第422話 話を聞かない冒険者

 この一ヶ月ぐらいの間にも、ダンジョンに大蟻が現れたり、特別訓練にギリクが参加したりと、色々なことがありました。

 僕が別行動をしている間にも、イロスーン大森林ではラインハルトの監督の下で街道の工事が急ピッチで進められています。


 魔物の生息数の増大に伴って、イロスーン大森林を抜ける街道が通れなくなり、安全な通行を再開させるために大規模な改修工事が始められました。

 ところが、オークやオーガなどの討伐依頼も増えて、肝心の工事のための人員確保が難しくなってしまいました。


 そこでマスター・レーゼから僕に指名依頼が届き、眷属のみんなが工事を担当してくれています。

 この言い方だと、まるで僕が何もしていないかのようですが、ちゃんと時間を見つけては工事の仕上げを担当していますよ。


 工事は基本的に街道を広げ、街道脇に深い堀を穿ち、転落防止を兼ねた壁を築くの三つの工程です。

 この工程を土属性を持つギガウルフのゼータ達と、コボルト隊が共同で行っています。


 言葉にすると簡単そうですが、街道を広げるには木を伐採する必要があります。

 堀を穿てば岩や木の根などの、邪魔になるものが出てきます。


 壁を作るにしても、不純物が混ざらないように石や草木を取り除かなければなりません。

 それでも僕の眷属達は、土属性魔法を上手に使ってバリバリと作業を進めています。


 では、僕が行う作業がなにかというと、最終的な形を整える作業です。

 綺麗に均して、形を整える作業は、意外に手間が掛かります。


 そこを省いて、とにかく分厚く丈夫に作ってしまった方が、遥かに効率が良いそうです。

 そこで、硬化の作業まで終わったところを送還術を使ってサクっと切り取って、平らに均してしまえば仕上げは完了です。


 なので、一定区間の作業が終わると、僕のところに仕上げの依頼が届くのです。

 てか、そのペースも尋常じゃないんだけどね。


 既にバッケンハイムとマールブルグの領地境からスラッカまでの街道の工事は完了し、今はスラッカの城壁工事を行っています。

 その現場監督をやってもらっているラインハルトが、僕を呼びに来ました。


『ケント様、少しよろしいでしょうか?』

「何かな、仕上げ作業はやったばかりだよね」

『はい、そちらはまだなのですが、少し困ったことがございまして……』

「困ったこと? ちょっと行こうか」

『お願いします』


 ラインハルトと一緒に影に潜って、スラッカの集落を作っている現場へと移動しました。

 ゼータ達とコボルト隊が工事を進めていると思いきや……。


「誰、あれ?」

『さぁ……突然現れて、あの調子で暴れ始めまして……』


 工事現場では、青い髪の猫獣人の冒険者が剣を振るってコボルト隊と戦っています。

 いや、本人は戦っているつもりかもしれませんが、コボルト隊にあしらわれていると言った方が正しいでしょう。


「Bランクまでは届かない感じ? 最近の新旧コンビならば良い勝負が出来そうな程度に見えるね」

『そうですな、Cランクに上がって少し経ったぐらいの実力のようですな』

「てか、どこから現れたんだろう。街道の入口は封鎖されているはずだよね」

『はい、確かに封鎖されておりますが、マールブルグ側から来たとは思えないので、バッケンハイムから来たのは間違いないでしょう』


 青髪、猫耳冒険者は、必死の形相で剣を振るい、時折火球も放っていますが、コボルト隊には全く当たりません。

 ゼータ達に至っては、工事が中断となって退屈しているのか、日向に座り込んで大欠伸をしています。


「えっと、僕らが工事を担当しているって説明はしたの?」

『はぁ、ですが聞く耳持たずというか、問答無用と言いますか……』

「あぁ、人の話を聞かないタイプの人なんだね」


 バッケンハイムでギガウルフのブランを飼育している、ルイージャみたいな感じでしょうか。

 正直、あんまり関わり合いになりたくないタイプの人のようですね。


「くっ、どうやらここが死に場所のようだな……だが、ただでは死なぬぞ! マナよ、マナよ、世を司りしマナよ……」


 猫耳の冒険者は、長剣を両手で大上段に掲げ、声高らかに詠唱を始めました。

 コボルト隊が何が始まるのかと興味深げに見守る中で、高く掲げられた長剣が炎に包まれていきます。


「おぉ、あれって、ちょっと凄くない?」

『そうですな。剣に魔術を付与するのは、なかなか大変ですし、この者は威力も出せているように見えますな』

「で、これはどうなる……のぉ?」


 中二心をくすぐる炎の剣を掲げていた猫耳冒険者は、コボルト隊に向かって一歩踏み出して……パッタリと倒れました。

 放り出されて、土の上で冷えて行く剣が虚しいっすね。


 てか、ベリーショートで革鎧とかも装備しているから確証が無かったけど、詠唱の声の感じからすると女性みたいです。

