第419話 叩き上げの冒険者

 若手の冒険者を討伐に連れて行く、しかもあの魔物使いの仲間だとギリクから聞かされてペデルは自分の耳を疑った。

 同時に、魔物使いとか、ケントという名前を耳にしただけでも不機嫌になっていたギリクが、いったいどういう風の吹き回しなのか興味を持った。


「別に宗旨替えした訳じゃねぇ、手前だって言ってるだろう、利用できる奴は利用するんだと」


 ギリクが連れて行こうとしている奴らは、素材屋のドルセンの護衛を請け負った時、魔物使いと一緒にいた連中らしい。

 その連中はケントが用意した場所で、魔物を討伐する訓練を行っているそうだ。


 どうやらギリクも、その訓練に参加してきたようだ。

 不思議なのは、ケントがギリクの参加を認めたことだ。


 ペデルが知る限りでは、ギリクからだけでなく、ケントの方からも対立を煽るような言動をしていた。

 どういう理由があるのか知らないが、何らかの裏があると考えておいた方が良いように感じた。


 ケントがヴォルザードの領主クラウスの娘を嫁にするという話は知れ渡っている。

 それに噂によれば、歓楽街のボスの一人ボレントを手玉に取ったらしい。


 話半分だとしても、ボレントと対等にやり合うだけの能力があるということだ。

 ただのガキだと舐めていると、手酷い目に遭うのは間違いないだろう。


 果たしてギリクが、そうした事情をどこまで理解しているのか、ペデルは厄介事の予感に頭を抱えたくなっていた。


「ガキのお守りなんざ御免だぞ」

「あいつらは、同世代の連中の中では間違いなく上位の腕前を持ってる。足場が良い場所だったが、単独でオークを討伐してるぞ」

「はぁ? 冗談だろう。あんなガキどもがか?」


 ペデルは、再び自分の耳を疑った。

 いくらケントの仲間だとは言え、15、6の小僧が一人でオークを討伐出来るとは思えない。


 疑いの眼差しを向けたペデルに、ギリクはケントが行っている訓練の様子を伝えたが、納得するどころか疑いが深まったようだ。


「どこかは知らない魔の森の中? 活きの良いオークを連れて来る? それも希望の数を揃えてだと? そんな話が信じられるか」

「疑いたいなら、いくらでも疑えばいいさ。俺は、この目で見たことを話している。それとも俺が好き好んで、ケントの野郎を持ち上げるような話をするとでも思うのか?」


 確かにギリクは、ケントの事実と思われる話ですら認めようとしてこなかった。

 そのギリクが、自分の目でみた事実だと言っているのだから本当の話なんだろう。


「あいつら3人で、オーガを2頭討伐してたぞ」

「はぁ? オーガだと」

「あぁ、足場の良い場所で、危なくなったら助けが入るという条件付きだがな」


 当然と言えば当然だろうが、ケントの行っている訓練にはケントの眷属が控えていて、危ないと判断すればすぐさま助けに入るそうだ。


「ふん、そんなヌルい状況で魔物を倒したところで、実戦で役に立つのか?」

「少なくとも、何の経験もしていない連中に較べれば、遥かに役には立つぞ。実際にロックオーガと戦った経験のある奴なんざ、めったに居ないだろう」

「ロックオーガだと、そいつらが倒したとでも言うつもりか?」

「いや、さすがにロックオーガは無理だ。俺も参加したが、まるで刃が通らねぇ」

「お前も戦ったのか? ロックオーガと?」

「あぁ、次はぶっ殺してやるよ」


 ギリクの言葉を聞いて、ペデルは大きな溜息をついた。

 ロックオーガなんて物は、遭遇したら逃げの一手だ。


 ペデルはロックオーガと戦った経験は無いが、返り討ちにされた冒険者が食われているのは見たことがある。

 まだ20代前半の頃だったが、自分よりも遥かに上のランクで、腕も立つ冒険者が成す術も無く敗北して食われたのを見て、決して戦わないと心に決めた。


 そもそも剣で斬れない、刺さらないような相手に戦いを挑むだけ無駄だ。

 僅かな勝機があるとすれば、目玉を突いて脳を破壊するしかないが、動く相手の目を狙うなど達人レベルでなければ無理だ。

 

