第447話 日本の意地
唯香の妹、美緒ちゃんが誘拐されるという事態を受けて、ディートヘルムの日本訪問は延期になると思っていましたが、どうやら予定通りに行われるようです。
いたいけな女子小学生を誘拐して、現状変更を迫ろうという手段は、日本の世論を沸騰させました。
地下核実験よりも、弾道ミサイルの発射よりも、卑劣極まりない手段に日本のみならず諸外国からも轟々たる非難の声が上がっているそうです。
白昼堂々と大量の工作員、工作船などを使って好き勝手にやろうとした事で、さすがの日本政府も激オコのようです。
当日の迎賓館周辺の警備体制が急遽見直され、アメリカ大統領やローマ法王の来日よりも厳重な警戒態勢が布かれることとなりました。
具体的には、当日は迎賓館近くを通る、首都高速道路4号線、都道405号線、414号線は封鎖。
迎賓館近くの小学校、中学校、大学は、臨時休校の措置が取られるそうです。
機動隊員も警視庁だけでなく、埼玉県警、神奈川県警、千葉県警からの応援を受け、猫の子一匹逃さない体制が布かれるようです。
工作船の操舵室を隠し撮りした映像は、一般には公開されません。
どうやって撮影したんだと突っ込まれると、色々と説明が面倒ですからね。
ただ、映像を解析した結果、現場の人間に指示を送っていた人物がいたようで、そちらを現在捜査中だそうですが、表に引きずり出すのは難しいんじゃないですかね。
僕の手持ちの魔術を使っても、追いかける方法は思いつきません。
それに国家間の係争となるでしょうし、面倒なんで関わらないようにしましょう。
それよりも、身近な人たちが心配です。
浅川家の皆さんには、ディートヘルムの訪日が終わるまで、安全な場所へと退避してもらうことにしました。
梶川さんが、警備が厳重なホテルを用意してくれると言ってくれたのですが、それよりももっと安全な場所に泊まってもらいます。
ということで、新築の我が家へとご案内です。
父さんの家族も……と申し出たのですが、あまり僕と親密な関係になると、むしろ狙われる可能性もあると言われて、今回は断念しました。
父さんの新しい家族とどう接して良いのか気持ちの整理が出来ていないので、正直に言うと少しほっとしてしまいました。
いずれは……と思う気持ちもありますし、このまま関わらない方がお互いのためなのかもしれないとも考えてしまいます。
まぁ、なるようにしかならないのでしょうが、今はディートヘルムの訪日の方に専念させてもらいます。
誘拐された美緒ちゃんは、家に戻ってからも怯えていたそうですが、唯生さんと美香さんがそばに付いてあげていたら落ち着いたそうです。
ヴォルザードへの避難については大賛成のようですし、唯生さんや美香さんは、しばらく避難させたままにした方が安心だと考えているようです。
確かに、今回は誘拐で済みましたが、暗殺なんてことになったら僕でも防ぎきれません。
日本に戻る時は、眷属を派遣してボディーガードさせた方が良いかもしれませんね。
影の空間の外は魔素が存在していないので眷属のみんなは嫌がりますが、影の中から見守り一時的に外に出て対応する程度なら大丈夫でしょう。
「では皆さん、ヴォルザードの我が家にご案内いたします。忘れ物はありませんか?」
「大丈夫か?」
「はい、ガスの元栓も閉めましたし、使わない家電品のコンセントは全部抜きました」
「私も忘れ物は無いです」
「では、ちょっと痛みますけど我慢して下さい」
送還術を使って送ってしまった方が早いのですが、明日のディートヘルムの訪日に備えて、僕の魔力を付与して影の空間経由で案内いたします。
「では、しっかり掴まっていて下さいね」
「分かった……おぉ、中は真っ暗なんだねぇ?」
入口から出口までの距離を短く設定したので、入ったと思ったらすぐにヴォルザードに到着です。
「美緒!」
「お姉ちゃん!」
「美緒、美緒、大丈夫だった? 良く頑張ったね」
「うん、すっごく怖かったけど、義兄ちゃんが助けてくれたんだよ」
「うん、聞いたよ。でも、美緒も良く頑張ったよ」
