第441話 反省会

 魔の森での特訓を終えてヴォルザードに戻ると、新旧コンビから反省会に誘われました。

 と言うか、半ば無理矢理連れていかれた感じですね。


 向かった先は、倉庫街の片隅にある焼肉が名物の食堂です。

 特訓の後で、防具を外して埃を払った程度ですが、場所柄他のお客さんも荷運び仕事の帰りという人が多く、僕らと似たり寄ったりの埃っぽさです。


 新旧コンビはすっかり常連のようですし、気兼ねしないで済むのは助かるけど、相変わらず女っ気が全くありません。

 こちらの世界では、同性同士のカップルにも寛容みたいですし、いずれは新旧コンビも『うほっ』な世界に足を踏み入れちゃうんじゃないですかね。


 反省会に参加している顔ぶれは、僕と新旧コンビの3人だけ。

 となれば、何を反省するのか分かり切っているけど、一応聞いてみましょうか。


「で? いったい何の反省会なのかな?」

「いったい何のじゃねぇよ、どうなってんだよ国分」

「そうだ達也の言う通り、ミリエがあっちの趣味だなんて聞いてねぇよ!」


 やっぱりというか良いところを見せようとしていたミリエが、ミドリお姉さまこと本宮さんに持っていかれたことについての反省のようです。

 てか、ミリエに冒険者を諦めるように考えさせるのが目的じゃなかったのかい?