 そのロックオーガを相手にして、次は殺すなんて言ってのけるギリクとは、真面目に縁を切った方が良いのかとペデルは少し考えていた。

 それでも、ギリクが主張する人数を揃えた方が効率良く討伐が出来る事や、ケントに恩を売れるという主張には、なるほどと思う部分もあった。


 結局、不安を感じつつもペデルはギリクの主張を受け入れた。

 討伐当日、4人は待ち合わせ場所でペデル達を待っていた。


「おはようございます。ペデルさん、ギリクさん。今日は、よろしくお願いします」

「お、おぅ……」


 ジョー、カズキ、タツヤ、シューイチの4人は、ペデルが予想していたよりも気さくに、だが礼儀正しく挨拶をしてきた。

 自分たちの魔術の属性、使う武器、いつものポジションなども伝えてくる。


 まともに話をするのは今回が初めてだが、話して数分で役割や動きも理解出来たのはジョーがまとめ役として有能だからだとペデルは見抜いた。

 他の3人も腕力頼みだけではなさそうで、ギリクなんかよりも遥かに使いやすいと感じたほどだ。


 ペデルが4人を連れて門を出ようとすると、タツヤとカズキは守備隊員とも顔見知りのようだった。

 聞けば、守備隊の訓練に飛び入りで参加した事があるらしい。


 ヴォルザードで冒険者を目指す者でも、そんな行動をした者はいないだろう。

 ギリクも驚いていたが、当人達は外から来たから習慣とかに縛られていないからだろうと、意にも介していなかった。


 門を出た所で、ペデルは視線を上に向けて旗を見上げた。

 ここで、その日の風向きを見ておくのが習慣だ。


「今日は北寄りの風ですね」


 驚いたことに、ジョーは待ち合わせの場所に来る前に、城壁に上がって風向きを確かめて来たそうだ。


「さすがジョーだ。頼りになるな」

「今日は国分に頼れないからな、自分の身は自分で守らないと……だぜ」


 4人は同じようなリュックを背負い、左の腰に剣を吊り、右の太腿にナイフ、タツヤとカズキは手槍も携えていた。

 リュックには水と携帯食料、血止めの薬に清潔な布、水と火の魔道具、雨具、ロープなどが入れてあるらしい。


「何か、他に必要な物はありますかね?」

「いや、十分だ」


 持ち物、服装、武器……ペデルの目から見ても文句の付け所が無い。

 試しにタツヤの剣を見せてもらったが、きちんと手入れがされていた。


 ヴォルザードからリーゼンブルグへと向かう街道を30分程歩き、そこから右手の森へと足を踏み入れてゆく。


「タツヤ、左。カズキは右な」

「了解」

「いつも通りだな?」


 森に入った途端、ジョーが指示を出して4人は自然とポジションを組んだ。

 前にシューイチ、後にジョーの菱形の陣形だ。


「いつもこの形でやってるのか?」

「これが基本形で、あとは相手によって形を変えています。タツヤとカズキが前で、俺とシューイチが後ろという形も多いですよ」


 ペデルに答えを返しながらも、ジョーは後ろへの警戒を怠らない。


「けっ、ビクビクしやがって、まだビビるような場所じゃねぇぞ」


 ギリクは自分よりも年下の連中に格好つけようとしているのだろうが、ペデルから言わせればジョーの方が遥かに頼もしい。

 ギリクに煽られても、苦笑いを浮かべただけで後方への備えを怠るつもりは無いようだ。


「いいんすよ、兄貴。俺らはコロっと死ぬ気は無いっすから」

「そうそう、ビビりで結構。生きて、帰って、美味い物食って、美味い酒を飲めれば十分っすよ」