「えへへへ……お姉ちゃんの妹だからねぇ……」
うんうん、麗しきかな姉妹愛……てか、唯生さんと美香さんが固まっちゃってますね。
ネロやゼータ達とは顔合わせしてますけど、フラムは初めてだから驚いているみたいですね。
「こ、国分君、ドラゴンなのかい?」
「いえ、フラムはサラマンダーです」
「フラムっす、ヨロシクっす!」
「よ、よろしく……唯香の父で唯生、こっちは妻の美香、娘の美緒だ」
フラムに気さくに挨拶されて、ぎこちない感じですが唯生さんも安心したようです。
「ふわぁ……おっきいモフモフが増えてる」
「レビンみゃ」
「トレノみゃん」
「わっ、わっ、ふわふわぁ……」
美緒ちゃんは、レビンとトレノに挟まれるように頬ずりされて蕩けちゃってます。
母親の美香さんは、意外にもフラムのツルツル、スベスベが気に入ったようですね。
「さあ、家の中にご案内いたしますね」
マイホームの玄関では、マノン、ベアトリーチェ、セラフィマが揃ってのお出迎えです。
マノンとベアトリーチェは、以前にヴォルザードに招待した時に顔合わせを済ませていますが、セラフィマとは初対面になります。
「バルシャニア皇帝コンスタン・リフォロスの娘セラフィマです。お見知りおきを……」
バルシャニアの皇族のための民族衣装をまとったセラフィマは、美術品のような美しさで皆さん圧倒されてますね。
「唯香……」
「なぁに?パパ」
「お前も磨きをかけないと、国分君に愛想を尽かされちゃうぞ」
「磨いてますし、健人は私に愛想尽かしたりしません」
「そ、そうか、なら良いんだ……うん……」
唯香にギロンと睨まれて、唯生さんが小さくなった気がしますね。
大丈夫ですよ、セラにはセラの良さがあり、唯香には至高のふにゅんふにゅんがそれはもう凄いことに……おっと、それは内緒ですね。
浅川家の皆さんが滞在している間は、夜のお楽しみもお預けです。
お風呂場の入り口にも、男性、女性の札を用意して、時間を分けて使うようにしますよ。
「なんだか、テーマパークに来たみたい……」
「ホントねぇ……」
美緒ちゃんが、そう感じるのも当然でしょうね。
城みたいな内装の中をコボルト達がポテポテ歩いていたりしますし、影の中からゼータ達が顔を出すこともありますからね。
ゼータ達にしてみれば、近くに来た、撫でて……ぐらいの気持ちで顔を出すんですけど、慣れない人は驚きますよね。
もう一人、浅川家の皆さんの注目を集めているのはサヘルです。
マルト、ミルト、ムルトに混じって、隙あらば私を撫でろと僕の周りをウロウロしています。
マルト達は120センチぐらいの大きさしかありませんが、サヘルはサンドリザードマンの成体と同じ大きさです。
それに加えて、身体つきがボン・キュ・ボンですから目立ちますよね。
「えっと……国分君、彼女は?」
「サンドリザードマンのサヘルです」
「主様、斬り……」
「らないからね……」
物騒なことを口走る前に止めて頭を撫でてやると、サヘルはいつものようにくーくーと上機嫌で喉を鳴らして身体を揺らしています。
でも、これってよく考えてみたら、ナイスボディーなお姉さんを撫でて手懐けてるみたいで、ちょっとヤバい絵面ですよね。
でも、気にしない……むしろ気にしている方が変な意識をしていると思われるはずです。
来客用の部屋へと案内して荷物を置いたら、美緒ちゃんは遊びに行きたくてウズウズしています。
前回ヴォルザードに招待した時には、年末年始の休みの時期だったので、街の商店の殆どが休みでした。
今回は平日ですから、ヴォルザードの街を見て歩きたいようです。
「ねぇ、ねぇ早く行こう。日が暮れちゃうよ」
「大丈夫よ、明日もあるし、ヴォルザードは逃げたりしないわよ」
地球との時差で、日本を朝出発してきましたが、ヴォルザードではもう日が傾いて来ています。
美緒ちゃんは街も見て歩きたいようですが、メイサちゃんとの再会も楽しみにしているようです。
あれっ? そう言えば、今回の招待は急だったんでメイサちゃんには知らせていなかったかも……サプライズになるから良いのかな?
