第446話 工作船

「梶川さん、すみません、状況が変わったので美緒ちゃんは浅川家に送り届けてきました」

「そうか、美緒さんは無事なんだね?」

「はい、薬で眠らされていたようですが、治癒魔術を掛けて今は問題ありません」

「分かった、それで国分君、犯人たちはどうなったんだね?」

「はい、それを相談しようと戻って来ました」


 美緒ちゃんを救出した後、梶川さんの待つ霞が関の庁舎まで戻って来ました。

 どうやら救急車まで用意してもらっていたようで、申し訳ないです。


「国分君、日本政府としては、犯人を捕らえたいと考えている」

「それは、僕が表立って行動しないで……って事ですよね?」

「その通り。日本の政府機関が捕らえ、背後関係の調査、抗議を行いたいと考えている。この先、日本で好き勝手な事が出来ないように、厳重な抗議を行いたい」


 梶川さんの言うことは理解出来ますけど、現状好き勝手な事をやられてしまっている状態ですし、抗議だけで効果があるのかは疑問です。

 とりあえず、いくつかの項目について確認し、手順を打ち合わせてから反撃を開始しました。


 まずは、犯人たちが乗っている貨物船へと戻り、人のいない船のデッキに出て、スマホで梶川さんに電話を掛けました。


「もしもし、国分です」

「梶川です、オッケーだよ、国分君」


 これでスマホの発信記録によって、船の位置が特定されました。

 すぐさま影の世界へと潜り、星属性の魔術で意識を空へ、そして海の中へと移動させます。


「うん、ではでは、送還!」


 送還術を使って切り飛ばしたのは、貨物船のスクリューです。

 たった今まで波を立てながら進んでいた貨物船は、ガクンと速度を落とし惰性だけで進んで行きます。


 続いて、秘密の船倉へと移動して、送還術でモーターボートの底を切り取りました。

 すぐに浸水が始まり、モーターボートは秘密の船倉の底へと沈んでいきます。


 更に船の上部へと移動し、目についた救命ボートは全て送還術で回収いたしました。

 ついでに操舵室を覗いてみると大騒ぎになってますけど、何を言ってるのか全くわかりませんね。


 まぁ、エンジンの調子は全く問題ないでしょうし、まさかスクリューが無くなっているとは思わないでしょうね。

 こうしている間に、上空には海上保安庁のヘリが飛んできました。


 海上保安庁の巡視船も、全力でこちらへと向かって来ているはずです。

 もう逃げる手段は無いはずですよね。


 一応確認のために秘密の船倉へと移動してみると、倉庫のような扉を開いて水上バイクを引き出していました。

 その脇では大型のゴムボートへ空気を注入しています。


「こんな物まで用意してるのかよ。送還……」


 送還術を使って、幅1ミリほどの範囲を切り取って、水上バイクを真っ二つにしてやりました。

 何やら絶望的な叫び声を上げてますけど、ざまぁみろですよ。


 ゴムボートもサクっと切断、持ち出してきた船外機もスパっと切断してやると、何やら仲間割れを始めましたね。

 言ってることは分かりませんが、降伏するか、交戦するかで揉めている感じです。


 ちなみに、美緒ちゃんが監禁されていた船室の扉は、闇の盾からひょいっと手を出す形でネロに押さえてもらっています。

 いくらゴツイ身体の連中であろうとも、押し開けて入るのは不可能でしょう。


 僕の送還術で水上バイクや船外機が真っ二つになるのを見て、戦意を失った5人ほどが秘密の船倉に座り込んでいます。

 他の連中は、倉庫の中から武器を持ち出して階段を駆け上がっていきます。


 パッと見ただけですが、拳銃どころか自動小銃、手りゅう弾、ロケットランチャーまで持っていました。

