第412話 大陸の調査
今回、居残り組への特別訓練は、3日連続で行う予定でした。
個人の能力の引き上げに、パーティーとしての能力、連携の強化も考えていましたが、少々予定が狂ってしまいました。
領主の館で、クラウスさんやマリアンヌさんに昨日の訓練の様子を話しつつ、なごやかに朝食の時間を過ごしていたら……グラリと来やがりました。
地中から突き上げて来るような揺れではなく、横方向の揺れも大きくはありませんでした。
それでも、東京育ちの僕らとは違って、ヴォルザードやバルシャニアで育った皆さんは不安そうな表情を浮かべています。
揺れが収まったところで、クラウスさんが声を掛けてきました。
「ケント、どう思う?」
「さぁ……分からないとしか言い様がないですね」
「だろうな。ダンジョンで騒ぎがあった時ほど強い揺れじゃなかったが……」
「考えるよりも動きましょう。被害が大きくなってからでは手遅れになりますから」
食後のお茶を飲みそこなってしまいましたが、眷属のみんなと動きます。
「バステン、今日の特訓は中止にするから、ラインハルト達と連携して、ヴォルザードの領内からリバレー峠までを隈なく捜索して」
『了解です! ケント様は、いかが致しますか?』
「僕は、居残り組に特訓の中止を伝えてから、星属性の魔術を使って南の大陸を見て回ろうと思ってる」
『では、何かありましたら念話でお知らせいたします』
「うん、お願いね」
影に潜って移動した先は、居残り組のシェアハウスです。
こちらも朝食の最中でしたが、時間が無いので闇の盾から外に出ながら声を掛けました。
「おはよう!」
「うぐぅ……脅かすなよ国分」
食事の最中だった新田に文句を言われましたが、とりあえず特訓の中止とその理由を伝え、影の空間へと戻りました。
「ネロ、僕の身体をお願いね」
「任せるにゃ。ネロが抱えて守ってるにゃ」
ネロのフカフカなお腹に寄り掛かり、星属性魔術を発動して意識を空へと飛ばしました。
幸い今日は天気も良く、南の大陸の上にも厚い雲は掛かっていません。
魔の森の上を飛びながら高度を上げて、上空から南の大陸を眺めると、大陸中央の火山から薄い噴煙が立ち上っているのが見えます。
地震が火山活動に付随するものならば、空間の歪みの原因も火口あたりにあるのかもしれません。
速度を上げて火口へと近付き、上空を旋回して観察を行いました。
現在、噴煙を上げているのは、巨大なカルデラ内部の南寄りに出来た火口です。
噴煙は火山灰を含んでいるのか、薄いグレーに見えますが、火口の真上近くまでに来ても赤い溶岩は見えませんでした。
ニュースで見た知識しかありませんが、日本でいうところの噴火警戒レベル1ぐらいに見えます。
火口の近くを眺めてみても、大きな噴石が飛んだ様子も見られません。
第一、火口近くには魔物の姿は無く、例えここで空間の歪みが生じたとしても、ヴォルザード側で魔物が溢れて来るような状況は考えられません。
「うーん……どこなんだろう? というか、今回は空間の歪みは生じていないのかな?」
噴煙を上げている火口を中心として、徐々に外側へ離れていくようにして飛びながら、不審な所はないかと目を皿のようにして観察を続けました。
何度か大きな噴火があったのか、火口の周辺には火山灰が積もり、火口から離れていくとゴツゴツとした岩肌へと変化していきます。
この辺りには、動物も見当たりませんし、植物もあまり生えていません。
更に火口から離れていくと、スギやマツ、ヒバに似た木が生え、徐々に緑が増えてきました。
この辺りから、野鳥やリスのような動物が姿を見せ、鹿のような大型の生き物も見掛けるようになりました。
「うーん……生き物は見掛けるようになったけど、平和そのものだよなぁ……ん? あれはもしかして……」
背の高い木が増えてきた辺りで、その木よりも高い土の塔のようなものが立っていました。
パッと見ただけですが、高さは20メートルぐらいありそうです。
ゴツゴツとした表面の形は、スペインにある有名な寺院を連想させます。
その根本付近には、青い大きな影が動き回っていました。
「あの大蟻の蟻塚か……」
ダンジョンの内部に発生していた空間の歪みは、大蟻の巣に繋がっているみたいだとフラムが話していました。