まぁ、その辺りは唯香達に上手くやってもらいましょう。
「では唯生さん、僕は諸々野暮用を片付けに行って来ますので、ゆっくりしていって下さい」
「ありがとう、ここなら何の心配もなく過ごせるよ。国分君も大変だろうけど、頑張って」
「はい、でも今回は仲介するだけで、交渉は日本政府とリーゼンブルグが行いますから、見守るだけですね」
「それでも、国分君にしか出来ない仕事だし、これが終われば一区切りが付くだろう。もう一頑張りだね」
「はい、無事に終わらせますよ」
唯生さんと美香さんに断りを入れて影へと潜り、梶川さんに電話を掛けました。
「国分です。浅川家の皆さんをヴォルザードに案内しましたので、これからそちらに向かおうと思ってるんですが……梶川さん、どちらにいらっしゃいます?」
「おはよう、国分君。今は迎賓館の方にいるんで、こっちに来てもらえるかな?」
「了解です」
電話を切って、迎賓館へと影移動して、梶川さんと合流しました。
「やぁ、国分君、昨日はお疲れさま」
「色々と、やり放題やらせてもらいましたけど、大丈夫ですか?」
「そうだねぇ、水上バイクとか、工作員が所持していた武器とか、切断しちゃったものは公開出来ないけど、手つかずだった武器や何よりも工作船が手に入ったのは凄く大きいよ」
そう言うと、梶川さんは意味ありげな笑みを浮かべてみせました。
「工作船から何か見つかったんですか?」
「うん、まだ確定ではないんだけどね……」
梶川さんは、人のいない一角に僕を連れていくと、さらに声を落として囁きました。
「例の自爆装置なんだけど……」
「あっ、あれはやっぱり自爆装置だったんですね」
「うん……核が使われている可能性があるんだ」
「えぇぇぇ……」
「しぃ……まだ確定じゃない。でも、ほぼほぼ間違いないみたい」
起動の様子からして自爆装置だとは思っていましたが、まさか核爆弾が使われているとは思ってもみませんでした。
ということは、やはり核に関する疑惑の多い国の工作船ということなんですかね。
「いやぁ、隠し撮りした映像を見させてもらったけど、国分君に自爆を阻止してもらって本当に良かったよ。爆発の威力がどの程度なのかは分からないけど、東京湾の入口近くで核爆発が起こっていたら、大パニックになるところだったよ」
昨日の日本列島は南から太平洋高気圧に覆われていたそうで、もし核爆発が起こっていたら、東京の上空に死の灰が降り注いでいた可能性が高いそうです。
もちろん、公にはされていませんが、既にアメリカに対しては日本政府から水面下での報告が行われ、今後重大な案件として扱われることは間違いないそうです。
「通常兵器を使用してのテロであっても、日本は経験して来なかったけど、今回は核を使用してのテロであり、さすがの中国も庇う訳にはいかなくなるだろうね」
「なんか、予想もしていなかった大きな話になってますけど、今回のリーゼンブルグとの会談に影響は出ないんですか」
「当然、全く無いとは言えないね。日本政府としては、異世界での資源開発を加速させたいと考えているけど、この事態を受けて表向きには更なるトーンダウンを余儀なくされるだろうね」
「要するに、他の国を刺激しないようにする……って感じですか?」
「まぁ、そうだね。ただし、今回の事件に加担した国に対しては、断固たる態度で望むみたいだ」
「まぁ、実際に爆発していたら洒落にならなかったですもんね」
自爆装置に核爆弾が使われていると聞いた瞬間も驚きましたが、実際に爆発していた時の影響を考えると、ジワジワと恐ろしさを実感させられます。
