第449話 船山寅一

『歴史的な訪問、実現へ前進』

『人類史上初の悲劇、早期の和解実現か』


 そんな活字が躍る新聞を引き裂き、ぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱に叩きこむ。

 何が和解だ、何が訪問だ、ふざけるな、俺は絶対に認めねぇ。


 あの日、俺は龍二の通う中学校の校舎が崩壊したというニュースを聞き、仕事を放り出して駆けつけた。

 周囲の建物や道路には何の異変も見られないのに、校舎だけが崩壊していた。


 多くの生徒が校舎の下敷きになっているようで、龍二の所在も確認出来なかった。

 遅々として進まない救出作業に業を煮やして、俺は会社の社員と重機の貸し出しを申し出た。


 ビルの解体工事を生業としている我々にとって、崩壊した校舎の解体は専門分野なのに、人命救助を優先するとか言われ、現場には全く入れない。

 いくら家族が巻き込まれていると言っても、決まりだからの一点張りだった。


 崩壊した建物の下敷きとなった場合、72時間が生存のボーダーラインだとされている。

 ところが、4日経っても、5日経っても、1週間経っても龍二は見つからない。


 それどころか、龍二と同じ学年の生徒が全員見つからない。

 どうなってるんだ、説明しろ、現場を見せろと要望を出しても、何一つ叶えられなかった。


 神隠し……宇宙人のしわざ……工作機関による拉致……。

 50人近い死者と150人を超える負傷者、そして200人を超える行方不明者を出しながら、その原因は全く分からない。


 警察、消防、教育委員会、思いつく場所には全て足を運び、説明を求めたが、納得のいく説明は帰って来なかった。

 2週間以上経ってから、ようやく崩壊現場への立ち入りが許されたが、瓦礫が積み重なっているだけで、龍二の姿は見つからない。


 崩壊した校舎の瓦礫は、一度校庭に移動させ、基礎部分まで確認が行われそうだが、手掛かりとなる物は何一つ見つからなかったそうだ。

 今後も最新鋭の調査機器を投入して、捜索は継続するという話だが、期待は持てそうもない。


 行方不明の保護者からは、とにかく無事で戻って来てほしいという声と共に、生存を諦めるようなコメントも出始める。

 そんな状態が1ヶ月以上続いた後、いきなり事態が動いた。


 龍二と同じ学年の生徒が、突然警察に姿を現したそうだ。

 校舎ごと知らない世界に飛ばされて、そこで人の住む街を探している最中に崖から転落、気付いたら光が丘公園に戻ってきた。


 マスコミの報道によって、俺は初めて『異世界召喚』なる言葉を知る。

 魔法によって、全く別の世界へと召喚される……最初に聞いた時には、全く信じられなかった。


 そんな話は、テレビか映画の中でしか起こらない、架空の話にしか思えない。

 それでも、それでも龍二が違う世界でも生きているという希望が持てた。


 俺だけではない、俺と同じように子供が行方不明になった親にとっては、藁にでもすがる思いだった。

 すぐに父兄が集められ、現状の説明と今後の話し合いが持たれたが、またもどかしい思いをさせられた。


 生徒が一人帰還したが、異世界に行く方法も連絡の手段も無い、どうアプローチして良いかもわからない。

 要約すると、何も分からない、何も出来ない、今までと全く変わらなかった。


 それでも我々は、帰還した唯一人の生徒に家族の無事と再会の手掛かりを期待し続けたのだが、その生徒は偽者だった。

 しかも偽者だと判明したのは、その生徒が帰還したと報じられてから1週間以上も経ってからだ。


 その間、その生徒の親は何をやっていたのかと思えば、不倫の末の刃傷沙汰でマスコミに追い回され、再びマスコミの見世物となるのが嫌で子供に会いに行かなかったらしい。

