第421話 シェアハウスのリビングで

「おーっ、映ってるじゃん。さすが、国分」

「闇属性のゴーレムまで新設して、やっと映ったところだよ。もう、僕は電機屋じゃないんだからね」


 新旧コンビに拝み倒されて、シェアハウスのリビングに設置したテレビをようやく映るようにしたところに綿貫さんが帰ってきました。


「国分、次は俺の部屋のを頼む」

「嫌だよ。自分で何とかしなよ」

「そんなこと言うなよ。達也のテレビは、こうしてリビングに取られちまったんだから、せめて俺の部屋のも映るようにしてくれよ」

「てか新田、電気の容量は大丈夫なの? 守備隊の宿舎に置いてあった太陽電池とか充電池とかパクって持って来たみたいだけどさ」

「まぁ、大丈夫じゃね? あとは全員のスマホとかタブレット、相良のミシンぐらいだから」


 新旧コンビの買ったテレビの一台は、全員が見られるようにリビングに徴収されたようです。

 その1台は映るようにしたから、あとはこっちにアンテナ線を引っ張って自分で何とかさせましょう。


「ところで、犬の兄ちゃんが固まってるみたいだけど……」


 綿貫さんの言う通り、ギリクはスマホの動画とかも見たことが無かったようで、チャンネルを変えてザッピングしている古田の横で固まっています。


「おーい……犬の兄ちゃん、大丈夫かぁ?」

「な、何なんだこりゃ、どうなってんだ?」

「これはテレビって言って、あたしらの世界の番組を映してるもんだよ」

「な、何なんだ……なんで絵が動くんだ。なんだ、この建物は……」


 まぁ、ニュース映像やらアニメやらが次々に切り替われば、初めて見た人は驚くのも無理は無いね。

 てか、もう一人固まってる人がいるよ。


「ねぇ、綿貫さん、そっちも固まってるよ」

「えっ、あぁ、おーいミリエ、大丈夫かぁ?」

「サ、サチコさん、あれは?」

「あぁ、スマホの大きいの……みたいな?」

「どうなってるんですか?」

「うーん……詳しい説明は無理。そういうものだと思っておいて。それよか、やることがあるんじゃないの?」

「そ、そうでした」


 フリーズが解けたアマンダさんの所の新しい下宿人ミリエは、深呼吸を繰り返した後、僕に歩み寄ってきました。


「ケ、ケ、ケント・コクブさん。あ、あの……あ、ありがとうございました」

「もう大丈夫?」

「はい! も、もうすっかり……大丈夫です!」

「あんまり無理しちゃ駄目だからね」

「はい! き、気を付けましゅ!」


 ミリエは、ガバっと音がしそうな勢いで頭を下げました。

 コボルト隊経由で、ミリエが熱を出したというメイサちゃんのメッセージが届いたので、ここに来る前にちょこっと治癒魔術を掛けてあげたんだよね。


 治癒魔術を掛けた時には眠っていたはずなので、治療の件は綿貫さんにでも聞いたのでしょう。

 聞けばミリエはマールブルグから冒険者になるために出て来たそうで、この一週間張り切りすぎたのでしょうね。


「ニシシシ……国分が言っても、あんまり説得力無いけどな」

「僕の場合は、頑張らざるを得ない状況だったからだよ」

「かもしれないけど、あたしから属性魔術を奪った時なんて死にそうになってたじゃん」

「ま、まぁ……しんどかったのは確かだね」


 綿貫さんから奪った水属性は、僕の持っていなかった最後の属性で、吸い出しが終わったら血を吐いて倒れました。

 走馬灯のように思い出が流れ、自分の身体が作り変えられた感じがして、星属性の力を手に入れ終わるまで意識が戻らなかったほどです。


「あの……属性魔術を奪うって?」

「あぁ、ミリエ。国分は、あたしにブチューってキスして、大事な物を奪っていったんだよ」

「えぇぇぇぇ!」

「ちょ、綿貫さん、言い方!」

「ニシシシ……でも、嘘ではないっしょ」

「もう、誤解を招くような言い方はしないでもらえるかなぁ……」

「悪い、悪い、いずれ国分には、たっぷりと注ぎ込んでもらわなきゃいけないもんな」

「だから、言い方! 属性魔術を戻すだけだからね」


 まったく、純粋そうなミリエが誤解したままメイサちゃんに話したら、それこそ面倒なことになりそうです。

 綿貫さん、すっかり立ち直ったのは良いけれど、ちょっとハジケすぎじゃない?