僕は勿論、父さんだって第二次世界大戦が終わった後に生まれています。
広島と長崎に原爆が投下されたことは知識として知っていますが、リアルタイムで経験した訳ではないので恐ろしさは想像するしかありません。
それと同じ事態が起こっていたかと思うと、咄嗟の判断とはいえ止められて良かったとシミジミ感じてしまいます。
「そうだ、国分君。一応、明日のIDカードを渡しておくよ。もし表に出る場合には、これを持っていてほしい。勿論、警備を担当する者たちには、国分君の容姿は伝えてあるけど念のためにね」
「分かりました。明日は送迎の準備の時にしか、表に出る予定は無いですけど持っているようにします」
迎賓館東の間には、既に特別なマットが敷かれ、目印用の闇属性ゴーレムの設置も終わっています。
明日は一度確認に訪れて、こちらの準備が整い次第、ディートヘルム一行を送還する予定です。
「どうかな、国分君、問題は無いかな?」
「はい、今のところは……この後、リーゼンブルグにも確認に行ってきますんで、結果は電話でお知らせします」
「分かった、よろしく頼むね」
「はい、では戻りますね」
迎賓館を後にして、向かった先はリーゼンブルグの王都アルダロスです。
訪日は予定通りという知らせは伝えてありますが、最終確認のためです。
ディートヘルムの執務室には、トービルの他にカミラの姿もありましたが、グライスナー侯爵の姿はありません。
そして、今日もディートヘルムは書類の数字と格闘中のようです。
「お邪魔するよ」
「魔王様! ようこそいらっしゃいました」
だから、僕は救いの神じゃないからね。
明日の確認したら、すぐに帰るからね。
それでも、ディートヘルムはすぐさまお茶を淹れるように言いつけて、僕を応接テーブルへと誘いました。
よっぽど書類と格闘するのが嫌みたいだけど、大丈夫なのかい、将来の国王様。
「魔王様、明日は予定通りとの知らせを受け取りましたが、何かございましたか?」
「うん、ちょっと妨害工作を行ってきた奴らがいたけど、そっちは僕が片付けたから明日は安心して日本に向かってほしい」
「かしこまりました」
美緒ちゃんの誘拐の件は、物凄く簡単にあらましだけを説明しておきました。
武器の種類だとか、船の種類だとか、連絡方法とか、こっちの世界には無いものばかりですから、細々と説明していると時間を浪費するばかりです。
こちらを出発する時間、日本に到着してからの行事の予定などは、これまでに打ち合わせた通りで変更はありません。
日本政府としては、意地でも予定通りに開催することで、ちょっかいを出して来た国を見返してやるつもりのようです。
「では、明日の午後、お待ち申し上げております」
「うん、一つの大きな区切りとなる会談だけど、あまり緊張しなくても良いから」
「はい、ありがとうございます」
「それと、分かっているとは思うけど、到着する日本は朝で、会談はこちらの深夜まで続くから、そのつもりで体調を整えておいて」
「はい、既にニホンの時間に合わせるように、就寝時間を変更していますからご安心ください」
「では、明日……」
カミラも、何か言いたそうですが、ディートヘルムを立てる意味で黙っているようです。
「カミラ、ディートヘルムの訪日が終わったら、ゆっくり……」
「はい」
花がほころぶようなカミラの笑顔を確認してから、影に潜ってヴォルザードへ戻りました。
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