第445話 拉致

 おはようございます。

 新居二日目、朝から風呂に浸かっています。


 大きな湯舟は、保温と浄化の魔道具を使って一日中入れるようになっています。

 まぁ、お湯を抜いて掃除もしますけど、それ以外の時間はいつでも入れるので、温泉旅館にでも来ている気分になれます。


 昨晩は、色々と凄かったです。

 マスター・レーゼ、貴女は何という指導をしていったのですか……素晴らしい。


 バルシャニアの皇女様、皇妃様から手ほどきを受けていたとは……素晴らしい。

 これまで散々、八木をけなしてきたけれど、三大欲求には敵わないのだと知りました。


 でも、毎晩なんて無理だし、駄目人間になりそうなので、お嫁さん達も体調を考慮してローテーションを組むそうです。

 というか、このままだと来年の今頃はベビーラッシュになってるのでは……。


 とにかく、甘い生活に浸りきってポヤポヤにならないように気を引き締めましょう。

 本日は、二日後に迫った日本訪問の打ち合わせのために、リーゼンブルグの王都アルダロスへ行く予定です。


 最終的な人員の確認、それと賠償に使われる金塊は事前に預かって、影の空間に保管しておきます。

 アルダロスの王城だって十分に安全ですが、影の空間に置いておけば、僕と眷属以外には手は出せませんからね。


 風呂から出たら、外出用の服に着替えてリビングに戻りました。

 朝食は、それぞれの予定があるので、僕らはリビングで食べて、使用人の皆さんは宿舎で済ませる形にしました。


「おはよう……あっ、ご飯にお味噌汁、今朝は唯香が作ったんだね?」

「ううん、私だけじゃなく、みんなで作ったんだよ」


 どうやらプロデュース、バイ、唯香で、実際の調理はマノン、ベアトリーチェ、セラフィマが手分けをして調理したそうです。


「この卵焼きは、マノンかな?」

「うん、どうかな?」

「上手に巻けてるし、美味しいよ」

「良かった……」


 マノンの卵焼きを食べるのは二度目で、最初の時のことを思い出して少しウルっとしかけましたが、涙をこぼしたりはしませんでしたよ。


「お味噌汁は……」

「はい、私が作りました」

「美味しいよ、リーチェ」

「ありがとうございます」


 味噌汁の具に使われている野菜はヴォルザードのものですが、しっかりと出汁を取って作ってあるようです。

 久しぶりに本格的な味噌汁を飲んだ気がします。


「ご飯は……」

「申し訳ありません、少し焦げてしまいました」

「ううん、美味しく炊けてるよ、セラ。土鍋で焚いたんだよね?」

「はい、こちらの土鍋で焚きました」

「水加減も丁度いいし、お焦げも美味しいんだよ」

「そうなんですか、良かった……」


 純和風の献立の他に、ソーセージやサラダ、ヨーグルトなども食卓に並んでいて、現代風の日本の朝食という感じがします。


「唯香とマノンは、今日は診療所へ行くの?」

「うん、昨日は安息の曜日で診療所も休みだったから、今日は行って来る」

「でも、明日は休みをもらって、家の片付けを進めるつもり」


 まぁ、いくら荷物の運搬は楽に出来ても、新しい部屋に荷物を収めて、暮らしやすい形に整えるには時間が掛かるからね。


「リーチェとセラは、今日は家にいるんだよね?」

「はい。ですが、一度ギルドに出向くかもしれません」

「リーチェが外出している時は、私が留守を守りますからご安心下さい」

「うん、よろしくね」


 頼りになるお嫁さんと眷属のみんなが家を守ってくれるので、僕は安心して出掛けられます。

 みんなで朝食の後片付けをして、玄関で唯香とマノンを見送ったら、ベアトリーチェとセラフィマに見送られながら影に潜ってアルダロスへと移動します。


 王城の執務室には、ディートヘルム、トービル、グライスナー侯爵、ラングハイン伯爵、騎士団長ベルデッツ、マグダロスなどの他にカミラの姿がありました。


「おはよう、お待たせしちゃったかな?」


 みんなから一番目立ちそうな場所に闇の盾を出して表に踏み出すと、素早く立ち上がったカミラに続いて、他の人達も立ち上がりました。


「あぁ、大袈裟な挨拶とかは要らないから、本題に入りましょう」

「はい、畏まりました。トービル、始めてくれ」

「はっ!」


 カミラではなく、あえてディートヘルムに話し掛けると、少し驚いた表情を見せつつもトービルに議事進行を務めるように命じました。


「では、明後日に迫りました、ディートヘルム様のニホン訪問についての最終確認を始めさせていただきます」


 元は、第一王子アルフォンスの右腕として将来の宰相を目指していただけあって、トービルは能力的には優秀です。

 当日、日本に出向く人選の他に、当日、こちらで王城で留守を守る者が発表されました。


 主役であるディートヘルムが日本に行っている間、城の留守はカミラが守るそうです。

 ディートヘルムには、グライスナー侯爵、トービル、マグダロスなどが同行します。


 当日の衣装についても、チェックをさせてもらいました。

 ディートヘルムだけでなく、グライスナー侯爵の衣装についてもマスコミを通じて世界中に姿が報道されるはずなのでチェックしました。


 今回の訪問は、召喚に関わる賠償と和解が目的なので、派手過ぎず、かと言って王族としての権威を欠かないものを選ばせてもらいました。

 深い青の布地に銀糸で刺繍が施された衣装は、色合いも落ち着いているし、民族色も出ています。


 何よりも、袖を通してみたディートヘルムからは、王族のオーラが感じられました。


「いいね、日本人が思う王子様のイメージにピッタリだよ」

「ありがとうございます。トービル、これにするぞ」

「かしこまりました」


 昼食を挟んで、日本政府から提供された迎賓館内の3Dデータをプロジェクターで映しながら、順路や当日のスケジュールを確認しました。

 360度、自由に閲覧できる映像には全員が驚いていましたが、会場の様子は把握できたようです。


 映像を写したついでに、記者会見の様子も見せておきました。

 テレビカメラについては、映像を写し取る機械だと説明すれば大丈夫でしょうが、フラッシュを使った撮影が行われたらパニックを起こさないか心配だったのです。


「あの閃光はフラッシュと言って、暗い場所での撮影を補助する光です。当日の使用は禁止すると言っていましたが、事前の通知を守らない者がいるかもしれないので、驚かないようにして下さい。いまは映像で見ているので、眩しくありませんが、実際に正面から浴びせられると一瞬視界を遮られるほどです」


