第442話 大森林の工事
イロスーン大森林の指名依頼も、いよいよ作業終盤へと差し掛かってきました。
依頼の内容は、イロスーン大森林を貫く街道の改修工事と、スラッカ、モイタバ、そして領地境の3ヶ所に集落の用地を作るという内容です。
既に街道の工事とスラッカ、領地境いの2ヶ所の集落用地は完成しています。
ちなみに2ヶ所の集落には、跳ね橋を設置するまでの仮設の橋も架けておきました。
仕事が早い、丁寧、親切……こっちの世界で国分土木株式会社でも開いちゃいましょうかね。
そして残すはマールブルグ側のモイタバの用地建設です。
街道から集落へ堀を渡って入る橋を一箇所、集落の周囲は街道脇と同じレベルの堀を穿ち、その内側にはヴォルザード並みの城壁を設置します。
まぁ、コボルト隊とゼータ達が、土属性魔法を使ってガーって掘って、ガーっと積み上げて硬化させ、最後の仕上げに僕が送還術でサクサク切り取れば出来上がりです。
「うん、残すは北面の堀と壁だけだね」
『ぶははは、いかがですかケント様。これほどの短期間で工事を終わらせられる業者など、どこを探してもおりませんぞ』
「うん、まったくだ。日本の土建屋さんに頼んだって、こんなに短期間じゃ終わらないよ」
僕らが請け負ったのは、スラッカからモイタバまでの区間ですが、双方の集落から大森林の端までは、まだ馬車で半日ほどの距離が残されています。
この間の工事に関しては、マールブルグ、バッケンハイムの各領地が受け持つことになっています。
マールブルグ側については、順調に工事を進めているようで、モイタバからも見える距離まで工事が進んで来ていました。
このままのペースで工事を進められれば、マールブルグ側は当初の完成予定よりも早く工事が終わるでしょう。
問題は、バッケンハイム側の工事の遅れです。
イロスーン大森林の魔物が増えて、バッケンハイム近郊での討伐依頼が増えたのと、ブライヒベルグまでの護衛依頼が増えたせいで、人手が足りなくなり、必然的に工事が遅れてしまっています。
物資の移動に関しては、闇の盾とローラコンベアを使い、ブライヒベルグとヴォルザードの間を結んでいるので、むしろこれまでよりも早く届いていますが、街道の工事が終わらないとイロスーン大森林を挟んだ領地間の人の移動が出来ません。
例えば、ヴォルザードで一番の大店、オーランド商店の跡取り息子のナザリオなどは、本来であればバッケンハイムの学院に通っているはずでした。
それがイロスーン大森林が通行止めとなったので、入学出来ず、昼間からフラフラと遊び回る日々が続いているようです。
まぁ、学校に行けないならば、商店主である父親の仕事を手伝うとか、見学するとか、いくらでもやる事はあるはずなんですけどね。
親の脛を齧って、取り巻きにチヤホヤされて調子に乗っているようでは、将来家から叩き出されちゃうんじゃないですかね。
商店主であるデルリッツさんは、一筋縄ではいきそうもない人物ですし、バッサリと廃嫡されちゃっても不思議ではありません。
ベアトリーチェに横恋慕していたナザリオが勘当されたりしないように、一年遅れでは入学出来るように工事は終わらせてやりたいところです。
モイタバ北面の工事が終わり、僕が受け持った区間は全て工事が終わりました。
まだ工事が終わっていない旧道を歩いて、マールブルグ側の工事担当者に挨拶に向かいます。
「こんにちは、内側の工事を担当させてもらいましたケントと言います。責任者の方はいらっしゃいますか?」
「おぉ、俺だ、俺。俺がマールブルグ側の責任者ムニティスだ。あんたが魔物使いかい?」
「はい、そんな風に呼ばれてますね」
マールブルグ側の責任者、ムニティスさんは40代後半ぐらいの太り気味のオッサンで、ちょっと頭頂部の髪が薄くなってきています。
「もしかして、内側の工事は終わっちまったのか?」
「はい、先程モイタバの用地の工事が終わって、僕が担当する箇所は完了しました」
「ほぇぇぇ、ホントかよ。あんた、モイタバからスラッカまでの担当なんだよな? 集落の整地も3ヶ所請け負ったって聞いてるけど……」