「いや、そんなの僕だって知らないし、調べておく義理も無いし……てか、なんでそんなにミリエにこだわるんだよ」

「八木だ……」

「えっ……八木?」

「そうだ、全部八木のせいだ……」


 新旧コンビが暗い表情で八木の名前を口にした時、注文していた『いつもの』がテーブルに並べられました。

 各種色々、内臓系の肉が皿に盛られています。


 今回は、焼き網に並べる前に闇の盾を通して寄生虫の駆除を試みたけど、幸いなことに皿の肉には潜んでいませんでした。


「まぁ、とりあえず食いながら話そうぜ」


 新田の提案には、僕も古田も反対する理由は無く、焼き網の上に隙間無く肉を広げていきました。

 てか手馴れてるなぁ……店員かよと突っ込みたくなるレベルだよ。


「そんじゃまぁ、本日も鬼畜なメニューが無事に終わったことを祝して」

「八木が無事だったのは残念だけど……」

「いやいや、ぜんぜん無事じゃなかった……まぁいいか、乾杯!」

「乾杯!」


 今夜もレモンサワーもどきで乾杯して、焼けたそばから肉を胃袋に収納していきます。

 体育会系の新旧コンビと遜色ないペースで食べて飲んでいられるんだから、こっちに来てから体質まで変わっていると実感しますね。


「それで……八木とミリエがどう繋がるの?」

「あぁ、八木の野郎が自分を『魔物使いの頭脳』とか言ってたせいで、国分の仲間イコール八木みたいな男って図式が出来上がっちまってるんだよ」

「どこの世界でも、女子にちょっかい出すイキリ野郎がいるみたいでよ。その手の輩をマリーデが腕っぷしで黙らせていたらしいんだ」


新旧コンビの話では、マリーデは同年代の女子の間で顔が広く、言うなればヴォルザードの凸凹シスターズ的存在だったようです。


「んで、そのマリーデと付き合い始めた野郎が『魔物使いの頭脳』って訳で、八木の悪行が尾鰭が付いた状態で同年代の女子に知れ渡っちまってるんだよ」

「えっ……尾鰭まで付いてるの?」

「そりゃ~噂話に尾鰭が付くのは当然だろう。ギルドの講習でナンパしたとか……」

「ダンジョンを餌に誘い出して手籠めにした……」

「最初から身体が目的だった……」

「飽きたら捨てるつもりだった……」

「子供が出来ても認知しないつもりだった……」

「あぁ、もういいや。あながち尾鰭でも無いから否定しづらいね」

「だろう?」

「大将、肉追加、あと、飲み物も3つ!」


 しかめっ面でボヤキつつも、肉を消費する速度には翳りすら見せないのが新旧コンビらしいよね。


「でも、それとミリエは関係ないんじゃないの?」

「関係あるさ、大ありだ。ミリエはマールブルグから出て来たばかりだろう」

「まだ、ヴォルザードの知り合いが少ないから、八木の噂に染まってないと思ったんだよ」

「えっ、噂に染まるとどうなるの?」

「黒髪、黒目ってだけで、白い目で見られんだぞ」

「受付嬢のフルールさんなんか、ゴミでも見るような視線を向けてくるんだからな」

「マジ? てか、フルールさんは分からないからなぁ……僕も刺々しい視線向けられてたし」


 フルールさんの場合は、棘のある態度が戦略だったりするんですが……新旧コンビ相手には無いかな。


「なになに、国分まで敵視されてるの?」

「まぁ、国分の場合は性獣だしな」

「いやいや、八木や君らと一緒にしないでよ。僕の場合は、気を引こうとしてワザとだったんだから」

「なんだそれ、どういう事だよ。手前、フルールさんまで食っちまったのか?」

「達也、もうるしかねぇんじゃねぇか?」

「食ってないからね。てか考えてみなよ、ギルドの受付嬢だったら、僕がどんな依頼をこなしているとか、どれだけの報酬を得てるとか……」

「金か! やっぱりこの世は金なのか!」

「いくら金貨積みやがったんだ、この性獣め!」

「だから積んでもいないし、食ってもいないよ。てか、反省会じゃなかったの?」

「そうだ、忘れてた……」


 新旧コンビはアイコンタクトを交わすと、居住まいを正して僕に頭を下げた。


「女、紹介して下さい」

「もう、俺達の力だけじゃ無理だ」

「はぁ……そんな事だろうと思ったけど、無理! 僕自身、唯香達以外の女の子と知り合いになんかなれないし、頼まれたって無理だからね」

「そんな……冷たいこと言うなよ」

「国分、Sランクなんだから、何とかしてくれよ」

「指名依頼を出すっていうなら考えてもいいよ」

「マジか!」

「もちろん、Sランクに相応しい報酬はもらうけどね」

「いくらだ? いくら払えばいい!」


 いや、怖い怖い、Sランクの指名依頼と言えば諦めるかと思ったのに、目がマジだよ。


「クラーケン討伐と一緒とまでは言わないけど、4分の1ぐらいは払ってもらおうかな」

「クラーケンの4分の1って、ぼったくり過ぎだろう」

「新田……お嫁さん4人に責められることになるんだよ。正座で説教されるんだよ」

「自慢か! こっちは説教される相手もいないんだぞ」

「で、いくら払えばいい?」

「必死か! クラーケンの4分の1で、500万ヘルトでいいよ」

「はぁぁ? 500万ヘルトだと?」

「この守銭奴め! ローンは利くのか?」

「利きませーん! 現金一括のみです」

「ちっ! そこは友達のよしみでタダにしとけよ」

「500万ヘルトなんて払える訳……って、ちょっと待て、クラーケンを1頭討伐したら2千万ヘルトかよ! お前、どんだけ儲けてんだよ」


 2千万ヘルトという金額を聞いて、騒がしかった店の中が静まり返りました。

 倉庫街の荷運びの仕事は、日給350ヘルトなんて所もあります。


 荷運びの仕事を一日も休まずに続けたとしても、2千万ヘルトなんて金額は一生掛かっても稼げません。

 女の子を紹介する話を断るために、ネタ的に指名依頼の報酬を口にしたけど、周りが微妙な空気になっちゃいました。


「女もそうだが、割りの良い仕事回せよ」

「そうだそうだ、金さえあれば、俺や和樹だってワンチャンあるかもしれないだろう」

「何言ってんの? 毎度の特訓は割りの良い仕事じゃん。安全が確保された状態で、魔物の討伐訓練させてもらって、しかも素材が手に入るんだよ。超~割りの良い仕事じゃん」

「それもそうか……」

「そうだよ。普通はロックオーガとやり合ったりしないでしょ」

「まぁ、そうだな……普通はやり過ごすよな」


 普通の冒険者が、どういう討伐を行ってお金を稼いでるのか知らないけど、ロックオーガに自分から挑むような人はいないはずです。


「でもよぉ、もっと国分みたいに一攫千金的な稼ぎがしたいじゃん」

「俺も和樹と同意見……てか、ダンジョン行くしかねぇか?」

「うーん……ダンジョンねぇ、お薦め出来ないなぁ」

「なんでだよ。ダンジョンだったら、お宝鉱石を見つければドカっと稼げるんだろう?」

「そうだよ、達也が土属性の魔術を訓練すれば、探知とかも出来んじゃね?」

「でも、ダンジョンって逃げ場が無いからねぇ……例え弱い魔物でも、数でグワっと襲われると魔の森だったら逃げられても、ダンジョンだと簡単に詰むよ」


 メリーヌさんの弟ニコラが、ダンジョンで蟻の魔物に食い殺されたらしいという話をすると、新旧コンビは苦い表情を浮かべました。


「生きたまま魔物に食われるのは、すんごい嫌な気分だよ。僕は召喚された直後に、魔の森でゴブリンに食われたけど、手足の肉を食いちぎられて抵抗出来なくされて……腹を食い破られて内臓をズルズルっと引き摺り出される感覚は……」