もしかすると、この蟻塚の内部に繋がっていたのかもしれません。
「うーん……やっぱり中を確かめておいた方が良いかな」
星属性の魔術で意識だけを飛ばしている状態なので、障害物は通り抜けることが可能です。
ぶっちゃけあまり気乗りはしないのですが、いざ蟻塚の内部へと突入です。
壁を通り抜けることも可能ですが、まずは入り口から侵入すると、すぐに大蟻と遭遇してしまいました。
とは言っても、こちらの姿は向こうからは見えないし、実体が無いので触れることすら不可能です。
大蟻がすれ違えるほどの広い通路を進んでいくと、広い部屋へと辿り着きました。
部屋の中には、まだ幼生体と思われる、水色の蟻がウジャウジャと詰まっていました。
「うげぇ……キモっ! 予想はしてたけど、キモっ!」
成体が巨大な蟻なので、幼生体でも大型犬ぐらいの大きさはあります。
別の部屋を覗いてみると、こちらにはまだ脚も生えていない幼虫がウジャウジャいました。
思わず、焼き払え! 薙ぎ払え! ってやりたくなっちゃいますよ。
「あれっ? 何だ?」
幼虫がいる部屋に、蟻ではない虫がいます。
丸っこいフォルムで、大きさは50センチ程度。
大蟻に較べたら小さいですが、昆虫としては異常なサイズです。
餌にするために大蟻が持ち帰ったものかと思ったのですが、大蟻は幼虫には自分が噛み砕いたものを餌として与えているようです。
「何だ、この虫? 何でここにいるの? てか、何で襲われないんだ?」
ヴォルザードのダンジョンを襲っていた蟻は、敵と見るや物凄い勢いで襲い掛かって来ましたが、この虫には頭を近づけても噛み付かずに通り過ぎていきます。
その丸っこい虫が何をしているのか見ていると、大蟻の幼虫に噛み付いて、体液を吸っているようです。
噛み付かれてもがいていた幼虫は、時間の経過と共に動きを弱め、パンパンに張り詰めていた身体もしぼみ、死んでしまったようです。
「えぇぇぇぇ……幼虫を食べてるのに、何で襲われないんだ?」
また別の大蟻が近づいて来ましたが、顔を近づけると通り過ぎて行ってしまいます。
「匂いかな? なにか特別な物質を分泌してるのかな」
生憎と、星属性の魔法では視覚による情報は得られますが、触覚や嗅覚といった情報が得られません。
まぁ、ここはたぶん凄い匂いがしていると思うので、嗅がない方が良さそうですが、幼虫を食べる虫は特別な臭いを出しているのでしょう。
天敵なんて存在しないと思った大蟻ですが、思わぬ敵がいるようです。
もっと観察していたい所ですが、本来の目的とは違うので、移動しました。
更に通路を進んで、奥へ奥へと潜ると、大きな部屋に大きな蟻がいました。
大蟻よりも、更に何倍もの大きさがある女王蟻です。
「もう、戦車というか、要塞クラスだね」
連結式の大型トレーラーを超える大きさの胴体は、不気味に蠢いています。
あの腹の中に、一体どれほどの卵が詰まっているのか想像も付きません。
「うわぁ、こんなのがダンジョンに住み着いていたら、大変な事になってたよ」
ダンジョンが大蟻の巣と化していたら、ヴォルザードまで押し寄せていたかもしれませんし、そうなれば城壁を食い破られていたかもしれません。
危機を未然に防げて良かったと、胸を撫で下ろしていたら、女王蟻のお腹の蠢きが強まってきました。
「産卵が始まるのかな? えっ……?」
てっきり、産卵が始まると思っていたのに、女王蟻の腹から現れたのは幼虫でした。
もしかして、卵胎生なのかと思いきや、卵管から出てきたのではなく、女王蟻の腹を食い破って出てきたようです。
「げぇぇ、何だこいつら……」
女王蟻の腹は、働きアリのように固い殻で守られていません。
おそらく、何かの寄生虫が蟻塚に侵入し、女王蟻の腹に卵を産み付けたのでしょう。
「うわぁ、エグい……」
あっと言う間に幼虫たちに埋め尽くされ、内からも外からも女王蟻が食いつくされていく一方、正体不明の幼虫には大蟻が襲い掛かり始めました。
女王蟻の腹で成長していた幼虫は、鋭い牙を持っていて、大蟻にも群がって固い殻さえ噛み砕いているようです。
当然、何匹かは大蟻の犠牲になっていますが、数で圧倒する形で幼虫が大蟻まで食らっています。
フレッドから念話が届くまで、本来の目的を忘れて見入ってしまいました。