「はい、全部完了しましたよ」
「おい、コジャド。ちょっと現場を頼む。俺は一っ走り内側の工事の仕上がりを見てくっからよ」
ムニティスさんは、体格に似合わず軽快な足取りでモイタバの現場まで小走りでやって来ました。
「うぉぉぉ……なんだこりゃ、切り出した石を磨き上げてるのか?」
「いえいえ、掘り出して積み上げた土を硬化させたものですよ」
「マジか! うぉぉぉ……こりゃマジだな」
どうやらムニティスさんは土属性の持ち主のようで、完成したモイタバの壁を撫で回して確かめています。
「この規模を、これほどの精度で積み上げて硬化させるなんて……いったいどんな技術を使ったんだ? こんな平滑な仕上がりなんて、普通じゃ考えられんぞ」
まぁ、これだけの仕上がりは眷属のみんなの強力な硬化と送還術を使った仕上げ方によるものですから、確かに普通の方法じゃないですね。
「いや、凄ぇな。こんな仕上がりを見せられちまったら、俺らも気合い入れて仕事するしかねぇだろう」
「僕の場合は、眷属の働きがあってですよ」
「いやぁ……それにしても凄いぜ、こいつは驚いた。それに、まだまだ上の仕上がりがあると分かれば、腕の磨き甲斐があるってもんよ」
ムティスさんは、グッと腕を曲げて力こぶを作ってみせました。
この年齢にして、まだ向上心を失わないって凄いです。
まだまだ伸び代がある僕は、見習わないといけませんね。
ムニティスさんとの引継ぎを終えて、バッケンハイムギルドへ工事完了の報告に向かいますが、その前に……。
「ゼータ、エータ、シータ……お疲れ様。ちょっと悪いんだけど、僕らが工事を終えた所と、ムニティスさん達が工事を進めている間をマーキングしておいてほしいんだ。壁が途切れた部分から魔物が入り込んだりしたら、工事の人達の逃げ場が無くなりそうだからね」
「かしこまりました、主殿」
一応、壁が繋がるまでの間は、眷属のみんなに工事の安全を見守ってもらいましょう。
ゼータ達をモフってマーキングを頼んでから、今度こそバッケンハイムへと移動しました。
と言っても、ギルドではなくイロスーン大森林のバッケンハイム側の工事現場です。
工事が進んでいる範囲とスラッカまでの距離を較べてみると、まだ全体の3分の1程度しか終わっていません。
相変わらず工事に携わる人数が少なく、マールブルグ側の4分の1程度しかいないように見えました。
まぁ、先日のゴブリンの大量発生で、街の防衛のために多くの人材が割かれたのも確かでしょうが、このままでは当初の予定よりも大幅に遅れそうな気がしますね。
『このペースはいただけませんなぁ』
「こっちも手出し無用って言われるのかなぁ?」
『さぁて、こちらの依頼に関しては、むしろ勝手に進めてくれと言われるのではありませんかな』
「バッケンハイムに入り込んだゴブリンは、全部討伐を終えたのかな?」
『終わっていなければ、日常生活を取り戻せませんぞ』
「まぁ、そうなんだろうけど……行ってみれば分かるか」
バッケンハイムの街の入口へと移動すると、先日まで設置されていた臨時の砦は取り壊されて無くなっていました。
その替わりという訳ではないのでしょうが、鉄柵と鉄の門の設置が進められています。
鉄の柵や門の上側には、鋭い棘が設置されていて、登るのも乗り越えるのも難しい作りとなっていました。
オークやオーガでは、壊されてしまう恐れはありますが、ゴブリンやコボルトに対しては十分な阻止力を発揮しそうです。
街の中へと入ってみると、殆どの商店が営業を再開していて、どうやらゴブリン騒動は終結したように見えます。
ただ、これならばもっとイロスーン大森林の工事現場に人が集まっても良いような気がするのですが……。
一応、今回は依頼の完了報告なので、一般の冒険者と同じようにカウンターに報告しに行ってみますかね。
ギルドの人目に付かない廊下で影の世界から表に出て、カウンターへと向かいます。
まだ午後の早い時間なので、カウンターの周りは空いていました。
「いらっしゃいませ、ご用件は何でしょう?」