 おっと周りのテーブルのお客さんの手が止まっちゃってます。

 内臓系の焼肉が売りの店でするのは相応しくない話題でしたね。


「はぁ……それじゃあ、俺達はどうすりゃいいんだよ」

「俺も和樹も頑張ってると思うぜ。同年代の奴らには負けねぇ自信あるし」

「そう言えば、ギリクと一緒に魔の森に入ったんでしょ? あの何だっけ、ペダルだか、サドルだか言うオッサンと一緒に……」

「お前は、本当に人の名前を憶えないな……ペデルな、ペデルのオッサン」

「そうそう、ペデル、ペデル。で、どうだったの?」

「まぁ……地味だな」

「冒険者として生き残っていくには、あのぐらい慎重じゃないと駄目なのかもしれないが……地味だな」


 以前、ギルドで絡まれた時には、俺様キャラかと思ったのですが、討伐に関しては慎重すぎるぐらい慎重のようです。

 新旧コンビがギリクから聞いた話では、日頃の武器の手入れとかも細かすぎると思うほど手を抜かないらしいです。


「へぇ……そうなんだ。てか、服装とか見た目からは拘りを感じられないけどね」

「あー……確かに、見た目は冴えないオッサンだからな」

「ギリクの兄貴が言ってたけど、部屋とかは全然掃除とかしてねぇみたいだぜ」

「そうなんだ……てか、新田も古田も、それに近い状況じゃないの?」

「うぇ? い、いや……俺らはそんなに酷くねぇと思うぞ、なぁ和樹」

「お、おぅ、まぁ掃除は適当ちゃ適当だけどな」

「そんなんで、女の子を部屋に呼べるの?」

「はぁぁ? だから、どこに呼ぶ女の子がいるんだよ」

「そうだよ、いないから、こんな店に入り浸ってるんだろう」


 いやいや、気持ちは分かるけど、こんな店とか言っちゃ駄目だろう。

 幸い、大将や店員さんには聞こえなかったみたいだけど、周りのオッサン連中が苦笑いしてるよ。


「でもさぁ、冒険者としては日頃から備えをしているのに、恋愛関係は全く備えをしてないってのはどうなの? それで、いざという時に戦えるの?」

「うっ……でも、いざという時って?」

「そりゃ、八木だって出会いがあったんだよ。新田や古田にだって、いつ出会いがあるか分からないじゃん」

「そうか……確かにそうだな」

「まぁ、確率は低いけどね……」

「おいっ!」

「確かに高くはねぇだろうが、それは言っちゃ駄目じゃねぇのか?」

「てかさ……その低い確率の出会いを確実にものに出来なかったら、ペデルのオッサンみたいになっちゃうんじゃないの?」

「げっ……マジか?」

「言われてみれば、ペデルのオッサンも、ギリクの兄貴もサッパリだな」

「同じ穴のムジナになる?」

「いやいやいや……それは駄目だ」

「あんな冴えないオッサンにはなりたくねぇよ」


 新旧コンビに全否定されるとは少し哀れに思えてしまうけど、ギリクとセットで見掛けるペデルは、確かに冴えないオッサンの典型って感じですからね。


「いつでも部屋に呼べるように片付けておくとか、討伐の時は仕方ないけど、普段の服装をオシャレにするとか……備えとか投資が必要なんじゃないの?」

「備えか……」

「投資か……」

「あぁ、そう言えば、相良さんが働いてるフラヴィアさんのお店に、犬獣人の若い店員さんがいたなぁ」

「何だと国分、貴様そんな所にまで触手を伸ばしてやがるのか」

「けしからん奴だな……もっと詳しく話して下さい、お願いします」

「僕は魔物じゃないから触手なんか伸ばさないけど、食指も伸ばしてないからね」

「いや、そんな話は要らないから、店員さんの話、はよ!」


 結婚式の衣装の採寸に行った時に少し会話した、イヌ耳メイド服の店員さんの話をすると、新旧コンビは物凄い勢いで食いついてきました。


「何だよそれ、絶対俺らに興味持ってるよな?」

「てか、本当にシェアハウスに遊びに行くって言ってたのか?」

「うん、戦闘力高めの服で行くって言ったけど……来てないの?」

「来てないよ。影すら見てねぇ」

「てか、相良はなんで何も話さないんだよ。もしかしてガードしてやがるのか?」

「それこそ相良さんには普段の生活を見られてるからねぇ……てか、今日は闇の曜日でフラヴィアさんの店も休みだったんじゃない?」

