第417話 王位の行方

 リーゼンブルグの王都アルダロスは、スッキリと晴れ渡った好天でした。

 春本番の暖かさで、ネロじゃないけど日向ぼっこを楽しみたくなります。


 王城へ向かう前に商業地区を眺めてみると、以前来た時よりも活気に溢れているように感じます。

 汚職の一斉摘発の嵐に翻弄されたけど、新しい時代の幕開けは良い影響を及ぼしているようですね。


 道行く人々の表情も、明るく輝いているように感じるのは、ひいき目で見ているからでしょうか。

 まぁ、経済活動が上手くいっているかどうかは、商工ギルドのクデニーヌさんに聞いてみるのが一番早いでしょう。


 王城ではカミラの他に、弟のディートヘルム、ラングハイン伯爵、グライスナー侯爵、元第一王子の宰相を務めていたトービルの姿もあります。

 この5人が、現在のリーゼンブルグ王国の舵取りを行っている主要メンバーです。


 愚王と呼ばれた先王アレクシスの時代には、宰相フロレンツが専横を振るっていましたが、これからはカミラやディートヘルムが中心となるはずです。

 ディートヘルムの政治手腕は分かりませんが、少なくとも先王のような酷いことにはならないでしょう。


 移動のための目印を務めてくれたハルトをモフってから、闇の盾を潜って表に出ました。


「おはよう。お待たせしちゃいましたか?」

「おはようございます、魔王様」

「あぁ、跪くとか仰々しい挨拶は無しね」


 席を立って跪いたカミラに倣い、全員が席を立ったところで止めました。

 カミラは不満げな表情を浮かべていますが、仰々しいのは苦手です。


 右手にカミラとグライスナー侯爵、左手にディートヘルムとラングハイン伯爵、トービルを見る形で、長テーブルのいわゆる御誕生日席に座りました。


「さて、賠償用の金の手配が終わったって聞いたけど」

「はい、金80コラッドを用意いたしました」

「えっ、日本政府からの要求は63コラッドだけど……」

「17コラッドにつきましては、リーゼンブルグ王国からの謝罪と償いの気持ちとしてニホン政府に収めていただきます」

「17コラッドでも、かなりの金額になると思うけど、問題無いの?」

「はい、問題ございません」


 キッパリと言い切るカミラ以外の表情を見ても、異を唱える者はいないようです。


「分かった。賠償金の受け渡し方法については、僕の一存では決められないので、日本に知らせて改めて通達するよ」

「はい、よろしくお願いします。魔王様、その賠償金の受け渡しにディートヘルムを同席させてもよろしいでしょうか?」

「リーゼンブルグ側の代表者は、リーゼンブルグで決めてもらって構わないけど、何か理由があるのかな?」


 そう言われてみて気付いたのですが、ディートヘルムが何時になく緊張しているようです。


「はい、実はリーゼンブルグの次期国王は、ディートヘルムに就いてもらおうかと考えております」

「カミラが国王にならず、直接ディートヘルムが国王になるってことだね?」

「はい、国王になるには、戴冠式などの多くの行事を執り行う必要がございます。勿論、国がこのような状態なので、出来るだけ簡素に執り行うとしても、短い期間に二度も行えば費用も倍掛かります。それ以外にも、国民に広く通達を行うなど多くの費用が倍必要となります」