 まだ東京湾から出ていませんが、戦争でも始めるつもりですかね。


『ラインハルト、こいつら全員を見失わないように、コボルト隊に監視させて』

『了解ですぞ、すぐさま掛かります』


 全部で50人まではいないと思うので、コボルト隊でカバー出来るはずですが、足りなかったらサヘルやゼータ達にも手伝ってもらいましょう。

 秘密の船倉から出ていった連中を追いかけようかと思っていたら、突然銃声が響き渡りました。


 倉庫から出てきた最後の1人が、戦意を無くして座り込んでいる者達に目掛けて自動小銃を乱射しています。

 マガジン1本分を撃ち終えた男は、手早くマガジンの交換を終えて、まだ息のある者の眉間に銃口を向けました。


「送還!」


 男が引き金を引く直前に、ゴムボートの切れ端を銃身の中へと送り込みました。


「ぎゃぁぁぁぁ!」


 バーンという破裂音を残して、自動小銃が暴発し、飛び散った部品が男を直撃しました。

 顔や胸の辺りに破片が突き刺さり、床を転げ回っている男に、銃撃された男の1人が這いよりました。

 腹や胸を複数箇所撃たれたらしく、起き上がった辺りには血溜まりが残されています。


 這いよって来た男は、同じく床を転げながら呻いている男に最後の力を振り絞って覆いかぶさっていきました。


「うぎゃぁぁぁぁぁ……」


 這いよって来た男は、自分を銃撃した男の首筋に噛み付き、肉を食い千切りました。

 頸動脈まで食い千切られたらしく、吹き出すように血飛沫が撒き散らされ、銃撃をした男は猛然と暴れたものの直に静かになった。


 銃撃された者も、銃撃した者も虫の息と言う感じですが、いま治癒魔術を掛ければ命を救えるでしょう。

 まぁ治療なんかしてやりませんけどね。


 倉庫の中を覗いてみると、ごっそりと武器が残されています。

 拳銃、自動小銃、ロケットランチャー、選びたい放題ですね。


 八木にお土産として持って帰ってやったら……ロクな事になりませんね。

 ロケットランチャーとか、ネットで検索すれば使えますかね。


 少し迷いましたが、手榴弾だけいただいていきましょう。

 一旦、身体に戻って、ついでに梶川さんにスマホで報告を入れます。


「国分です。こいつら武器を持っているんで気を付けて下さい」

「武器? マシンガンとかかな?」

「はい、他にロケットランチャーとか手榴弾も所持しています」

「分かった、海上保安庁には武装していると連絡を入れておくよ」

「お願いします。可能な限り僕の方で無力化しておきます」

「くれぐれも無理しないでくれよ。まだまだ国分君しか出来ない仕事が沢山あるんだから」

「はい、分かってますよ」


 電話を切って、影の世界から外を覗いていると、接近してきた海上保安庁のヘリが距離を取るように離れていきました。

 ロケットランチャーとか撃ち込まれたら大変ですから、これで十分でしょう。


『ケント様、船室から武器を持って出ていった者、操舵室にいた者、機関室にいた者、総勢は29名。全員を眷属が監視しています』

「ありがとう、バステン。では、1人ずつ無力化していこうか」


 船内の各部に散らばった者達は、甲板の上、船室への出入口、操舵室などに分かれて配置に付いているようです。

 恐らくですが、こうした事態も想定して、切り抜けるための訓練も実施しているのでしょう。


 それでも、スクリューが無くなっちゃうなんてのは想定外の事態でしょうね。

『ケント様、どこから手を付けますかな?』

「まずは甲板に散らばっている連中だね」


 貨物船の甲板には、一見すると何かの荷物のよう見える、防弾装備の陣地のようなものが据え付けられていました。