 1ヶ月以上も行方不明になっていた我が子が戻って来たと聞いても、己の身を守るために会いに行かないなど、俺には信じられない所業だ。


 偽者を演じたガキも許せないが、本人はすぐにバレると思っていたのに保護者も現れず本物と信じられたまま時間が経過して、引くに引けない状況に陥ってしまったらしい。

 それより何より、父親が面会していれば、こんな事態にはなっていない。


 そのボンクラな父親の元へ怒鳴り込んでやろうとしたが、個人情報の保護だとか言って住所も連絡先も教えてもらえなかった。

 この偽者の一件の後、偽者の偽者を演じる馬鹿共が現れるようになった。


 小学校の学芸会にでも出るような珍妙な格好をして、自分こそが国分健人だと寸劇を繰り広げ、その様子をインターネットで公開する。

 あまりにも我々被害者家族を馬鹿にした所業を許せるはずもなく、学校近くで撮影をしようとしていた連中を怒鳴りつけ、殴り飛ばしていたら警察に引っぱられた。


「ふざけるな! あんな被害者家族を馬鹿にする連中に味方するのか! 貴様らは一体誰の味方だ!」

「我々で取り締まりを行い、解散させるようにしますので、どうか穏便にお願いいたします。これ以上の暴力沙汰を起こされると、我々も庇いだて出来なくなりますから……」


 中学校の近くには警察官を常駐させ、路上での撮影行為は止めさせると約束させたが、光が丘公園などで撮影を行い、公開する者が後を断たなかった。

 警察も、教育委員会も、区も、都も、国も……みんなアテにならなかった。


 ストレスから酒の量が増えた。

 仕事は専務に任せ、保護者同士で連絡を取り合えるように体制作りに奔走した。


 腹立たしいマスコミのインタビューにも応じた、匿名などではなく顔も名前も晒し、少しでも情報が得られるように何でもやった。

 当然、霊能力者だとか、探偵だとか、胡散臭い連中がウジャウジャと寄ってきたが、もしペテンだと分かった時には、全国の土建屋を敵に回すことになるぞと言ってやると尻尾を巻いて帰っていった。


 何の手掛かりも得られないまま、2ヶ月以上が過ぎた頃、龍二が仲良くしていた生徒の父親から連絡が入った。

 子供から手紙が届いたのだと言う。


 しかも、別の友人の父親からも、子供から手紙が届いたと連絡が来た。

 そして、その二人から呼び出しを受けた。


「あぁ、船山さん、お呼び出しして申し訳ないです」

「いえいえ、お子さんから手紙が届いたというのは本当なんですか、田山さん、渡瀬さん」

「はい、まぁ詳しい話は座ってしましょう」


 田山氏、渡瀬氏の二人と、光が丘駅近くのコーヒーショップに腰を落ち着けた。

 どうやら二人は、事前に打ち合わせをして俺を呼び出したらしい。


「まずは船山さん、うちと渡瀬さんの所に届いた手紙なんですが、家族にしか分からないような内容が書かれていて、本物のような気もするのですが……とにかく内容が突飛で、信じられない部分が多すぎるのです」

「信じられない部分……ですか?」

「はい、田山さんのおっしゃる通り、召喚とか、魔物とか、魔法とか……漫画かアニメかと思うような内容でして……」


 田山氏も渡瀬氏もサラリーマンだそうで、いかにも土建屋という俺の風貌、体格にビビっているように感じる。


「うちには息子からの手紙が届いていないが、何か関係があるんですか?」


 俺の問い掛けに、二人は視線を交わしあってから、用意してきた紙束を取り出した。


「これは、息子……を名乗る人物から届いた手紙のコピーです。船山さんにとっては信じがたい内容が書かれていますが、これが真実なのか我々には判断できません」

「これまで船山さんは、保護者の取りまとめにご尽力下さいましたので、いかなる内容であっても隠すべきではないと我々は判断しました。この手紙をどう捉えるかは船山さん次第ですが……落ち着いて読んでみて下さい」