 確かに、短期間に王が交代して、その度に儀式行事に費用を掛けるのは勿体ない気もします。

 ですが、これまで表舞台で目立った活躍をしてきたカミラと、病弱で姿を見せることも稀だったディートヘルムでは国民の人気は雲泥の差でしょう。


 経費削減という目的があるにしろ、それで国民は納得するのでしょうか。


「ねぇ、カミラ。その話は誰が言い出したの?」

「私からお願いいたしました」


 カミラが答えるよりも早く、ディートヘルムが返答してきました。


「理由を聞かせてもらえるかな、ディートヘルム」

「はい、ご説明させていただきます。まず1つ目の理由は、短い期間に王が交代すると国民が混乱する恐れがございます」


 カミラからディートヘルムに王位を継承する場合、作り上げた政治体制はそのまま引き継がれるはずですが、通常は政治体制も一新されるそうです。

 カミラが王位に就く……つまり今の状況で冷遇されたと感じる者達は、ディートヘルムが王位に就く時に復権を願うでしょう。


 そうした動きが、無用な派閥争いを引き起こしかねないとディートヘルムは考えたようです。


「なるほど……そういう話をするってことは、既に派閥みたいなものが生まれているってことかな?」

「はい、残念ですが、仰る通りです」


 派閥は、元第二王子ベルンストのように、本人自らが中心となって活動するパターンもあれば、元第一王子アルフォンスのように、神輿として担がれる場合もあります。


 カミラとディートヘルムの場合、当然派閥を作って争うつもりは全く無いのに、勝手に派閥が出来て、知らない間に神輿として担がれしまっているようです。


「もしかして、ディートヘルムを担ごうとしているのって、サルエール伯爵?」

「はい、仰る通りです」


 サルエール伯爵は、投資に失敗して領地経営を傾かせた残念な人で、元第一王子派の中でも好戦派の一人でした。

 ところが第一王子派と第二王子派の戦いは回避され、あわよくば手に入れようとしていたカルヴァイン領も手に入らず、不満を抱えているそうです。


 冷遇されているカミラ主導の時代が終わって、ディートヘルムが王位に就けば、自分にとって有利な流れになるとでも考えているようです。


「でも、その冷遇されていると感じる状況が変わらないと分かったら、余計に不満を募らせるんじゃない?」

「はい、そうした状況も十分考えられますし、あまり世間を騒がすならば、理由を付けて取り潰しにいたします」


 静かに言い切ったディートヘルムの口調には、決意の程が窺えます。

 出会った当時は、病弱で頼りない印象でしたが、なんだか眼差しにも力強さを感じるようになっています。


「それ以外にも理由があるのかな?」

「はい、もう1つの理由は、姉上に召喚に関わる責任を取っていただくためです」


 想定外の事態だったとは言え、校舎の崩壊を引き起こして多数の死傷者を出し、召喚した者の中からも死者行方不明者を出してしまっている。


 賠償金を支払ったとしても、亡くなった者は帰ってこない。


「言うなれば不祥事を引き起こした者が、特別に咎めを受けること無く、次期国王の座に就いては示しが付きませんし、被害に遭われたニホンの方々からの理解も得らないと考えます」


 確かに、カミラがこのまま王位に就けば、賠償金の支払いをしても、それはリーゼンブルグが国として行ったものだと思われ、カミラ個人は何ら責任を取っていないと思われてしまうかもしれません。

 召喚には全く関わっていないディートヘルムが王位に就いた方が、ニホンの被害者は納得する可能性が高いでしょう。


 でもこれって、カミラを早く僕のところへ嫁がせようと思っているんじゃないのかな。

 ぶっちゃけ、僕にとっては都合の良い話だけれども、すんなり受け入れて良い話なんだろうか。


 不安を感じるとすれば、カミラのような高い行政能力をディートヘルムが持ち合わせているかです。

 細かい状況までは承知しておりませんが、西部の砂漠化対策も道半ばですし、汚職に関わる裁定も全て終わった訳ではないでしょう。


 カミラの存在が無くなる訳ではありませんが、このままディートヘルムが次期国王に就くのを認めて良いものか考えた時に、ふと思いました。

 そもそも、それを止める権利は僕にあるのかと……。


 カミラによって召喚され、魔の森でゴブリンに食い殺されかけ、何度もリーゼンブルグを襲った魔物を退け、アーブル・カルヴァインのクーデターも未然に防いできました。

 その過程では、何度もカミラの命も救ってきましたが、それでも僕はリーゼンブルグにとっては部外者なはずです。


 カミラが僕を魔王として慕っているから、周囲の人々も従っているでしょうが、王位継承を巡って彼らが考え、彼らが決断したことを覆す権利は僕に無いでしょう。


「カミラは納得しているんだね?」

「正直に申し上げるならば、不安が無い訳ではございません。ですが、弟が自分で考え、周りの者に問い掛け、納得させた結果なので、私もその想いを認めようと思っております」

