第415話 出来る男

 俺の名は八木祐介、やれば出来る男だ。

 やれば……くっ、早い、早すぎる。


 誰がこんな事態を予想出来ようか、いや出来はしまい。

 ここ最近、マリーデの様子がおかしい。


 この前までは、一体どこに消えてしまうのか、国分の送還術かと思うような勢いで食事をしていたのに、人並の量しか食べていないのだ。

 いや、下手をすると本宮や相良よりも食べていないかもしれない。


 国分の鬼畜な特訓の時だって、これまでならばバーバリアンか、バーサーカーかと思うような雄叫びを上げ、力任せにオークに向かっていってたのが、力負けして押し込まれピンチを招くようになっている。


 思い当たる事が無い訳ではない。

 シェアハウスの食堂ですれ違った綿貫に、肩を叩かれて告げられた。


「頑張れよ……」


 綿貫が何を言わんとしているかぐらい、俺様にだって理解出来る。

 シェアハウスに同居する、新旧コンビや本宮や相良の冷たい視線が、何に起因しているのかぐらい、俺様にだって理解出来ない訳がないだろう。


 だが、こんなはずじゃなかった。

 異世界に召喚されるなんて、それこそラノベかアニメの中のような出来事に遭遇し、しかも日本に帰れる方法さえ手に入ったのだ。


 新聞部のエースとしてジャーナリストとしての手腕を磨き続けてきた俺は、最年少ピューリッツァ賞受賞者として、世界中からチヤホヤされるはずだったのだ。

 その俺様を躓かせたのは、木沢澄華といういけ好かない女だ。


 何をどうやったのか知らないが一番先に日本に戻り、俺様が日本に戻れずに苦しんでいる間に異世界召喚体験を綴った手記を発表しやがった。

 出版された手記は世界的なベストセラーになり、木沢は巨万の富を手に入れたらしい。


 その後、国分が日本との通信を回復させたので、今度はヴォルザードの動画が世界に溢れた。

 動画サイトに載せる映像なんて、長時間は必要ない。


 俺様のように緻密な取材を重ねた詳細なレポートを得意とする人間とは対極にあるような世界だ。

 人間の奥底を掘り下げるような話は、素通りされてしまうのだ。


 むしろ、目に付いた面白いもの、珍しいものをパッと撮って、パッと流した方が閲覧数を稼げる。

 勿論、俺様だって動画サイトで稼ぐことは考えた。


 将来を見据えれば、とにかく世間に名前を売っておく事は、決して損にはならない。

 だが実行に移す前に、あの田山の悲劇が起こってしまった。


 生配信の最中に、オークの投石の直撃を食らって死亡。

 その映像が世界中に広まってしまったために、ヴォルザードの動画の人気は一気に下降線をたどった。


 更に、日本政府が公式映像を流し始めたので、一般素人のガキでは太刀打ち出来ない状態になった。

 だが、それでも諦めるなんて出来るはずがない。


 リアル異世界に居て、実際に魔術が使える、魔物が現れて討伐する……そんな状況にいるのに、ジャーナリストとしての才能を発揮しない訳にいかないだろう。

 ネットを通じて大手出版社に手当たり次第に原稿を送ってみたが、思わしい返事は戻ってこなかった。


 俺は、異世界のリポートは海外旅行記の延長だと思っていたのだが、そうでは無いらしいのだ。