 両舷の前から後ろまで四箇所ずつ、合計八箇所に二人ずつ、十六人の男達が船の周囲を睨んでいます。


 一箇所に付き二本ずつのロケットランチャーが持ち込まれているようで、物騒極まりないですよね。

 RPGなんちゃらとか言う奴でしょうか、先端に分かりやすいロケット弾が付いているタイプです。


 どこを破壊すれば安全なのか、全然知識が無いから分かりませんが、取り敢えずロケット弾と引き金の間を切り離しちゃいましょう。


「送還!」


 切断されたことでバランスが崩れ、ゴトンと音を立てたロケットランチャーを見て男達の表情が凍り付きました。

 ついでに、自動小銃もぶった切ってしまいましょうかね。


「送還!」


 目の前で突然切断された自動小銃を見て、男達はブルブルと震え出しました。

 まぁ、ロケットランチャーや自動小銃が切断できるんですから、人間の身体だって切断可能だと少し考えれば分かりますもんね。


 防弾装備の囲いの中に隠れていた男達は、何事か言葉を交わしながら忙しなく周囲を見回しています。


「送還……」


 手にしている拳銃の銃身を斬り落とし。


「送還……」


 被っている帽子のつばを斬り落とし。


「送還……」


 片方の男の鼻の頭を少しだけ斬り落とすと、男達の心が折れたようです。

 身に着けていた手榴弾やナイフ、予備のマガジンなどを床に並べ出し、両手を開いて肩の高さに掲げてみせました。


 なるほど、降参ですか。それでは、その武器は回収させて頂きましょう


「召喚……」


 男たちが床に並べた物をこちらに引き寄せてから、闇の盾から外に向かって声を掛けました。


「フリーズ……」

「ひぃ……」

「フリーズ……」


 あちらの言葉は分からないので、英語だったら通じるだろうと考えたけど正解だったようです。

 男二人は手を挙げたままガクガクと頷いてみせました。


 では、他の連中も無力化しに行きますかね。

 最初の二人は大人しく無力化されてくれましたけど、次の二人は面倒でした。


 ロケットランチャーを切断すると、何やら大声で叫んで、他の囲いの中にいる連中に声を掛け始めました。

 おかげで、全部の七つの囲いにいる連中が自動小銃を構えて立ち上がり、唯一座り込んだままの囲いを指差して何やら喚いています。


 何やら怒鳴り合っているんですが、いかんせん言葉が分からないので、状況が把握出来ません。

 面倒なので、この間に囲いを回ってロケットランチャーを無力化していきましょう。


 全てのロケットランチャーを切断し終えて、これで一安心だと思ったら、囲いを飛び出した男が最初に無力化した囲いへと走り寄り、手榴弾を投げ込みました。

 ドーンという爆発音と共に、囲いの中から打ち上げられたのは、かつて人間だったものの一部のようです。


「てか、なんで味方同士で殺し合いをしてるの? もしかして、最初に無力化した連中が裏切ったとでも思ったのかね?」


 マルト達が、ドーンだ、ドーンだ……と影の空間ではしゃいでますが、さすがに笑えないですね。

 とりあえず、ロケットランチャーは全部無力化したはずですが、こんな物騒な連中を相手に海上保安庁の人が臨検を行おうとしたら、怪我人どころか死人が出かねません。


「フレッド、ちょっとお願い出来るかな?」

『りょ……』


 皆まで言わずともフレッドは、僕の意図を察して実行してくれるので本当に助かっています。

 フレッドは、囲いに隠れている男達に影の空間から忍びより、その存在すら気付かせずに当て落としました。


 身ぐるみ剥いで武装解除、ついでに手足を縛り上げる……ここまで5分と掛かりません。

 最初っから頼んでおいた方が良かったのかな?