『ケント様……ヴォルザード近くは異常無し……』
「ありがとう、フレッド。ダンジョンは?」
『今のところは異常無し……もう探索を再開している者がいる……』
「うそっ、本当に?」
『ライバルが少なければ……稼げるチャンスも増える……』
ダンジョンの入口は、一応ギルドで管理はしていますが、入る入らないは自己責任です。
ギルドの講習をクリアーして、死んでも責任は問わないと言われてしまえば、止めるのは難しいそうです。
あまり制約を増やしてしまうと、冒険者が息苦しさを感じ、ダンジョン以外での活動を考えるようになってしまうからです。
ダンジョンがあっても、そこに潜って宝を掘り出して来る者がいなければ、何の利益も生み出しません。
「逞しいと言うか、がめついと言うか……」
『大蟻の騒動の時……深層にいた者は実感が無いらしい……』
「なるほど、ダンジョン近くの集落が被害を受けていても、大蟻に遭遇していない冒険者にとっては、実感が涌かないのか……」
フレッドの報告を聞いた後、大蟻の蟻塚を出て探索範囲を拡大させて行きましたが、火口から離れるほどに眼下に見えるのは普通の森です。
一人で見て回るには火口の周辺だけでも広大な面積がありますし、このまま収穫無しかと思い始めていた時に大きめの池を発見しました。
池の周囲には多くの生き物の姿があり、水場を中心にした生態系が出来上がっているように見えます。
オークやオーガといった馴染みの深い魔物の他に、牛ほどの大きさがあるハリネズミとか、6本足の鹿が水を飲みに来ていました。
池の中にもユラリと動く大きな影が見え、まるでヒュドラを討伐した跡地のようです。
池の周囲を高度を下げて飛んでいると、茂みの奥に大きなゴブリンの群れがいました。
ざっと見ただけで、総数は200頭以上いそうです。
更に、少し離れた場所にも、別のゴブリンの群れがいます。
「うぇぇ……1頭見たら50頭はいると思え……てか?」
これだけ多くのゴブリンがいたら、食糧を確保するのも難しいような気がします。
まぁ、ゴブリンの場合、共食いするほどの悪食ですから、なんとか食糧を確保しているのでしょう。
群れを率いる上位種はいないのかと、更に詳しく観察を続けていた時でした。
「あっ! 空間の歪み!」
群れの中央付近で、そこだけゴブリンが密集しているように見えた所に、ユラユラと陽炎のように揺らめく空間の歪みが存在していました。
なぜこんな所に空間の歪みが生じているのか、ここが入口だとすると、出口はどこにあるのか、その先で大きな被害が出ていないのか心配になってきます。
急いで影の空間の身体へと意識を戻しました。
「ただいま、ネロ。ありがとうね」
「お安い御用にゃ」
「ラインハルト、フレッド、戻って来て。バステンは引き続き調査の指揮を執って」
『ケント様、いかがなされました?』
「空間の歪みを見つけたから、一緒に来て」
ラインハルトとフレッドを連れて、今度は影移動で南の大陸に向かいました。
『ケント様、ここは、どの辺りなのですか?』
「南の大陸の中央にある、大きな古い火口の中だよ。あそこ、分かるかな?」
『おぉ、あの空気が揺らめいて見える場所ですな』
「空間の歪みに間違いは無いんだけど、ここが入口なのか、何処に繋がっているのかが分からないんだ」
『ランズヘルトのどこかに繋がっていたら厄介ですな』
ゴブリン程度ならと思いがちですが、とにかく数が多いし、活きの良さそうな個体揃いです。
街の近くや、街の中に繋がっていたら大騒ぎになっているでしょう。
『送還術で……消してしまう……?』
「その方が安全だと思うけど……後々のためには観察しておいた方が良い気がするんだ」
目の前にある空間の歪みは、過去に見たものよりも小さく見えます。
大きさとして、2メートル四方で、フラムでは通り抜けられそうもありません。
『空間の歪みの……向こう側が分かれば良い……』
「そうなんだけど……って、フレッド!」
突然、影の空間から抜け出して、空間の歪みの前に姿を見せたフレッドは、迷う素振りも見せずに空間の歪みへと飛び込んで行きました。
「そんな……フレッド……」
『ただいま……』
「えぇぇぇ……何処から戻って来たの?」
『空間の歪みの向こうで、影に潜って帰ってきた』