 その綿貫さんが、ミリエを押し出すようにして、テレビの前に連れていきました。


「みんなにも紹介するね。国分の後に下宿に入ったミリエだよ。冒険者登録したてのホヤホヤだから、ヨロシクね」

「ミ、ミリエです。よ、よろしくお願いしましゅ!」

「俺は、魔物使いケント・コクブの親友のタツヤ・フルタだ。困ったことがあれば、いつでも相談してくれ!」

「同じくカズキ・ニッタだ。いつでもヴォルザードを案内するぜ!」

「えぇぇ……み、皆様は貴族様であら、あらせら……」

「違う、違う、あたしらの国では、みんな苗字があるだけよ」


 ところで、いつから古田は僕の親友になったんだ? 新田も同じくって……。

 自己紹介からして下心丸出しじゃないの。


「ほら、犬の兄ちゃんも自己紹介してよ」

「だから、犬の兄ちゃんじゃねぇ! ギリクって名前があるって言ってんだろうが!」

「そうそう、ゴメンゴメン。で、ギリクは自己紹介してくれないの?」

「なんで俺がそんなガキの面倒見なきゃいけねぇんだよ」

「あれあれぇ? 国分の訓練にチャッカリ参加してたのは、誰だっけぇ?」


 綿貫さんに痛い所を突かれて、ギリクは舌打ちしながらミリエに向き直りました。


「ちっ……ギリクだ。面倒掛けんじゃねぇぞ」

「ひゃい……すみません……」


 ギリクに凄まれて、ミリエは反射的に謝っちゃってます。


「あぁ、もう駄目駄目、ギリク、駄目過ぎ……」

「んだと?」

「そうやって自分よりも弱い奴に凄んでみせると、器の小さい男に見られるよ。そんなんじゃ、いい女は惚れてくれないよぉ」


 そうそう、ギリクは無駄にイキりすぎなんだよ。

 てか、綿貫さんとギリクの絡みは初めて見たけど、これは面白いと成り行きを見守っていたら、ギリクが僕の視線に気付きました。


「手前、なにニヤニヤ笑ってやがる」

「そうですよ、ギリクさん。そうやって自分よりも強い奴に凄んでいた方が良いですよ」

「んだと、手前……誰が俺より強いって言うんだ」

「えっ? 僕はロックオーガを一人で倒せますけど、ギリクさんはどうなんですか?」

「くっ……次は1人で倒してやらぁ」


 ロックオーガの固い皮膚を切り裂けず、逆に殴り飛ばされてたもんね。


「じゃあ、次回はロックオーガ祭りといきましょうか」

「待て待て、国分。その祭りに俺達まで巻き込むつもりじゃないだろうな?」

「えっ、なんで?」

「なんでじゃねぇよ! 小首傾げても、ちっとも可愛くねぇからな」


 折角、次の特別訓練が楽しみになるように僕が配慮してあげているのに、新田も古田も必死すぎでしょう。


「あの……サチコさん、皆さん上のランクの冒険者さんなんですか?」

「えっ? あぁ、違う違う、国分と絡みがあるだけで、みんな駆け出しに毛が生えた程度だよ」

「ちょっと待て、こら! 俺は駆け出しなんかじゃねぇ、Cランクだ!」


 聞き捨てならないとばかりにギリクが声を荒げて抗議しても、綿貫さんは全然ビビった様子はありません。


「あっ、そうなんだ。いやぁ、てっきり新田や古田と同レベルかと思ってた。こりゃ失礼」

「手前、何処をどう見たら、こいつらと同レベルに見えんだよ」