カウンターへ近付いていくと、栗色のショートヘアーの小動物っぽい受付嬢さんが、元気に挨拶してくれました。
うん、この感じは新人さんっぽいよね。
「えっと、依頼完了の報告に来ました」
「お疲れ様でした、では依頼主さんの完了確認書をお願いします」
「あっ……そうか、完了報告には確認書が要るんだっけか」
「そうですね、依頼によっては必要無い場合もございますが、依頼主のお名前は分かりますか?」
「はい、マスター・レーゼです」
「はっ? いえ、依頼主のお名前ですが……」
「ですからマスター・レーゼからの指名依頼なんですが……」
「へっ? 指名依頼ですか……?」
小動物っぽい受付嬢さんが、目を白黒させていると奥から歩み寄って来た人が声を掛けて来ました。
「ケントさん、うちの新人で遊ばないで下さい」
「すみません、リタさん。ちょっと普通の冒険者をやってみたかったもので……」
「先程、依頼完了の報告と聞こえましたが、まさかイロスーン大森林の依頼が終わったのですか?」
「はい、そのまさかです」
「はぁ……分かっているつもりですが、いつもながらに非常識な早さですね」
「えぇぇ……早く終わらせたのに呆れられちゃうんですか?」
「いえ、大変失礼いたしました。勿論、早く終わらせていただいた方が助かります。でも、うちの新人で遊ぶのは、程々にしておいて下さい」
「分かりました。程々にしておきます……」
バッケンハイムギルドを実質的に取り仕切っているリタさんと、いかにも親しげに話しているのを新人の受付嬢さんは何事が起こっているのかといった表情で見詰めていました。
うん、機会があれば程々に遊ばせてもらいましょうかね。
カウンター裏のスペースから先に立って案内しようとするリタさんに、勝手に行きますと断って細い通路を進んでマスター・レーゼの部屋へと向かいました。
ドアをノックすると、いつもの気だるげな声が返って来ました。
「誰じゃぇ?」
「ケントです」
「入りや……」
「失礼します」
マスター・レーゼは、いつものごとく三人掛けのソファーに身を横たえて、長煙管を燻らせています。
いつものごとく踊り子を連想させる露出度の高い服装で、豊満な胸の膨らみが零れ出そうで零れ出ない、絶妙のバランスを保っていますね。
そして、応接セットの端、一人掛けのソファーには、ちょこんとラウさんが座っています。
言われなければ気付かないくらい存在感の希薄なお爺ちゃんが、実は元Sランクの達人なんですよね。
「ほっほっほっ、だいぶ鍛え直したようじゃな」
「はい、錆を落としている最中です」
「良いぞ、今のうちに鍛えておけば、年齢を重ねた後で違いが出る。身体が動かなくなれば、頭の働きも鈍るからのぉ」
「肝に銘じておきます」
ふぅ、どうやら今日はラウさんからお小言をもらわずに済んだようです。
「して、今日は何用じゃぇ?」
「はい、イロスーン大森林の工事が終わりました」
「なんと……もぅ終わったのかぇ?」
「はい、先程マールブルグの責任者に引き継いできました」
「さすがは我の伴侶と見込んだ男じゃ、これほど早く仕上げるとは思っておらなんだ」
「ありがとうございます。ですが、うちは順調に終わらせられましたし、マールブルグも予定通りに進んでいるようですが……」
「ふむ、みなまで言うな……バッケンハイム側の遅れは把握しておる」
さすがのマスター・レーゼも、工事の遅れには顔を顰めてみせました。
やはり先日のゴブリンの大量発生が、いまだに尾を引いているようです。
「街中に入り込んだゴブリンの討伐も、ほぼほぼ完了しておるが、外周の建物の損害、ゴブリンの遺体の処理など関連する業務が残っておる。それに加えて、連日長時間の討伐に参加して、まとまった金を手にした冒険者共は羽を伸ばして休んでおるようじゃ」
冒険者という仕事は、サラリーマンのように決まった時間に仕事をして決まった給料を受け取る訳ではありません。
ゴブリンの対応のように、連日休み無しで働いて、まとまった金が手に入ったら連続して休みを取る人も少なくないようです。
「まったく……まとめて休みを取りたければ、ケントのように人並外れた働きを涼しい顔でこなしやれ……」