「けっ、小さくまとまりやがって。俺はすぐにAランクに上がってやるからな、見とけよ」

「はいはい、そーっすね」


 カズキとタツヤにも、あしらわれているギリクを見て、ペデルは本気で組む人間を間違えたと思っていた。

 ギリクの膂力は大したものだし、これから経験を重ねていけば大化けする可能性も残されているだろう。


 だが、ペデルのような叩き上げの冒険者から見ると、いかにも危ういし、一緒に行動するには余計な神経を使わされる。

 それに較べるとジョー達4人は、足がシッカリと地に付いている感じで、ペデルが余計な気を回す必要を感じないほどだ。


 ギリクから話を持ち掛けられた時には、ガキのお守りなど御免だと思っていたが、これではどっちがガキなんだと突っ込みを入れたくなるほどだ。

 先輩風を吹かせて浮ついているギリクを見ていると、これは追い抜かれるのも時間の問題だとペデルは感じ始めた時に、シューイチが足を止めた。


「どうした?」

「足跡がいくつか……」


 落ち葉が風で飛ばされて、土がむき出しになっている場所に足跡が残っていた。


「コボルトだな……まだ新しい」


 判断を下したペデルに、シューイチが問い掛けてきた。


「どうして新しいって分かるんですか?」

「足跡の輪郭がハッキリしているし、崩れていない。足跡が古くなると、輪郭部分が乾いて崩れ始める」

「なるほど……何頭ぐらいか分かりますか?」

「そうだな……7、8頭というところか」

「それは、どうやって判断してるんです?」

「足跡が進んでる方向を見ろ。ここと、ここ、ここもだ……」


 ペデルが説明すると、4人は腰を屈めて足跡を確認し始めた。


「けっ、コボルトなんざ、何頭いようと怖くも何ともねぇよ」


 ギリクは、この手の追跡方法に関しては、殆ど興味を示さない。

 興味を示すのは、大きな足跡を見つけた時ぐらいだろう。


 だが、4人は足跡を消さないように脇に逸れながら、進んで行った方向を辿り始めた。


「ペデルさん、これはシカか何かっすか?」

「どれ……あぁ、そうだ。こいつを追って行ったんだろう」


 シカの足跡を見つけたカズキ、シューイチ、タツヤの3人が足跡を辿り、ジョーは相変わらず後ろを警戒している。

 討伐を教えろ……みたいな話だったが、ここまではペデルが特に指摘するような所は見当たらない。


 4人に必要なのは、それこそ場数を踏んで、目で見て、肌で感じることだろう。

 そしてギリクは少しは見習えと、デカい図体を蹴飛ばしたい欲求をペデルはかろうじて抑えている状態だった。


「いた……」


 タツヤの合図で一行は足を止める。

 前方、左寄り、200メートルぐらい先に動く影が見える。


 全員の視線を浴びたペデルは、首を横に振ると東側に大きく迂回するように手振りで指示を出した。


「なんでだよ……あの程度の数なら……ちっ」


 ギリクが不満を漏らすのは毎度のことだが、ペデルも決して譲らない。

 最終的には、ギリクが折れるというのも毎度のことだ。


 コボルトの群れから十分に離れた所で、タツヤがペデルに訊ねた。


「今のは、なんでやらなかったんすか?」

「ざっと見で、15、6頭いたし、子供が混じっていた。コボルトは群れ意識が高いから、子供がいると守ろうとしてより狂暴になる。まだ何の成果も無い時点で、下らない怪我を負えば、自分から血の匂いが流れることになり、その後の討伐が上手くいかなくなる」

