れば冒険者ごっこにしか見えない仕事で生活が出来るのも、国分の存在があってこそだ。
「国分はさぁ、たぶんこれをそのまま発表しても、何書いてるんだよ、八木ぃ……ぐらいの文句は言うだろうけど、訴えてやるとか、絶縁だ……までは言わないと思う。でも、それに甘えてちゃ駄目なんじゃないの?」
「お、お前だって甘えてんじゃん……」
「うん、メッチャ甘えてるよ。あたしが前を向いて歩けるようになったのは、全部国分のおかげ。その代わり、真っ直ぐに歩いていく、もう曲がらない」
「くっ……」
正論で殴ってくる奴はズルい……反論すれば、こっちが悪者になっちまう。
しかも、綿貫がリーゼンブルグの連中に何をされたのかも知っている。
そんな相手に、屁理屈を捏ねたって通用しないことぐらい、俺にだって分かる。
「でもさ、八木は文章だけは上手いよね。あたしらの年代じゃ、ここまでの文章はなかなか書けないよ」
「だけって言うな。当たり前だろ、俺はジャーナリストだからな」
「だったら、余計に真実で勝負しないと駄目なんじゃないの?」
「だから、話を盛らなきゃ相手にされねぇよ。異世界ネタだって、前ほど珍重されてねぇし……」
「てか、八木は下心出し過ぎだから見透かされるのよ」
「なんでだよ。ちょっとぐらいは良い格好させろよ」
「こないだの特訓の時の新旧コンビみたいになるのが関の山じゃないの?」
「あぁ、結局本宮に持ってかれたもんな……」
あんなチンチクリンのツルペタのどこが良いのか分からないが、新旧コンビの二人は国分の後釜として下宿したミリエにご執心だ。
良い格好しようとして空回りして、ミリエの気を引くどころか、女子の本宮に攫われている有様だ。
「てか、話を盛りに盛った結果、パパになったんじゃないの?」
「パパって言うなぁぁぁ……まだ、パパじゃねぇぇぇ……」
「国分の功績を自分のために利用して、マリーデも自分のために利用した結果なんだから諦めなよ」
「ちくしょう……どうしてこうなった」
「だから、自分のため、自分のためで行動してるからでしょ。国分みたいに、馬鹿みたいに誰かのために汗を流してみなよ。きっと周囲の八木を見る視線が変わるはずだからさ」
「誰かのためとか言われてもなぁ……国分が、救出した同級生に文句言われてるのを見たら馬鹿馬鹿しくなるじゃんか」
「でも、最終的には、あんなに可愛い嫁を4人も貰うんだよ」
「くぅ……そうだった。俺様も、誰かのために奉仕すればマリーデ以外の嫁を……」
「だから、そうやって自分の利益を最初に考えちゃ駄目でしょ」
「ちくしょう……俺にもチートな能力があれば……」
「はぁぁぁ……」
俺が本気で苦悩しているのに、盛大にため息つきやがった。
「八木さぁ、本気で国分がチートだとか思ってるの?」
「そりゃ、あんだけ魔術を使えれば……」
「チートって、本来はズルいって意味なんでしょ? だったら国分はチートじゃない、国分を上手く利用している日本政府とか、腹黒領主とか……現在進行形で利用しようとしている八木の方がチートなんじゃないの?」
「んな事いったって、俺は国分みたいな能力は……」
「はぁぁぁ……馬鹿、ホント馬鹿だよね。さっき、あたしが言ったよね。八木は文章だけは上手いって。なんで自分の文章力を活かして、正面から戦ってみようと思わないの? 国分とか、ネタとか、盛るとか言ってないで、バチっと硬派なドキュメンタリーを書いてみなさいよ」
言葉で横っ面を張り倒された気がした。
言葉で伝え、受け取った人間の心を動かすのがジャーナリストなのに、俺が圧倒されてどうする。
「八木さぁ、今も日本には、ううん、世界中にはヴォルザードに来たくても来られない人がいっぱいいるんだよ。でも地球に伝わっている情報はさ、同級生たちや政府の役人が撮ってサイトに上げた動画程度しか無いんだよ。もっと踏み込んで、突っ込んで、掘り下げた情報はどこにも伝わっていないんだよ。それなのに、あんた何やってんの? これが渾身のレポート? せこい手使って誤魔化してんじゃないわよ。真正面から戦いなさいよ、パパになるんだからさ」
「うっせぇ、パパって……」
「八木? ちょっ……」
俺は綿貫からレポートを取り返すと、グシャグシャに丸めてゴミ箱に叩き込んだ。
「やってやる、ぐうの音も出ねぇレポートを仕上げてやらぁ!」
「きししし……いいね、いいね、さすがパパになる男は違うね」
「パパって言うな! まだパパじゃねぇぇぇぇ!」
まだパパじゃないけど、いい加減逃げられそうもないのは分かってる。
だったら見せてやろうじゃないか、八木祐介の生き様ってやつを……。
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