 例えば、秘境と呼ばれる土地であっても、地球上にある限り行こうと強く思えば行ける。


 お金とか時間を大量に費やす必要はあるかもしれないが、行ける場所なのだ。

 だが異世界は違う。国分健人という人間を抜きにしたら、どんなに行こうと思って行けない場所だ。


 実際に行ける場所ならノンフィクションの世界だが、国分抜きではたどり着けない異世界はファンタジーの世界なのだ。

 旅行記とは実際に行く当てがあるから夢を見ながら読めるが、実際に行けないファンタジーならばもっと夢のあるフィクションの方が盛り上がるのだ。


 つまり、ヴォルザードの普通の生活をいくらリポートしたところで、需要が乏しい。

 素人の書いた雑文程度の価値しか無いと言われてしまえば、需要のある物を書くしかないだろう。


 だから俺様は、ダンジョンを目指したのだ。

 ダンジョン、ファンタジー世界においても定番中の定番だが、当然本物をレポートした者など、ただの一人も存在していない。


 非日常の最たる物を微に入り細に入りレポートすれば、必ずや需要はある。

 だが、この世界は優しくない。ダンジョンまで行くだけでも命懸けだ。


 自慢じゃないが、俺様は自分で自分の身を守ることすら覚束ない。

 異世界に豪邸を建設しているチート野郎のように、潤沢な資金は無いから屈強な護衛も雇えない。


 だから、ダンジョンまでのボディーガードとして、駆け出しの冒険者の中でも腕の立ちそうな者を選んだ。

 そう、それがマリーデだったのだ。


 あのダンジョン行きが無かったら、ロドリゴのオッサンにセニヤの店を紹介されていなければ、俺様の人生は変わっていたはずだ。

 そう言えば、ダンジョン近くの宿は巨大蟻に襲われて大きな被害を受けたそうだ。


 たぶん、セニヤの店も被害にあったのだろう……ざまぁ!

 俺様をはめて、はめさせられるように仕組んだ報いだ。


 何をどう勘違いしたら、俺とマリーデがカップルだと思うのだ。

 なんでミルクティーに、余計な物を混ぜたりしたんだ。


 あれさえ無ければ、あんな間違いは起こらなかったはずだ。

 別に一晩ぐらい、冷たい床で膝を抱えて震えて眠ったって構わなかった。


 いや、むしろそうしたかった。

 もしあの日の俺にアドバイスが出来るなら、あのホットミルクティーは危険だから捨てろと言ってやる。


 だが、時間は決して戻らない。

 あのチート野郎の国分でさえも、時間を戻す魔術は使えないのだ。


 災害は起こってしまった。

 大自然の脅威の前では、俺様はちっぽけな存在だったのだ。


 それでもダンジョンから戻った後、俺様は抵抗を試み続けたが、その悉くを叩き潰してくれやがったのが鬼畜国分だ。

 華麗なる逃亡を続けていた俺様を城壁の上で捕らえ、まるで犯罪者ごとく突き出しやがった。


 連れて行かれたマリーデの家は、まさに針のむしろのようだった。

 マリーデの父親は、思わず『ゴリさん』とあだ名をつけたくなるようなオッサンで、ギルドのドノバンさんとタイマン張れそうな体格の持ち主だった。


 姉は、はち切れそうな胸の持ち主であるギルドの受付嬢フルールさん。

 母親は、旦那とは対照的に小柄で二人の子持ちとは思えない可愛らしい女性だ。

 