いやいや、訪問する度に同じ姿勢で煙管をくゆらせているマスター・レーゼの台詞じゃないよねぇ……。
「でも、このまま工事が遅れると困りますよね? 物資に関しては何とかなっているでしょうけど、人の移動が止まったままですもんね」
「その通りじゃ。学院で学びたいという要望がマールブルグやヴォルザードからも届いておる。それに、このまま往来の無い期間が長く続けば、国としての一体感が損なわれかねん」
かつて、隣国リーゼンブルグとランズヘルト共和国は一つの同じ国でしたが、南の大陸から押し寄せた木の魔物トレントの大量発生によって魔の森が形成され、人の往来が断たれてしまった事をきっかけに、今のような二つの国に分かれました。
「でも、その時とは状況が違いますし、ヴォルザードとマールブルグだけでは食糧の自給自足は難しいんじゃないですか?」
「まぁ、ケントの言う通りじゃが、これまでにも反感を抱いていた者達にとっては、その溝を深める結果となっても不思議ではないじゃろう」
「バッケンハイムとマールブルグで反目しあってる人なんかいるんですか?」
「当たり前じゃ、同じ街に住んでおっても仲の悪い者などいくらでもおる。加えてランズヘルトの七つの領地は、それぞれが特色を持った領地じゃから反発する気持ちも生まれやすいのじゃろう」
ヴォルザードは、魔の森に隣接し、ダンジョンもある最果ての地。
マールブルグは、鉱山を擁する鉱業の地。
バッケンハイムは、学術の地。
ブライヒベルグは、商業と政治の中心地。
フェアリンゲンは、繊維関係の生産が盛んな地。
リーベンシュタインは、広大な穀倉地を有する農業の地。
エーデリッヒは、東を海に接する海洋交易の地。
七つの領地がそれぞれの特色を生かした領地経営を行っているからこそ、ランズヘルト共和国の経済は上手く回っていると聞いています。
ですが、その特色が対立の原因にもなるようです。
「ほれ、クラウスが言っておらんかったか? バッケンハイムの領主アンデルは、頭でっかちで融通の利かない堅物じゃと」
「それって、レーゼさんが言ってたんじゃないですか?」
「はて、そうだったかぇ?」
事ある毎に、その踊り子のような服装を改めろと言われるとボヤいていたのはレーゼさんでしょう。
てか、服装を改めるのは僕も反対ですけどね。
「とにかく、イロスーン大森林の工事については、出来る限り早く終わらせたい。なんならケント、勝手に進めても構わんぞぇ……」
「はぁぁ……なんだか予想通りの展開ですねぇ……」
「なんじゃ、ケントにも先を読まれるとは我も焼きが回ったのぉ。報酬が足りぬと言うのであれば、我がこの身体を使って……」
「結構です。 お嫁さんにバレたら血の雨が降りますよ」
「ふん、今から尻に敷かれているようでは、先が思いやられるのぉ」
「良いんです。僕は家内安全を第一に生きていきますから」
「まぁ良い、指名依頼の報酬は、ギルドの口座に振り込んでおく」
「完成しているか確認しなくても良いんですか?」
「ほぉ、ケントは魔物が増えた大森林に我を放り出すつもりかぇ?」
「いえいえ、そんなつもりはないですが、ラウさんなら問題無く行ってこられるのでは?」
「これこれ、ケントよ、年寄りを扱き使おうとするな。この老体にマールブルグまで行って来いと言うのか?」
「いやいや、実際剣を握って勝負したら、僕はラウさんの足許にも及ばないですよ」
「ケントよ、年を取ると瞬発力はあっても持久力がなくなるものじゃ、まぁ若いそなたには分からんじゃろが……」
そうですね、そもそもラウさん相手に持久力勝負に持ち込める気もしませんしね。
「はぁぁ……分かりました。暇があったらバッケンハイム側の工事を進めておきますけど……あんまり期待しないでくださいよ」
「くっくっくっ、それでこそ我が伴侶じゃ、頼んだぞぇ」
仕方ない、ランズヘルトの安定のために、もう一肌脱ぎますかね。
と言っても、僕も眷属頼みなんですけどね。
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