「えっ? 何処をどう見ても同レベル……って言うか、無駄に凄んで見せるから、逆に弱そうに見えるよ。本当に強い人って、自分は強いんだ……なんて自慢しないからね」

「けっ……ヘラヘラ笑ってたら舐められるだけだ」

「いやいや、凄んでても舐められてるよ」

「手前……」

「ニシシシ……舐められたくなかったら、女の子には優しくした方がいいよ。国分みたいに、後進にはさりげなく援助しないと」

「援助だぁ?」

「あ──っ!」


 綿貫さんの言葉を聞いてギリクは顔をしかめ、ミリエは叫び声を上げました。


「す、すみません、忘れてました。あの箱の中……色々……装備……」

「あぁ、あれね。使える物があれば活用して」

「でも、あれみんな新品ですし……あんなに沢山いただいたら……」

「いいの、いいの、装備があった方が助かるでしょ?」

「はい、それはもう……」

「自由に使って良いから、死んだり怪我しないようにしてね」

「はい! ありがとうございます!」


 僕とミリエが話している間に、何の話なのか綿貫さんがギリクに説明していました。

 話を聞いたギリクは面白くなさそうな表情を浮かべ黙り込み、その代わりではないのでしょうが、新旧コンビが声をあげました。


「金か、やっぱり金に物を言わせて口説くつもりか!」

「和樹、これは委員長に報告だな」

「当然だ!」

「何でだよ! 剣とか盾とかチェーンメイルとか、ゴッソリ持って行ったのは、どこの誰だよ。だいたい下宿に入る冒険者なんて、お金が無いに決まってるでしょ。ろくな装備も揃えられないまま無茶すれば、コロって死んじゃうでしょうが。そうしたら、アマンダさんもメイサちゃんも悲しむに決まってる。実力を付けて下宿を出るんだから、次の人のために使える物を残しておくなんて当然だよ」


 せっかく僕が良い話をしているのに、なんで新旧コンビは死んだ魚みたいな目をしてるのかね。

 ミリエみたいに、キラッキラした目で僕を見たまえよ。


「てかさ、僕はあんまりギルドの訓練場とか顔出さないんだから、2人が面倒見てあげたら? ミリエはマールブルグから出てきたばっかりみたいだし」

「そうか、そうだよな。Sランクの冒険者じゃランクが違いすぎるもんな」

「そうだぜ、この俺、カズキ・ニッタに気軽に相談してくれ」

「いやいや、このタツヤ・フルタが面倒みるよ」

「は、はい……いえ、その……」


 新旧コンビは、せっかく映るようにしたテレビなんか眼中になく、ミリエと親しくなるのに夢中のようですが、必死すぎて引かれてますね。


「そう言えば、綿貫さん、体調は大丈夫?」

「ん? あぁ、大丈夫、大丈夫、問題無いよ。シーリアと一緒にフローチェさんに色々教えてもらっているから心強いよ」

「そっか、調子が悪い時は、いつでも唯香に相談して。もしくは、メイサちゃん経由で僕を呼び出しても構わないからね」

「サンキュー、でもSランク冒険者を呼び付けるとか、ちょっと気が引けるな」

「いやいや、そんなに御大層なもんじゃないし、緊急事態の時でもなければ、移動するのは苦にならないから、遠慮しなくて良いからね」

「かぁ、Sランクにして、この心遣い。あたしも、もっと早く国分の良さに気付いておけば良かったよ。ギリクも、このぐらい気遣いの出来る男になれば、女にもてるようになるよ」