 手紙のコピーを差し出す二人の手は、少し震えているように見えた。

 この時点で、俺にとっては悪い知らせだという予感があったが、その内容は信じがたいものだった。


「なんだと……龍二が死んだだと……」


 二人の息子からの手紙には、どちらにも龍二が実質的に殺されたと書かれていた。

 奴隷の腕輪を嵌められ、逆らうことも出来ず、見せしめのために痛めつけられ、衰弱して死んだそうだ。


 龍二以外の206人は救出され、召喚を行ったのとは別の国で保護されているらしい。

 しかも、奴隷になっていた者達を救出したのは国分健人で、この手紙も唯一日本と行き来が出来る、国分健人が届けたことになっている。


「こ、こんな出鱈目な内容が信じられるか!」

「船山さん、落ち着いて下さい。まだこれが本物だと決まった訳ではないです」

「そうですよ、うちの息子が戻ってきた訳でもなし。また誰かの悪戯の可能性だって残されています」

「だが、だが……息子の遺体は魔物に食わせて残っていないなど、そんな馬鹿げた話など信じてたまるか!」

「勿論です。勿論ですよ、船山さん。我々は大切な家族が戻って来るまでは、いかなるデマにも引っ掛かってはいけません」

「そうです、こんな眉唾物の手紙を信じる訳にはいきません」


 田山と渡瀬の必死さが、妙な引っ掛かりを感じさせた。


「あんたら、そんな事を言って、自分の息子が無事ならそれで良いとか思ってんじゃないのか?」

「そんな事、思っていませんよ」

「そうです、船山さん。見て下さい、国分健人ですよ、国分健人。例のデマ野郎じゃないですか」

「あぁ、そうか……そうだな、いや申し訳ない」

「いえいえ、こんな内容を書かれたら、腹を立てるのは当然です」

「また我々の神経を逆撫でしようとしている馬鹿者の仕業ですよ」

「そうだな。うちの龍二が、こんな無様な死に方をするはずがない……」


 俺は二人の情報の提供に感謝して帰宅した後、すぐに連絡の付く保護者全てに手紙のコピーを送って欲しいと伝えた。

 その結果集まった殆どの手紙には、龍二は実質殺されたという記述があった。


 龍二の遺体が魔物の餌にされたという話は、どうやら向こうの兵士が脅し文句に使っているだけで、実際に見た同級生はいないようだ。

 こうした同級生からの手紙は、国分健人が運んでいるらしい。


 どうやら、国分健人だけが異世界と日本を往来できる魔法が使えるらしい。

 良く分からないが、光と闇の二つの魔法が使えて、剣で串刺しにされても死なないような治癒魔術も使えるようだ。


 龍二が危ない時に、国分健人が助けに行けば、死なずに済んだんじゃないのか。

 俺の頭の中では、国分健人に対する疑惑が大きくなっていた。


 龍二の同級生の保護者から、手紙のコピーを集めていると、映像が届いたという話を耳にした。


 俺はすぐに田山氏と渡瀬氏に連絡を取り、映像をメールで送ってもらった。


 一分ほどの短い映像だったが、映っていたのは確かに何度かうちにも遊びに来ていた龍二の友人だった。

 内容は、たわいのないもので、元気にしている、こちらは異世界の国だ、魔法が使えるようになったなど、手紙に書かれていたものと大差無い。


 それでも、無理矢理やらされているのではなく、満面の笑みを浮かべているのが強く印象に残った。

 連絡がつく保護者に片っ端から電話を掛けてみると、どの家にも映像が届いていたが、うちには届く気配も無い。


 田山氏から政府の対策室の住所を聞き、電話を掛けたが龍二に関しては行方を捜索中の一点張りで、霞が関まで押し掛けたが門前払いにされた。


 マスコミも手紙や映像の件を知り、記者会見で追及したり、真相究明キャンペーンを展開したが、政府からの回答は現在調査中の一点張りだった。

 何度も、何度も、何度も、光が丘警察に乗り込み、捜査本部に直談判に行ったが、確認が取れていない、捜査中の資料は見せる訳にはいかないと拒否され続けた。


 だが、政府や警察と国分健人がグルになっているのは間違いないと思われた。