 海上保安庁の巡視船が姿を現した頃には、操舵室に立て籠もった6人を除いて、全員を無力化し縛り上げました。


「ネロ、もうドアを押さえていなくても良いよ」

「にゃ、分かったにゃ、いっぱい働いたにゃ……」

「そうだね……」


 まぁ、ネロにしては働いたということで耳の後ろを撫でてやると、上機嫌でドロドロと喉を鳴らしていました。

 さて、海上保安庁の皆さんが乗り込んで来る前に、操舵室も武装解除しちゃいましょうかね。


 操舵室にも自動小銃やロケットランチャーが置かれていたので、片っ端から送還術で切断。

 手榴弾は回収し、取り出した拳銃やナイフは使えないように切断しました。


 僕が無力化の作業を進めている間にも、男達は無線機を使って何やら外部と連絡を取っていましたので、一部始終は隠し撮りさせていただきました。

 だって、何言ってるのか全然分からないんだもん。


 さすがに手持ちの武器が全部無力化されて、最初は喚き散らしていた男達も静かになりました。

 リーダーらしき男が、操舵室にいる他の5人に対して1人ずつ声を掛けて、意思の確認をしています。


 打つ手無し、潔く降伏しようというところですかね。

 最後の1人の意思を確認したところで、リーダーと思われる男と最後に意思確認を行った男が鍵を取り出しました。


 船の制御盤の端と端、距離にして2メートル以上離れた場所に、同じようなカバーの付いた鍵穴が設置されています。


「あっ、これはヤバいやつだ……」


 頷き合った二人が、カバーを開けて鍵を突っ込もうとしたので、リーダー格の男の鍵穴の前に闇の盾を展開。

 影の空間に突き出された鍵は、送還術で切り飛ばしました。


 副官らしき男は、既に鍵を差し入れて捻る準備をしていますが、リーダーと思われる男は切り飛ばされた鍵を見詰めて呆然としています。

 照準も何もしていないから、たぶん自爆装置のスイッチだよね。


 明らかな工作員を乗せた、明らかな工作船を日本に渡せないと思ったんだろうね。

 そう言えば、以前どこかの国の工作船が拿捕されて、一般にも公開されたって聞いたような気がするけど、同じ国のものなのかな?


 自爆も防いで、これでもう諦めるだろうと思ったのですが、リーダーと思われる男は制御盤の下から、筆箱ぐらいのステンレス製らしきケースを取り出しました。


「送還……」


 もうね、中身も見ずに送還術で海の藻屑にさせてもらいました。

 リーダーらしき男の手の一部も送還しちゃったみたいですけど、どうせ自決用の毒薬とかなんでしょ。


 こうしている間に、海上保安庁の巡視船が近付いてきて、何やら日本語と外国語で呼び掛け始めました。

 臨検を行うのでタラップを下ろせ……みたいな話ですけど、ここ以外の連中は、全員縛り上げてあるから下ろす人がいないんですよね。


 というか、リーダーらしき男が床に座りこんで、首の後ろに手刀を当てて何やら叫んでいます。

 もしかして、首を圧し折って殺せとか言ってるんでしょうかね。


「フレ……」

『りょ……』


 返事も仕事も早すぎだよ。

 影の空間から抜け出していったフレッドは、驚く男たちの目の前で一陣の旋風となって、六人を当て落としました。


「梶川さん、国分です。船の中にいる全員を無力化して縛り上げました」

「やっちゃったか……出来れば海上保安庁に任せてもらいたかったな」

「いやぁ、ロケットランチャーとか自動小銃で武装してましたし、なんか船には自爆装置も付いてるみたいですよ」

「本当かい? 自爆装置って……」

「一応、操舵室の会話を隠し撮りしてありますから、後でデータを持っていきますよ」

「おぉ、それは助かるよ。外部との交信とかも映っているのかな?」

「はい、ですが僕は言葉が分からないので、何を話していたのかまでは分かりません」

「それは、こちらで解析させてもらうから大丈夫だよ」

「じゃあ、海上保安庁の方に連絡してもらえますかね。なんとかタラップを下ろしてみますので」

「分かった、よろしく頼むよ」


 場合によっては、美緒ちゃんにもう一度船に戻ってもらわないといけないかと思いましたが、そこは梶川さんが上手くやってくれるそうです。

 さてさて、タラップを下ろしたら霞が関に戻って、ディートヘルムの訪日を予定通りに行うか確認しましょう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る