 その三人からギロっと睨まれて、どうするんだと問い詰められれば首を横には振れないだろう。

 特に母親のサレーテさん、見た目だけなら俺らと大差ないと思えるほど若作りなんだけど、目力がハンパねぇ……全く勝てる気がしねぇ。


 思わず目を逸らした先は、パラダイスかと思うようなフルールさんの胸だったが、ちょっと視線を上げると汚物を見るような視線で射抜かれた。

 こっちは……ちょっとクセになりそうだったな。


 結局、なし崩し的に書類が作られて、なし崩し的に提出され、受理されて今に至る。

 数えで15歳で結婚できちまうなんて、ヴォルザードの法律はどうかしている。


 それでも俺様は諦めず、命懸けで日本への脱出を試みたが、全て国分に阻まれてしまった。

 あの頃の俺様は、正直に言って自暴自棄になっていたと思う。


 己の存在というか、アイデンティティというか、本来背中に通っているべき芯のようなものが失われてしまっていた。

 思考することを放棄し、状況に流され、気付けばシェアハウスでマリーデと同居する事になっていた。


 マリーデは、一言で言うならば貪欲だ。

 ダンジョンの一件の後、暫くの間は守備隊宿舎と実家に分かれてくらしていたから、機会さえあれば俺を求めてきた。


 丁度、自暴自棄になっていた時期だったので、流されるままだった俺様も悪いのだろう。

 まさか、護衛の依頼中にも求めてくるとは思ってもみなかった。


 思い返してみると、マリーデに胃袋を掴まれてしまったのも失敗だった。

 うほっな見た目と裏腹に、マリーデの作る料理は悪くなかった。


 守備隊の食堂のメニューに飽きていたのも大きかったのだが、餌付けされるヒナのようにマリーデの料理を食べるようになってしまった。

 俺様は栄養学とかに関する知識は乏しいのだが、マリーデの料理はいわゆる精のつく材料が使われていたらしい。


 いや、間違いなく使われていただはずだ。

 そうでもなければ、俺様の身体が反応するはずが無いのだ。


 そもそも理想は、両腕の中にスッポリと包み込めるような女性で、俺様をスッポリと包み込んでしまうような女ではない。

 力を込めて抱き締めれば折れてしまいそうな細い腰の持ち主であって、力を籠めたら俺の腰を破壊しそうな怪力の持ち主ではない。


 ボン・キュ・ボンのたわわなボディが好みであって、ガン・ガン・ドカーンな超合金かと思う肉体ではない。

 ロマンチックに愛を語る一夜を過ごしたいのであって、野生の本能のままに襲い掛かってくる相手に貪られ、絞り取られるような一夜ではない。


 全てにおいて俺様の理想とはかけ離れているのに、どうして交渉が成立してしまうのか。

 それは、おそらく俺様のジャーナリストとして鍛え続けた交渉力が、自動的に働いてしまうからだろう。


 ジャーナリストとしての取材は、相手から話を引き出す交渉力が重要だ。

 例え自分とは相容れぬ考えの持ち主であったとしても、取材をする時には、ありのままの相手を受け入れて、脚色なく伝えなければならない。


 この鍛え上げた交渉力、相手を受け入れる寛容性を持ってしまった故の悲劇なのだ。

 決して、決して、決して、俺様は快楽に屈した訳ではない。


 だから、マリーデの不調に思い当たる節がない訳ではないのだ。

 だがしかし、俺様は詳しい知識は持ち合わせていないのだが、タイミング的なものが重要な気がする。


 際限なく戦いを続けていれば、実弾の装填が間に合わなくなるような気がする。

 例えるならば、弾幕が薄い状態が続けば、命中率も低下するはずだ。


 そもそも俺様は、新旧コンビのような脳筋体育会系のコッテコテではなく、理知的文科系の薄味男だ。

 俺みたいな存在感すら希薄な人間は、弾幕薄いとブリッジから怒られるような男であって、命中撃墜させられるはずがない。


 非常に腹立たしい話だが、的外れだと言われることもあるくらいだからな。

 だから違う、そんなはずはないのだ。


 三日連続で行われるはずだった特別訓練は、国分の都合で1日休みになった。

 正直、1日だけでもヘトヘトだったので、ガッツポーズしたぐらいだ。

 急遽休みとなった1日は、当然休息にあてた。


 マリーデは、闇の曜日で店が休みの相良と何やら話をしていたようだ。

 シェアハウスに来た当初は、余所余所しいところもあったが、女同士は打ち解けるのも早く、最近は良く話をしているようだ。


 同じ召喚された仲間だから、集って暮らした方が便利だし安心というからシェアハウスに参加したが、俺様だけ浮いてる感じは否めない。

 俺様とまともに会話するのは、近藤に綿貫、それにフローチェさんぐらいのものだ。


 他の連中は、俺に向かって非難めいた視線を向けて来やがる。

 相良と本宮なんか、マリーデとは仲良くし話しているクセに、俺には親の仇でも見るような目を向けて来やがる。


 実情を知らない脳筋どもの見当違いな非難には腹が立つが、話した所で理解出来ないだろう。


 マリーデが相良と話している間、俺は自室のベッドに寝転んで、スマホでグラビアアイドルの画像を眺めていた。

 肉体的にも精神的にも疲れ果てている時は、頭を空っぽにして楽しめる画像を眺めているに限る。