一見すると唐突に思えたフレッドの行動ですが、ちゃんと計算した上での行動だったそうです。
『同じゴブリンが……何度も行き来していた……』
顔に大きな傷のあるゴブリンが、空間の歪みの向こう側へと消え、少ししたら戻って来ていたそうです。
「それで、向こう側はどこに繋がっているの?」
『たぶん南の大陸の中……行ってみれば分かる……』
すでにフレッドが一度行っているので、僕らも影移動で空間の歪みの向こう側へと移動出来ます。
影の中から覗き見た風景は、だだっ広い草原の真ん中という印象でした。
「確かに、雰囲気的には南の大陸って感じだけど……目印が何も無いからどこなんだか……」
『ケント様、星属性の魔術で上空から眺めてみてはいかがです?』
「そうか、その手があったか。よし、ちょっと待ってて……」
再びネロのお腹に身体を預けて、意識を影の外の上空へと飛ばしました。
高度を上げて行くと、最近見る機会の増えた南の大陸の中央に位置する巨大なカルデラが見えました。
「カルデラの外……あっちがヴォルザードだから東側の平原って感じだね」
フレッドが推察した通り、空間の歪みを越えた所は南の大陸の中でした。
ここならば、大量のゴブリンが湧いて出たところで、ヴォルザードに影響が出るとは思えません。
「ただいま。やっぱり南の大陸の中だった。東寄りの平原で、ヴォルザードは向こうになるね」
『さようですか。それならば放置しても問題ありませんな』
「うん、この空間の歪みは、このままにして観察してみたい」
『そうですな。放置した場合、この現象がどのくらいの期間続くものなのか、開いている間や消失する場合に周辺に影響を及ぼすのか……確かめておいた方がよろしいですな』
イロスーン大森林で、魔物の数が増えているのは空間の歪みが原因だと思われます。
ただ、魔物の数は増えていますが、それでも南の大陸ほどの密度にはなっていないはずです。
だとすれば、この空間の歪みは一定の期間が過ぎれば、自然と消えるのかもしれません。
「フレッド、コボルト隊を交代要員で使って構わないから、この空間の歪みを観察して、変化を記録してもらえるかな?」
『りょ……』
『ケント様、この後どうなされますか?』
「もう一度、歪みの反対側、ゴブリンが群れている場所に戻ってみるよ。たぶん、あちら側が入口というか、発生場所だと思うから」
ラインハルトと共に、空間の歪みの発生源と思われる場所へと戻ってみましたが、影の中から観察しただけでは特別に違いのようなものは感じられません。
水が確保出来る池があり、ゴブリン以外にも多くの魔物が集まってはいますが、至って平和というか普通の風景に見えてしまいます。
「うーん……原因らしいものは見当たらないよね」
『そうですな。我々には分かりませんが、フラムならば何か分かるかもしれませんぞ』
「そうか、フラムは元々は南の大陸にいて、空間の歪みを通って来たんだもんね」
早速フラムを呼んで来て、空間の歪みがある辺りを見てもらいました。
「そうっすねぇ……確かに俺っちが暮らしていた所と似た雰囲気がするっすよ。特に回りから感じる魔力みたいなものが似てるっす」
「魔力……?」
「そうっす。あっちの池の近くも似てるっすけど、こっちの方が濃密というか、居心地が良いと言うか……」
フラムの言うあっちの池とはヒュドラの討伐跡のことでしょうから、この近くに強力な魔物の死骸でも埋まっているのかもしれません。
「でも、ヒュドラの討伐跡では空間の歪みなんて出来てないよね」
『ケント様、そこは火山との関連ではありませぬか?』
「そうか、むこうは火山からは離れているもんね。魔力の溜まっているような場所に、火山活動が何らかの影響を及ぼして、それで空間の歪みが生じてるのかな?」
『ここまでの状況を整理すると、そのような感じですな』
「でも、そうなると火山活動が続く限り、いつ空間の歪みが生じてもおかしくないって事になるよね。その度に、大量の魔物が移動してきたら困るよなぁ……」
火山活動を収束させるなんて、さすがの僕にも無理でしょう。
原因の一端は見えてきたような気はしますが、根本的な解決までにはまだ時間が掛かりそうな気がします。
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