「分かった。では、日本政府には賠償金の受け渡しは、次期リーゼンブルグ国王ディートヘルム・リーゼンブルグが行うと伝えるよ」

「ありがとうございます、魔王様」


 カミラもディートヘルムも、肩の荷を一つ降ろしたようにホッとした表情を浮かべています。

 まぁ、本来部外者である僕の許可を得なきゃいけないのだから、ある意味大変だよね。


 でも、直接ディートヘルムが次の国王になるならば、カミラをヴォルザードに連れて行っちゃっても良いのかな。

 まぁ、そうだとしても、ディートヘルムが国王になってからの方が良いだろうし、まだ先の話だよね。


「ところで、カルヴァイン領はどうなってるのかな?」


 リーゼンブルグに関して気になっていることの一つを、ディートヘルムに向って問い掛けてみました。

 話を向けられたディートヘルムは、少し緩めていた表情を引き締めて答えました。


「既にカルヴァイン領へと向かう山道の雪も融け、国から直轄官を送り込みました」


 カルヴァイン領では、アーブル・カルヴァインと結託して鉱山を牛耳っていた5人の元締めの公開処刑が既に行われたそうです。

 これからはカルヴァイン家ではなく、リーゼンブルグ王家が直接支配を行うというデモンストレーションでもあるようです。


 元締めの手下として、鉱山の労働者を管理していた者達は全員投獄され、今後は鉱山で強制労働させられる予定だそうです。

 鉱山の運営は、酷使されていた労働者の中から、リーダーとなる者を選び、管理官が補佐をしながら採掘作業を進めているようです。


 既に里の再建と共に、鉱山での採掘作業も再開されているそうですが、これまでよりも安全を意識し、労働時間や報酬などの面も大幅に改善したそうです。

 これまで酷使され続けてきた人々ですから、労働条件を改善してやれば鉱山の運営には協力してくれるようです。


 ただし、それは今の時点の話で、この先、良くなった労働条件が当たり前となった時には、あらたな不満の芽が出るかもしれません。

 それでも、国の運営を担ってきた行政官を送り込んでいるので、何とかなるだろうというのが今の見通しだそうです。


「鉱山の運営が軌道に乗りましたら、バルシャニアへの輸出も考えています」

「えっ、バルシャニアに?」

「はい、最初は少量の取引になりますが、正当な対価を払えば鉄が手に入るのであれば、バルシャニアがリーゼンブルグを侵略する理由も無くなると思っています」


 バルシャニアの皇女セラフィマが、ヴォルザードの僕の許へ嫁いでくる途中、リーゼンブルグの各地を巡って来ました。

 これは長年に渡って反目を続けて来た両国からすれば、画期的といえる事態でしたが、武器の材料となる鉄の輸出は更に一歩踏み込んだ政策と言えます。


 セラフィマとじっくりと語り合ったカミラの口から提案されたのであれば、あまり驚かなかったかもしれませんが、ディートヘルムの瞳には強い意志が感じられます。

 新しい時代を新しい若き王が切り開く……良いですね。


 ディートヘルムにもう少し風格が備わったら、皇帝コンスタンとの面談をセッティングするのも良いかもしれません。

 経験の足りない部分は、ラングハイン伯爵やグライスナー侯爵に助けてもらいましょう。


 話は大体まとまったので、別室に保管してある金を見せてもらいました。

 80コラッド、およそ1300キロの金塊が積まれている様子は、壮観ではありますけど、比重が重たいので、思ったほど大量だと感じません。


 金の山を眺めていたら、カミラが話し掛けてきました。


「どうかなさいましたか、魔王さま」

「いや、何でもない。受け渡しの時には、日本の要人を連れて来て、恐らく撮影をすると思うので、少し演出が必要かなぁ……って思っただけ」

「演出……ですか?」

「いや、そう思っただけで、素人考えでやらない方が良いかなぁ……まぁ、日本に行って相談してみるよ」

「そうですか、よろしくお願いいたします」


 金塊が置かれているのは、王城の奥にある一室ですし、交代で警備の人間が見張っているようですが、念のためにコボルト隊に影の中から見張ってもらいます。

 せっかく準備した金塊を盗まれては、元も子もないですからね。


 この後、面談を行ったメンバーで一緒に昼食のテーブルを囲んだので、空間の歪みについて分かった内容を伝えておきました。

 南の大陸の調査と聞いて、トービルなどは疑わしいと感じていたようですが、逆にグライスナー侯爵は危機感を持って色々と訊ねてきました。


「では、今のところは地震と連動して起こる可能性が高いのですな?」

「そうですね。今のところは……ですが、これまでに観測した3ヶ所は地震の後に出来ていたようです」

「南の大陸に近い場所ほど、発生する確率が高いのですね?」

「それも、今のところはですが、ラストックを含めてグライスナー侯爵領は注意が必要だと思われます」

「うーむ……突然出現して魔物を吐き出すとは、まるで悪夢のような存在ですな」


 グライスナー侯爵は腕組みをして、今の時点で可能な対応策を考え込んでいるようですが、良いアイデアは思い浮かばないようです。

 見かねたカミラが、僕に頼み込んできました。


「魔王様、危急の時はお力を貸していただけませんか?」

「うーん……正直に言って、リーゼンブルグ側までカバーするだけの戦力が無い。ヴォルザードを始めとしたランズヘルト側の安全が確保された後ならば救援に向えるけど……どの程度後になるのか分からないし、自分達で出来る対策は行っておいてほしい」


 集落や街ごとに地下のシェルターを建設しておくように薦めましたが、やはり不安は隠せない様子です。

 ラストックは、僕にとっても関わりの深い街でもあるので、何とか手を貸す方向で考えてみましょう。


 昼食を終えたあと、カミラについてもらっているハルトと、ディートヘルムについてもらっているノルトを目一杯モフってあげました。

 カミラと、なぜかディートヘルムまで羨ましそうな目で見ていましたが、今日はお預けして影に潜り、練馬駐屯地を目指しました。

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