 日程の確認、説明などが終わった所で一旦休憩し、最後に賠償金となる金塊を預かりました。

 金塊の数を確認し、僕の名前で預かり書を作成しました。


 闇の盾を出してコボルト隊に金塊を運んでもらうと、トービルが何か言いたげな表情で見守っていました。

 まぁ、将来の宰相候補とすれば、この金があれば色々な政策が打てるとでも思っているのでしょう。


 コボルト隊の作業を見守っていたら、ミルトが僕のスマホを持って来ました。


「わぅ、ご主人様、梶川が急いでるって」

「えっ、梶川さん? なんだろう……もしもし」

「国分君、緊急事態だ! 浅川さんの妹、美緒さんが誘拐された」

「えぇぇぇ! すぐ行きます! ラインハルト、金塊の受け取りをお願い」

『了解ですぞ!』

「ディートヘルム、日本で緊急事態が起こったから、僕はそっちに向かう。日本訪問が予定通りに出来るかどうかは、明日中には連絡する」

「かしこまりました。魔王様、お気を付けて」


 挨拶もそこそこに、影の空間に飛び込んで、一気に日本へと移動しました。


「梶川さん、どういう事ですか? 公安がガードしてるんじゃなかったんですか?」

「すまない、国分君。どうやら、どこかの国の工作機関の仕業らしく、かなりの人数を使って仕掛けてきたようだ」


 梶川さんの話では、通学途中の美緒ちゃんに不審な2人組男が近寄って来たらしい。

 腕を掴んで連れて行こうとしたので、美緒ちゃんが助けを求め、通り掛かったOL風の女性が割って入ったそうです。


 そこへ護衛に付いていた公安の担当者が掛け付け、2人組の男と格闘になったようです。

 公安の担当者は、警察が駆けつけて来るまでの間、美緒ちゃんをOL風の女性に任せたらしいのですが、この女もグルだったようなのです。


 目撃者の話や現場近くの防犯カメラの映像を解析して、犯人が使ったと思われる車種を特定して行方を追っているそうです。


「ただ、美緒ちゃんを乗せたと思われる車と、同一の車種が5台以上バラバラの方向に逃走しているらしい。その内の1台は、関越自動車道を新潟方面へ向かっているそうだ」

「まさか、日本海を越えるつもりですか?」

「分からない……まだ犯人たちからの要求も届いていない」

「分かりました。連れ戻してきます」

「えっ……国分君!」


 制止しようとする梶川さんの言葉を聞き流しながら影に潜って、美緒ちゃんの居場所へと急ぎました。

 役に立ってほしくないと思っていましたが、万が一のために持たせておいた闇属性ゴーレムのペンダントが効果を発揮しました。


 ペンダントを目標として影の空間を移動して、表を覗いてみたのですが、美緒ちゃんの姿はありません。


「えっ……トランクの中? 酷い事をしやがって……」


 薄暗い空間には旅行用のトランクが置かれていて、人相の悪い男が動かないように押さえています。

 闇ゴーレムの反応は、そのトランクの中から感じます。

 美緒ちゃんは、薬で眠らされた状態でトランクに詰め込まれていました。

 そのトランクが載せられている薄暗い空間は、グラグラと揺れ続けています。


 エンジンの音が響いてきて、なにやら水の音も聞こえてきました。

 どうやらここは、モーターボートの船倉のようです。


「どこなんだ、ここは……」


 美緒ちゃんの居場所は闇ゴーレムのペンダントを目印にして見つけられたものの、ここがどこなのか分かりません。

 影の空間から、モーターボートの外を見ても、周囲は海ばかりで目印になる物がありません。


「マルト、僕の身体をお願い」

「わふぅ、任せて!」


 マルトに身体を任せて、星属性魔術で意識をボートの上空へと飛ばしました。

 高度を上げて、目印になるものを探すと、海に浮かんだ施設と陸を繋ぐ長い橋が見えます。


「海ほたる……東京湾か」


 東京側から見ると、モーターボートは海ほたるを超えて東京湾の外を目指しているようです。

 上空から眺めた限りでは、追跡している船は見当たりません。


「こいつら、どこまで行くつもりなんだ?」


 行先を見守っていると、モーターボートは速度を落として中型の貨物船へと近付いていきました。