 そして、国分健人の存在をマスコミが捕まえた。


 不倫した夫を刺して逮捕され、留置場で首を吊った母親の墓参りに現れたところを撮影したらしい。

 小学校の卒業アルバムの写真と比較した者がいて、今度こそ間違いなく本物の国分健人だった。


 俺は証拠の週刊誌を持って、今度こそ真相を知るために捜査本部へ乗り込んだ。

 これだけの証拠があれば、警察も言い逃れは出来ないと思っていたのだが、不覚にも脳卒中の発作を起こして倒れてしまった。


 警察から病院へ救急搬送されたが、その直前に確かに国分健人がいたのだが、思い違い、記憶の混乱だと言われてしまった。


 医者からは、安静を言い渡されたが、何も症状が無いのに大人しくなんかしていられるものか。

 確かに、捜査本部には国分健人がいた。


 俺は、国分健人黒幕説をマスコミに主張したが、最初は反応が鈍かった。

 そんな折に、1人の女子生徒の自殺を契機に世論が動いた。


 自殺をした生徒さんは、国分健人の正体を暴く内容の手紙を残していた。

 異世界で強い力を手に入れた事で調子に乗り、三人の女性と関係を持っているらしいのだ。


 不倫絡みで刃傷沙汰を起こした父親譲りのクズらしい。

 ここに至って、ようやくマスコミも国分健人の怪しさに気付いたらしい。

 取材要請が次々と寄せられたので、俺は改めて国分健人陰謀説を主張した。

 テレビ、ラジオ、新聞、あらゆるメディアが国分健人の異常さを叩いた。


 このままの流れが続けば、政府が隠していることが明らかにされるのも時間の問題だろう。

 ところが国分健人への評価は、一夜にしてガラリと変わった。


 異世界から帰国したという女子生徒が、映像や手記を次々と発表し始めたのだ。

 事件の経緯から、とうてい地球では撮影出来ないような映像の数々が公開されたことで、日本政府は異世界の存在を認めた。


 それは良いのだが、国分健人こそが行方不明になっていた生徒や教師を救い出したヒーローとして祀り上げられてしまったのだ。

 そんなはずはない、国分健人こそが事件の黒幕だと主張しても、マスコミは全く相手にしてくれなくなった。


 日本はおろか、世界中が空前絶後の異世界ブームになったが、龍二に関して日本政府は調査中と繰り返すばかりで、世間では死んでいるように扱われ始めた。

 田山の息子が死亡した状況や、別の生徒が行方不明となった時の状況などから、異世界ブームは一気に収束に向かい、龍二の存在も忘れ去られてしまった。


 その後、行方不明だった生徒達が帰還し、その中の1人が魔法を使って通り魔殺人を起こして一時的に事件が取り上げられるが、龍二を思い出す人はいなくなっていった。

 マスコミは俺を避けるようになり、異世界を危険視する市民団体とも協力するようになったが、俺の声は世間に届かない。


 そして、あたかも事件は終わり、解決したかのように、異世界との和解交渉が行われる。

 そんなことを認められる訳がない、許せるはずがない。


 行き詰っていた俺に声を掛けて来たのは、インターネットのニュースサイトを運営しているという男だった。

 過去に話題になった事案を掘り起こし、独自に取材した記事や映像を配信しているらしい。


 佐伯と名乗った男は自ら、うちのサイトはキワモノサイトで反発、炎上は珍しくないと言ってのけた。

 今の時代、いかに露出し、いかに多くの目に触れるかだと、悪びれた様子もない。


 国分健人の評価が一変して以来、俺の主張は異端視され、叩かれ、抹殺されてきた。

 俺の声が届くならば、キワモノとだって手を組んでやる。


 佐伯は、俺の主張を配信する代わりに、条件を出してきた。


「はぁ? 焼身自殺だと……ふざけるな!」

「もちろん、マジでやる訳じゃないですよ、フリだけです……フリ」

「焼身自殺にフリもクソも無いだろう」

「いいえ、ありますよ。パッと燃えて、サッと消す。予め消火の準備を万端に整えて、火を着けた瞬間に混乱したように一旦配信を切る。万端整えた消火設備を使って、火傷を負う前に消火します」