 どうせマリーデはスマホの使い方など分からないから、どんなページを眺めていたって心配ない。

 てか、国分の野郎、自宅にプールを作るとか言ってやがったな。


 浅川さんとか、ベアトリーチェちゃんとかの水着姿を独り占めなんて、ふざけているにも程があるだろう。

 まぁ、あっちには浅川さんがいるから、俺様みたいに秘蔵の画像を保管しておけないだろうな。


 一日、臨時で休めたおかげで、夜にはかなり体力を回復出来た。

 ところが夜になると、昼間食欲が無いと言っていたマリーデが、俺様を食べる気満々なのだ。


 昼間あれだけ調子が悪そうにしていたのに、何で夜になると元気なんだ。

 というか、明日は訓練があるらしいのに、俺の身が、俺の腰が、が、が……。



 翌日、驚いたことに訓練にギリクの野郎が参加していた。

 てっきり拒否るかと思った国分が、あっさりと参加を認めやがったのだ。


 そして、この日もマリーデの不調は続いていた。

 あの鬼畜の国分さえもが気を遣うほどだが、逆に俺はフラストレーションを溜めていた。


 おかしいだろう。いくら何でも、昼の顔と夜の顔が違いすぎる。

 昼のテンションの低さと、夜の獰猛さのギャップがありすぎる。


 そして、周りの連中が俺を非難する眼差しを向けてくる原因が、そのギャップにあるのは明らかだ。

 結局、この日もマリーデは、ろくに昼飯も取らず、訓練でも冴えない動きを続けていた。


 訓練を終えてシェアハウスへと戻ると、脳筋新田がギリクを連れて来やがった。

 ただでさえ鬱陶しい飯の時間が、更に鬱陶しく感じられる。


 まぁ、訓練では国分の鬼畜っぷりに翻弄されていて、少しだけスカっとしたが、人のテリトリーまで踏み込んで来るんじゃねぇよ。

 まぁ寛大な俺様は、口には出さずに全て胸の中に収めておいてやるけどな。


 だが、マリーデの態度には、さすがの俺様も我慢の限界だった。

 その日の晩飯もろくに食わなかったマリーデが求めてきたので、ブチ切れて怒鳴りつけた。


「何なんだよ! 昼間あんなに調子悪いって態度をしておきながら、何なんだ!」

「だって……」

「だってじゃねぇよ! 何で飯食わないんだよ。病気なのか、何なのか、なんで夜だけ元気にしてやがんだ! ハッキリ言え!」


 もうここまで来たら、俺様だって覚悟を決める。

 そうならそうとハッキリしてもらった方が、対処のしようもあるってもんだ。


 だが返事を迫ったマリーデは、なかなか口を割ろうとしなかった。

 それでも、いつにない俺の剣幕に押されて、ポツリ、ポツリと話し始めた。


「だって……だってユースケは……痩せた女が良いんでしょ?」

「はぁ? 何言ってんだ?」


 首を傾げた俺様に、マリーデはスマホを指差してみせた。


「えっ……? お前、スマホ使えるの?」

「ミドリやタカコに習った……」


 何で人のスマホの中身を勝手に見るんだと言い掛けたが、そもそもマリーデがスマホを使えると思っていなかったので、そんな注意はしていない。

 見るなと言われていない物を見たからといって、それを責めるのは間違いだろう。


「まさか、お前……ダイエットしてたのか?」


 俺様の問いに、マリーデは頷いてみせた。


「はぁぁ……馬鹿なのか、お前は」

「だって、ユースケが痩せた女ばっかり……」

「あのなぁ、世の中には虚構と現実があるんだよ。辛い現実と向き合い続ける原動力として虚構の世界が存在し、でも俺達は現実の中で生きていかなきゃいけないんだよ。あの連中は、見せるために身体を作ってるんだ。あんな身体でダンジョンで戦えると思うのか?下らねぇ、はき違えして無様な戦いを見せやがって、訓練だから……危なくなったら国分が助けてくれるから……なんて甘えた考えしてやがったら、簡単に死んじまうんだぞ。冒険者舐めんな!」

「ご、ごめんなさい……うぅぅ……」


 俺に怒鳴りつけられたマリーデは、べそべそと泣き始めた。

 鬱陶しいからマジやめて欲しいが、不調の理由が無理なダイエットだと分かって一安心だ。


 まぁ、マリーデを泣き止ませるために、結局交渉に応じるよりなかったんだがな。

 人生勝利があれば、敗北もあるが、トータルで勝ち越していれば御の字だろう。


 翌朝食堂にいくと、これまで以上の非難めいた視線が突き刺さって来た。

 たぶん、昨夜の俺の怒鳴り声を聞いて、勝手な妄想を膨らませていやがるのだろう。


 フローチェさんからも小言を言われたが、互いに言いたいことも言わずに我慢していくのは俺達の主義じゃないし、話をした上で納得していると言っておいた。

 まぁ、いつも通りの食事をするマリーデを見れば、文句を言うのが筋違いだと分かるはずだ。


「しっかり食えよ。フラフラしてんじゃねぇぞ」

「分かってる。虚構と現実でしょ」

「そうだ、分かってんじゃねぇ……か?」


 これまで通りにガツガツと朝食を食べていたマリーデが、急に席を立って洗面所に駆けこんで行った。

 ば、馬鹿だなぁ……急に食うからだよ……な?


 これまで無理なダイエットをしていて、急に食ったから胃が受け付けなかっただけだよな? な? なぁ?


 俺の名は八木祐介、やれば出来る男……なのか?

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