 年齢は、まだ25歳にはなっていなそうで、身長は僕よりも高く、宝塚の男役みたいな雰囲気です。


『魔力切れですな。魔術も剣術も年齢の割には筋が良さそうに見えますが、行動は褒められたものではありませんな』


 ラインハルトが、呆れたような口ぶりで言うのも無理はありません。

 本来立ち入りが禁止されている地域に単独で踏み入り、事情を説明するコボルト達の話に耳を貸さず、勝手に暴れ回って魔力切れで倒れる。


 これがもし、普通の魔物が相手だったら命を落しているところです。

 とりあえず、気を失っている間に、送還術で大森林の入口まで送ってしまいましょう。


 送還術を使って、イロスーン大森林のバッケンハイム側の入口近くまで、猫耳の冒険者を移送しました。


 放り出して帰ってしまおうかとも思いましたが、釘を刺しておかないと同じ事を繰り返しそうなので、魔力の回復を助ける丸薬を胃に放り込み、目を覚ますまで待つことにしました。


 春真っ盛りの日差しの下、草原に転がしてあるので、これはしばらく起きないかもしれませんね。

 てか、僕も眠たくなってきちゃったんですけど……。


「兄ちゃん、どうかしたのかい? 連れの具合でも悪いのかい?」

「いえ、大丈夫です。ちょっと疲れて眠ってるだけなんで」

「そうかい、近頃はこの辺りにも魔物が出るから、用が無いなら帰った方がいいぜ」

「あの、工事の関係者さんですか?」

「あぁ、一応こっちの現場を仕切ってるガデンティだ」


 工事のおっちゃんが気軽に名乗ってくれたので、僕も立ち上がって頭を下げました。


「どうも初めまして、内側の工事を請け負っていますケント・コクブと申します」

「はぁ? あ、あんた魔物使いなのか?」

「はい、そんな風に呼ばれていますし、実際の工事の大半は僕の眷属が担当してくれています」

「そうなのか……で、その魔物使いがこんな所でどうしたんだい?」

「えぇ、実は……」


 先程までスラッカの工事現場で起こっていた事態をガデンティさんに説明しました。


「あぁ! 思い出した。こいつ、昨日の昼過ぎに、通せ通せって騒いでいた奴だよ。それじゃあ、俺らが目を離した隙に入り込みやがったのか」


 どうやら、この猫耳の冒険者は、街道の通行を巡って工事の関係者とトラブルを起こしていたようです。


「何だって、この人は街道を通ろうとしたんですかね? 途中の工事は進んでいますけど、道の整備はスラッカから領地境までですし、途中に野営する場所すら無いですよ」

「あぁ、そいつは俺達も言ったんだが、行きたい所に行くのは自由だ……とか、冒険をするのが冒険者の仕事だ……とか、ぜんぜん話が噛み合わなくてな」

「なるほど……バッケンハイムのギルドまで送っちゃった方が良いのかなぁ……とりあえず、目を覚ましたら話を聞いてみます」

「そうかい、面倒を押し付けちまってるみたいで、すまねぇな……」

「いえいえ、皆さんも安全に気を付けて作業なさって下さい」

「おぅ、ありがとよ」


 ガデンティさんを見送っていると、猫耳冒険者の瞼がピクピクし始めました。

 話を聞かない人物のようなので、相応の準備をしておきましょうかね。


 草原に横たわった猫耳冒険者の顔を左側から見下ろす形でしゃがみ込み、目を覚ますのを見守りました。

 暴れないように、身体は闇の盾で囲って抑えつけておきましょう。


「ん、んん……えっ、ここは?」

「ここは、イロスーン大森林のバッケンハイム側の入口です」

「だ、誰だ貴様! なにぃ、身体が動かない、どうなってる! 貴様、私をどうする……痛っ!」


 ベラベラと喋りまくる猫耳冒険者のおでこを平手で張り倒しました。


「うるさいよ。そんなに喋ってたら返事をするタイミングが無いよ」

「貴様、私を拘束してどうするつもりなんだ、そもそも大森林の中からどうやって……痛っ!」

「うるさい……一つ質問したら、相手の返事を聞け。それが出来ないなら……」

「ひっ……分かった、分かったから手を下ろせ、それは地味に痛いのだぞ、だいたい身動きが出来ない人間に対して……痛っ!」

「ホントに人の話を聞かないタイプだね。まずは自己紹介から始めるよ。僕の名前はケント・コクブ。ヴォルザードの冒険者だよ」

「はぁ? ケント・コクブだと? お前がSランクの冒険者、あの魔物使いのケント・コクブだとぬかすのか? 法螺を吹くのも大概にしておけよ……だいたいケント・コクブと言えば……痛っ!」

「うるさい、僕が名乗ったんだ、さっさと名乗れ」

「くっ……ローシェだ。登録はフェアリンゲンだ」


 ローシェはフェアリンゲン出身のCランク冒険者で、依頼をこなしながら旅をしているそうだ。


「へぇ……一人旅か」

「そうだ、冒険者たるもの冒険をしなければ存在している意味など無くなってしまう。足の向くまま気の向くままに旅をして、己の見聞を広めていくのが冒険者という仕事の醍醐味だからな。だから私は幼い頃より剣を学び……痛っ!」