「そんなに上手くいくのか?」

「大丈夫ですよ、既に人形を使って実験を繰り返していますから。もし不安だ、俺には無理だとおっしゃるならば、異世界で自殺した関口詩織さんのご家族に頼みます」

「待て、やらないとは言ってないだろう。いいぜ、やってやる。その代わり数字を稼げ、俺の声を届けろ」

「勿論です。和解なんて言葉は吹き飛ばしてみせましょう」


 自分からキワモノを名乗るだけあって、佐伯に公正中立なんて意識は無いらしいが、俺の役に立つなら文句はない。

 佐伯の配信は、異世界の者達が日本を訪れる日に行うらしい。


 さすがに東京の中心部は警備が厳重なので、撮影は荒川の河川敷で行うことになった。

 俺とすれば、もっと目立つ場所でやれば良いと思ったのだが、焼身自殺の部分がヤラセになるので、目立つのは困るらしい。


 河川敷のグラウンドが、幼い頃の龍二とキャッチボールした思いでの場所という設定らしい。

 勿論、そんな思い出など欠片も無い。


 佐伯が用意した、難燃性の服に着替え、髪にも燃え広がるのを防ぐジェルを塗った。

 

「では、船山さん。最終確認をします。船山さんに渡した液体は、手品などで使うパッと燃えて、スッと消える薬剤です。それを船山さんが服に掛けて火を点ける。この時、必ず目は閉じていて下さいよ。でないと視力に問題が出る可能性がありますからね」

「あぁ、分かってる。ライターに火を点けたら、すぐ燃えるから、すぐ目を閉じて、合図があるまで開かない」

「そうです。我々は、パッと燃え上がった所で混乱したようにカメラは下に向けます。その間に船山さんは倒れて消火される。まぁ、消火するまでもなく火は消えますけどね」


 最終確認の後、カメラテストを経て、いよいよ配信の時間となった。

 グラウンドを歩きながら、台本通りの受け答えをして、いよいよ俺の主張をする場面となった。


「では、最後に船山さんの思いを全国の方にお伝え願いますか」

「事件は、まだ何も終わっていない! うちの龍二も、三田さんの所の雅史君も居場所が分かっていない! 関口さんや、田山さんのお子さんは、もう戻って来ない。こんな状態で和解なんか出来るか! 我々は金が欲しいんじゃない、子供を返して欲しいだけだ……それなのに……こんな和解は認められん!」


 俺は、渡されていた鞄の中からペットボトルを取り出し、中身を胸から腹に掛けた。

 途端に揮発油の臭いが漂う。


「船山さん、何をするんです……」

「止めるな、これが俺の抗議の意思だ!」


 打ち合わせた台詞を叫んで、ライターに火を点ける。

 ボンっという大きな音と共に、俺の身体は炎に包まれた。


「大変だ、早く火を消せ!」


 バケツの水が浴びせられた……と思ったのだが、身体を焦がす熱気は収まるどころか強くなっている感じさえする。


「ごふっ……どうなって……ごふっ」


 抗議の声を上げようとしても、息を吸うと喉に熱気が入り、満足に空気も吸えない。

 グラウンドに転がりながら、耐え切れずに目を開くと、炎の向こうからカメラを向けている佐伯のニヤけた顔が見えた。


「ヤバイよ、これ……早く、消防車!」


 切羽詰まった声を上げながらも、佐伯の視線は揺らがない。

 あぁ、そうか、こいつも俺を利用しやがったのか。


 どうやら助かりそうもない……起き上がろうとして突っ張った腕から力を抜いて地に伏せる。


「救急車呼んでよ! 早く!」


 声が近づいてきたところで、最期の力を振り絞って起き上がり、佐伯に抱きついた。


「うわっ! 何すんだ、離せ、死にぞこない!」


 誰が離すもんか、手前は道連れにしてやる。

 焼けただれた両手を佐伯の背中に回してガッチリと組む、俺の身体から炎が広がり、佐伯の喚き声が聞こえなくなったところで意識が途切れた。

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