 あの船に乗せ換えるつもりでしょうか。


「うわっ、嘘っ……」


 モーターボートが近付いて行くと、貨物船の舷側が上下に分かれて、大きく口を開けました。

 モーターボートを格納して、元の状態に戻るまで5分と掛かっていません。


 舷側を元通りに戻すと、貨物船は東京湾の外に向かって、ゆっくりと進み始めました。

 星属性の魔術を解いて身体に意識を戻し、影の中から船内の様子を窺います。


 船内には10人ほどの男がいて、大陸方面の外国語で言葉を交わしていました。

 あろうことか、美緒ちゃんが入れられているトランクを足蹴にしています。


 話している内容は全く分かりませんが、こいつらが僕の敵であることは確定です。


「主様、斬りますか?」

「まだだよ、美緒ちゃんの救出が先だからね」

「残念です……」


 僕の怒りが伝わるのでしょう、サヘルは今すぐにでも飛び出していって、男どもを切り刻んでしまいそうです。


「バステン、美緒ちゃんを見守っていて。もし危害を加えられそうだったら、蹴散らしちゃって」

「了解です」


 バステンに監視を頼んで、一旦梶川さんの所に戻りました。


「梶川さん、見つけました」

「本当かい! でも、どうやって……」

「詳しい説明は後でします。送還術を使って、ここに美緒ちゃんを送り届けますけど、良いですか?」

「あぁ、構わないよ。やってくれ」

「フレッド、ここに美緒ちゃんを送るから、そっと受け止めて」

『りょ……』


 急いで貨物船へと戻ると、トランクは船倉から運び出されようとしていました。

 屈強な男が片手で軽々とトランクを持ち上げ、貨物船の階段を上がって行きます。


 水密扉を二つほど抜け、狭い廊下を進んだ先のドアを開けて中へ入ると、そこは折り畳み式のベッドが据え付けられた船室でした。

 男はトランクを開けて、壊れ物を扱うようにそっと美緒ちゃんを抱え上げると、ベッドに横向きに寝かせ、ベッドに着けられたベルトで身体を固定しました。


 美緒ちゃんを丁重に扱ったところまでは良かったのですが、そこからがよろしくありません。

 ニタリと品の無い笑みを浮かべた男は、美緒ちゃんの太腿を撫で回し始めました。


 そして、男が美緒ちゃんのスカートを捲り上げて下着に手を伸ばそうとした時、廊下から鋭い声が響きました。

 男が驚いて手を引っ込めると、廊下から顔を出した少し年配の男が早口で捲し立て、2人は美緒ちゃんを寝かせた部屋に鍵を掛けて、廊下の向こうに姿を消しました。


 送還術で救出しようかと思いましたが、この状況ならば僕の魔力を付与して影移動で連れ出した方が確実でしょう。

 闇の盾を出して船室へと踏み込み、ベルトを外して美緒ちゃんを抱えました。


 魔力を付与して、美緒ちゃんを連れて影の空間に潜り、光が丘の浅川家へと移動します。


「遅くなりました……」

「国分君……美緒!」

「薬で眠らされているようなので、これから治癒魔術を掛けます」


 心配そうな唯生さんと美香さんを制して、リビングのソファーに横たえた美緒ちゃんに治癒魔術を掛けました。

 魔術を使っている脇に闇の盾を開いておけば、魔力切れの心配はありません。


 二分ほど治癒魔術を掛けると、美緒ちゃんの瞼がピクっと動きました。


「美緒……美緒……」

「えっ……ママ?」

「美緒!」

「ママぁぁぁぁぁ……」


 美緒ちゃんは美香さんに抱き締められながら号泣しています。

 体調は問題ないでしょうが、精神的なショックが心配ですね。


「ありがとう、国分君」

「いえ、家族を守るのは当然ですから、では……」

「もう、行ってしまうのかい?」

「はい、美緒ちゃんにこんな怖い思いをさせた連中をキャーンと言わせてやらないといけませんからね……」

「そうか、私の分も頼むよ」

「はい、確かに頼まれました」


 唯生さんと握手を交わし、一旦梶川さんの所へ戻ります。

 その後は、反撃開始ですよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る