「けっ、女なんかに興味ねぇよ」


 ギリクはミューエルさん以外の女性には、殆ど見向きもしません。

 確か、幼い頃に実の姉達から、トラウマになるような可愛がりを受けたって話ですよね。


「えぇぇ……でも、気になってる女性はいるんでしょ?」

「べ、別にいねぇよ……そんなもん」

「あれあれぇ? 誰かさんのために今年中にAランクを目指してるとか聞いたけど……」

「そ、それと女にもてるのは関係ねぇだろう」

「そんな訳ないでしょ。世間一般の女性から嫌われるような男が、目当ての女性にだけは好かれる……なんて都合良く行くはずがないでしょ」

「う、うるせぇ……」


 いやぁ、綿貫さんのギリクいじりは本当に面白いですねぇ。

 例のトラウマ的なものの影響なのか、ギリクは口調こそ荒っぽいけど、何となく腰が引けてる感じです。


 その辺りを敏感に察知しているようで、綿貫さん、いじりスキル高いっすね。

 いつものように、ニシシ……って笑っている綿貫さんに、ちょいちょいイラっとしながらも、話している内容が間違っていないだけにギリクは反論できないようです。


「このままじゃ駄目だと思ったから、国分の訓練にも参加したんでしょ? だったら思い切って変わってみたら? なりたてホヤホヤの新人を一丁前に育てられたら、何か得るものがあるんじゃない?」

「あぁん? あれをか……?」


 ギリクはミリエに目を向けて、心底嫌そうな顔をしています。

 まぁ、僕の目から見ても、かなりのポンコツだから、ギリクの反応も無理は無いのでしょう。


「何もAランクに育てろって言ってるんじゃないわよ。一人前の冒険者として自立出来る程度まででも無理?」

「ひ弱すぎて話になんねぇ……」

「やっぱりか……」

「手前、分かってんなら下地ぐらい作ってから言いやがれ」

「あれ? じゃあ、体力が付いたら教えてくれんの?」

「木剣でぶっ叩くぐらいはやってやんよ」

「それは教えるとは言わないよ。ねぇ、国分」


 いや、そこで僕に振られてもねぇ……。


「綿貫さんの言いたいことはわかるけど、冒険者はスポーツじゃないし、実際に命懸けになる場合もある仕事だからね。過度な扱きは意味ないけど、手合せで痛い目に遭うのは必要だと思うよ」

「へぇ、意外。国分なら理論的に……とか言うと思った」

「うん、理屈じゃなくて身体が反応しないと話にならないからね」

「国分も特訓とかやったの?」

「それはもう……やったなんてもんじゃないよ」


 ヴォルザードに来た頃に、睡眠時間を削って、自己治癒まで使っての毎晩のトレーニング、バッケンハイムまでの道中に、鷹山と一緒にラウさんに扱かれたりした思い出が蘇ってきちゃったよ。


 真夜中の川で水浴び、冷たかったなぁ……。

 毎朝起きると筋肉痛で、変な声出てたもんなぁ……あっ、涙が……。


「なんだよ、泣くほど辛かったの?」

「ま、まぁねぇ……」

「国分も苦労してきたんだねぇ……じゃあ、ミリエも苦労しなきゃ駄目か?」

「まぁ、冒険者になるなら楽なことばかりではないよ。てか、どんな仕事も一緒じゃない?」

「かもしれないねぇ……てことでギリク、ミリエをヨロシクね」

「だから、なんで……ちっ、期待すんなよ……」


 おぅ、あのギリクを顎で使うとは……綿貫さんには『駄犬使い』の二つ名を進呈しましょうかね。


「ミリエ、ギリクが面倒見てくれるって、何かあったら頼っていいよ」

「は、はい、よろしくお願いしましゅ!」

「ちっ、あんまり面倒掛けんじゃねぇぞ」

「新田と古田も、ちゃんと面倒見ないと、ギリクに持ってかれちゃうわよ」

「なにぃ!」

「いくらギリクの兄貴でも、譲るわけにはいかん!」

「んな、チンチクリンに興味なんかねぇ!」

「チンチクリン……」

「ほら、ギリクはそういうこと言わないの……」

「そうだそうだ、そうやってデリカシーの無い発言を繰り返してるからミュー姉さんに呆れられるんすよ」

「んだと、タツヤ、手前ぇ!」


 うわぁ、何このカオスな状況……楽しいぃぃ。


「ミリエ、誰かに絡まれた時には、私はギリクの弟子ですって言っていいからね」

「いやいや、ギリクの兄貴は無駄に敵が多いから止めた方がいいよ」

「んだと、カズキ、この野郎!」

「じゃあ、私は魔物使いに貢がれている女よ……って言えばいいよ」

「だから、綿貫さん、言い方!」

「ニシシシ……固いこと言うなよ、国分」


 はぁ、ホント綿貫さん、ハジケすぎだからね。

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