第418話 久々の日本

 アルダロスの王城でゆっくりと昼食を食べてから移動してきましたが、スマホで時間を確認すると東京の練馬はまだお昼前でした。

 もう、すっかりヴォルザードでの生活に慣れてしまっているので、たまに帰ると時差のこととかスッカリ忘れてしまっています。


 昼時にお邪魔するのも申し訳ないので、1時過ぎに訪問するとメールを入れて、少し近くの商店街を見て回ることにしました。

 と言っても、銀髪銀眼の今だと、悪目立ちしそうなので影の空間からですけどね。


「あれ? ここにはお店があったと思ったけど……」


 自衛隊練馬駐屯地近くの商店街は、僕の地元ではないので、そんなに詳しくはないのですが、何だか以前よりも商店の数が減っているような気がします。

 駅の反対側に大きな商業施設が出来たり、駐屯地の隣にディスカウントストアーが出来た影響なんでしょうね。


 僕が暮らしていた田柄の辺りでも、買い物というと光が丘駅近くの商業施設になりがちです。

 駅周辺の賑やかな辺りでも、店の多くはコンビニやドラッグストア、ファーストフードなどのチェーン店です。


 個人の人が店を経営していくのは、難しい時代なのかもしれません。

 ヴォルザードの賑やかな目抜き通りと較べると、なんだか少し寂しいですね。


 そろそろ時間になったので、駐屯地のいつもの部屋へ向かうと、内閣官房室の梶川さんは宅配の荷物を受け取っているところでした。

 大きさの割りには厚みの少ない段ボールは、何の荷物なんでしょうかね。


 同じような荷物に、梶川さんは大きめの付箋を貼り付けています。

 新田和樹、古田達也……って、新旧コンビ宛の荷物みたいですね。


「こんにちは、お久しぶりです梶川さん」

「やぁ国分君、久しぶり。元気そうだね」

「はい、おかげ様で元気にしてます。それ……ヴォルザード行きの荷物ですか?」

「あぁ、そうそう、ご家族から頼まれてね。でも、使えるのかい?」

「へっ? 使えるって、何ですかそれ?」

「いや、液晶テレビだけど……一応、室内アンテナもあるみたいだけど……映るの?」


 確かに段ボールには、電機メーカーのロゴと液晶テレビの絵が描かれています。


「携帯は、通じるようにはしてありますけど……どうなんだろう?」

「ゲーム機とかソフトも送られて来てるから、最悪テレビが映らなくても大丈夫だろうけど……問題が無い訳じゃないね」

「やっぱり、異世界にテレビの持ち込みとかはマズいですよね」

「いや、いずれ交流が始まれば、当たり前になるだろうから大丈夫だと思うけど……」

「けど……?」

「こういう場合、公共放送の受信料ってどうなるのかね?」

「えっ? 受信料ですか?」

「まぁ、自分で集金に行ってもらうしかないか」

「いやぁ、さすがに、そこまで面倒見ないですよ。僕が見ている訳じゃないですからね」

「あははは、そうだよね」


 以前から梶川さんは、外見はキッチリしているけど、中身は緩い感じでしたが、更に緩さが増しているように感じます。

 というか、この対策室にも暇そうな自衛官さんが一人いる他は、机の数まで減らされているように感じます。


「ガラーンとしてるでしょ?」

「はい、あっ、そう言えば須藤さんとかは?」

「もう別の事件を担当しているよ。帰国希望者は全員戻って来たし、日々、新しい事件が発生しているからね」

「では、梶川さんもいずれ?」

「いや、どうだろう……ここは、いずれ始まるであろう異世界との本格交流の準備拠点という意味合いで残されているから、無くならないと思うよ。それに、僕は暇な方が助かるしね」