「そうだよ、何で闇の曜日なんかに特訓やってんだよ」

「えっ? そりゃミリエを連れていくためじゃん」

「そうだったぁぁぁぁぁ!」

「イヌ耳の店員さんは、結構スタイル良かったよ」

「何だってぇぇぇぇぇ!」


 そりゃ確かにミリエはお子ちゃま体型だったけど、それにしたってショック受け過ぎじゃないの?


「じゃあ、来週の闇の曜日も特訓しよう」

「何でだよ! お前には温かい血は通ってないのか!」

「そうだ国分、貴様の血は何色だぁぁぁ!」

「まぁ、僕はどっちでも良いんだけど……そうだ、今度特訓場をヴォルザードの近くにも作ろうかと思ってるんだけど、どう思う?」

「はぁ? 俺らが今日特訓したみたいな場所を街の近くに作るってことか?」

「そうそう、街の近くだったら、他の冒険者とか守備隊の人とかも利用出来ると思ってさ」


 訓練施設の話をすると、新旧コンビは顔を見合わせて首を捻りました。


「街の近くに出来るなら、利用はしやすいと思うけど、魔物はどうすんだ? 利用する人が増えれば、それだけ魔物も必要になるんじゃね?」

「そうそう、ゴブリン程度は良いだろうけど、オーガとか、ロックオーガなんか飼っておけないだろうし、大量の魔物を捕獲しておいたら街の人から反発されねぇか?」

「なるほど、魔物は眷属のみんなに捕まえてもらおうかと思ったけど、確かに利用者が増えれば、その分だけ必要になるね」

「それによぉ、オークでも今日の八木みたいな事態が起こるんだぜ。国分が常駐してれば何とかなるかもしれないけど、普通の治癒士じゃ助からないケースが出てくんじゃね?」

「和樹の心配も分かるけど、俺はオーク程度は用意できないと訓練にならないと思うな、ゴブリンだけなら施設を作る必要無くね?」


 強い魔物の討伐には危険を伴うけど、弱い魔物だけでは訓練にならない。

 ヴォルザードの冒険者の底上げを行うための施設だから、やはりオーク程度の用意は必要でしょう。


「あれだな、ドノバンのオッサンのお墨付きを貰えた奴だけが利用できる……みたいな仕組みにすれば良くね?」

「そうそう、ギルドの講習を終わらせた連中限定みたいな感じにすれば?」

「なるほど、利用資格を設けるのは良いかもね」

「後は、あれだな……死んでも文句は言いませんって一筆書かせるとかだな」

「てか、冒険者なんだから、死んでも文句なんか言えなくね?」

「まぁ、そうだけど、一応街の施設にしようかとも思ってるからさ……」

「おぉ、なんか公務員的発想ってやつ?」

「あれか、俺は領主の娘と結婚しちゃいますよ的な自慢か!」

「なんでだよ……まぁ、ベアトリーチェは可愛いけどねぇ」

「くそっ! 爆発しろ!」

「てか、ベアトリーチェを通じて俺達の無罪を広めてくれよ。あれは八木だけの話だってさぁ」


 確かに新旧コンビが八木のとばっちりを受けるのは少々可哀想な気もします。


「しょうがないなぁ、ちょっとベアトリーチェに話してみるけど、あんまり期待はしないでね。それよりも普段からの準備と投資……やっといた方が良いよ」

「そうだな、準備と……」

「投資だな……」

「じゃあ、将来に備えて、来週も特訓しようか?」

「なんでだよ!」

「俺らから数少ない可能性を奪うな、この鬼畜!」

「うひゃひゃひゃ……そんな事言って、今日みたいに空回りしちゃうんじゃないの?」

「ぐぬぅぅぅ……否定出来ないところが辛いな」

「和樹、将来に備えるために、ここの支払いは国分に頼むってのはどうよ?」

「いいな、それでいこう!」

「なんでだよ!」


 結局、この日もデレンデレンになるまで飲んでしまって、支払いはまたラインハルトがやってくれたようです。

 勿論、翌朝はお説教スタートでした。


 くぅ……新旧コンビには、この大変さが分からないんだよ。

 お説教されて、反省して、許してもらって、四人とギューって、ギューってハグするところまで詳細に語って聞かせてやりましょう。

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