「なるほど。じゃあ、安全に成果が得られる見込みがあるなら仕掛ける。無事に討伐を終えられたら、次の獲物を探すって感じっすか?」

「そうだ、僅かな怪我でも血の匂いが流れる、怪我をしたら安全を確保しつつ、すぐに帰還するのが基本だ」

「うっす、了解っす」


 ペデルとタツヤが話をしている間、他の3人もじっと話を聞いているが、余計な口を挟んで来ない。

 途中であれこれ口を挟まれると説明が面倒になるのだが、そうした状況には一度もならない。


 いや、ギリクが口を挟まなければだ。

 昨夜の時点では、言う事を聞かなきゃ放り出してやる……ぐらいに思っていたペデルだが、今はむしろ4人と組んで動くのを楽しみ始めていた。


 冒険者という生き物は、基本的にギリクのような人間ばかりだ。

 己の腕に自信があるからこそ、魔物を討伐して生計を立てようなんて考える。


 自信は時に過信に変わり、よほどの実力差がなければ他人からの助言など聞きやしない。

 だが、この4人は少々毛色が違っている。


 知識を得ることに貪欲だし、他人の助言は一度口に入れて噛み砕いて、必要ならば飲み込む、不要ならば吐き出すという感じだ。

 1人だけならば、個人の性格なのだろうが、4人が4人ともとなると、育ってきた地域や場所が関係しているのだろうとペデルは推測した。


「ストップ、足跡だ」


 今度は、カズキが足跡を発見した。

 いつの間にか、一行は黙々と探索を続けていて、ギリクも面白く無さそうにしながらも周囲を見渡し始めていた頃だった。


「こっちにもあるぞ」

「これもそうだろう……」

「こっちは……一緒か?」


 ペデルが見ても多くても4、5頭のゴブリンの群れだと感じる。

 討伐し、他の魔物を誘き寄せる餌には丁度良い数だ。


 ここでジョーは配置を変更した。

 前にジョーとカズキ、後にタツヤとシューイチが並ぶ形だ。


「なんで位置を変えたんだ?」

「これは先制攻撃をしやすい形っすね」


 ペデルの質問にタツヤが答える。

 前に並んだ2人は共に風属性なので、気取られることなく最初の攻撃を加えるのに都合が良いという考えだ。


「距離にもよるっすけど、あいつらが2、3発攻撃を加えている間に、俺ら2人が射線の外から接近して一気に仕留める形っす」

「ほぉ……」


 素っ気ない素振りをしながらも、ペデルは内心で舌を巻いていた。

 ベテランパーティーならいざ知らず、この歳で討伐の陣形を持っているのは驚きだ。


 しかも、タツヤの口振りでは別のパターンもあるようだ。


「ギリク、これが例の訓練の成果なのか?」

「だろうな、こいつら場数だけは踏んでるみたいだぜ。まぁ、足場まで整えてもらってるがな」


 あくまでもギリクは、素直に4人の実力を認めたくないようだが、ペデルはどれほどの腕前なのか確かめたくなっていた。


「いたぞ……」


 今度はジョーが最初に発見した。

 木立の間に見え隠れするゴブリンは、全部で3、4頭のようだ。


「よし、ちょっとお前らの腕前を見せてみろ。ギリク、俺らは見物だ」

「ふん、まぁゴブリン程度なら大丈夫だろう」


 ギリクの上から目線の評価に、4人は苦笑いを浮かべると、簡単な打ち合わせを済ませてからゴブリンに接近していった。

 先を歩くのはジョーとカズキで、二人の間には10メートルほどの間隔が取られている。


 タツヤとシューイチは、ジョーとカズキの後にピッタリと張り付くようにして進んでいた。

 途中、ジョーとカズキが目で合図を交わし、一拍の間を置いた後で更に接近していく。


 二人の手には、既に風属性の攻撃魔法が準備されているようだ。

 ゴブリンは、後から接近する4人にまだ気付いていないようだ。


 あと20メートルほどの距離まで近づいたところで、再び目線を交わしあったジョーとカズキが腕を振り下ろした。

 同時に4人は疾走を始める。


「ギギャァァァァ!」


 風属性の攻撃魔法を食らったゴブリンが悲鳴を上げた時には、既に2発目の攻撃魔法が放たれていたし、タツヤとシューイチは群れのすぐ横まで接近していた。

 ジョー達が放った攻撃魔法は、的確にゴブリンの足を切り裂き逃亡する術を奪っていた。


 殺到したタツヤとシューイチは、混乱するゴブリンの首筋に致命的な刺突を送り込んだ。

 ジョーとカズキが追い付いて4人になると、確実に止めを刺した後で、魔石の取り出しを始める。

 万が一死んでいなかった場合に備え、一人が槍と足でゴブリンの両手を固定し、もう1人が魔石を取り出すという念の入れようだ。


 あまりの手際の良さに、ペデルは舌を巻くしかなかった。


「おいおい、マジか……」

「だから言ってんだろう、こいつら場数だけは踏んでるって……」


 ギリクが面白く無さそうにしているのは、おそらく自分よりも4人の方が手際よく解体を進めているからだろう。

 ここに至って、ペデルは完全に認識を改めた。


 ケントという別格の存在を抜きにすれば、この4人は間違いなく同世代の冒険者のトップを走っている。

 いずれ自分も追い抜いていかれるだろうが、それまでの間は経験を伝えるという格好で美味い汁を吸わせてもらおうと。


「ペデルさん、どうします、餌に使いますか?」

「あぁ、やるぞ」


 ペデルは少し離れた場所にある、灌木の茂みを指差して、そこに隠れて獲物を待つと伝えた。

 30分ほどの後に現れた2頭のオークも、4人の手でアッサリと討伐された。


 出番の無かったギリクは仏頂面を浮かべ、良い金蔓を見つけたと思ったペデルは上機嫌に笑みを浮かべた。

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