 同級生達の帰還作業も終わっているので、梶川さんの仕事と言えば、居残り組へ送る荷物の取り次ぎぐらいだそうです。

 いや、一応エリート官僚だと思う人に、そんな仕事をさせては申し訳ないと思ったのですが、本人は楽が出来て助かっているようです。


 同級生と先生を帰還させた輸送費用は、鉄と銅に換算して、既にヴォルザードへと輸送済みだそうです。

 ヴォルザードのギルドで買い上げて、代金は僕の口座に振り込まれているそうなんですが……えぇぇぇ、何も聞いてないんですけど。


 交渉は、タブレットを使ったオンライン通信で、クラウスさんやベアトリーチェと交わしてあるそうです。

 まぁ、内訳を見せてもらいましたけど、騙されているような感じは無いので大丈夫でしょう。


「まぁ、国分君に話が通っていなかったのは申し訳ないと思うが、ベアトリーチェさんが負担を減らしてあげたいと言っていたので、進めさせてもらったよ」

「はい、相変わらず、色々とバタバタしているので、その方が僕としても助かります」


 梶川さんは、一旦話を止めると、コーヒーを淹れてくれました。

 豆をミルで挽いてから入れる本格派で、ミルとかコーヒーメーカーとかは何となくだが自前っぽい。


 デスクには、何冊もの本が積まれているが、仕事関係ではなく推理小説や時代小説のようです。

 どうやら、本当に閑職を楽しんでいるみたいですね。


「あぁ、ゴメン。砂糖はあるけど、ミルクは無いや」

「いえ、大丈夫ですよ。うん、いい香りですねぇ……」

「グアテマラのフエフエテナンゴの良い豆なんだよ」


 コーヒー豆の産地とかは全く分かりませんが、良い香りなのは分かります。


「少し酸味が強めなんですかね?」

「うん、グアテマラのコーヒーの多くは果実の部分を洗い流して作るので、酸味が強めに感じられるね」

「そうなんですか……」


 良い香りだし、美味しいのですが、話は半分ぐらいしか分かりません。


「そう言えば、梶川さん。魔石は、もう良いんですか?」

「在庫があるなら、いくらでも欲しい所だけど、環境団体とかが騒ぎ始めているので、今はある分でやりくりしているよ」


 梶川さんの話によると、新型の豚熱ウイルスがアジアを中心に流行の兆しをみせていて、既にヨーロッパやアメリカの一部でも感染が確認されているらしいです。


「毒性の強いウイルスで、症状が出た豚の8割以上が死亡している」

「それじゃあ、畜産業が大ダメージじゃないんですか?」

「そうだね。今は日本に入って来ないように、水際対策にやっきになっている状態だよ」

「でも、それと魔石と何か関係があるんですか?」

「最初に感染が確認された中国の食品市場の近くに、魔石や魔道具を研究する機関があったらしいんだ」

「えっ、まさか魔石でウイルスが変化したんですか?」

「いや、そんな事は無いと思うよ。もしそうだとしたら、日本で最初に感染が広がりそうなものじゃない?」

「そうですね……魔素の影響でウイルスが変異するとかは考えにくいですね」

「でも、魔素の影響についても分からないことだらけだし、今はどこの国も一旦研究を凍結している状態なんだよ」


 新型の豚熱ウイルスは、人への感染が疑われているそうで、豚から人、人から人への感染が確認されると大変な騒ぎになると予想されているそうです。


「なんだか、面倒な事になりそうですね」

「でも、悪い事ばかりじゃないよ」

「えっ、何か良い事があるんですか?」

「日本政府に取ってではなく、リーゼンブルグや国分君にとってかな?」

「リーゼンブルグにとって……?」

「こういう世界的な危機を感じさせる状況では、金の相場が上がるんだよ」

「あっ……」

「さて、本題に入ろうか。例の賠償金の用意が出来たんだよね?」

「はい、梶川さんに算出してもらった純金約1トン準備できました」


 カミラから申し出があったプラスアルファーの部分も含めて、タブレットで撮影してきた動画を見てもらいました。


「さすがに壮観だねぇ」

「でも、比重が重たいせいか、思ったほど大量ではないですよね」

「いやいや、これだけの大量の金は、メガバンクの金庫室にでも行かなければお目には掛かれないよ」

「もっと大量に見えるように、下に台でも置いた方が良いのかと思ったんですけど」

「ははは……その手の嘘は、後でバレると恥ずかしいから止めておこう」

「ですねぇ……」


 動画で撮影されたものであっても、色々と検証する人がいますから、ヘタに水増しするとツッコまれそうです。


「それにねぇ、国分君。この金塊は、これまで払ってもらった分に加えて、最後の賠償金として受け取るから、見た目の量としても十分だよ」

「なるほど……そう言えば、既に賠償金の支払いは始めている設定でしたね」

「そういう事、これで全ての賠償金の支払いが完了したとなれば、世論のリーゼンブルグへの風当たりも和らぐと思うよ」

「はい、それで支払いに関してなんですが……やはり日本政府のどなたかが立ち合う形になるのですか?」

「そうだね。僕の一存で決められる事ではないので、持ち帰って相談という形になるけど、外務大臣か外務副大臣が立ち合う形になるだろうね」

「場所は、リーゼンブルグでしょうか、日本でしょうか?」

「それも、持ち帰って相談だけど……逆にリーゼンブルグ側は、日本に来られるのかな?」

「まぁ、来るとしたら、僕が送還術でここに送る形になると思いますけど……」

「いや、そういう話じゃなくて、カミラ王女がリーゼンブルグを離れて日本に来られるのかどうか……」

「あっ、リーゼンブルグ側なんですが……」