「そのローシェさんは、何で僕の眷属の工事を邪魔してたのかな?」

「眷属? では、あのコボルトは君が使役しているものなのか? どうりで強いし身のこなしが尋常ではないはずだ。そもそもコボルト程度の魔物……痛っ!」

「学習しないの? 人の話を聞いて、ちゃんと答えなよ。なんで工事の邪魔をしたの?」

「べ、別に工事を邪魔するつもりではなかったのだ。私の行く手に魔物が立ちふさがっているならば、斬って捨てるしかないだろう。あんなモフモフのコボルトは初めて見たが、どんな見た目だろうと魔物は魔物、情け容赦などを与えていては、我の冒険者としての矜持が……痛っ! 今のは力入れすぎではないのか?」


 自分の行く手を阻む者は斬るなんて事をドヤ顔で言われたら、張り倒してやるしかないよね。


「あのさぁ、コボルトの他にギガウルフも三頭いたよね? 一人で勝てるとでも思ったの?」

「いや、それは……で、出会ってしまったならば仕方ないではないか、逃げたところで人の足では限界があるし、それならいっそ己の剣と己の魔術の全てを注いで、ぱっと死に花……痛い! 今のは……痛っ、痛っ、痛っ!」

「死んだら、この痛みも味わえない。あそこに居たのは、みんな僕の眷属だから傷一つ付けられなかったけど、普通のコボルトやギガウルフだったら食われてたんだよ。生きながら、泣き叫びながら、手足を食い千切られ、内臓を引き摺り出され、身体から血が失われて冷たくなっていくんだ。そんな死に方がしたいの?」


 僕の経験談を淡々と話して聞かせると、ローシェはゴクリと唾を飲み込んだ後で、無言で首を横に振りました。


 ついでなので、ゴブリンに食い殺されそうになった経緯やら、リーゼンブルグの騎士に串刺しにされた話や、どこの国か分からない刺客に狙われて、危うく首が落ちるところだった話とかもしてあげました。


 そのまたついでに、オークの投石を食らった者や、ストームキャットやグリフォンに食われた者の話も付け加えて、どれだけ無謀なことをやらかしたのか、懇々と説教すると泣き出してしまいました。


 うん、工事の邪魔をされたり、人の話を聞こうとしなかったり、無謀な行動をしていたりしてイラっとしたのは確かだけれど、年上の女性の泣かせるのは、ちょっとばかりやり過ぎだったかな。


「私は、ジリアンさんに憧れて冒険者になったんだ」

「ジリアンって、Sランク冒険者の?」


 闇の盾の拘束を解いてやると、今度は暴走気味に喋ることもなく、ローシェはポツリポツリと話し始めた。

 そう言えば、ジリアンはフェアリンゲンの出身でしたね。


 Sランク冒険者ジリアンの逸話を聞いて育ったローシェは、同じ剣術道場に通う機会を得て、更に傾倒していったらしいです。

 自分の領地から出たSランク冒険者ともなれば、悪い噂は掻き消され、それこそお伽噺の登場人物のような話ばかりが喧伝されるようになっていたそうです。


 剣術の腕を磨き、足跡を辿るようにバッケンハイムに来てみたら、ジリアンは犯罪者として処刑されていて、物凄いショックを受けたそうです。


「私には、ジリアンさんが犯罪の片棒を担いだなんて信じられない」

「ジリアンがオイゲウスの片棒を担いでいたのは間違いないよ。人を魔落ちさせる危険なポーションを魔力不足で困っている冒険者に与えて、オイゲウスの実験に協力していたんだ」

「でも、それはギルドの発表であって……」

「違うよ。ジリアン本人が、違法なポーションを配っていたことを認めているから間違いないよ。僕は、この耳で確かに聞いたからね」

「それじゃあ……」

「ジリアンを捕縛したのは、僕の眷属だよ。ポーションの材料となる薬草を栽培するために、魔物の死体を土に混ぜ込んでいたのも確認している。確かに、ジリアンは凄い剣と魔術の使い手だったけど、間違いなく犯罪者だった」


 オイゲウスをフレッドが捕縛した時の様子や、事件の経緯を話して聞かせると、ローシェは更に肩を落としていた。


「別に、僕が気にいらないなら恨んでもらって構わないよ。その代わり、自分の命を危険に晒す無茶な行動や違法行為は絶対にやめてね」

「申し訳ない……」


 ローシェは、バッケンハイムに戻って今後のことを考えるそうですが、グラシエラみたいにはなってもらいたくないですね。

 ちょっと心配だから、リタさんあたりに話しておいた方が良いですかね。


 でも、リタさんは忙しいでしょうし……フェルの思い人チコは……あんまり役に立ちそうもないか。


『ケント様、駆け出しではなくCランクの冒険者ですから、そこまでの気遣いは無用ですぞ』

「そうか……それもそうだね」


 ラインハルト達には、引き続き工事を進めてくれるように頼んで、僕はヴォルザードへと戻りました。

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