 王位の継承をカミラを経ずにディートヘルムが行う予定であるのと、その理由について梶川さんに話しました。


「なるほど……カミラ王女は召喚の責任を取って王位継承権を放棄するのか。確かにその方が遺族の感情的には納得出来るかもしれないね」

「ディートヘルムは、召喚された当時は少量ずつの毒を継続して盛られていたようで、僕が治療するまでは酷い健康状態でした」

「今は健康面では問題は無いんだね?」

「はい、大丈夫だと思います」

「そのディートヘルム王子、映像はあるかな?」

「はい、先程の映像に映っていたと……あぁ、これです」

「おぉ、かなりの美形だね」


 愚王とよばれたアレクシスは、不摂生が祟ってオークかと思うような容姿でしたが、美女揃いの王妃の血を引く王族ですから基本的には美形なのでしょう。

 健康を取り戻してたとは言え、長く病弱であったせいか線は細いままですし、一言で例えるなら薄幸の王子という感じです。


「国分君、彼は精神的には強い方、それともデリケート?」

「うーん……普通でしょうかねぇ。一度、魔物の大群が迫ってくる状況で、城壁上で指揮を執るというか、シンボル的に扱われた事がありましたが、ブルって腰を抜かすような事は無かったですけど……もしかして、マスコミ対応とかですか?」

「まだ分からないけどね。でも、これだけの事件だから、政府も実績としてアピールしたい思惑はあるからね」


 国民が理不尽に異世界に召喚され、それに伴い多くの死傷者を出した大きな事件に対して、国民を取り戻し、相手側から真摯な謝罪と賠償を引き出したという実績をアピールするつもりなのでしょう。


「まぁ、殆ど国分君の手柄だから、政府がやりました……みたいなアピールをするのは納得出来ないと思う。でも、国と国の間で正式に謝罪と和解が行われたという形を作った方が、問題を終わらせるのには望ましいと思うよ」

「そうですね。僕は自分の手柄とかは、どうでも良いので、早く召喚に関わる問題が清算された方が助かります」

「わかった。最悪、政治ショーのような形になってしまうかもしれないけど、早期に決着するように取り計らうよ」

「よろしくお願いします」

「いやいや、我々は国分君がいなければ何の解決も出来ない立場だから、お願いするのはこちらの方だよ。ところで国分君、君が賠償金として立て替えているお金はどうする? ざっくり計算して28億円ぐらいあるけど……」

「28億……急に言われても実感無い金額ですね」


 一日でも早く被害者や遺族に対する補償が行われるように、魔石やらゴブリンやらで稼いだお金は全部賠償の足しにしてもらっていました。

 リーゼンブルグ側から満額の支払いがされるならば、立て替えておいた分は返してもらっても問題ないのでしょうか。


「あの、賠償金って今回リーゼンブルグが提供する金塊だけで足りますか?」

「正直に言って、最初に算定した50億円という金額では足りなかったと思うけど、今回リーゼンブルグからは上乗せして支払われているよね」


 梶川さんは、スマホの電卓機能を使って計算を始めました。


「リーゼンブルグから支払われる金塊だけでも、賠償金を算出した当時のレートで63億5千万円。これを今のレートに換算すると……だいたい83億円になるから、まぁ大丈夫じゃないかな?」

「じゃあ、そこに僕が立て替えた分の一部を足して、総額100億円にできませんか?」

「要求された賠償金の倍の額を支払った……という感じにするつもり?」

「はい。少しでも遺族感情とかが和らぐなら……」

「なるほど……」


 梶川さんは、僕の申し出に対して腕組みをして考えこみました。


「うん……僕個人の考えとしては賛成出来ない。なぜなら、国分君も召喚事件の被害者であり、立て替えてもらっているお金は君が正当に受け取るべきものだからね」

「でも、正直に言うと、そんな大金貰っても使い道が無いというか……」

「あははは、ヴォルザードでは日本円は使えないか。でも、国分君ならもっと大きな画面をちゃんと映るように環境も整えられるんじゃないの? 4Kとか8Kとか始まるよ」

「まぁ、そうなんですけど……」

「とりあえず、国分君の立て替えた分に関しては、返却する方向で話を進めるよ。どうしても、と言うのであれば、何かの災害の時にでも寄付する形にしたらどうかな?」

「そうですね、かえって家族とも相談します」

「国分君の場合、扶養家族が多いんだから、ちゃんと相談した方が良いよ」

「確かに……勝手に使い道とか決めちゃうと、後で怒られそうです」

「そうそう、折角大きな問題が解決するのだから、国分君の家庭にとっても良い結果にしてほしい。今は諸事情から交流を深めにくいけど、いずれはヴォルザードと日本の間の行き来は活発になっていくのは間違いない。その時に、また国分君には協力してもらわないといけないからね」


 資源開発などは、周辺国などからの横槍で頓挫しているようですが、日本政府としても諦めた訳ではないようです。

 今は日本とヴォルザードを行き来するには、召喚術を使うか、僕の魔力を付与して影の空間経由で移動させるしかありません。


 ですが、もし意図的に空間の歪みを操れるようになったら、そして、それを僕以外のゴーレムなどが代行出来るようになれば、今よりも簡単に行き来が出来るようになるはずです。

 そんなに簡単に実現出来そうもないですが、方法を探ってみるのも良いかもしれませんね。


 梶川さんには、基本的な方針が決まり次第連絡してもらう事にして、影に潜ってヴォルザードへと戻りました。

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